俺はモブなんで、もうほんと気にしないでもらいます?
さて、皆さんは前世の記憶というものはご存知だろうか。生まれ変わり、というものだ。自分は昔違う誰かだった。無論そんな記憶なんて誰も所持はしないだろう、なんせ自分たちには前世よりも今生きねばいけない人生があるのだから。
だかしかし、この俺、持木誠人には前世の記憶がある。
そして最期の瞬間、前世の俺は願っていたのだ。
『幸せだったけど、怒涛で波乱万丈で、激動な人生だった。叶うことなら次の人生は平々凡々でありたい』
そして生まれ変わったのがこの俺だ。わいわいと賑やかなクラスの端っこ。景色が見える窓側でもなければ扉側でつまらん黒板を見るだけのぼーっとした男。俺だ。
「はぁ…平和だ」
それが俺の幸せ。誰も話しかけはこない。俺は風景のひとり。なんて平和なのだろう。これが俺の望んだ学生生活だった。何故こんな地味な生活を望んだかというと俺の前世は……、おっと、その前にトイレに行きたい。
俺は椅子から立ち上がって扉の方にくるりと向きを変えた、瞬間。
「きゃっ!」
「わ、悪い!」
キラキラと輝く金色の縦巻きロール(いっとくがここは普通の高校だ)
ツリ目がちの大きな瞳。胸は控えめだけどスレンダーな体つき。紛うことなき美少女。
この学校いちの金持ちお嬢様、金城姫子
振り返る瞬間に肩をぶつけてしまったらしい。あわあわしていたらお嬢様は俺を見上げていうのだ。
「…チッ」
不良顔負けのメンチ顔で舌打ち。ひえ、こわ。
そして俺をなかったことのようにして立ち去っていく。
怖かった…怖かったけど、俺はじーん、と感動していた。
肩をぶつけて普通(?)に嫌がられた…理不尽にデートを申し込まれないなんて…。
…そう、俺の前世はとんでもないラッキボーイ。 前世で女の子と肩が当たれば「痛…っ!もう、なにするのよばか!力強すぎるんだから…私を傷物にした代償にデートしなさいっ」なんてツンデレ美少女にあたるし、屋上でパンでもかじれば美少女のパンチラに遭遇は当たり前。てこてこと登校すれば美少女とぶつかり、教室で転校生だと紹介された美少女に「あー!パンツ覗き魔ー!」なんて言われたと思ったら冷めきった俺の家庭事情を聞いて「…お弁当作ってあげよっか?」なんて言われる。
ギャルゲーのような人生だった…もしかしたらギャルゲーだったのかもしれないけど。
尚、このクラスにもゲームのような主人公がいる。
さっきのお嬢様がまた肩をぶつけた相手(どんだけ当たり屋なんだよ)
「きゃっ!」
「わ、悪い!大丈夫か?ごめんな、小さくて見えなくて…怪我ないか?」
「こ、この私を小さいだなんて無礼よっ…!気安く触らないで!」
「ご、ごめん、倒れたら危ないかと思って…」
「…優しいのね」
「え?」
「…いいわ、私にぶつかった罰として私とデートなさい!真堂太陽くん!」
「え、えぇ!?」
肩をぶつけただけでデートを申し込まれた男。真堂太陽はこのクラスの人気者。とにかく正義感強く真っ直ぐな男だ。
この前、曲がり角で美少女とぶつかって転ばせてパンツ見てたし、屋上でボール投げていたら風に煽られた女子のパンツ見てたし、極めつけはなんでか上から降ってきた女子を受け止めようとしたらスカートの中に顔が入って顔面でパンツを受け止めていた。
間違いなく、あいつがこの学校のラッキボーイという名の主人公だ。
ちなみに金城姫子は俺の前世にもいたお嬢様だが相当押しが強いので真堂頑張れとしか俺は言えない。
今の俺はそれを通りすがりで見るモブ。
