第5話 「”無実”の捜索」
「このまま泥棒扱いなんて嫌です…!」
私のその言葉に、先輩は表情を変えず───しかし満足そうに頷いた。
「キミの意思は確かに確認した。なら後は行動するだけだ」
「でも…どうすれば…」
私の意志は確かに伝えた、だが今のままじゃ何も変わらない。あの騒ぎの後にクラスの人たちに呼びかけたところで誰も聞いてはくれないだろう。
「まず一つ確認したいことがある」
私が悩んでいると、不意に先輩が話しかけてきた。
「なんですか?」
「その小山という女子生徒と、騒ぎを大きくした女子生徒数人のグループには、何か接点はあるのか?」
「接点…?」
それはない、小山さんは控えめで大人しい性格のはずだ、彼女が今まであの女子生徒のグループと仲がいいところは見たことがない。少なくとも、私は知らない。
そのことを桐野先輩に伝えると、先輩は少し考え込んで
「妙だな」
一言、それだけを言った。
「妙?」
そんな先輩の言葉に、私は疑問符を浮かべることしかできなかった。
そんな私に先輩は説明を始める。
「よく考えてみろ。普段接点のない人物の持ち物───今回の場合は財布がそれにあたるが、一目見ただけでその財布がその人物のものだとわかると思うか?」
「あっ…」
先輩は続ける。
「ましてや財布…同じデザインの物を持っている生徒もいるはずだ。だが、キミの話を聞く限りその女子生徒たちは”一目見ただけで”その財布が”同じクラスの小山の財布だ”と迷うことなく言ったそうじゃないか。これはいくらなんでも出来すぎている」
そういえば彼女たちは”あの財布が私の物じゃないか”という考えすらなかったように感じる。
ということは…。
「…キミは言いがかりをつけられたわけだな。大方、その女子生徒たちが仕組んだんだろうが…」
桐野先輩はやれやれといった様子で額に手をあてている。
「そんな…」
そんな中、私はそこまで深刻になっている自身の状況に恐怖していた。
今までは、購買に物を買いに行かされたり。根も葉もない噂を流されたりといった”私一人が耐えれば何とかなる”程度のものだった。
が、これでは小山さんにまで迷惑がかかるし、最悪犯罪云々の話にまでなってしまう。
私は、こんなことになるまで自身の境遇を放置していたことを後悔した。
「…」
自然と俯き表情も暗くなってしまう。
「…とにかく、まずはキミの無実を証明しなければいけないな…」
無言の沈黙を破ったのは、桐野先輩だった。
そのまま席を立ち、出口───図書室へ続く扉へと歩いていく。
「え…手伝ってくれるんですか…?」
恐る恐る聞いてみる、先輩はこちらを一瞥して
「助言した以上、仕方ない…。それに、キミ一人ではできることに限界があるだろう」
「あっ…」
意外だった。桐野先輩が助言してくれたこともだが、こうして協力してくれることもだ。
確かに私一人では限界がある。それに不安にもなる。だから桐野先輩が協力してくれることは私にとってすごく心強いし、何より嬉しかった。
「とりあえずキミはこのまま教室に戻って授業を受けろ。それまでに俺もできることをやっておく」
「え…でも…」
正直、まだ教室には戻りたくなかった。あの視線に晒されて平然となんてとてもできないからだ。
だが、先輩が私の横をすれ違うとき
「安心しろ、キミの無実は証明される」
そう小声で、でもはっきりと言ってくれたから、私は勇気を持って教室へと戻ることができたのだった。
昼休み、私は図書倉庫にやってきた。
教室に戻って、ある程度ほとぼりは冷めていたが、あの突き刺さるような視線は結局無くなることはなかった。
そして休み時間、私は担任の先生に「放課後、職員室に来るように」と言われている。
クラスの様子を見る限り、私が小山さんの財布を盗もうとした事はそのまま先生の元にまで伝わったらしい。
このままだと私は言いがかりをつけられたまま、大勢の人に迷惑をかけることになる。それだけは避けたかった。
…桐野先輩は、ちゃんと助けてくれるのだろうか…。
そんな考えを振り払い。私は扉をノックして図書倉庫へと入った。
「安心しろ。少なくともキミの無実は証明できる」
それが、桐野先輩の第一声だった。
「本当ですかっ?」
思わず身を乗り出してしまう。桐野先輩は頷く。
「犯人も間違いなくその女子生徒達だろうな。ただ、こっちに問題がある」
「問題…?」
桐野先輩は休み時間、私のクラスを含め、数人の生徒に話を聞いて回ったらしい。
そして、彼女達のうちの一人が体育の授業中に授業を抜け出したのを見たという生徒がいたそうだ。
他にも、移動教室の授業で、教室に忘れ物を取りに戻った生徒が私のクラスの教室の中で何かをしていたのを見たという話も聞いたらしい。
だが、それはあくまで”目撃証言”。実際それ以外に証拠がない以上、彼女たちを犯人にすることは難しいそうだ。
「でも…私の無実は証明されるんですよね?」
