20.父との対峙
日曜日の病院の待合室は、しんと静まり返っていた。普段賑やかな場所だからか余計に沁みるような静けさだった。時間が過ぎるのが早いのか。遅いのか分からない。ただ座りこんでいる間に時間は過ぎていた。そうやって俺はそこでひたすら父が来るのを待った。
父が帰ってきたのは夕方だった。
「おい!のあが入院してるってどういうことだ! 宣!お前何した!?」
掴みかかる勢いで詰めてくる。じいちゃんがとっさに間に入って父を止めた。
「子どもをひとり置いて、出て行くとは何事だ!」
じいちゃんの声は抑えているが怒りが滲む声だった。父はじいちゃんが嫌いだ。嫌そうに顔をしかめて視線を俺に向けてくる。
「宣が面倒見る予定だった。ひとりじゃなかった」
遅れて女がバタバタと走ってくる。女はじいちゃんと父が対峙しているのが見えて遠くで足を止めた。
「俺、父さんからのメッセージアプリ、昨日の夕方見たんだ。それで、急いで保護してもらった」
「そんなひどい!」女が遠くから叫ぶ。
「宣!オレが嫌いだからって、のあを危険にさらすなんて無責任にもほどがある!」
「ご……」
「宣、謝るな。返事も聞かず置いていったのはこいつらが無責任だからだ」
謝りそうになった俺をじいちゃんが止める。俺の肩をつかむ手が震えていた。
「なんでそんな風に言われなきゃいけないんですか? だったら言いますけど、お…おじさん。あんたの娘はもう四か月以上も息子をほったらかしで、行方知れずじゃないですか?」
じいちゃんが眉を寄せて唇をかむ。
「ほら、ね。言い返せないでしょう。そもそもあんたがしゃしゃり出てきて、宣を連れて行くからこんな行き違いが起きたんだ。宣、オレたちは家族だ。今回のことは許す。そもそも家族が離れて暮らすことが間違っていたんだ。一緒に暮らそう」
いつの間にか女が父のすぐ近くに立っていた。にっこりと口角を上げると俺に手を伸ばす。
「きっと、あきらくんとも仲良くできると思うわ、わたし。今回の旅行ものんちゃんに弟か妹をつくってあげたくて……ね? どうしても年子でほしかったの。お兄ちゃんができれば喜ぶわ。それにあきら君にも助けてほしいな?」
女の上目遣いにぞっとして、伸ばしてきた手を叩き落とした。
「彼女にあたるな!」父が目を吊り上げる。女は父の腕にしがみついて悲しそうなそぶりで目を伏せた。
「どうして、宣にどうしたいか……聞かないんだ?」
じいちゃんが低い声で唸るように言う。怒りを抑えているが、抑えきれていない。じいちゃんから出る圧に父が怯んで一歩下がっている。
「だって宣はまだ子供だろう」
父は何を当たり前のことを聞いてくるんだという顔をした。
俺はその言葉に怒りが湧いた。
「その女と暮らしたいからって、その子供を捨てたのは……父さんだろ」
俺の返事にじいちゃんが傷ついた顔をする。
「仕方ないだろ。彼女が妊娠して不安定だったんだ。彼女を支えられるのは俺しかいなかったんだ。でもこれからはお前がいる。子供の世話やいろいろ。家族になって助け合おう」
なんて言い分なんだろう。自分のことしか考えてない。助け合うって言いながら、助けろって言ってるように聞こえる。
「俺はじいちゃんと暮らしたい。父さんとなんて絶対嫌だ」
「家族なのに助けてくれないのか」
「俺が助け欲しいときに手を放したのはあんただ」
母がおかしくなったのは、父が帰らなくなってからだ。その頃からこの女と父は一緒に住んでいた。俺が母のせいで狂いそうになっていた時、連絡すら取れなかった。帰ってきてほしいと、縋るように送ったメッセージアプリを無視したのは父だ。
「俺らはあんたのせいで苦しんだ」
爪がめり込むくらい強くこぶしを握り締める。今すぐにでもこの拳を父の頬に振りかぶりたいのを堪えた。
「わたしたちだって苦しんでるのよ。あなたのお母さん。離婚届を書いてくれないから……! のんちゃんはまだあなたのお父さんの名前を名乗れないんだから!」
女が空気も読まず持論を展開する。それなのに二人目を計画してたのか? どうしてこういう人が親になれるんだろう。人の家庭を壊しておきながらなんで被害者ぶれるんだろう。いよいよもって嫌悪感が湧き立つ。
「それを解決するのはあんたの彼氏の仕事だ。俺やじいちゃんは関係ない」
吐き捨てるように言い返した。
長いこと言いあっていたせいで、待合室には看護師さんが集まっていた。心配そうにこちらを見ている。
「早く妹のところに行ってやれよ。俺らは帰る。もう連絡しないでくれ」
「なんだと!?」
「もう振り回されるのはうんざりなんだ。さっさと俺を解放してくれ」
「反抗期か。まったく。だがお前が俺の息子だって言うのは事実だ。父さんと一緒に暮らした方がいいに決まってる。待ってろよ。一緒に住めるようにしてやるから」
「……」
今まで捨てていた息子と暮らしたいなんて、本当に父はどうかしている。まさか子供ができて自分に情が湧いたとか言い出すんじゃないだろうな。なんだか本当に気味が悪い。
父と女はたぶん、何を言ってもダメな”ムテキの人” なんだと思う。だから何を言っても可愛そうなのは自分で、思い通りにならない俺はわがままなんだ。
言いたいことは言えたのにどうしてこんなに心が重いんだろう。
俺は妹の小さな手の甲に刺さっていた点滴を思い出して、苦しくなるがどうしようもできない。
また二時間かけてじいちゃんの家に帰った。
運転中たまにじいちゃんが痛ましそうにこちらに視線をよこした。俺を気遣ってくれるじいちゃんがいてくれてよかった。
帰りの車の中で流星たちにお礼と、結果を報告した。無性にみんなと無駄話をして、笑いたかった。




