聞きたくないもの 4
誰もが無言で森の中を走り抜ける。
先頭には鷲を飛ばしながら走るタイチ。自分の隣りにはいつもの様にセーアが居た。ジュニは少し後ろからついてきている。
フミはそっとセーアの顔を窺った。
先ほどまでの怒りは今の表情からは読み取れなかった。セーアはきっと勝手な行動ばかりをとる自分に呆れているんだろう。
その上、危うく不注意で怪我をするところを助けられては救いようがない。ここまで自分の為に来てくれたセーアに感謝してもしきれない。
「何? どこか痛いのか?」
視線を感じたのかセーアが不思議そうにこちらを見る。
「ううん、ありがとうね」
フミはお礼を言った。こんな事では伝えきれないけれど。
「いいや」
僅かに口元を上げてセーアは笑い、目を細めた。いつもの表情を作るセーア、それだけでフミの中にあった不安が和らぐのを感じた。
夜明けギリギリのところで四人は集合場所の館へ飛び込んだ。
一階の会議室には既に他のメンバーは辿りついておりルネが腰掛けていたテーブルの前には8つの銀製の皿が並んでいた。
「間に合ったー!」
タイチがにっこり笑いながらポケットから自分の分の皿をルネに渡した。
ジュニも一緒に渡す姿を見ながら周りを見渡す。
セーアとペアだったブルーもちゃんと帰ってきていた。セーアは彼に皿を先に渡していたようだった。
全部の皿を受け取ったルネ口を開いた。
「全部集まった。お疲れ様だったね、今回はなかなか渋とかっただろう? みんなの行動結果を回収してまた反省会の招集する予定だからよろしくな」
そのままルネは解散を告げたことでみんなが会議室から出て行く。
皆、安心した顔だった。この演習でもし成功できていなかったら地獄の筋トレを受ける羽目になるのだから。
ほとんどの者が姿を消し、数人が入り口の所で話しているだけになった。
「フミ、悪かった」
窓際に居たフミにジュニが近づいてきて頭を下げた。
「なんで謝るの? ジュニは何も悪いことしてない」
フミは驚いて首を振る。
「いや、今回てこずったのは全部俺のせいだ。俺、フミと一緒に行動したくて無理矢理今回のペアを交代しただろう? だからフミはいつもの力を出せなかった」
「そんな事ないよ」
確かにいつもと勝手は違ったが、きっとジュニにも同じことを言えるはずだ。彼ばかりが悪いわけではない。
「ありがとう。そういってくれるだけでもうれしいよ」
安心したように笑ったジュニだったが、少しして真面目な顔になる。
「…あのさ、さっきの返事してくれるか?」
「え…?」
さっきの、という言葉にフミは思い当たり顔が真っ赤になるのを感じた。
彼はフミに付き合って欲しいといったのだ。
その返事…。
答えに窮しているとジュニは尋ねる。
「好きな奴がいるのか?」
スキナヒト…? 頭の中になぜか声がよく響いた。
「だから、俺に答えるのを躊躇ってるのか?」
躊躇う、そうだ自分はためらっている。
ジュニはとってもいい人で魅力的だ。
あのイリーナの太鼓判さえもある。けれど自分は彼と付き合っている所を想像できていない。
無意識に右手の甲を左手で撫でていた。
そのことに気付いて苦笑する。
それは、そう。本当はずっと分かっていること。
自分はジュニではなく――…
「フミ怪我はなかったか?」
「セーア…」
セーアが扉の近くからいつの間にかすぐ側まで来ていた。
そして、フミは素直に自分自身で認めることにした。
ずっと自分の中で隠し続け認めてはいけない思い。一番の安心を与えてくれる声、仕草、存在それは全てセーア、彼にあるのだ。
「俺が今、フミと話しているんだ。邪魔をしないでくれ」
ジュニが鋭くセーアを睨みつける。
「邪魔じゃなくて心配なの」
セーアが切り返す。フミに近づいて顔を覗き込む。
「ちょっと顔色悪いけど、大丈夫か?」
小さく耳元で囁く声にフミは頷く。彼の声だけでフミは安堵感に満たされるのと同時に少しの怯えを得る。
「おい、離れろよ」
乱暴にジュニがセーアを押しのけた。苛立った様子でジュニはセーアと向かい合った。
セーアは少し不満そうにフミを自分の横に置いた。
「お前はフミに構い過ぎるんだ、俺はフミに付き合ってくれるように言ってる。お前は必要ない」
セーアにそのままを告げるジュニに、フミは戸惑った表情で彼を見つめる。
「フミはジュニとは付き合わないよ。フミだって俺といる事を嫌がってない」
フミの腕を引くようにセーアは自分のもとへ引き寄せる。肩を抱きしめられる手に力がこもるのを感じる。
「そうだろう、フミ?」
優しい顔で自分を見たセーア。
それを見たジュニが苛立ちと呆れが入り混じった声を出した。
「お前さ、おかしいよ」
ジュニの声質が変わったのを感じて、フミは瞼を硬く閉じた。
許されるなら耳も塞いでしまいたい。
―――お願い。ジュニ、言わないで、分かってる事なんだから。
「セーア、いい加減にしろよ。フミにあまりにも近すぎだ」
ねぇ、これ以上はお願いだから…
思いはフミの唇に乗る事はなく、手のひらを強く強く握り締めるしかない。
「フミは、セーアお前の…」
フミの中で何とか保っていた感情の堤防にヒビが入るのを感じた。
「…姉だろう?」
ここまでお読みいただきありがとうございました。
そう、姉でした。