前世では夫婦仲も親子仲も冷めていた俺の家族事情だったが、今の俺の家はどこにでもあるような一般家庭(分譲マンション、ペット可)
サラリーマンの父親、次郎とパート主婦の母親、華。名前からして平凡。夫婦仲もいいし母親の飯もうまい。いい、実にいい。中型犬のメスの柴犬を飼っているけど可愛い。名前は小梅。
尚前世では母が犬アレルギー、父が猫アレルギーで実家では動物は飼えなかった。
多分雨の日に捨てられた子犬を抱きあげ「お前も…ひとりぼっちなんだな」とか言ってたのを美少女に見つけてもらうためだったんだろう。見られたし子犬は美少女が飼ってくれた。
懐かしい思い出だ、あの犬はオスだったが今はあいつも生まれ変わって元気なのだろうか、なんてぼんやり思いながら俺はトイレへと向かう。
静かにトイレに行けるなんて本当にいい時代になったものだ。
あの頃は男友達も大変だった。無論男の嫉妬もあったし、どういうわけか拳と拳で語り合って友情が生まれるイベントまであった。…イベントといってしまった、いやあれはもはやイベントだ、1週間に1回はあった、まじで。男友達多かったなぁ俺…。
今やクラスの片隅で一日何人かくらいしか話さない。全然構わない。あの時は放課後は男友達か女の子かですげーもめたもんなぁ。
あの時一番仲良かった、つうか親友というか…ひとり、特別な男友達はいた。
それはそこそこ裕福な俺の家が世話をしない自分たちに代わってあてがった使用人の息子だった。同い年だというようにまるで執事のように敬語で付き従う男だったけれど…幼い頃から一緒だったから気心は知れていた。表情ひとつ変えず、くっそ真面目な顔してずっと俺の恋を応援してくれて、頼りになる男だった。
「いやぁ…いいやつだったよなぁほんと」
前世の俺の無駄な主人公スキルのおかげで仲良くなってくれたんだろうけど…今や俺はなんの取り柄もないモブ。平和は平和だが男友達のいなさ加減に実は若干寂しさも…。
「いいやつ?誰のことだ?」
「うお!?び、…びっくりした…気配なく近付くなって言ってんだろ!?お前は忍びか!?」
トイレを済ませて手を洗いながら過去に浸っていた俺の背後からぬ、と顔を出した男は上紺屋一将
じー、と俺を見たかと思えば普段動かないであろう表情筋を駆使してにやぁ、と笑う…なにそれめっちゃ怖いんだけどまじで…お前昔から笑わなかったけど笑うとそれとか怖すぎる。
…そう、こいつは前世からの付き合い。まさにさっき話していた前世の俺に付き従っていた男の生まれ変わりだ。
なんでわかるかと言えばただのカン。…というのは嘘で、顔や名前は前世のまま引き継いでいたからだ。あとはやっぱりそれとなくもしかして、という感覚もあった。
こいつに前世の記憶はないし、俺は前世とは名前も顔も違う。わかるわけがない、のは理解してるけど…ことある如くにじーっと見るこいつの視線が苦手だった。
「あぁもう、なんだよ…言いたいことがあるなら言えよ、黙って見るなって。お前ただでさえ顔怖いんだから」
「……トイレいく時は俺も誘え」
「なんでだよ!?」
「…友達だろ」
「いや、俺お前と友達になった覚えねえけど」
…お、今のはわかった。ガーン、とショックを受けてしょんぼりしている。…いや、ショック受けられましても。
友達つうのはあれだろ、様々なイベントを乗り越える、もしくは拳を交わしてなるもんだからたまに会話してるだけのやつは友達とは言わないんだ。…と、俺は前世からのあれで思っているんだが…もしや違うのか…?
