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無口令嬢、今日も色で嘘を看破します。  作者: ちょこだいふく


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11/20

監査官アルフォンス・ヴェルナー

昼下がりのローレンス家は静かだった。


エリオットは今日も来ない。

だけど残滓の甘い匂いだけが、家の隅々に薄く張りついている。


私は窓辺で、ぼんやりと揺らぐ色を眺めていた。


(……少し、楽になったけど…まだにじむ)


そう思った時だった。


コン…と静かなノック。

扉がゆっくり開く。


「クララ様」


イーサンが、いつもより少しだけ硬い声で立っていた。


その横には——

長身の、白髪の老人がいた。


濃紺のローブ。

胸元には金色に輝く魔術ギルドの紋章。


鋭い眼差しは、まるで空気の汚れまで見通すようで…なのに、どこか柔らかさが隠れている。


(…だれ?)


イーサンが静かに頭を下げた。


「ギルド監察官、アルフォンス・ヴェルナー様にお越しいただきました。」


その瞬間。


廊下の奥から母セリーヌと兄エレン、そして父ローレンスが歩いてきた。


「あら、まあ…アルフォンス様!」


母の声に驚きと喜びが混じる。


(!?)


父ローレンスも穏やかに微笑んだ。


「お久しぶりですな、ヴェルナー殿。魔力井戸の定期監査以来ですかな?」


アルフォンスは会釈した。


「その節は貴重な古書を見せていただいた。助かったよ、ローレンス卿」


兄エレンも笑う。


「父さんの魔術書コレクション、また増えてるからね。アルフォンス様の鑑定の話、僕も聞きましたよ」


(…家族全員、アルフォンス様を知ってる!?)


母セリーヌはさらに嬉しそうに言った。


「クララ、この方はローレンス領の結界や魔力井戸を毎年調べてくださる“監察官”のアルフォンス様よ。お父さまの古書の相談にも乗っていただいているの」


(…そういう…関係だったの……?)


イーサンが小さく補足を入れる。


「本日は“追加調査”という名目でお越し頂きました。奥様にも父上にもご理解いただいております。」


(追加調査…なんて自然な形で…)


家族にとって当然の訪問。

怪しまれる理由が一切ない。

完璧に自然。


「ゆっくりしていってくださいね」

そういうとみんな出かけていった。


アルフォンスは私をじっと見つめた。


「…マルグリットの孫か」


(っ……!)


胸が、びくんと跳ねた。


「……祖母を…ご存知、なんですか……?」


声が震える。


老人は静かに頷いた。


「若い頃、共に研究をした仲だ。彼女は“揺らぎの眼”を持つ稀少で、そして凄腕の魔術師だった」


(お祖母様…研究…)


イーサンがそっと言葉を補う。


「マルグリット様から、“クララ様に何かあれば、この方を頼りなさい”と、お名前だけ…伺っておりました」


(……お祖母様…私のために…)


胸の奥が熱くなる。


アルフォンスは私をじっと見つめたまま、ほんの小さく微笑んだ。


初めて見たその笑顔は、厳しさの奥に隠れた温かさそのものだった。


「マルグリットは……優れた眼を持っていた。…孫の君も、同じものを受け継いだようだな」


(お祖母様と…同じ)


何故か、涙が滲みそうになった。


 

———


「では…早速調べさせてもらおう」


アルフォンスは、テーブルに置かれた“贈り物の香り袋”に手を伸ばした。


手袋越しに持ちあげ、ゆっくりと鼻に近づけ、


ス……と息を吸う。


そして、眉がわずかに動いた。


「…悪質だな」


老人の声が低く響く。


「これは医療用の精神安定術式を改変し、判断力と警戒心を落とすよう作り替えたものだ。…しかも、素人の“粗悪品”だ」


(粗悪品……)


「本来の術者が組むなら、こんな甘く嫌らしい匂いにはならん。これは…盗んだ術式の模倣だ」


イーサンが息を呑む。


「やはり……」


アルフォンスは続けた。


「術式の線が乱れている。魔力流の癖も歪だ。これは複数の家で異常を起こしたあの改変術式と同じ反応だ」


(複数の家…)


アルフォンスは淡々と、しかし怒りを滲ませながら言った。


「クララ。君の家族は…あと少しで手遅れだっただろう。」


胸の奥がぎゅっと痛む。


「…やはりエリオット…なんですね」


老人は短く頷いた。


「証拠から見て、間違いないだろう」


 

———


 


イーサンが机の上に紙束を置いた。

アルフォンスが一枚一枚目を通していく。


・アルテン家の証言

・甘い香りの残滓

・財産処分の記録

・使用人の目撃証言

・エリオットの出入りと消失タイミング

・ローレンス家への贈り物


すべてを読み終えると、アルフォンスは静かに目を閉じた。


「…よくここまで集めたな、イーサン君」


「クララ様のおかげです」


「違う。守りたいという意思が、証拠をここまで引き寄せたのだ」


(守りたい……)


老人の瞳がゆっくり開かれ、まっすぐ私に向けられた。


「クララ、お前の眼は…しっかりと真実を掴んでいた。」


(……っ)


イーサンの灰色が、淡く青を帯びる。


アルフォンスは立ち上がり、静かに宣言した。


「私はギルド監察官アルフォンス・ヴェルナーとして、エリオットの行いを“魔力犯罪”と認定する」


空気が震えた。


「ローレンス家へ侵入した甘い香り、精神誘導の残滓、粗悪な術式。これらは被害のあるなしに関わらず重大な犯罪だ。そしてすでにローレンス家に害をも及ぼしている」


私は拳を握った。


老人の声は厳格だが、どこか優しい。


「…クララ嬢、君は何も間違っていない。素晴らしい能力だ。」


(……っ!!)


喉の奥が熱くなる。


「エリオットへの反撃には…私も加わろう。」


イーサンが深く頭を下げた。


「感謝いたします、ヴェルナー様」


「いや。マルグリットの孫である君を…酷い目に合わせようとした。許すつもりはない。」


アルフォンスはふっと優しく笑った。


そしてほんの少しだけ、可愛らしい笑顔で


「…ところで、集中したせいか……甘いものが欲しくなってのう」


「クララ様の好物の焼き菓子がございます」


「おお、それは嬉しい」


このやり取りで部屋の張りつめていた空気が少しだけ和らいだ。


――こうして、

ローレンス家の反撃は、ついに正式に始動した。

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