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昼下がりのkamome café  作者: はる
kamome caféの紗羽
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9/42

種明かし

「ふうーん、佐久間くん、やるやん。いつの間に紗羽ちゃんとそんなに仲良くなったん?」


 美咲さんが満面の笑みで佐久間くんに尋ねる。


「え、なんですかそれ?」


 美咲さんの笑顔の圧に、佐久間くんがひるんでいる。


「だって今まで紗羽ちゃんのこと、佐伯さん、って他人行儀に呼んどったのに! いつの間にか紗羽さん、なんて! ちょっとええ感じやん?」


「別にそういうんやなくて、単純に高校生同士やし、ええかなってなっただけです。……ですよね? 紗羽さん」


 佐久間くんに視線を送られ、思わず言葉に詰まる。

 ええーと、そういう感じだったっけ……?


「う、うん、そうやんね、佐久間くん……やなくて、凪くん?」


 私も佐久間くんを名前で呼んでいるのを聞いて、美咲さんは更に目を輝かせた。


「ええー、ちょっと待って、私の中でトキメキが止まらんねんけど……! 二人がかわいすぎて涙出てきそう!」


 ……これ、たぶん、私がちょっと恥ずかしがってるのがバレてしまってるから、美咲さんはこんな反応してるんだろうな……

 平常心! 平常心だ私! 佐久間くんみたいに何食わぬ顔をして、名前で呼ぶんだ……!


「別にほら、私、このお店の人みんなに名前で呼ばれてるし……だからそっちのほうが自然やし。凪くんとも同じ高校生で、片方だけ苗字で呼ぶのも変でしょ? それで」


 いや、ここまでいちいち説明するのも言い訳くさい?

 ドツボにはまってる気がする……もうあんまり変なこと言わないようにしよう。

 美咲さんはずーっとニヤニヤして私たちを見ている。

 なんか……佐久間くんもごめんね……美咲さんに変な勘違いされてるかもしれないなんて、申し訳ない……





 バイトを終え、美咲さん、佐久間くん、私の三人でカフェを後にする。

 もう日が暮れて真っ暗だ。でも晩夏の夜は、空気がひんやりして心地良かった。


「今日最後の方忙しかったねー!」


 美咲さんがぐるぐる肩を回しながら言う。


「なんかお客さんが来るのって、波がありますよね? 来ない時は全然来なくてガラガラなのに、一組来たら、その後はどばーっとまとめて入ってきて一気に満席になっちゃうの」


「ね! 平均して来てくれたらこっちは楽やねんけど、そんなんコントロールできへんもんねえ。でも無事終わって良かったあ」


 三人でのんびりした気分で歩いていると、少し離れた街灯の下に大きな人影が見えた。


「あ」


 美咲さんが声を上げる。


「トモ」


 美咲さんの彼氏の天嶺さんが、街灯の下に立っていた。

 どう見ても美咲さんを待ってた……んだよね?


「やっと帰ってきたか、美咲」


 天嶺さんがそう言って近付いてくると、美咲さんはご機嫌で天嶺さんの方に走っていって、突然天嶺さんにぎゅっと抱きついた。

 え!?

