番外編 「”真実”の探求」
今回は番外編です。
…というより「別視点」のお話です。
どうかお楽しみ下さい。
〈Another Side〉
『このまま泥棒扱いなんて嫌です…!』
その言葉が聞けたことにまず俺は満足した。その眼からは強い光を感じる。これなら彼女は問題ないだろう。
出会いこそ不本意なものだったが…もう少し様子を見るのも悪くはないかもな…。
「…とにかく、まずはキミの無実を証明しなければいけないな…」
俺は立ち上がる。彼女はそんな俺を不思議そうに見ている。
「え…手伝ってくれるんですか…?」
出口へと歩いていく俺に対して、彼女は意外そうに聞いてきた。
…まぁ当然か。俺が直接行動するとは思わなかったか。…実際ついさっきまでの俺もそう思っていたがな。
俺は彼女を一瞥して
「助言した以上、仕方ない…。それに、キミ一人ではできることに限界があるだろう」
そう言った。
実際のところ、そういった義務感では俺は動かない。今の俺を動かしている物、それは彼女に対する”興味”に他ならない。今の彼女がどこまでやれるのか見てみたい。それを見、知ることで俺はまた一つ”心の真理”に近づけるような気がしていた。
「あっ…」
まあ当然、そんな俺の心境など彼女には察せない。彼女は意外そうに俺を見ていた。
だが、少し嬉しそうな感情も読み取れるな…。やはり一人では心細かったか。
「とりあえずキミはこのまま教室に戻って授業を受けろ。それまでに俺もできることをやっておく」
「え…でも…」
流石に不安そうだ。それもそうか、彼女の話では今教室に戻っても彼女の精神的ストレスにしかならないだろう。だが、実際彼女にできることはあまりにも少ない。
ここは大人しく教室に戻っていてもらうとしよう。
俺は不安そうな彼女の横を通り過ぎるとき、小声で
「安心しろ、キミの無実は証明される」
そう言ってやった。気休めだが根拠はある。こんな言葉で気が楽になるのならいくらでも並べてやろう。
俺はそのまま図書倉庫を後にした。
「…さて」
今は授業中、人一人いない静かな廊下をあてもなく歩いている。
出てきたはいいものの、今できることは無いに等しい。せいぜい彼女のクラスを確認しておくくらいだが…それも今しがた終わったところだ。
「…」
静かな廊下というものも悪くないと思った。こうも奥まで見通せる廊下の風景も新鮮だ。
そう思うと、わざわざ廊下に出てきて雑談を始める彼らの考えが理解できない。
別に雑談なら教室でできるというのに…。廊下に出てくれば通路を妨げ、周りの人間にとっても非効率的だとは思わないのだろうか?
まったく…理解できないな。非効率的、非論理的、非合理的…。彼らは常にわけのわからない行動ばかりとる。
いや…だからこそ俺の”興味”の対象になり得たのか…なんとも皮肉な話だ。
そんなことを考えていると、チャイムの音が鳴り響いた。
「…行くか」
俺も行動を開始するとしよう…───
「…では、確かに教室の中で”何か”をしていたんだな?」
「ハイ…流石に何をしていたかはわからないんですけど…」
「…いや、それで十分だ。感謝する」
俺は男子生徒に礼を言うと、その場を後にした。
あれから数分、彼女のクラスの生徒をはじめ、彼女たちのクラスの体育を担当している教師や、その他数人の生徒に聞き込みをして俺はいくつか有力な情報を入手することに成功していた。
もう既に確定していたも同然だったが…これで犯人は確定したな。それにしても…
多くの生徒は俺が話しかけると怪訝そうな、不思議そうな表情をした。…まあ当然か。俺がこうして人前に現れることは非常に稀なことなのだから。
「…さて、こんなところか」
情報に関してはこれで問題ない。これで彼女の無実が証明されることは間違いないだろう。
…さすがに、今回の事件を仕組んだ女子生徒たちを犯人として上げることはできそうにないが…決定的な証拠が無い以上仕方ないか…。
俺は聞き込みを切り上げ、図書倉庫へと戻ったのだった。
図書倉庫に戻ると、彼女はまだ戻ってきてはいなかった。
そのまましばらく待っていると控えめなノックの後に彼女が入ってきた。
その表情は暗い、…ふむ、教師にまで話が回るほど大事になったか…大体予想通りだな。
