最後のしずく
私 90歳
明美 66歳
——ぽとり
——ぽとり
私はベッドに寝かされていて。静かな、とても静かな空間の中で、そのしずくだけを感じていた。
——ぽとり
『ヒロちゃん、こっちやで〜! ほら見てみ』
確かこのあとアマガエルを見せてきたような。
——ぽとり
『そういう風に思ったことを素直に言ってくれるヒロちゃんが、好きやで』
誰の言葉だったか名前も覚えていないのに、何故かそのセリフだけはついさっきのことのように覚えている。
——ぽとり
あーちゃん あーちゃん
かわいい あーちゃん
あーちゃん……ふわふわで、いい匂いで、抱っこしている私が包まれているような、そんな気分だったな。
——ぽとり
『も〜、うるさいなぁ、母さんは。仕事でも遊びでもどっちでもいいやんか。もう、私大人やで?』
もう大人になったのか。子供の成長って早い。
あぁ、ホントに早いなぁ。
——ぽとり
『まぁそうやけど。でも、一日は無理やわ〜。お昼くらいには切り上げて帰りにいつものランチバイキングに行こうや〜。私、あそこの手作りハンバーグが好きなんよ』
あそこのハンバーグって……なんだっけ。
——ぽとり
そのあとも確か色々なことがあったと思う。
もう目もあまりよく見えなくなっているけど。
身体もまともに動かせなくなっているけど。
「あーちゃん……」
「母さん、いつまでも子供の時みたいな呼び方して……なんだか若返った気になるわ」
私の手をそっと握ってくれる。優しい温かさを感じる。
——ぽとり
「にぎりめし、こさえてこよな」
「何いってんの、母さん。こんな時にまだ食べもんの話なんて、食いしん坊やなぁ〜」
なんだかふわふわと温かい。
とても、心地よい。
なんだか、私の顔からもしずくが出てきている気がした。
——ぽとり
——ぽとり
あぁ、このしずくは。
私の涙なのかな。
でも、悲しいとか、苦しいとかではない。
とても、心地よい。
「母さん? 母さん!」
そんなに心配せんでもいいよ。
私は大丈夫やから。あなたに見守られて私は凄く幸せやから。
やから、泣かんでもいいよ。
——ぽとり
——ぽとり
ありがとう……
そして、さようなら……
完




