誓い
カールは小さなころから竜を見てみたかった。竜とはいったいなんだろう。でっかい爬虫類みたいで、火を吹いたり、大きな羽で飛んだりするらしい。きっとカッコいいんだ!カールは竜に憧れていた。
そのカールの竜熱に水を差そうとしたのが、カールの祖父、パウルじいさんだった。
カールはパウルじいさんが大好きで、よく一人でじいさんの家に遊びに行った。近所なので、両親もよくわかっていた。それにカールの叔父さんが住んでいて、よく遊んでくれるのだ。叔父さんと言っても、カールのお父さんの歳の離れた弟で、カールから見れば随分と若く見えたので、お兄さんのように遊んでもらっていた。
カールのお父さんは、3人兄弟だったらしい。今は2人しかいない。なぜなら、カールのお父さんのお兄さんは若いころに死んでしまったからだ。
なぜ死んでしまったかは、パウルじいさんが話してくれた。それが、竜を見てみたいカールに水を差すことになったのだ。
おじいさんは、カールにこう言った。
「いいか、絶対に森の奥に行くんじゃないぞ。」
これはどこの家でも言われることだ。この村ではそういう決まりになっている。森は危険だからだ。森で迷うと帰ってこられなくなる、なんて生易しい話じゃない。森の奥には竜がいるというのだ。だから絶対に帰ってこられなくなるから、入ってはいけないのだ。大人たちはそれは真剣に教え込んだものだった。
だが、パウルじいさんの話は一味違った。それは体験に基づいているからだ。
竜を見て戻ってきたものはいない、とは言うが、どういうことであろうか。
「あれはわしが、まだ結婚する前のことだ。」
パウルじいさんはパイプをふかしながら話し出した。傍らでカールが大きな毛のふさふさの犬によりかかりながらその話しを聞いていた。
「そのころ、森に竜がいるって話しがあってな。」
「今と一緒じゃん。」
「いいから黙って聞け。それで、度胸試しが流行ったものよ。」
「度胸試しってなに?」
「度胸試しってのは、まあ、肝試しみたいなもんだ。竜を見てきて戻ってくるっていうのがな、若いやつらで流行ったのよ。」
「ホント!?みんな、見に行ったの?」
「そうさ。だけど、結局竜を見れたヤツはいなかった。森には魔女の印があってな、それ以上先には進めなかったんだよ。見えそうなのじゃが、よく見えないのじゃ。きっとそれも魔女の魔法なんだろうなぁ。」
「魔女の印?魔女って、魔女?」
カールは魔女のことも知らなかったので、急に顔をあげて祖父に聞いた。
「そうじゃ、お前、魔女を知らないのか。魔女ってのは、昔森に住んでたんじゃよ。」
「ホントに?俺、母さんに聞いたことあるけど、よく分かんなかった。見たことあるの?」
カールは見たことがないものは何でも見てみたいのだろう。乗り出して聞いてきた。
「魔女をか?あるとも。わしがまだ学校に上がる前には、いたんじゃよ。だけど、そうじゃな、多分、封印をしに行ってからいなくなってしまったんじゃないかな。いつの間にか見なくなったからな。優しくて大好きだったよ。」
祖父は遠い目をして懐かしむようだった。
「すごい!森に魔女がいたんだぁ。魔法は?魔法も使ってた?」
「ふん・・・そうじゃな。わしは小さかったからあんまり覚えとらんが、多分使ったんじゃないだろか。お母さんから魔女の魔法の言い伝えも聞いてるだろうが。」
「うん、まあね。でも、魔法でしょ?見てみたいなぁ。」
カールはまた、犬によりかかり頭を付けて毛を撫でていた。
「お母さんが言うことはみんな本当のことじゃ。ちゃんと聞くんじゃよ。」祖父はパイプをふかしながら言った。それからまた話を続けた。「とにかく、森には魔女の印があって、竜のところまでは誰も行けなかったんじゃ。だけど、わしはそれではつまらんと思ってな、何度も何度もそこへ通った。悪ガキどもと何人かで行っては、そこでチャンバラとかしてな。ようは森の奥まで遊びに行っていたんじゃよ。」
「なんだ、じゃあ、結局森の奥に行ったって、平気ってことじゃん。」
カールはのんびりと言った。どっちにしろ祖父は竜を見ていないし、森も危険ではなさそうだった。
パウルじいさんはパイプを置き、少し声色を低めて小さな声で言った。
「そうじゃ、あの時までは、危険じゃなかったのじゃよ。しかし、今はいかん。絶対に森に入っちゃいかん!」
小さく鋭い声で言ったパウルじいさんの声にカールは妙な迫力と怯えを感じた。カールは何も言えず、静かになってパウルじいさんの次の言葉を待った。
「あの日、わしらはまた度胸試しに行った。村の悪ガキ3人でな。何か森から聞こえたような気がしたのじゃよ。それで、わしらは絶対に竜が見られると思ってな、魔女の印のそばに立って、その奥のほうをジーッと見てたんじゃ。
耳をすますと、確かに何か吠える声が聞こえてな、3人して怖くなって、木に隠れることにしたんじゃ。わしは木登りが下手じゃったから、あんまり高くない木に登ろうとしていたのじゃよ。他の2人は魔女の印のある木にするする登って、すぐに上の方で葉っぱに隠れておった。
その時、急に耳元でワ!って言う大きな声がしたように感じたんじゃ。誰も耳元になんていなかったのに、そう感じたんじゃよ。3人ともそう思ったんじゃ。その時、魔女の印のある木に登っていた二人が、驚いて木から落ちたんじゃ。」
カールはパウルじいさんの話に相槌も打てず、ほとんど息もしないで聞き入っていた。
「大きくて太い立派な木だったのに、二人は枝を折ってしまった。どっちが折った枝かはわからんが、とにかくその枝が、魔女の印に傷をつけたのじゃ。」