トイレから出ていくと肩を落としたままの上紺屋が後ろからついてくる。そんなにショック受けなくても…お前はここでも主人公の友達ポジションなんだからイベント起こして親友にでもなりゃいいんだ、何をわざわざモブの俺なんかと…。
「あ、持木くん」
「…!!!」
クラスに戻ろうとした俺に駆け寄ってくれるのは学校いちの美少女、森浦みどり(もりうらみどり)
ふわふわと揺れる天然茶色の長い髪、優しく垂れた瞳、可愛らしい顔立ちにはにこ、微笑みまで浮かべてる。ぼんやりしてることが多くて喋り方も少しゆっくりな所がまた癒される。そして巨乳。
顔よし性格よし体よし、の完璧美少女に俺は思わず動揺してしまう。
「も、森浦さん…ど、どうしたんですか」
「もう、敬語はいらないよ…?」
「ご、…ごめん…」
視線が合わせられずに目が泳ぐ。この超絶可愛い森浦さんも…実はことある如くに俺をじーっと見る。
可愛い。可愛すぎて見れないからやめてほしい。
森浦さんも実は前世からの付き合いで……なんと前世の俺の彼女、そしてお嫁さんになってくれた人だった…。
それこそ完全に主人公スキル爆発で付き合ってくれたであろう最高レベルの美少女だ…ちなみに彼女の立ち位置は今でも変わらず、真堂の仲良い女子のひとりである。きっと攻略難易度一位の女の子だろう。
自分の元嫁が他の男の攻略対象というのもなんとも言えない気分だけども…今の俺はモブ。そして前世は主人公スキルの恩恵があっただけだ。
仕方ないこと、悔しくはない。彼女が選ばれて幸せになってくれたら俺はいいのだ…なんてすん、と浸っていたら森浦さんが可愛らしいクッキーの袋を俺の手に寄せた。
「あのね…この前調理実習で持木くんが作ってた煮付けのお魚、とっても美味しかったの…分けてくれてありがとう。これお礼、クッキー焼いたから…食べてくれたら嬉しいな…」
「え、…い、いいのか…!?」
モブとしてあるまじき幸運。だがしかし持木くんのだから、と渡されては断るわけにはいかない。
調理実習頑張った甲斐があったなぁ。
前世の俺は壊滅的な料理下手だった。どんなにレシピ通り作ってもクソマズ。神がかったクソマズ。
砂糖を手に取ったはずが塩とかそういう典型を取る呪いの主人公スキルだった。
きっと女の子に「もう、不器用だなぁ。しょうがない、私が作ってあげるね?」「はー、お前の飯はうまいなぁ。いい嫁になるな」「も、もうばか…っ!…気に入ったら…毎日作って上げてもいいけど…?」とかいう流れのためだったんだろう…実際やったし…恥ずかしい…。
そんな前世があったからか、モブに生まれ変わった俺は料理にのめり込んだ。料理するのは昔から好きだったが、前世の呪われたメシマズに縛られた時と違う…今はきちんと好きに作れておいしいといってもらえることが嬉しかった。
ちなみに森浦さん以外の女子には「は?男が女より料理うまいとか嫌味?」と睨まれる。森浦さんは前世同様料理好きで話が合ったのがきっかけだった。
昼飯終わった後のおやつにしよう、とほくほくでそれを握っていたらダブルの視線。上紺屋と森浦さんの視線だ。
え、いや、まじ、なに、ほんと…眼力強くて怖い顔とはちゃめちゃに可愛い顔で見られてもですね…。
俺が戸惑っていたら上紺屋が告げ口をするように唇を開いた。
「森浦。持木がひどいんだ」
「うん…?」
「俺を友達じゃないという」
「え、そうなの…?上紺屋くんがお友達じゃないなら…私は…?」
「えっ…!…く、クラスメイト…?」
「…おかずとかおやつとかたくさんあげっこしたのに…?」
「うっ…!いや、でも、その…と、友達ってほら…友達になろう、うん、友達だよな、うん、みたいなやり取りあってこそじゃ…?」
ふたりの視線に責め立てられてもにょもにょしていたら、俺の言葉にふたりが顔を見合わせてから首を傾け、そしてまた俺を見た。
「…お友達の作り方ってそれぞれだから…持木くんがそれでいいならいいと思う…だから、はい」
小さな手が俺の前に差し出される。それを見た上紺屋がずい、と同じように手を差し出した。
それを見ながら戸惑う俺に構わず森浦さんは鈴のような可愛い声、上紺屋の低く響く声で告げてくれる。
「…私とお友達になろう…?」
「俺もだ、友達になってくれ」
じ、と向けられた視線とその言葉に思わず目が潤みかけたのは秘密だ。
あぁやっぱりこのふたりは変わってないな。それはいつかの記憶。
『今日からお友達』
彼女は笑ってくれた。
『…僭越ながらこの俺でよければ…これからずっと、貴方の友でいましょう』
あいつは見つめてくれた。
重なる姿がぎゅ、と俺の胸を締め付ける。今の俺は主人公じゃない、皆が惹かれるようなスキルなんて持ってない。
それでも俺と友達になりたいといってくれる。
あぁやっぱり、大事なふたりだ。今までもこれからも。
「……こちらこそ、こんな俺と友達になってくれてありがとう」
両手を伸ばしてぎゅ、とふたりの手を握った。
それは前世と今世と。泣きそうになるのを耐えて笑えば、ふたりも揃って笑ってくれた。
あぁやっぱりモブはいいな、こんな小さな幸せも大きく感じられるんだから。




