EP 5
神の怒りはマッサージの波動、そして迫り来る天界の『残業命令』
「3、2、1……!」
タローマート・ポポロ村支店の白い蛍光灯が不気味にチカチカと明滅し、ゴスロリドレスの天才少女・キュルリンが持ち込んだ謎の機械が、耳障りな電子音と共に限界を告げた。
「あわわわ……ポイントが……じゃなくて、爆発するぅぅっ!」
ポイントのインフレに気を取られてパニックになっていたリーザが悲鳴を上げる。その瞬間、勇者としての防衛本能が完全に染み付いているユートが、一切の躊躇なく二人の前に飛び出した。
「危ないッ! リーザ先輩、カナタ先輩、伏せてくださいッ!!」
かつてブラックギルドで、味方の盾として最前線に立たされ続けた悲しき習性。ユートは自らの肉体を壁にして、昨晩の『神のノイズ』の残滓から作られた爆弾の直撃を受け止めようと固く目を閉じた。
(ああ……俺の初任給、まだリーザ先輩に奢ってもらったプリンしか食べてないのに……っ!)
ピピーーッ、というけたたましいアラーム音の後。
ボンッ!!!
凄まじい衝撃波がタローマート内を吹き荒れる――はずだった。
「……ふぇ?」
ユートの口から、間抜けな声が漏れる。
彼を包み込んだのは、灼熱の炎でも、肉体を切り裂く衝撃でもなかった。それは、ほんのりピンク色に発光する、どこまでも温かく、そして異常なほど心地よい『波動』だった。
ポワァァァァァン……という、天使がハープを弾き間違えたような気の抜けた音が店内に響き渡る。
「ひゃっ……!? な、何これ、すっごく……あったかい……っ」
リーザがその場にへたり込み、恍惚とした表情を浮かべた。
波動を全身で受け止めたユートの肉体にも、劇的な変化が起きていた。
「あ、あぁぁ……っ。い、痛くない……? どころか、100階層のダンジョンを不眠不休で3往復させられた時の、腰の慢性的な痛みが……消えていく……?」
バキバキに凝り固まっていたユートの筋肉が、まるで極上のスパでプロのオイルマッサージを受けたかのように、みるみるうちに解れていく。ブラックギルドの過酷な労働で蓄積された乳酸と疲労物質が、毛穴という毛穴からキラキラとした光の粒子となって浄化されていくのが分かった。
「ふぁぁぁ……っ、天国だぁ……」
ユートはそのまま膝から崩れ落ち、タローマートのピカピカの床に大の字になって、完全に溶けたスライムのような状態になった。
「大成功ぉ〜〜っ!」
キュルリンが、プシューと煙を上げる機械を掲げて誇らしげに胸を張る。
「神様の魔力コードって、要は『人間に罰を与えるための圧縮された悪意のエネルギー』なのよね。だから、そのベクトルを完全に反転させて、物理的なダメージを『物理的な癒やし』に変換する逆エントロピー・フィルターを噛ませてみたの!」
「なるほど。対象の筋肉の凝りをピンポイントで破壊する、超高出力の肩こり解消マッサージ機ってわけか。……うん、徹夜明けのドライアイにも結構効くぞ、これ」
カナタは手元のコーヒーを啜りながら、パチパチと瞬きをして満足そうに頷いた。
「いや、感心してんじゃないわよ! あんたたち、コンビニの中でなんてモン爆発させてんのよ!」
一人だけ正気を取り戻したリーザが、真っ赤な顔でカナタとキュルリンにツッコミを入れる。しかし、そのリーザの肌も、先ほどの波動を浴びたおかげで、かつてのアイドル絶頂期すら凌駕するほどのゆで卵のようなツヤッツヤの美肌に生まれ変わっていた。
「でもリーザ先輩、お肌すっごくプルプルですよ。徹夜のライブ後のクマも完全に消えてます」
「えっ!? ……ホ、ホントだ! 化粧ノリが全然違う! やだ、最新の高級美容液以上の効果じゃないの……っ! キュルリン、これ量産して! タローマートの美容コーナーで売り出せば、ポポロ村の経済がさらに回るわよ!」
「がめついなおい」
カナタが呆れたように笑う足元で、ユートはまだ感動の涙を流していた。
「俺……神様って、人間に無理難題なノルマ(神託)を押し付けるだけの、怖い存在だと思ってました……。神様の力が、こんなに優しいなんて……」
「だから、それは神の力じゃなくてキュルリンの魔改造だっつの。ほら、床で寝てると冷えるぞ。せっかく俺が割引クーポンを特別ハッキングして、割引率99%、さらにポイント1000倍還元にバグらせてやったんだ。さっさとカゴいっぱいに買い物して、メシにするぞ」
その頃、ポポロ村から遥か彼方、雲海のさらに上。
神々が住まう『天界』の中心にある、白を基調とした無機質で巨大なオフィス群。その最上階にある神帝室で、神・ワイズは血走った目で目の前のホログラム・ディスプレイを睨みつけていた。
