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無口令嬢、今日も色で嘘を看破します。  作者: ちょこだいふく


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12/20

欺きの稽古

翌日のローレンス家は、穏やかな朝の気配を纏っていた。


……表面上は。


甘い残滓の匂いが、まだ廊下の隅に薄く漂っている。

昨日よりは弱い。

けれど――完全には消えていない。


(……少し楽になったけど……まだ“色が”にじむ)


母セリーヌの桃色は白く霞み、

兄エレンの青も輪郭が曖昧だった。


そんな中、背後から静かに声がする。


「クララ様、準備はよろしいですか」


振り返ると、イーサンが立っていた。

今日も彼の灰色は澄んでいる。


(……イーサンの色だけは、にじまない)


私は小さく頷いた。


⸻




私室に入ると、

アルフォンスが机に広げた資料に目を通していた。


老人は視線を上げ、まるで“見極めるように”私を見る。


「揺らぎのにじみ具合はどうだ?」


「……昨日よりはマシ。でも…境界が弱いです」


アルフォンスは短く息をついた。


「ならば、“にじむ日の対処法”を教えよう」


その声は厳しいのに、どこか優しさがある。


「クララ嬢。色が曖昧な日は……“色そのものではなく、揺れの速度を読め”」


「……揺れの、速度……?」


「感情は、色より“動き”に嘘が出る。君の祖母も、そうやって曖昧な日を乗り越えていた」


(……お祖母様……)


胸の奥がじんわり熱くなる。


イーサンがそっと言葉を添える。


「クララ様の視線が揺れる瞬間は、私が補います。長年見てきましたので」


(イーサン…すご…)


アルフォンスが指先で机を軽く叩いた。


「では、始めよう。“欺き”の稽古だ」


私は無意識に背筋を伸ばした。


⸻




“術にかかったふり”の練習


アルフォンスの指導は的確だった。


「まずは焦点を。目の奥だけを、ほんの少し…緩めるのだ」


私は視線をぼやかすように揺らした。


「…このくらい?」


イーサンが観察し、静かに首を振る。


「少し強いです。もう少し……眠気が差した時のように」


調整して、もう一度。


「……これは?」


「自然です」


(……)


アルフォンスも満足げに頷いた。


「次は呼吸。“浅く、ゆっくり”だ」


私は指示通り、ほう、と息を整える。


イーサンが言う。


「本当に疲れている時の呼吸と近い。…自然です」


胸の奥が少しだけ温かくなった。


⸻



仕上げは、エリオットへの“返答”


アルフォンスがクララの前に来る。


「良いか、クララ嬢。エリオットは必ず君に声をかける。“具合は?” “贈り物は気に入った?”などとな」


その名が出た瞬間――


イーサンの灰色に、シュッと赤が差した。


(……イーサン……やっぱり怒ってる……)


ほんの一瞬の赤。

だけどクララにははっきり分かった。


アルフォンスは続ける。


「その時の返事は…ただ一つ」


部屋がしんと静まる。


「“……はい。少しだけ”」


私は息を整えて復唱した。


「……はい。少しだけ」


「うむ。完璧だ」


「どうして“少しだけ”なんですか?」


「誘導術にかかった者が最も示しやすい“揺れ”だからだ。拒絶せず、しかし心を開ききりもしない…術者にとって都合のいい隙だよ」


イーサンが控えめに言う。


「クララ様はもともと言葉が少ないので…むしろ自然ですね」




⸻



何度も練習した頃、

アルフォンスがふと顔を上げた。


「………来るな」


「え……?」


老人は窓辺に近づき、外気を深く吸い込んだ。


そして低く呟く。


「……“甘い残滓の流れ”が強まっておる。しかも外から屋敷へ向かって押し寄せてくる気配だ」


(……エリオット……近づいてる……)


イーサンの灰色は、鋭い青を帯びた。


アルフォンスは静かに振り返り、宣告する。


「クララ嬢。覚悟はできているか?」


私は拳を握りしめ頷く。


揺らぎはにじむ。

怖い。

でも――


(……守る。この家を……イーサンを)


深く息を吸い、はっきり言った。


「……大丈夫。行けます」


アルフォンスが満足げに頷く。


「よし。君の牙を突き立てる時が来た」


静かな反撃は、いま幕を上げた。


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