「安心しろ。少なくともキミの無実は証明できる」
不安そうな彼女に言ってやる。
「本当ですかっ?」
彼女は一気に表情が明るくなり、身をこちらに乗り出しながら聞き返してきた。
…まったく、感情がすぐに表情に出るな…。俺はそんな彼女に頷いて、続ける。
「犯人も間違いなくその女子生徒達だろうな。ただ、こっちに問題がある」
「問題…?」
俺は彼女に、俺が休み時間の間に数人の生徒に聞き込みをしたこと。
そこから得られた情報を伝えた。
もちろん、それがただの”目撃証言”であってその女子生徒達を犯人とするには証拠が不足していることも伝えておく。
彼女はそのことに対して少し考え込んだ後
「でも…私の無実は証明されるんですよね?」
と聞いてきた。
そんな彼女に俺は頷いて
「ああ、それは間違いない」
と言い切ってやる。すると彼女は笑顔で
「それだけで十分ですっ。ありがとうございました!」
と、頭を下げて礼を言ってきた。
…本当に、わかりやすい奴だな…。
俺はそんな彼女に
「礼を言うには早い。きちんとキミの無実を証明して初めてこの事件は”解決”となる」
と、諭すように言っておく。
彼女は俺の予想通り、放課後に担任から呼び出しを受けているらしく。俺はそれに同行することにしたのだった。
「失礼します…」
いつもの控えめな声で彼女は職員室へと足を踏み入れた。俺もその後に続く。
そんな俺たちに気付いた一人の教師が俺たちを呼んだ。
「それで、秋山…小山の財布を盗もうとしたと聞いたんだが…本当なのか?」
ふむ…本人の証言も聞かずにここまで話を大きくするとは…あまりにも非合理的だ。
「違いますっ! 私は盗もうとなんてしてません!」
彼女は慌てて否定する。そして俺が伝えた情報や、それらの情報からその女子生徒達が怪しいことを伝えた。
それを聞いた教師は「うーん…」と唸っている。まあ当然だろう。俺もこの程度の情報でその女子生徒達を犯人とするのは難しいことくらい理解している。
むしろこの程度で犯人を断定してしまうようならこの教師は無能としか言いようが無い。
「秋村を疑っているわけではないが…クラスのほとんどの生徒が”秋村が盗もうとした”と言っていてな…」
「そんな…!」
ほう、これには少し驚いた。まさかそこまでの規模にまで話を大きくしているとは。
どうやらその女子生徒達は何が何でも”小山の財布を盗もうとした”のは彼女だということにしたいらしい。周りで傍観している大衆の意思をも味方にするとは、さすがの俺も感心した。
彼女も動揺しているようだ。…さて、そろそろ手を貸してやるか。
「なら、証明すればいいんですか?」
俺が突然割り込んできた事に驚いたのか、教師は動揺しつつこちらに目を向けてくる。
「桐野…そういえばお前はなんで秋村と?」
ふむ…教師、生徒問わず、皆俺が人前に出てくることが珍しいと思っているらしい。…もちろん自覚はあるが。
俺はそんな教師の動揺を無視し続ける。
「彼女から不本意ながら今回の件について相談されましてね…。それはともかく、先生は”彼女が体育の時間にずっとグラウンドにいたという証拠”があればいいんですね?」
「あ、ああ…」
教師が肯定したのを確認して、俺は予め用意しておいた情報を提示した。
「それなら既に2年の体育を担当している先生から証言を得ています。”彼女は間違いなくグラウンドにいた”と…」
そんな俺に対して教師は
「だが、実際小山の財布は秋村の机の中にあった。それは彼女本人も言ったじゃないか」
と返答する。…ここまでの展開は全て予定通りだな。すこしつまらないが…まあいい。
「先生、こうは考えられませんか? 彼女は授業が終わって一人、グラウンドの後片付けをしていたそうです。先に帰ってきた女子生徒の一人が地面に落ちていた財布を見つけました。しかし誰の物かわからず、とりあえず彼女の机の中に入れた…とか」
俺がこれらの情報を先に彼女に伝えなかったのはわざとである。これらの情報は”彼女の証言の後に提示”することでその発言力を上昇させる。
これが既にある程度の信憑性を持つ”確定情報”だからこそ。曖昧な情報の後に提示することによって人間はそれを通常よりも強く認識するのだそうだ。
