第3話 「”天才”な変人」
「桐野君?」
翌日、私は昼休みを利用して桐野先輩のことを3年生の人たちに聞いてみることにした。
本当は放課後にまた図書倉庫に行ってみて本人に聞くのが確実なのだろうが、必ず会えるという保障はどこにも無かった為である。
幸いにもクラスはすぐにわかった。それに3年生にまで私のことが知られているわけでもないらしく、特に問題なく話すことができた。
目の前にいる先輩は「う~ん…」と唸った後
「一言で言うなら”変わった人”かな?」
と言った。
「あ、それはよくわかってるんですけど…」
やはり桐野先輩は周りから変わり者扱いされていたらしい。私一人の勘違いじゃなかったことにひとまずホッとする。
私の「他には?」という質問に対し、先輩はまたしばらく唸って
「ごめんね、私も桐野君のことよく知らないんだ」
「知らない?」
”わからない”ではなく”知らない”とはどういうことだろうか。違うクラスならともかく、彼女は間違いなく桐野先輩と同じクラスだというのに。
「私以外にもたくさんいると思うよ? というより、クラスメイト全員桐野君のことよく知らないんじゃないかな?」
「えっ…それってどういう…」
「ほとんどクラスにいないからね、桐野君」
私は自分の耳を疑った。クラスにいない、ということは桐野先輩はほとんどこの教室に姿を見せていないということだ。不登校、ということはないだろう。現に私は昨日会っている。
「…その顔、もしかして何も知らない?」
「あ…はい、すいません…」
少し呆れたような先輩の問いに私は慌てて頭を下げた。
「まぁ、仕方ないか…3年じゃすごい話題なんだけどね」
「話題?」
それから、桐野先輩についての色々な話を聞かせてもらった。
まず始めに驚いたのは、桐野先輩はやはりものすごく頭のいい人物だということだった。
成績は常に学年トップ。全国模試でもいつも上位に入るほどらしい。だから桐野先輩は先生達から授業を免除されている。
最低限出席していればサボっても構わない、というものだ。
…図書倉庫の机の上に広げられていた大量の本の内容を思い出す。確かにそれだけの学力なら理解できても不思議ではない。
同じクラスにも関わらず全ての生徒が桐野先輩のことを知らないのは、桐野先輩が授業免除のためほとんど教室にいないからだそうだ。
朝、鞄を机に置きに来る姿はいつも見ているので毎日学校に来ていることはわかっているのだが、授業を欠席している時、休み時間、昼休み、そして放課後というほとんどの時間、桐野先輩は姿を消すらしい。
桐野先輩は整った顔立ちや成績優秀という理由から女子生徒の人気もあるらしいが、そんな彼女たちが捜索しても見つからなかったらしい。
「でも、桐野君が”変わった人”っていうイメージなのは”性格”もあると思うんだよね」
「はあ…」
「喋り方とか考え方が独特って言うかさ、なんか理屈っぽいっていうか…なんかどこかの学者さんみたいなのよ」
「あ…」
それは私も感じた。あの特徴的な性格は確かに変わっている。
「まぁ、そういった理由で桐野君は”変人”としても有名なのよ」
”変人”…。不思議な人、変わった人という意味ではどれも同じか…。
「それにしても、桐野君っていつもどこにいるんだろうね。みんな探してるのに見つからないなんて…」
「…」
私は一つ心当たりがあった。いや、ほとんど確信に近い。あの図書倉庫だ、桐野先輩はいつもあそこにいるんだと思った。
図書倉庫への扉は本棚の奥の方にあり、七不思議のこともあってなかなか人が寄り付かない。
それにもう利用する生徒もいないため、おそらく誰も探していないのだろう。
私はその事を話してしまいそうになったが
『ここで俺に会ったことは他言無用にしてもらいたい』
という桐野先輩の言葉を思い出して、口を閉じる。
…桐野先輩はどうして他の生徒から隠れるようにしているんだろう…。
そんな疑問が頭に浮かんだが
「…ねぇ、もしかしてアナタ何か知ってるの?」
「ふぇっ!?」
突然、眼前まで迫ってきた先輩に驚いて、間抜けな声を上げてしまう。
「怪しい…」
じりじりと迫る先輩に対して、私は
「あっ…ありがとうございましたっ…!」
と、即座に頭を下げて、駆け出していた。
背後で私を呼び止める声が聞こえたが、それは無視して、私は自分の教室まで駆けていくのだった…。
