森の伝説
夜の森を歩き、カールは村へ帰ってきた。カールが森を抜けて村へ着いたのは、もう昼近かった。
その日は新年明けての、新学期だった。大人たちは仕事に、子どもたちは学校へ行っている時間であった。
カールと魔女が村を歩いていても、誰にも出会わなかった。
チラリ、チラリと向こうに人がいるのは見えたものの、誰もカールに気を留めなかった。だから、誰にも会わず、カールは自分の家までたどり着いた。
フゥと大きく息をついた。
半年ぶりの自分の家が、妙に他人行儀な空気に感じる。もう、この家にカールの影は見当たらないように思えた。
怒られるよな。
と、カールはためらった。両親に会いたくないわけじゃない。だけど、勝手をして半年も行方をくらましていて、今更どうやって会ったら良いのか、子どもなりに色々考えた。
「ほら、早く入りな。」
魔女に促されて、カールはやっと扉を叩いた。
―トントン―
そして返事を待たずに、扉を開けた。
陽の入る明るい室内には、暖炉の火が細く残っている他は動くものは何もなく、誰もいなかった。
「母ちゃん?」
遠慮がちにカールが声をかけても返事はなかった。
夏の間は畑に出ている母親は、冬は家にいることが多い。しかし、返事はない。
カールが開けっ放しにした扉の前で立ち尽くしていると、背後から足音が聞こえた。
「カール!?」
カールが振り向くと、そこにはものすごく恐ろしい形相をしたカールの姉が立っていた。そして、手に持っていた魚を振り上げると、飛び上がってその魚で襲いかかってきた。
「こらー、カール!今までどこ行ってた、このバカものがー!!」
重量のある大きな魚でバシバシと叩かれるカールを見て、魔女は何かを思い出しそうになった。
「ごめん、ごめん、ねえちゃん、ごめん!」
「ゴメンじゃない!このバカが!とーちゃんとかーちゃんがどれほど心配したと思ってんの!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
あまりの大騒ぎに、奥の部屋からカールの母親が現れた。
そして目も口も手も、いっぱいに広げて、駆け寄った。
「カール!」
母親はカールを抱きしめた。
震えながら抱きしめて、何も言わなかった。
「とーちゃん探してくる!」
カールの姉は、手に魚を持ったまま、外へ駆け出した。
「かあちゃん、ゴメンよ。」
カールは何度も謝った。
母親はやっと顔をあげると、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだった。だけど、カールはそれが本当に嬉しかった。
こんなに心配してくれて、こんなに喜んでくれたのだ。
その顔を見て、心底悪かったとまた反省した。
「かあちゃん、ゴメンよ。」
「よかった・・・」
母親はそれだけをやっと言った。
ひと時すると、猟銃を持った父親が帰ってきた。(猟に出ていたのだ)
そして一家四人がそろって、抱き合って泣いた。姉だって、あんなに怒っていたけれど、だけどやっぱり嬉しくて、弟が帰ってきて嬉しくて、抱きしめて泣いた。
どこへ行っていたんだ。
何をしていたんだ。
聞きたいことはたくさんあるけれど、両親とも何も聞かなかった。帰ってきただけで良かったのだ。
竜に食われて無残に死んだと思っていた息子が、元気に戻ってきたのだ。これ以上何を望むと言うのだろう。
なんという幸せだろう。
魔女は、カールを連れて帰れて良かったと心から思った。
それにしても、カールもヘンな子どもではあるが、カールの姉も負けていないと魔女は思った。
だいたい、なぜ弟を怒るのにあんなに叩くのだ。
それから少し落ち着いて、家族がそれぞれ椅子に座ると、姉はまた小言を言い始めた。
「だいたいねぇ、あんたどこ行ってたの?なんで何の連絡もよこさないのよ。どれだけ心配していたと思ってんの?母ちゃんなんてね、あんた追っかけて死にそうだったんだからね。」
矢継ぎ早にカールを責めるわりに、口を挟ませずにまくしたてた。
聞いているなら返事を待て、姉よ。
魔女は、仕方なく助け舟を出すことにした。
「カールは森で竜に襲われて死にそうになったのです。その後、記憶を失いまして、帰ってくるのが遅くなったのです。申し訳ない。」
魔女が横からそう言うと、家族はそこに魔女がいたということに今気づいた。
「あ!ジクムント!?」