「それは流石に無理があるんじゃないか?」
…”確定情報”を”無理のある仮説”に組み込むことによって余計にその”仮説”が不自然な物のように認識される。
ここまでまったく俺の筋書き通りに進んでいるな…そろそろ終わらせるか…。
「そう、無理があるんです。ですがこれも”一つの可能性”なんですよ。無理があるが、決して”不可能”ではない。”さっき彼女が言った生徒が怪しい。だから彼女が犯人なんじゃないか”とまでは言いません。しかし、彼女が犯人であるというにはあまりにも不自然な点が多いとは思いませんか?」
あえて”無理がある”ことを認め。だがそれが”不可能ではない”ことを宣言。こちらの妥協案を提示しつつ”もっとも最善の展開”へと自然と話をもっていく…。
「ふむ…」
俺の言葉に教師はしばらく考え込んでいたが、やがて
「…そうだな。桐野の話が本当なら、秋村はほとんどグラウンドにいたんだから、少なくとも秋村が犯人ではないよな」
そう言った。彼女の表情が少し楽になる。
「すまん、秋村。こっちでもちゃんと調べてみる」
教師は頭を下げて彼女に謝った。…ふむ、ここまでできるなら”いい教師”と見ても構わないだろうな…。彼女はそんな教師に慌てて
「そっ…そんな! 私は信じてもらえたらそれで…!」
…こうして、彼女の無実は証明されたのだった。
───余談だが、後日彼女のクラスで教師が全員を問い詰めたが、結局犯人はわからなかったそうだ。あの女子生徒達も当然問い詰めたが、証拠も無かった以上、犯人とすることはできなかった。最終的に”クラス全員に注意する”という形でこの事件は幕を閉じたようだが、彼女の無実は教師がちゃんとみんなの前で宣言してくれ、彼女の犯人扱いはなくなったようである。
「桐野先輩、本当にありがとうございましたっ!」
この日、結局今日は遅くなってしまい、夕焼けの照らす中二人で帰ることとなった。
しばらく歩いたところで彼女はまた頭を下げて俺に礼を言ってきた。
「まったく…次はこういうことのないようにしてくれ…流石に疲れた…」
慣れない事はするものではないな…精神的にも肉体的にも苦痛でしかない…。
「す…すいません…でも、桐野先輩のおかげで助かりましたっ」
そう言って、また頭を下げてくる。
「あぁ…もう頭は下げなくていい。…解決してなによりだ」
そんなやりとりが続き、分かれ道に着く。
「では、俺はこちらだ、ではな」
それだけ言って、俺は歩いていく。
「あっ…はい。さようならっ」
そんな声が背後から聞こえたが、それには振り返らずにその場を後にした…。
「ふう…」
すっかり体が重くなってしまっている。やはり無理をしすぎたか…。
「だがまあ…”実践”も時には必要だったしな…」
なぜ俺が無理をしてまで彼女に協力したか、理由は大きく分けて2つある。
まず1つに、俺が今まで研究してきた”人の心”がどこまで実際に通用するのかを確認したかった、というのがある。
今回の教師とのやりとりでは結局全てこちらで想定した筋書き通りに話を進めることに成功した。
ここまで研究が正確に行えていることに安心したが、さすがにああも容易いと拍子抜けしてしまう。
”人の心”とは”常に複雑で理解が困難なもの”でなくてはいけない。そうじゃなければ俺が”興味”の対象として注目したことそのものが無駄になる。
…とにかく、今回の”実践”もデータとして考慮しておくとしよう。結果はどうあれいい経験にはなった。
そして、この点も含めて第2の理由が挙げられる。
それは”彼女の心がどういった変化を見せるか”という、いわゆる”人間観察”だ。
俺はこの数日で彼女の人間性や性格もデータとして算出しようとしていた。
そんな彼女の心情の変化を観察するのに今回の事件は非常に役に立ってくれたといえる。
…精神的にも肉体的にも疲労こそすれ、今回の事件のおかげで俺はまた一歩前進できたような、そんな”達成感”を感じていた。だがやはり…
「…当分はゆっくりしていたいものだな…」
やはり頻繁には遠慮したい。そう思うのであった…。
〈Another Side Out〉
いわゆる「5話の桐野視点のお話」でした。
次回は事件も解決して物語は次の章へと進みます。