放課後、私がやって来たのは図書室、の本棚に隠されたように存在する図書倉庫への扉の前だった。
桐野先輩が絶対にここにいるという保証はない、でも私には自信があった。
とりあえず扉をノックしてみる。
「…」
返事はない。もう一度、今度は先程よりも強くノックするが返事は無かった。
「…あれ?」
今日はいないのだろうかと思って、踵を返しかけたその時、中から物音が聞こえた。
「きゃっ」
その音に驚いて、小さく声を上げる。今までの私ならこのまま気味が悪くなって逃げ出しただろうが、今はその物音を聞いて少しホッとした。
ノブを回してみると、やはり鍵は開いている。
「し…失礼します…」
一応言ってから、私は図書倉庫へと足を踏み入れたのだった。
奥の机、ランプの明かりに照らされて桐野先輩はいた。ずっと俯いている。どうやら前置いてあった生徒手帳のメモに何かを書いているようだ。集中しているのか、こちらには気付いた様子がない。恐る恐る近づいていくと…
「やはり来たのか。鍵を開けていて正解だったな」
「きゃああぁぁっ!?」
こちらを見ずにいきなり言ったので、思わず悲鳴を上げてしまう。私の悲鳴はしばらく静かな図書倉庫に響き渡り、やがて消えた。
「…まったく。いきなり悲鳴を上げるとは、それがキミ流の”挨拶”なのか?」
「あっ…! す、すいません…」
少し迷惑そうな様子の先輩に、私は頭を下げて謝る。
「フゥ…まぁいい、座ってくれ」
「あ、はい…失礼します」
私はまた昨日と同じ席に座る。机の上はまた昨日のように散らかっていた。
「あのっ…」
「待て」
さっそく本題に入ろうとする私を制止して、先輩は立ち上がる。向かう先は昨日ティーセットを取り出した棚、先輩はそっちに向かいながら
「紅茶を淹れよう」
それだけを口にした。
「さて…昨日の続きか…少しは質問をまとめてきたんだろうな?」
紅茶を飲み終え、一息ついて先輩が聞いてきた。
「あ…はい、大丈夫です」
その問いに対して私は頷く。
「先輩、すごく頭がいいって聞きました。授業免除されてるって…」
「ふむ…わざわざ調べたのか?」
「あ…いえ、先輩のクラスメイトに聞いて…」
そんな私の答えに、先輩は少し考える素振りをして
「”クラスメイト”といっても、ただ”使用する教室が同じ人物”なだけだな。実際、彼らとの個人的付き合いはないわけだし…」
「そのことなんですけど…」
「ん…?」
先輩がどういう人なのかは昨日の先輩と今日先輩のクラスメイトから話を聞いてわかった。
でもまだ”なぜ先輩がここにいるのか”と”ここで先輩は何をしているのか”がわからない。
「授業免除で最低限の授業にしか出席しなくていいとも聞きました。でも何で先輩はここにずっと篭ってるんですか? まるで…」
まるで、他の生徒から隠れているようだ。そう続けようとした、すると
「興味がないからだ」
先に先輩が答えていた。
「…え?」
「授業は既に卒業までに学ぶことを全て理解しているから学ぶ必要がない。一度理解したことを何度も聞かされるのは退屈でしかないからな」
全て理解している…。つまり先輩は既に高校3年間で学ぶことを全て理解して覚えたというのだろうか?
「信じられない…」
思わず呟いた言葉に、先輩は「ハァ…」とため息をつくと
「別に…キミに信じてもらう必要もない…成績という”結果”が証明してくれる」
と言った。
そう言われると、何も言い返せなくなる。気を取り直して私は次の質問をした。
「なら、わざわざ図書倉庫に篭ってまで何をしてるんですか…?」
やはり、この大量の本と、先輩の手元にある生徒手帳に関係があるのだろうか?
その質問に対し、先輩は少し悩んだ素振りを見せた。話すべきなのかどうか迷っているのだろうか…?
「あの…無理に話す必要は…」
私がそんな先輩に遠慮しようとした時、先輩はこちらを向いた。
「授業は理解してしまった以上、興味はない。つまり俺は新しく興味の湧くような対象を探していた」
先輩は一呼吸置いて、言った。
「今、俺の興味があるもの…それは人の”心”だ。
…俺は今、人の”心”について学ぼうとしている。そのためにここにいる」
先輩ははっきりと、何の躊躇いも無くそう言った。
少しペースが落ちてきました…。流石に一日一話でも疲れる…。
何とか頑張って書いていくので見捨てないで下さい。