「ああ、それは間違いない」
先輩が頷くのを見て、私は自然と笑顔になった。
「それだけで十分ですっ。ありがとうございました!」
頭を下げて感謝する私。そんな私に先輩は
「礼を言うには早い。きちんとキミの無実を証明して初めてこの事件は”解決”となる」
そう言った。その後、私は先輩に放課後に先生に呼ばれていることを伝え、先輩はそれに同行してくれることになった。
「失礼します…」
放課後、図書倉庫で先輩と合流して、私たちは職員室へと向かった。
中に入って、すぐに私たちに気付いた先生が、私たちを呼ぶ。
「それで、秋山…小山の財布を盗もうとしたと聞いたんだが…本当なのか?」
やっぱり彼女たちが先生に言ったようだ。
「違いますっ! 私は盗もうとなんてしてません!」
私は桐野先輩が教えてくれた目撃証言や、体育の時間はずっとグラウンドにいたことを必死になって伝えた。先生は事情を聞き終えて「うーん…」と唸った後
「秋村を疑っているわけではないが…クラスのほとんどの生徒が”秋村が盗もうとした”と言っていてな…」
「そんな…!」
彼女たちだけでなく、もうほとんどの生徒が私を犯人だと思っている。その事実が私を少なからず落胆させた。そんな時、
「なら、証明すればいいんですか?」
今まで黙って見ていた桐野先輩が口を開いた。
「桐野…そういえばお前はなんで秋村と?」
先生は桐野先輩の登場に少なからず驚いているようだ。
無理もない、桐野先輩は今までこんな風に学校で人前に現れることすらなかったのだから。
そんな先生の同様も無視して桐野先輩は続ける。
「彼女から不本意ながら今回の件について相談されましてね…。それはともかく、先生は”彼女が体育の時間にずっとグラウンドにいたという証拠”があればいいんですね?」
「あ、ああ…」
「それなら既に2年の体育を担当している先生から証言を得ています。”彼女は間違いなくグラウンドにいた”と…」
これには私も驚いた。桐野先輩、それも聞いてたんだ…。
「だが、実際小山の財布は秋村の机の中にあった。それは彼女本人も言ったじゃないか」
先生の問いに、先輩は表情一つ変えずに
「先生、こうは考えられませんか? 彼女は授業が終わって一人、グラウンドの後片付けをしていたそうです。先に帰ってきた女子生徒の一人が地面に落ちていた財布を見つけました。しかし誰の物かわからず、とりあえず彼女の机の中に入れた…とか」
そう、私は授業終了後、グラウンドの道具の後片付けを押し付けられ、仕方なく先生と二人で道具を片付けていたのだ、そのせいで他の生徒より教室に戻るのが遅れていた。
…それにしても先輩、そんなことも聞いていたなんて。
「それは流石に無理があるんじゃないか?」
私もそう思う。そもそも私と小山さんの席は離れているのだ。私の席の近くに小山さんの財布が落ちている時点で不自然である。
そんな先生に、桐野先輩は
「そう、無理があるんです。ですがこれも”一つの可能性”なんですよ。無理があるが、決して”不可能”ではない。”さっき彼女が言った生徒が怪しい。だから彼女が犯人なんじゃないか”とまでは言いません。しかし、彼女が犯人であるというにはあまりにも不自然な点が多いとは思いませんか?」
「ふむ…」
先輩の言葉に、先生はしばらく考え込んでいたが、やがて私のほうを見て。
「…そうだな。桐野の話が本当なら、秋村はほとんどグラウンドにいたんだから、少なくとも秋村が犯人ではないよな」
そう言ってくれた。
「すまん、秋村。こっちでもちゃんと調べてみる」
先生はそう言って、私に頭を下げる。私はそんな先生に慌てて
「そっ…そんな! 私は信じてもらえたらそれで…!」
こうして、私の無実は何とか証明されたのだった。
───後日、先生はクラスのみんなに聞いてみたが、結局犯人はわからず、生徒全員に注意するという形で今回の事件は幕を閉じた。だが、私が無実であることは先生がちゃんとみんなの前で言ってくれて。私への視線はなくなったのだった。
「桐野先輩、本当にありがとうございましたっ!」
その日は結局遅くなってしまったので、二人で一緒に帰ることになった。
私はしばらく歩いたところで改めて桐野先輩に頭を下げてお礼を言った。
「まったく…次はこういうことのないようにしてくれ…流石に疲れた…」
そう言って桐野先輩はフウ…とため息をついた。
「す…すいません…でも、桐野先輩のおかげで助かりましたっ」
そう言って、再び頭を下げる。
「あぁ…もう頭は下げなくていい。…解決してなによりだ」
そんなやりとりを繰り返していると、分かれ道。
「では、俺はこちらだ、ではな」
「あっ…はい。さようならっ」
遠ざかる背中に私はもう一度頭を下げると、そのまま帰路につくのだった…。
今日は頑張って2話投稿…いや、0時過ぎたから間に合ってないか…。
次回は少し番外編っぽくする予定です。