 私はめちゃくちゃびっくりして立ち止まった。佐久間くんも同じようにして、目を真ん丸にして驚いている。


「わー、トモや! 今日忙しくってちょっと疲れてもたー!」


 両手を天嶺さんの背に回し、抱きついたまま美咲さんが笑っている。

 天嶺さんもうれしそうに美咲さんを抱きしめた。


「そしたら迎えに来て正解やったな」


「うん!」


 そして美咲さんは、くるっと私たちの方を振り返った。


「そしたら二人とも、おつかれさま!」


 笑顔で私たちに手を振り、二人は駅の方向じゃなくて……あれは地下駐車場の方だ。そっちに向かって歩いていった。

 私は突然のことにものすごく驚いて、言葉もなく二人を見送った。

 二人の姿が見えなくなったところでようやくはっとして、隣の佐久間くんをそっと見てみると、佐久間くんも二人が去っていった方向をずっと見つめていた。

 ……あ……佐久間くん、傷ついてたり……するのかな……

 そりゃそうか。

 バイトの帰り道に、好きな人のラブシーンがいきなり飛び込んでくるんだもん。ショックを受けて当然だ。

 姿の見えなくなった二人の歩いていった方向を見つめていた佐久間くんは、少し考えるように視線を落とした。


「あの……佐久間く……凪くん、大丈夫?」


 私は恐る恐る声をかけた。

 声をかけていいのかどうかも分からないけど。

 私の声を聞いて、佐久間くんはえ? と言いながら私に視線を移した。


「大丈夫って、なにがですか?」


「え、あの、だって」


「あ、まあ、俺らみたいな高校生には刺激が強いですよね。……そういう意味ですか?」


「えーと……そう、なのかな」


 確かにリアルで男女が抱き合ってる姿なんて見るの初めてかも。あの、いつも優しいお姉さんの美咲さんが、あんな風に男性に抱きしめられているのとか……

 うわ、思い出したらめちゃくちゃ恥ずかしくて顔が熱くなってくる。

 でも佐久間くんの表情は、全然恥ずかしがっている風でも、傷ついている風でもなかった。


「天嶺さん、やっぱ体幹すごいですよね。もちろんプロのアスリートだから鍛え方がちゃうんでしょうけど。あの身長差のある高瀬さんを抱きしめても、全然体幹が揺らがないし。そのまま少し抱き上げてたの、見ました? ああいうんも、無意識のうちに体のバランス調整してたんですかね」


「え、なにそれ?」


 佐久間くんがいきなりわけの分からないことを言いだしたので、私は首をかしげた。

 あの二人のラブシーンを見て、天嶺さんの体幹のこと考えてたの!?

 それは美咲さんから意識をそらすためにしてたとか、そういうわけじゃなくて?

 私がぽかん、としていると、佐久間くんは私を見て少し恥ずかしそうにした。

 いやいや、今恥ずかしがるの!?


「あ、すみません、変なこと言って。俺、中学の時陸上やってたんですけど、故障してやめちゃったんで……。天嶺さんみたいなアスリートの人の、故障しないための体作りとか、どうやってるんかなって気になって。体をかばうために本来の目的じゃない場所を鍛えるとかやなくて、必要な箇所をどう効率的に伸ばしていってるんかを知りたいなって思ったんですよね」


「え、陸上……?」


「はい。高跳びやってました。今はもうやめましたけど」


 そうだったんだ……

 確かに運動部の子だったら、プロのアスリートの人のことが気になるのは当然だ。

 え、あれ? でも美咲さんは?

 佐久間くんは美咲さんが好きなんじゃないの?

 美咲さんより天嶺さんの方が気になってるの?

 私が言葉もなくじっと佐久間くんのことを見ているので、今度は佐久間くんが首をかしげた。


「どうかしましたか?」


「私、凪くんは美咲さんのことが好きで……だから天嶺さんと一緒にいるところを見てショックを受けてるんちゃうんかなって思ってた」


「え?」


 佐久間くんは大きく目を見開いた。これ、本気で驚いてる?


「そんなん思ってたんですか? え、それ、まさかバイト先の他の人もそんな風に思ってます?」


「他の人は分からんけど……でも私は思ってたよ。だって凪くん、美咲さんが近付いたら変に避けたり、エプロンの縦結びもかたくなに結びなおしてくれるん拒否したりして。めっちゃ意識してるように見えたから」


「マジですか」


 佐久間くんは手のひらで顔をごしごしこすった。


「そんなん、普通にあんなきれいな人おったら、びびって近付けんくないですか? 変なこと言ったりしたりしたらどうしようって思うし。それこそ天嶺さんみたいな、高瀬さんのことを好きなコワモテの人にシメられるかもしれんって思ったら下手に近付くべきちゃうって思うし。君子危うきに近寄らずっていうか……俺は別に君子でもなんでもないけど。危機管理です」


 危機管理!!!

 ものすごい言葉が出てきた!

 美咲さんに近付くのは佐久間くんにとって危機だったの!?

 今までずっと、佐久間くんは美咲さんのことが好きだと思ってたのに……!

 あまりにも想像と違っていたので、私は思わずぷっと吹き出してしまった。


「ちょ、ちょっと、美咲さんが危機って! ひどくない? あの美咲さんと関わることが凪くんにとっては危機的なことなんて、普通想像できへんやん! おもしろすぎるねんけど!」


 あの、美咲さんに近付かれて慌ててたのとか、顔を赤くして避けてたのとか、全部自分の身の安全のためだったなんて……!

