77.内気少女は恐怖に屈した
学園では既に日常化して慣れ親しんだ皆さんとのお昼の休息時間。
完全にではないけども周りから向けられる視線には大分慣れてしまった。人よりも恐ろしい魔物と戦う術を身に着けてきたからか、少し胸を張れるようになった。
「―…飲み物を買ってきます!」
いつものように皆さんと談話をしている途中で席を立つ。
「あら、ご一緒しますわ」
コデマリ様はわたしについて来ようと椅子から腰を上げようとした、がそれをわたしが止めた。
「い、いえ!飲み物を購入するだけなのでッ」
わたしが以前、周囲の目を気にしている事を打ち明けてからコデマリ様達は気にしているのか、わたしと常に行動をしてくれるようになった。
今の様にわたしがほんの僅かに1人の時間を作ろうとすれば必ずコデマリ様かアキレアさんが付いてくれる。教室ではイキシア様、カルミア様、シレネ様がいるのでわたしは1人になる事がなかった。
皆さんは本当に優しい。
「でも」と心配を訴えかけるコデマリ様に居た堪れない気持ちが少しずつ沸いてきてしまう。
…与えられた恩だけでわたしは何も出来ていないのだから。
「あまり俺らが過剰についてしまっても良くないのではないか?何が起こってもいい様に傍にいれば。カスミも息苦しいだろうから」
「そうですわよね…」
わたしの憂いを察したようにイキシア様はコデマリ様を窘めてくれた。
「じゃあ、何かあれば自分らが駆け付けますんで遠慮なく叫んでください」
…食堂内の購買店に行くだけども。
人がそれなりに多いとはいえ皆さんのすぐ近くだしむしろ視界に入る程度の距離だった。聖女の力があるとはいえ過剰すぎる、と感じる。正に護衛をされている気持ちだ。
お礼を言ってわたしは購買店の方へ小走りで駆けだした。
コデマリ様の心配を無碍にする様な事はしたくないので少しでも早く皆さんの元に戻ろうとした。
「あ、あの…カスミ・スノーフレーク様ですわよね?」
購買店の前に辿り着けば身なりの整った綺麗な女性に話し掛けられた。
外見だけでも平民ではなく貴族だという事はすぐに分かり、心臓がトクンと小さく波打つ。
これまで向けられた視線を考えれば嫌な予感がした。
「突然話しかけてごめんなさい…驚かれましたわよね」
申し訳なさそうに謝罪する女性を見ればどうやらわたしの予感は外れたようだった。
「あ、いえ!大丈夫です」
「よかったわ…実は前からカスミ様とお近づきになりたいと思っておりましたの」
そうよね、平民のわたしが王族や高位貴族令嬢と接点を持っていればそう思うのは当然よね。
「あ、よかったらこれ、お近づきの印にどうぞ」
そう言われて差し出されたのは綺麗な包装をされたお菓子だった。
「それでは」と立ち去る女性に名前を聞こうとしたが人が多いこの場所では叶わなかった。
もしかしたらご友人になれるかも、と心がくすぐったく感じてとても嬉しかった。目的の飲み物を購入して皆さんの元へ戻れば…。
「カスミ様、そのお菓子は?」
シレネ様にすぐに指摘された。
名前の知らない令嬢にもらった旨を話せば皆さんの顔色が強張り、空気が一変したのを感じた。肌がピリつくような感覚は聖女の話を聞いた、あの時の感覚が思い起こされる。
「カスミ様、恐れ入りますがそちらのお菓子を頂けませんか?」
アスターさんはいつもと変わらない笑みなのに何故か妖艶さを感じる笑みをしていた。
わたしの手にあるお菓子を指を指している、お菓子を警戒しているという事はすぐにわかった。それでもあのご令嬢はとてもそんな事を考えるような人には見えなかった。
「大丈夫ですッ!とても優しい方でしたので…」
そう訴えても皆さんの顔色は変わらなかった。
「…君に何か起きる前に防ぐ必要がある。いいから渡して」
カルミア様から指摘を受ければ従うしかない…。
お菓子をアスターさんに渡す。
「失礼します」とアスターさんは受け取るや否やその場で封を開けて口に含んだ。
「アスタ―…」
シレネ様は心配そうにアスターさんを眺め小さく呟いていた。
嫌でも何をしているのかがわかった、有機物が混入していなのか確かめていのだと。
アスターさんが胸元からハンカチを1枚取り出すと口を覆った。
「…やはり毒は混入されてますね。毒性は強くはありませんので口に含んだところで命に別状はございません」
にこやかに述べたアスターさんの言葉にわたしは全身から力が抜けた。
「カスミ様!」
「大丈夫すか!?」
倒れこむ前にアキレアさんが支えてくれてコデマリ様も抱き締めてくれた。
…やっと理解が出来た。
皆さんが過剰にわたしについてくれていた理由が。
まるで血液が漏れてるように血の気が引き身体が冷えていくのを感じた。寒くて身体は震え頭の中は真っ白になった。
初めて命を狙われた、と恐怖が後からじわりと沸いてくる。
毒性が強くなくても、命に別状がなくても…狙われたという事実とそんな方には見えなかったあの人の裏側が恐ろしい。
魔物とはまた別の恐怖にはただ、たじろぐ事しか出来なかった。