「……どういうことだ、これは」
ワイズの低く冷たい声が、大理石の部屋に響く。
彼が昨晩、下界の生意気な村を更地にするために放った絶対の神罰たる魔力コード。それが対象に直撃するどころか、途中で村の結界に物理的に弾き返され、あろうことか『スパムメール』の如く全自動でゴミ箱に叩き込まれたというエラーログが表示されていた。
さらにワイズのプライドを粉々に打ち砕いたのは、その下にあるふざけた文字列だ。
【神の怨念:自動変換完了。+150,000ポイント獲得】
「……私の、この世界の創造主たる私の崇高な魔力コードが、下界の……タローマートとかいう安っちい小売店の『お買い物ポイント』に変換されただと……?」
ワイズの握りしめた黄金のマグカップが、ミシリと音を立てて粉々に砕け散る。
背後に控えていた高位の天使が、ブルブルと震えながら報告書を読み上げる。
「ワ、ワイズ様。ポポロ村のシステムを解析したところ、奴らは我々の神罰を『エコなエネルギー資源』として再利用しているようです。先ほどの観測では、神罰の残滓を利用して、村人向けの『マッサージ機』まで開発された形跡が……」
「マッサージ機だとォォォッ!?」
ドンッ!! とワイズがデスクを叩き割る勢いで立ち上がった。
「舐めるな! 人間共は我々神のために、血反吐を吐いて働き、絶望し、祈りを捧げるための『リソース』に過ぎない! ギリギリの労働環境で搾取してこそ、信仰心という名の利益は最大化されるのだ! それを……あんな辺境の村で、定時退社だの、ポイ活だの、スローライフだの……っ! そのような甘ったれた労働条件を許せば、この世界の『神と人間の絶対的なヒエラルキー』が崩壊してしまうではないか!」
ワイズの全身から、黒く淀んだ神気が立ち上る。彼はもはや、信仰を導く神というよりは、社員の有給休暇を親の仇のように憎むブラック企業のワンマン社長そのものだった。
「あの忌々しいシステムエンジニア……カナタとか言ったか。私の神聖なビジネスモデルをハッキングする大罪人め。こうなれば手段は選ばん。直々に制裁を下してやる!」
ワイズは空中に新たなウィンドウを展開し、最も凶悪なコマンドを入力した。
「出撃させろ。天界が誇る最強のエリート社畜部隊……『残業の熾天使』と『暁の黒勇者』をな。奴らに、神の定めた絶対の『ノルマ』という名の絶望を叩き込んでやれ!」
一方、天界でそんな恐ろしいブラック・プロジェクトが始動していることなど露知らず。
ポポロ村のタローマートでは、ユートが震える手で買い物カゴを抱えていた。
「カ、カナタ先輩……本当にいいんですか? これ、全部カゴに入れて……」
ユートの目の前には、ルナミス帝国では見たこともないような色鮮やかなパッケージの食料品がズラリと並んでいる。王族しか口にできないような『霜降り極上ドラゴン和牛』や、一口食べれば魔力が全回復するという『幻の神樹の果実』など、どれも一級品ばかりだ。
「おう、遠慮すんな。どうせポイントは国家予算以上にインフレしてんだ。今日はお前の村人デビュー記念日だ。派手にパーッとやろうぜ」
「そうだそうだー! わたし、『シュワシュワ・エルフサイダー』箱買いしちゃう!」
「ちょっとキュルリン、あんたはジュースばっかりダメよ! ユート、あんたはちゃんと栄養のあるものも買いなさい。あ、その『不死鳥の卵』、明日の朝ごはんにいいわね。カゴに入れなさい!」
ユートは涙ぐみながら、指示されるがままに最高級の食材を次々とカゴに放り込んでいく。
「俺……生きててよかった……。勇者時代はお金は全部ギルドの天引きで、支給品の固パンと泥水みたいなスープしか飲ませてもらえなかったのに……っ!」
「よし、買い出し完了だな。それじゃあ俺の家の庭で、歓迎のバーベキューといくか」
カナタが端末を操作して会計を済ませる。
『お買い上げありがとうございます。タローマートは、あなたに快適なスローライフを提供します』
心地よい合成音声に見送られながら、自動ドアが開く。
外には、小鳥がチュンチュンと鳴く、平和で爽やかなポポロ村の美しい夕焼けが広がっていた。豊かな畑を通り抜ける風は優しく、どこからか夕飯の準備をする温かい匂いが漂ってくる。
迫り来る「神の残業命令」の影など微塵も感じさせない、極上のスローライフの宴が、今まさに始まろうとしていた。
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