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レゾナンス・オンライン  作者: るみにーる
第一章【無響の門】
3/12

第三話『揺らぐ森気(もりけ)』

ビースト・レゾナントの咆哮が、森の奥へ吸い込まれるように消えていった。

その余韻が、空気の中でいつまでも震えている。

まるで森そのものが、獣の怒りを飲み込みきれずに震えているようだった。


俺は泥にまみれた手でナイフを握り直し、

ビーストの動きを“視た”。


視界の端に、

ビーストの足元から立ち上るようにして、

細い波形が揺れている。


それは、

ビーストの呼吸のリズム。

筋肉の収縮。

足の踏み込みの癖。

尾のしなりの角度。


すべてが“音の残滓”として視覚化されていた。


——無響の特性。


音を立てない代わりに、

世界の音の“揺れ”が見える。


ビーストが踏み込む。

その瞬間、

波形が鋭く跳ね上がった。


「来る……!」


俺は泥を蹴り、

ビーストの懐へ滑り込んだ。


爪が空を裂き、

風圧が頬を掠める。

その風が、

湿った草の匂いを運んできた。


ビーストの腹部——

そこに、

波形の“空白”があった。


「……ここだ!」


ナイフを突き立てる。


ザシュッ!!


ビーストが吠え、

身体を震わせる。

その震動が地面を伝い、

足裏に重く響いた。


だが、

俺はもう迷わない。


ビーストの動きは、

すべて“見えている”。


尾がしなる。

波形が揺れる。

次の攻撃の軌道が、

視界に浮かぶ。


俺はその軌道を避け、

再びナイフを突き立てた。


ザシュッ!!

ザシュッ!!


ビーストの動きが鈍る。

波形が乱れ、

呼吸が荒くなる。


そして——


ビーストが、崩れ落ちた。


《ビースト・レゾナントを撃破しました!

 経験値+480

 初撃破ボーナス:音残滓解析+120》


光が弾け、

ビーストの身体が粒子となって消えていく。


残されたのは、

湿った土の匂いと、

獣の体温が残したわずかな熱だけだった。


「……勝った……」


その瞬間、

視界が揺れた。


「……っ……!」


頭の奥で、

低い唸り声のような音が響く。


いや——

音ではない。


世界の“揺れ”が、暴走している。


木々の葉が揺れる音。

遠くの川の流れ。

鳥の羽ばたき。

草を踏む虫の足音。


すべてが、

波形となって視界に押し寄せてくる。


「……やば……」


世界が、

音で満ちすぎている。


無響の特性が、

“音の揺れ”を拾いすぎている。


視界が白く染まり、

膝が崩れた。


「……っ……!」


地面に手をつく。

湿った土の冷たさが、

逆に意識を繋ぎ止めてくれる。


だが、

波形は止まらない。


森全体の音が、

視界に流れ込んでくる。


——これは、危険だ。


無響は、

音を立てない代わりに、

音の揺れを“視る”。


だが、

それは同時に、

音の多い場所では過負荷になる

ということでもある。


「……落ち着け……」


深呼吸しようとした瞬間——


「動くな」


低い声が、

背後から響いた。


だがその声は、

波形として視界に流れ込んでこない。


まるで、

“音がない声”だった。


俺は振り返った。


そこに立っていたのは、

黒いローブを纏った人物だった。


フードの奥から、

淡い青い光が漏れている。


《???(NPC)

 音階:無段》


無段——

音階が存在しない。


この世界では、

すべての存在に“音階”がある。

呼吸、足音、心拍、声。

それらが音階として表示される。


だが、

この人物には何もない。


まるで、

世界から切り離された存在のようだった。


「……お前、無響か」


その声は、

空気を震わせない。

波形を生まない。

ただ、

“意味だけ”が脳に届く。


「……誰だ?」


俺が問うと、

ローブの人物はゆっくりと近づいてきた。


足音がない。

草が揺れない。

空気が動かない。


まるで、

存在そのものが“音を拒絶している”。


「名乗る必要はない。

 だが、お前に忠告しておく」


ローブの人物は、

俺の目の前で立ち止まった。


「無響は、強力だ。

 だが同時に——

 最も危険な音紋でもある。」


「……危険?」


「音を立てない者は、

 音の世界に“飲まれる”。

 お前は今、

 世界の揺れを拾いすぎている」


ローブの人物が指を鳴らした。


その瞬間、

視界に溢れていた波形が、

すっと消えた。


「……っ……!」


頭の痛みが引き、

呼吸が楽になる。


「無響は、

 世界の音を“視る”力だ。

 だが、制御できなければ死ぬ」


ローブの人物は、

俺の胸元に手をかざした。


「お前には、

 “音のことわり”を学ぶ必要がある」


その手から、

淡い青い光が広がる。


《クエスト発生:

 “無響の理を求めて”

 難度:高

 推奨音階:不明》


ローブの人物は、

静かに言った。


「来い。

 お前の音は、まだ始まっていない」


そして、

森の奥へと歩き出した。


足音も、

気配も、

空気の揺れもない。


ただ、

“存在だけ”がそこにあった。


俺は立ち上がり、

その背中を追った。


湿った森の匂いが、

風に乗って流れてくる。


音の世界の奥へ——

無響の理を求めて。

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