19.事件勃発
毎日来る父からのメッセージアプリは既読もつけずに無視を決め込んでいた。ほとんどが次はいつ遊びに来るのか?と言う内容だからだ。俺はインハイ予選も近いから遊びに行くつもりはなかった。それに前回のことで少し懲りたのもある。
だが無視をするだけでは解決にならないことを知った。
インハイ予選前ということもあって、朝練の許可が下りた。
その結果、皆で朝はジャージで素振りの練習をしている。鏡の前に並んでただひたすらまっすぐに振り上げ、振り下ろす。体が傾かないように重心を落として足を前に、後ろにと動かす。
「あぁ、やっぱ。大河と卓也は小判型の方があってるかもね。握りが良くなってんじゃん」
竹刀の柄には、丸型と、小判型がある。 ずっと木刀で練習してきた二人は小判型の方が握りがしっくりきたらしく剣先が走っている。
二人は褒められてうれしそうに笑う。
詩音はあのあと高橋先生に相談したところ荷物係と言うことで、先生の車に乗せてもらえることになった。智樹と卓也は智樹の彼女の車で現地集合するらしい。ちなみに智樹の彼女は三つ年上の専門学校生だそうだ。大河がその話を目を輝かせて聞いていた。
電車移動は俺と大河と流星。そうやって予定が決まっていくと竹刀を握る手にも力が入る。
「今週は土曜日も練習しようよ」
流星が言い出した。皆がそれにうなずく。
「あ、宣が嬉しそう」
ニヤつく大河と目が合った。
「剣道バカだから」
「……うっさい。俺がバカなら一緒に練習してるお前らもバカだろ」
そう言い返しつつもうれしくなる。練習するのが好きだ。皆が練習しているのを見るのが好きだ。
「宣はほんとに練習バカだ」卓也がつぶやく。
「隠せてないからね?」智樹がうなずいている。
「ええ?」
皆があきれた顔でこちらを見ていた。また笑いが起こる。
こういう浮かれているときこそ、気を付けなきゃいけなかったんだ。
事件が起きたのは土曜日の稽古の後だった。
一通り鍛錬を終えて、帰り支度をしていた。窓からとろりとしたオレンジの夕日が見えた。
スマホを確認すると、相変わらず父からメッセージアプリが着ていた。またいつもの誘いかと、うんざりしながらも開いて見たメッセージに血の気が引いた。
『土曜日絶対来いよ』5月22日
『土曜日、来いよ』5月24日
『今日学校休みだろ、必ずうちに来いよ。希葵の面倒見てくれ。俺らは旅行に行くから』
その横には8:02の時刻が表示されている。
いまだに名前の読み方が分からない妹。
そのメッセージを見た途端、心臓がどくりと鳴って、血がカッと上った。なのに体温は急降下するように寒気すら感じる。呼吸の仕方を忘れたように喉がひりついて手が震えた……あやうくスマホを取り落としそうになる。
「おい、宣どうした」
俺の異変に気付いたのは、流星だった。
「ど……どうしよう……」
判断力が落ちていた。流星が強引に俺のスマホを覗き込む。
「え? 待って……妹さん……一人で留守番してんの? 何歳だっけ?」
「……3ケ月」
「ええええぇ?」
流星のでかい声にかなりやばい事態だということがじわじわと身に染みてくる。
何事かと、他の四人も集まってきた。
「え?やば」
「これまじで?」
これが本当じゃなきゃいいのに。なんで俺は昼休みの時点でこのメッセージを確認しなかったのだろう。もっと早く気づいていれば。後悔がじわじわと責めてくる。
「ひとまず、高橋先生に相談しよう、それから、守屋師範にも連絡を」
俺がポンコツなあいだに、智樹が仕切って走ってくれた。
そこからはもう何がどうなったのかよく分からない。じいちゃんが警察OBの伝手を使ってくれて。妹は無事保護された。本当に家に一人取り残されていたらしい。運が良かったのか悪かったのか。妹は無事だった。
その後、俺はじいちゃんの運転で二時間かけて父の家がある町に行き、妹のいる病院に駆け込んだ。
今は眠っているようだ。小さな手の甲に点滴が刺さっていた。それが痛々しくて……俺のせいで。
涙があふれ出て止まらなかった。
父とはいまだ連絡が取れない。女の方はそもそも連絡先を知らない。
それは俺が父にしたことだ、連絡をしても返事をしない。たぶん、やり返されている。
病院の面会時間に限界が来て、俺とじいちゃんは帰された。
外は真っ暗でじいちゃんの車に乗り込むと、ずんとシートに沈み込んだ。また妹のことを思うと涙が出る。じいちゃんの手が俺の頭を混ぜ返す。
「大丈夫だ。お前のせいじゃない」
でもいつもならばもっと早く気づいて助けてあげられたのにと思う。
その日は近くにホテルを取り、次の朝いちばんで病院へ向かった。
朝になっても父からの連絡はなかった。
病室に行くと妹は看護師さんに抱かれて機嫌良さそうにしていた。
「ノアちゃん。お兄ちゃん来たよー」
あぁ、のあって名前なんだ。と初めて妹の名前を知った。
「ちょっと、おむつかぶれで赤くなったくらい。脱水もなくて、大丈夫よ。起きてすぐお風呂に入ったからご機嫌さんよ」
ぐわんぐわんと膜が張ったようなこもった音で聞こえてくる。
「ご……ごめんなさい。ごめんなさい」
俺の死にそうな声に看護師さんと、じいちゃんが何度も俺のせいじゃないと言ってくれる。
「ごめんなさい」
だけど俺にはそれしか言えなかった。
「ごめんなさい」
「そもそもわしがちゃんと、お前の身辺をちゃんとしてやらんかったせいだ。すまんかった」
じいちゃんは指が白くなるほど、両手を握り締めていた。どっちが悪いかなんて言いあったって、起きたことは戻らない。
「……ごめんなさい」