「傷?」
「そうじゃ、こう、ガリっとな。」
パウルじいさんは大きな手をこわばらせて、何かひっかくような動作をして見せた。それから少し黙った。パウルじいさんが置いたパイプから煙が静かにたなびいていた。
「それで?それで、どうなったの。」
カールに先を促されて、パウルじいさんは急に夢から覚めたかのように気が付いた。
「ああ、それでな、あちこちからブワーっと風が吹いたんじゃ。急に嵐みたいになってなぁ、わしらは大慌てで叫んだ。ものすごい臭いがしてきて、臭いに捕まったら戻れなくなるんじゃないかと思ってな、すっ飛んで逃げたのよ。あとから考えて、あの時、魔女の封印を壊してしまったことがわかったんじゃ。」
「ええー・・・」
カールは何も言えなかった。魔女の印を壊したのが自分の祖父だなどと、思いもよらなかったのだ。それどころか、魔女の印が本当だったことも驚きであったし、それが壊れてしまっていることも考えもしなかったのだ。どちらにしろ、カールにとっては魔女の印など本当のことだとは思っていなかった。
「度胸試しなんてするんじゃなかったと、後悔したよ。ずっと、ずっとな。」
パウルじいさんがはジッと押し黙ってしまった。カールだって、こんな時なんて声をかけて良いのかわからなかった。だけど、カールには、パウルじいさんが忘れたいようなこんな話を話しているのは、カールのためだということが分かっていた。だから、ちゃんと最後まで聞かなければならないと分かった。
やがてパウルじいさんは、顔をあげてカールに聞いた。
「お前の父さんには兄がいたことは知ってるか?」
「うん。」
「そいつもな、カールって名前だったんだよ。」
「そうなの?俺と同じ?」
「ああ、カールって名前はウチの家系じゃ多いんじゃよ。わしの父さんもそうじゃった。それでわしも、長男にはカールと名付けたんじゃ。」
「ふうん、じゃあ俺、伯父さんと同じなんだ。」
「まあ、そうじゃ。お前が生まれる前に死んじゃったがなぁ。」
「カール伯父さんはどうして死んじゃったの?病気?」
カールが聞くと、パウルじいさんはカールをジッと見つめた。そして脅すような声色で言った。
「竜に食われたんじゃよ。」
パウルじいさんの迫力の告白に、カールは怖くなり、犬をギュっと抱きしめた。キョロキョロと相手の目だけを見て、二人でしばらく見詰め合っていた。それからやっと、カールが言った。
「ホント?」
これだけ竜の言い伝えを聞いておきながら、実感がわかないのは、実際に竜を見たり、竜に殺された人が身近にいないからだ。しかし、ここで聞いたことは本当のことで、まさか自分の伯父さんが竜に食べられていたとは思いもよらなかった。でもこれで、カールは竜が本当にいるということがやっと身近に感じられたのだ。
「本当じゃ。あいつは竜が見てみたいと言って、わしが行ってはいけないと言うのも聞かずに、わしに内緒で行ってしまったんじゃ。度胸試しの話なんぞ、しなければ良かった。もう封印はなくなっていたんじゃから。わしらが封印を壊してしまったために、わしは子どもを失ったんじゃよ。だから、良いか、絶対に行くんじゃないぞ。」
カールは無言で頷いた。パウルじいさんが怖かったのだ。
「息子の後にも、何人か子どもがいなくなって帰ってこなかった。それを探しに行った親も戻ってこなかった。討伐隊を作って、大人たちが10人で出かけて行っても、それも一人も戻ってこなかったんじゃ。」
パウルじいさんの話は、お母さんが教えてくれる村の伝説ではなくて、本当に体験してきたことばかりだった。実際に討伐隊まで作って竜退治に行った話など初めて聞き、カールが軽々しく竜を見たいと言うことは、パウルじいさんから見れば、ふざけたたわごとなのだろうということが分かった。
「わしも、カールも森へ行ったからな、お前まで行ってしまうんじゃないかと思って、わしは気が気じゃないのじゃよ。頼むから、森へは行かんでくれ。」
「うん。」
パウルじいさんはずっとそのことを後悔しているのだろう。だからこんなにカールを可愛がってくれているのかもしれない。何にしろ、パウルじいさんは竜の話など聞くことも言うことも辛いはずなのに、カールのためにその話しをしてくれたのだ。後悔の中にあっても、ただの後悔にとどめず、孫への教訓として生かすためにすべてを語ってくれた。
カールは納得した。10人も大人が(きっと武装して)行って戻ってこなかったのなら、本当に誰も戻ってこられないのだろう。
しかし本当にそうなのだろうか。カールは家に戻る道々、考えた。
パウルじいちゃんは?
パウルじいちゃんは、封印を壊してしまって、それでも帰ってきたじゃないか。封印のそばまでなら行けるんじゃないのだろうか。じいちゃんはそこから竜を見ようとしていたのだから、もしかすると封印がなければ、そこから竜が見られるかもしれない。封印の場所までならきっと大丈夫なんだろう。
だいたい、竜はいない、っていう友だちもいるが、自分の伯父が実際竜に食べられて殺されたのなら、竜はいるんじゃないか!竜は本当にいるんだ!見てみたい!
カールは考えた。パウルじいちゃんにあれほど頼まれたのに、森の奥へ行くのは、じいちゃんに悪い。じいちゃんが生きてるうちは、やめよう。
そうして、パウルじいさんが、カールの竜を見たいという野望に水を差そうとしたことは、むしろ逆効果で、火に油を注いだという結果になり、カールはきっと近い将来竜を見に行ってやると心に誓うのだった。




