異形、泥人形と戯れる。
回廊を歩くピンク頭の生物——アイリは急に立ち止まった。
「うぇえぇぇ何か踏んだ。クサっ〜〜!ありえないんだけど!」
慌てて中庭の水溜まりに向かい、靴裏を洗う。
その時、突然水溜まりから泥人形が現れた。
泥人形はゆっくりとアイリに近づいてくる。
アイリは思わず尻餅をついて後ずさった。
泥人形は彼女をジロジロと眺め、値踏みするように言った。
「お前、レイエテ聖国の聖女結衣に似てるな?」
「は?」
「顔が平らな感じが……」
「ああ、日本人っていうことね」
泥人形はフンと鼻を鳴らした。
「結衣は俺からの寵愛を拒否しやがった失礼な女だ。お前はどうなんだ?」
「わ、私? 泥人形様のご寵愛???」
「泥人形様?」
「いえいえ独り言ですわ」
「ああ、これか。城の水道が使えなくてな。一番綺麗な水が中庭のこの水たまりなのだ。だからこの城で一番清潔なのはこの俺だ」
泥人形は両手を大げさに広げ、ドヤ顔を決めた。
「そ……そ……そのようですわね」
「俺が王族専用エリアの薔薇園を案内しよう」
「ご遠慮したく——」
「お前は奥ゆかしいな。さあ行こう」
泥人形が差し出してきた手に、アイリは引きつった笑みを浮かべながら仕方がなく自分の手を乗せた。
本来ここからは、作中一番の胸きゅんイベントである第1王子ルイ・ラーンルートの好感度が9から10に上がる超重要エピソードのはずだった。
手を繋ぎ、美しい庭園で薔薇の花びらが舞う中、お互いの気持ちを伝えあって口づけを交わし、最後は「俺の部屋に来ない?」と囁かれる——アイリも当然、前世で何周もしてしゃぶり尽くした神イベントである。
ところが、現実はどうだ。
城内は肥溜めのように臭いし、王子ルイはただの泥人形。
おまけにロマンチックなはずの庭園には汚物が転がっているという、文字通りのクソ仕様。
散々な状況に、アイリはまだ見ぬ悪役令嬢への呪詛を募らせた。
(どうせ転生者でしょ。私の神イベントをこんな泥まみれにして、邪魔するなんて絶対に許さない。見つけ出したら頭からボリボリガリガリ喰って、スキルごと奪ってやる……!)
相手がどこの誰かは知らないし、持っているのもどうせ大したことのない雑魚スキルだろう。
すでに私の胃袋の中で消化され、本編への出番を失って「ナレ死」を迎えた隣国の聖女結衣。
彼女を喰って奪った『回復魔法(1)』こそが、今のアイリが持つ唯一のヒロインらしいスキルだ。




