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18.朝練

 剣道場に到着すると、すでに先客があった。

 あの特徴的な青色頭は詩音だ。集中して鏡の前で上下素振りをしていた。


「おっすおはよう!」


「おお。(あきら)か、おはよっす」

 詩音は木刀を下ろして軽く手を上げる。

「朝練?」

「おう、放課後は来られないからな」

「そっか」

 俺も竹刀をもって、詩音の隣に並んだ。


「え?もしかして、ずっと一人で朝練やってた?」

「いや、たまに流星も来るよ」

 そう言えば、初めて流星に会ったのも朝練中だった。

「って、詩音もしかして、毎日来てる?」

「え?ぁ……いやあ。うん」

「すご!」

 詩音は正面素振りに切り替えた。俺もそれに合わせて正面素振りを始める。

「まぁ、俺だけ弱いの嫌じゃん」

「そっか……」



「宣って、俺の家の事情あんまり聞いて来ないよね。智樹なんてガンガン聞いてくるのに」

「え?」

 詩音が家のことで放課後、練習にこられないというのは家族に事情があるからだと聞いている。それは俺の中学時代と重なって聞きづらかった。気を使ったとかではなかったが、詩音はそれをやさしさだととらえてくれていた。

「うちさ、シングルで。家が貧乏なんだ。母親がどうにも生活感のない人でさ。弟と妹もいるから俺が働かなきゃ生きてけない。高校は俺の贅沢なんだ。夜間でもよかったんだけど。やっぱ、俺も青春したくて……れおたちと」

 詩音は苦笑いを浮かべていた。

 自分の努力ではどうにもできないことで追い詰められる。それは俺も経験したことだったから詩音の大変さが痛いほどしみる。


「詩音だって俺には何も聞かないじゃん。例えばなんでじいちゃんと俺の苗字が違うかとかさ」

「あー、色々あるよな」

 詩音は左右メン素振りを始める。俺も同じ左右メンを振りながら、以前流星たちに話したことを詩音にも話した。話すことで少しだけ、今朝の夢が薄れる気がした。


「宣も苦労してんだな。早く大人になりたいな」

 その返答に俺は小さくうなずく。どっちがより不幸とかではなく。こういう時、慰めや同情など意味がないことを知っている。ただ、聞くだけでいい、知ってもらっているだけでいい、そう言う慰めもある。

 次は跳躍素振り、詩音は息が切れ始めていた。そこからは黙って一〇〇本振った。


 時間も良いころ合いだった。汗をぬぐって、制服に着替えた。

「じいちゃんが、おにぎりくれたんだ。詩音も食う?」

「え、やった。食う」

 ラップに包んであるおにぎりを詩音に向かって投げた。詩音は手でバウンドさせながらもキャッチした。


「……それでさ。大会のある武道館ってみんな電車じゃん? 俺、金ないから……手伝いに行けんかも」

 詩音はおにぎりを食べながら神棚を見ている。俺も何となく詩音の横顔を見た。瞳には小さな絶望と宣めが浮かんでいた。

 電車賃、往復1050円それさえも出せない家庭だってある。

「俺がいなくてももう五人いるからとか思っちゃってさ」

 なんだかいつかの自分を見ているようでいたたまれなくなった。

「詩音がいなきゃダメだろ。うちのじいちゃん見に来るって言ってた、車に乗せてもらえば? きっと頼ればじいちゃん喜ぶぜ? 大きくなっただけで喜んでたじゃん」

 俺からも頼むし。それに昨日の練習後を思い出して笑った。詩音も大河もじいちゃんの前では子供だった。詩音なんて見た目はいかつくて、立っているだけで人が避けてくようなガラの悪さなのになんか面白かった。

「え、いいんか?……ってか、守屋師範のおにぎり塩きいてるね」

「俺もしょっぱいなと思ってた。熱中症対策かな」

 二人で同じタイミングで笑いがこぼれる。じいちゃんのおもいやりがしょっぱい。

「とにかくため込むんじゃなくて相談しろよ」

 俺がそう言うと、詩音は目を細めておにぎりを見つめた。


「一度しか言わんから聞いとけよ。剣道部誘ってくれてありがとう。たぶん、防具とかは買えん。だけど、剣道部にはずっといたい」

 詩音がぼそりとこぼす。

「いいんじゃねーの? 俺も詩音にいてほしい」

 詩音が驚いた顔をした後、笑った。詩音は笑うとえくぼができるという発見をした。


 剣道部の玄関でドタドタと音がする。誰かと思えば流星だった。


「なんで? 二人だけ? 俺も誘ってよ!」

 流星は俺の隣に座ると、二人で食べているおにぎりをじっと見る。

「いや、これはあげないよ? ちゃんと練習した俺たちのご褒美だから」

 詩音は慌てて残ったおにぎりを口に放りこんだ。

「え?じゃあ明日から朝練しよう! そうしよう!」

 流星は邪気のない笑みを浮かべる。この底ぬけの明るさはうらやましくもある。

 そんな流星の視線がずっと、おにぎりから離れないのが気になる。

「え?そんなにおにぎり食べたかったん?」

 流星が大きくうなずいて口を開ける。俺は残っていたおにぎりを半分に分けて流星の口に突っ込んでやった。

「しょっぱ」

 流星はそう言いながらもうれしそうな顔で咀嚼している。詩音はあきれた顔をしていた。


 時計を見るともう朝ホームルームの一〇分前だ。

「やっべ、教室行こう。間に合わなくなる」

 急いで戸締りして、教室棟に向かった。



 教室につくと、大河とれお君、らいと君が椅子を寄せて話していた。何の話をしているのだろか、楽しそうだ。

 いつもの光景、よくある普通の日常だ。きっとこの普通が欲しくて俺はここに通っている。ついボーッと眺めてしまって、詩音に突っつかれた。


 三人は俺たちに気づくと口々に「おはよう」と言う。

 そんななか、大河がこっちを見て目を眇める。

「なんで二人仲良く登校?」

「二人で朝練してきたんだ」

 俺は机に鞄をかけながら、意地悪く微笑んだ。

「えー。まじかよ。次は俺も誘ってよ!」

 

 反応が流星のそれと一緒だ。みんな、剣道が好きだな。


「たぶん、明日からみんなで朝練やろうってことになると思うよ」

「へーやる気じゃん、剣道部」

 れお君が詩音をつついている。詩音は当たり前だろって返している。

「剣道部。楽しそうで、よかったな」

「おう」

 らいと君が言うと、詩音が口角を上げる。ここにいる限り、俺たちはただの学生だ。


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