姉が魔女を指さして笑った。女装したジクムントに見えたらしい。
「何言ってるの。」母親が姉を制した。それから、
「旅のヘクセ様。カールを連れて帰ってくださって、ありがとうございます。」
と言って、両親は魔女に礼をした。
記憶を失ったのは、カールではなく魔女なのだが、仕方がない。
「ヘクセ様がカールを助けてくださったのですね。」
父親が改めて礼をしようとすると、魔女は首を振った。
「竜を倒したのはカール自身ですよ。カールは自分ですべて始末できたのです。だから、カールを責めないであげてください。」
少し話を誇張したような、曲げてしまったような気がしないでもないが、そういうことにしておいた。
カールは嬉しそうな顔をしていたものの、内心は複雑だった。実際に小鬼を仕留めたのはただの偶然であるし、結局カールは旅の間、ただのウソつきだったのだ。それが大きくなって、自分が竜になってしまうところだったのだから。
だけどカールはその傷を忘れない。だからきっと大丈夫だろう。
そう信じて、魔女はカールのことを立派だったと両親に伝えたのだった。
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カールが家に戻ってそのすぐあとのこと。
魔女は森の泉を探しに行った。カールも連れて行った。
森へ入る、人の踏み均した小道を歩いて行くと、二人の行く手をふさぐように倒木が横切っていた。
「まだ行くの?」
それでも先へ行こうとする魔女を見て、カールが尋ねると、魔女は振り返っておいでおいでをした。
「ほら、ご覧。あそこに泉があるんだよ。」
魔女が指さした方を見ると、確かに倒木の向こうに木々に隠れるようにしながらも、泉の水がキラリと光るのが見えた。
「ホントだ。」
二人は倒木を乗り越え、木々をかき分けて歩きすすんだ。
藪を手で避けると、目の前に美しい泉が現れた。
「うわー、すげぇ!」
カールはその泉の清らかな輝きを見て、思わず歓声を上げた。
真冬なのに、泉の周りには緑の草が生え、しかし、雪がほんのりと積もって薄く粉砂糖を振りかけたようにキラキラと光っていた。
それから魔女は、傍らに立つ小さな家の前に立つと、両腕をあげてまじないを唱えた。
カールには、家がまるで生き返ったかのように見えた。実際、少しガタついたようなところは綺麗に直り、家を覆っていた枯れた蔦も消えてしまった。
「おや、まあ。」
二人が家に入ると、魔女は声をあげた。
その家に、人の気配があったからだ。どこの家にもあるような、鍋やコップやスプーンが、たくさん机の上に置いてあって、まるで実験でもしているかのようだ。
その横には、たくさんの子どものノートが置いてあって、学校の宿題をここでやっているかのような生活感があふれていた。
魔女はそれをみて、ふふと笑顔になった。
ノートをチラリと見て、感心したように頷き、コップの中に入っている水の香りを嗅いで、驚いて息を吸った。
そこへ、扉が開かれた。
「あ!」「あ!」「あ!」
「ア――――――――!」
子どもが3人、大声を上げた。
「カール!」
「フィデリオ、ジクムント!」
3人は駆け寄って、信じられないというふうにお互いの顔を見やって、そして手を握った。フィデリオだけが泣いていた。
カールとジクムントがフィデリオの顔を覗き込んで慰めていた。
魔女は感慨深く3人を眺め、カールがどうして竜にならずに戻ってこられたのかを知ったのだった。
― カール、待って!
― 僕もカールと一緒に行けば良かった。
この2人の声がなければカールは戻ってこられなかっただろう。
他人のために何かをする、それは一人ではできない。カールは家族のために、またここにいる2人の友だちのために戻ってきたのだ。
竜は誰でも成りうる。
だけど、カールにはこんなに素晴らしい友だちがいたのだ。だから、竜にならず戻ってくることができたのだった。
― 僕もカールと一緒に行けば良かった。
その思いがある限り。誰かのために生きることを忘れないだろう。
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春になったある日、カールは友だちのフィデリオとジクムントを連れて、森の奥へ行くことにした。
この森に、竜はもういない。それを探しに。
この村に伝わる森の伝説は、こうして新しく書き換えられた。
― おしまい ―