 笑いすぎて目のはじっこに涙が出てきてしまった。


「信じられへん。私やったら美咲さんみたいな素敵な人、近付きたくて仕方ないのに」


 私があまりにも笑っているので、佐久間くんは戸惑っているようだった。


「いや、そら女の人同士やったら大丈夫でしょうけど。あの天嶺さん見たら、そんなのんきなこと言ってられへんでしょ」


「あー、まあね、確かにね? 天嶺さん、凪くんと美咲さんが顔近付けて話してるの見て、ほんまに襲い掛かりそうなくらい怖い顔で見とったもんね」


「殺されなくて良かったです」


 佐久間くんが真面目な顔でそんなこと言うものだから、私はまた笑ってしまった。


「なんや、私、凪くんも切ない片想いをしてるんやーって思ってたのに」


「俺も?」


 繰り返されて、はっとした。あ、いけない。


「『も』ってなんですか? 誰かバイト内でそういう感じの人がいるんですか?」


「あー、いやそれは……」


 やぶへびだ! 馬鹿なことをぽろっと言ってしまった。

 私はあわあわ、と慌ててしまったけれど、佐久間くんは特にそれを追求する気はないようだった。


「……まあ、俺のことをそんな勘違いしてる紗羽さんだから、その他の人のことも勘違いしてるのかもしれませんね」


「そ、そうかもね?」


 ぎこちないけれど、何となくごまかせた、かな?

 なんか……佐久間くんって、話せば話すほどおもしろいっていうか、謎が深まるっていうか、よく分からない子だけど、どんどん興味が出てきちゃうなあ。

 単純に、年下の男子、としか思ってなかったけど……でも、弟想いだったり、変な味のグミが好きだったり、部活で挫折したり、アスリートの体幹が気になったり、きれいな人に近付くのは危機だと思ってたり、おもしろい面がいっぱいある。

 でも基本的に冷静で落ち着いてるから、私の方が年上なのに振り回されてるっぽいのが何だか悔しい。

 私もちょっとくらい佐久間くんを慌てさせてみたい、と思って、うーん、と考えた末、ちょっと意地悪を言ってみた。


「それより凪くん、美咲さんはきれいすぎて避けてまうって……それってつまり、私とか他の女の人はきれいちゃうから平気って暗に言ってるやんね?」


「え?」


 佐久間くんが少し目を見開く。

 佐久間くんは、驚いた時に、いつも少しまぶたを上げて、確認するように相手を見るんだなあ。


「美咲さんがめーっちゃ美人ってことは私も分かってるけど、堂々と美咲さんはきれいやから避けてます! なんて言われたら、避けられてへん私としてはちょっとショックな気がするやん」


「俺そんなん言いました?」


「さっき言ってたやん! 美咲さんはすごくきれいやから、びびってしまって近付かれへんって」


「そうやなくて。俺、紗羽さんがきれいやないから近付けるなんて言ってへんと思いますけど」


 そりゃそうだけど。でも美咲さんのことを言ってる時点で、そう言ってるのと変わらないでしょ。


「俺、別に紗羽さんのこともきれいやと思ってますよ。高瀬さんみたいに近付きがたいわけちゃうってだけで」


「えっ!?」


 思わぬことを言われて今度は私がびっくりしてめちゃくちゃ目を見開いた。


「高瀬さんはいつも安定してきれいなままやけど、紗羽さんは表情でめちゃくちゃ感情が伝わる感じがします。お店で、いつもめっちゃ楽しそうに働いてるん、ええなって思ってます」


「え、ええ? えーと、え? あ、え、そうなん?」


「はい」


「あ、ありがとう……」


 突然ものすごく褒められた! んだよね、これ?

 恥ずかしいのと嬉しいのでどうしたらいいか分からなくて、私はどこを見たらいいのかも分からなくなって視線をあちこちに動かした。

 急に挙動不審になった私を見て、今度は佐久間くんがおかしそうに笑った。


「紗羽さん、慌てすぎなんですけど。あんまりええ風に言われるん、慣れてないんですか?」


「う、うん……慣れてへん……」


 また佐久間くんが吹き出す。ええー、こんな佐久間くん見るのも、初めてなんですが……


「俺の弟、褒めたらめーっちゃにやにやしてうれしさ爆発してるんですよね。だから俺、身近な人褒めて、そういう反応見るん好きですよ」


 何それー!

 また弟くんに対するのと同じように接されたの? 私、男の子じゃないんですけど! しかも佐久間くんより年上なのに!

 私、やっぱり佐久間くんに振り回されてる……!?


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