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異界の図書館と究極の取引

三日後の午前三時四分。九条の座標が示したその場所で、空気の密度が不自然に歪んだ。

鴉の「魂の固定剤」を血管に流し込み、意識が石のように固着していく感覚の中、佐久間は異界へと足を踏み入れます。


 一歩踏み出した先は、音のない世界だった。

 空はなく、地もなく、ただ果てしなく広がる半透明の棚が、幾千万もの「器」を並べていた。

 そこには、失踪した大学生・健二もいた。彼は巨大な琥珀のような樹脂の中に閉じ込められ、その脳からは無数の光る糸が伸び、背後の巨大な演算装置へと繋がっている。

 

 彼は死んでいない。ただ、人間という「個」を解体され、膨大な情報の一部として**「処理」**され続けているのだ。

「――ようこそ、不完全な観測者よ」

 影のない者たちが、佐久間の前に現れた。

 至近距離で見るその正体は、生物ですらなかった。彼らは、高次元の情報を物理定着させるための**「自律型アーカイブ・ドローン」**――宇宙が誕生してから滅びるまでの全記録を蒐集する、感情なき管理人たちだった。

「汝の妹も、あの若者も、我らの中で永遠を得た。肉体という腐敗しゆく檻から解き放たれ、宇宙の記憶として純粋化したのだ」

 佐久間の眼前に、十年前の姿のままの妹が投影される。彼女の意識は演算回路の一部となり、穏やかな微笑みを浮かべていた。

「ふざけるな……。それを『救済』とでも呼ぶつもりか」

 

 佐久間は、激痛に耐えながら声を絞り出す。鴉の毒が全身を焼き、視界が赤く染まっていく。

 管理者は、感情のないレンズのような瞳を佐久間に向け、**「究極の取引」**を提示した。

敵が提示した「取引」の内容

『佐久間よ。汝の十年間の執念は、我々のコレクションの中でも極めて稀有な「情動データ」だ。復讐心、後悔、そして真実への渇望……これらは既存のアーカイブにはない高密度のエネルギーを有している』

『取引をしよう。汝の「記憶」と「意識」のすべてを我らに提供せよ』

『代償として、我らは汝の妹と、あの大学生の「情報」をこの物理世界へ差し戻そう。彼らは再び肉体を得て、日常へと帰る。汝一人の消失と引き換えに、彼らの未来を買い戻せ』

「……俺が、ここの一部になれば、あいつらは助かるのか?」

『肯定する。汝が「空っぽ」になることで、彼らは「満たされる」。……だが、汝という存在はこの宇宙のあらゆる記録から抹消される。誰も汝を覚えておらず、汝が書いたルポも、存在した証さえも、最初からなかったことになる』

佐久間の決断とクライマックスの引き

 佐久間は、ポケットの中で鴉のブレスレットを強く握りしめた。

 妹を救える。だが、自分が消えれば、自分が暴こうとした「真実」もまた、永遠に闇に葬られることになる。

 

 ルポライターとしての矜持か、それとも家族への愛か。

 鴉の毒が脳に達するまで、残り数分。

 

 佐久間は、歪んだ笑みを浮かべて口を開いた。

「……いい取引だ。だが、一つ忘れてるぜ。俺は『ルポライター』なんだ。……結末を知らずに、原稿を落とすわけにはいかないんでね」

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