青年、異世界へ立つ
ヒーローになりたい。
子供のころであれば、誰でも一度は願うことである。
斯く言う俺も誕生日に買ってもらった、某鏡の中の世界で戦う特撮ヒーローのベルトを巻いて鏡に突撃し、母親に叱られたことがある。
そんな過去もあったが今では遠い昔のことであり、ただの笑い話になっていた。
現在、俺は俳優になるために、とある芸能事務所に所属している。
そして、なんと先月行われた特撮ヒーローのオーディションに合格し、見事主役での出演が決まった。
まさか子供の頃の夢がこんな形で叶うとは夢にも思わなかったが、今の俺は違う意味でこの仕事を得られたということに喜びを感じていた。
それもそのはず、いまや大抵の俳優の仕事はシャイニーズという大手のアイドル事務所が独占状態になっており、普通の事務所の俳優が売れるのは難しくなっている。
しかし、特撮ヒーロー出身の俳優は別で、この仕事の後からかなり売れている人がほとんどなのだ。
そんなわけで、今後の俺の俳優生活はこの仕事にかかっていると言っても過言ではなく、かなり緊張していた。
そんな精神状態であったが気付いた時には撮影日になっており、今日は一番の見せ場である変身シーンの撮影が行われる。
俺はスタッフと念入りに打ち合わせを行い、とうとう撮影本番を迎えた。
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真夜中の廃工場、俺の前には蜘蛛人間みたいな不気味な怪人、後ろには怯えている少女がいる。
俺の腰には謎の装飾のされたベルトが巻かれており、俺は向かい合っている怪人を睨みつける。
ちなみに俺が変身するヒーローはレイヴという名前で、見た目はドラゴンがモチーフになっており、他の特撮ヒーローに比べてリアルな印象をうける。
俺は個人的にカッコいいと思うが、正直小さい子はどう思うかわからない感じかな。
俺は打ち合わせ通りに、足を肩幅に、左手を左腰の辺りに添え、右手は握り拳を作り左から右にスライドさせ顔の前に持ってくる。
そして、力強く大声でお決まりのセリフを叫ぶ。
「変身!」
そう叫ぶと同時になぜか目の前が真っ白になり、そこで俺の意識は途絶えた。
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「ん……どこだ、ここ?」
起き上がって辺りを見回してみると、一面緑であった。
というか完全に森の中にいる。
うん……状況がまったくわからない。
さっきまで、確実に撮影をしていたはずだ。
証拠に、黒のインナーに黒のズボン、極めつけに黒のロングコート……完全にイタイ奴だが、これは撮影の衣装だったものだ。
撮影じゃなければ、絶対にしない格好であることは間違いない。
まあ、そんなことより現状をどうするかが問題だ。
夢という可能性も考えられるが、仮に夢だとしてもここから動かなければ何も始まらない。
「さて、どう進むか……」
森の中で道もない状況に頭を悩ませていると、遠くから何か悲鳴のようなものが聞こえた。
俺は叫び声が聞こえたほうへ全力で走っていくと、木の少ない場所で金髪の女の子が、棍棒を持った2
くらいの頭が豚の化け物に担がれていた。
女の子は気を失っているみたいで、化け物はゆっくりと歩いている。
ここで俺が出て行っても、あの化け物に軽く撲殺されてしまうだろう。
アクションの指導は少しは受けたが、こんな状況に役立つようなものではなく撮影のためだけのものある。
かといって、見捨てるわけにもいかない。
「くそっ、どうしたらいいんだ……」
その瞬間、急に腰の辺りに熱を感じ、見覚えのあるベルトが出現した。