第10話「”偽り”の告白」
何だかんだでもう10話。
今回は予告通り急展開です。
翌日も学校は大騒ぎだった。
今まで最低限の授業と朝以外で人前に姿すら見せなかった桐野宗一が突然毎日ちゃんと授業を受け始めたからだ。
これに関しては多くの噂が流れた。
”桐野宗一の授業免除が無くなった”
”誰かにアピールしている”
”実は双子の別人”
”教師と何らかの取引をした”
etc…
実際思い切って本人に聞いた生徒もいるが、本人は
「俺も不本意だが…向こうがこちらの条件を呑んでいる以上、こちらも向こうの条件を呑むしかなかった」
と、当事者にしかわからないようなコメントを返したという。
そしてその当事者。…私が今回の騒ぎを起こした張本人と言ってもいい。そんな私と桐野先輩だけが今回の騒ぎの真相を知っている。
…それにしてもすごい騒ぎになってしまった。この話はあっという間に学校全体へ流れ、日に日に勢いを増している。
実際先生たちも今回の出来事に驚いているようだ。
なので先輩も先生に呼び出され、事情を聞かれているのだが…。先輩の返答が変わることはなかった。そういったことも今回の騒ぎを大きくさせているのだろう。
「ハァ…」
正直、これほどの騒ぎになるなんて思っていなかった。先輩が人前に出ないことで有名なのはもちろんわかっていたけど…それが変わっただけでこうも大騒ぎになるなんて…。
私は図書倉庫でため息をついた。もう何度目かもわからない。
「…キミがため息とは珍しいな。それほどキミが責任を感じる必要もないと思うが?」
「そんなこと言われましても…」
実際、今日も先輩はここに来るのが遅れた。先輩も先輩で忙しくなってしまったのではないだろうか?
もし先輩が自分の時間を減らしてしまったならそれは私のせいだ。…勢いであんなこと言うんじゃなかった…。
「ぅぅ…」
私は今日ずっとこんな調子だった。
「まったく…こうなることも理解した上であんなことを言ったんじゃなかったのか?」
「そんなわけないじゃないですかぁ…」
「…計画性のない…」
「ぅぅ…」
今は何を言われても落ち込める自信があった。
「…別に、キミを責める気は無い。実際、周囲の人間の”嘘”が嫌でもわかってしまうのは精神的に疲れるが。それでもそこから学ぶこともある」
「でも…───」
まだ何か言おうとした私を先輩は手で制して
「俺がいいと言っているんだ。…何、どうしても苦痛になった時は休む」
それだけ言って、また作業を再開した。
「…はい…」
先輩のその言葉に、少しだけ私は気が楽になった。
「……月…!」
「…」
「…
「…月…ば…! …美月ってば!」
「…ふぇっ!?」
私を呼ぶ声。それに驚いて振り向くと、真梨ちゃんが私の顔を覗き込んでいた。
「もう…どうしたの? ボーっとするなんて珍しい」
「うん…ごめん…」
あれから先輩に「今日は無理せずに帰れ」と言われ、私は仕方なく帰ることにした。その途中で真梨ちゃんと会って一緒に帰ることにしたのだが…。
真梨ちゃんにはさっきしつこく事情を聞かれたから話した。だから私がボーっとしてても特に怒ったりはしなかったけど…やっぱり心配している。
真梨ちゃんはしばらく心配そうに私を見ていたが、やがて口を開いた。
「…ねぇ、美月。美月は先輩のことを思ってそんなこと言ったんでしょ?」
「それは…まぁ…」
それはもちろん。…まぁだからこそ、そのせいでこんな騒ぎになってしまったことに責任を感じているんだけど…。
「先輩は別に迷惑そうじゃなかったんだよね? なら美月の厚意はちゃんと伝わってると思うな」
「そう…かな?」
「うん」
真梨ちゃんは頷く。
「なら…いいなぁ…」
そう言って微笑を浮かべた私を真梨ちゃんも笑顔で見ていた。
「ねぇ、美月」
「ん?」
私を見ていた真梨ちゃんが不意に口を開いた。真梨ちゃんはしばらく黙り込んでしまったが、やがて意を決したように
「美月ってさ、先輩のことが好きなの?」
そんな、とんでもないことを言った。
「え…」
突然の問いに固まる私。…私が…先輩を…好…!?
「ええええぇぇぇぇぇぇ!?」
大声を上げて驚いたのはこれで何度目だろうか。そしていつものごとくパニックになる私。顔は一瞬で真っ赤になっていた。
「なっなんでそうなるの!?」
「いや、だって普通そこまでしないと思うんだけど」
さも当然のように言う真梨ちゃん。
「そんなっ…私はただ恩返しのつもりでっ…」
それに私なんかが先輩と釣り合うわけ…そうじゃなくてっ!
あたふたとしている私を見る真梨ちゃんはとても楽しそうだ。でもそこにはどこか真剣な雰囲気も感じられた。
「でもさ…やっぱり気にはなるんでしょ? 先輩のこと」
「それは…」
それは…もちろん。私だって女の子だし…先輩は始めて仲良くなれた異性で…すごく素敵な人だし…。
そんなことを考えてまた赤面する。
「~~~」
そんな私を見て、真梨ちゃんはとうとう声を出して笑い出した。
「ぅ~…酷いよ~…真梨ちゃん…」
「ごめんごめん…でもさ、私は2人はお似合いだと思うんだけどなぁ…」
「…そう、なのかな…」
「…早くしないと誰かにとられちゃうかもよ? 狙ってる女子生徒多いんでしょ? 今までは授業にでなかったから美月が独占できたけど…ね」
「独占ってそんなっ…」
なんだかからかわれてるだけのような気がしてきた…。
真梨ちゃんは笑いながら言ったが。やがて真剣な表情で
「すぐ告白しろとは言わないし、そういうのは美月の自由だと思うけど…いつまでも先輩が自分と一緒にいるわけではないんだから…後悔だけはしないようにね」
そう言って。真梨ちゃんはまた笑顔で私の肩をポンポンと叩いたのだった。
…後悔、か…。
「…」
「…?」
「…っ!」
昨日の真梨ちゃんとのやりとりでまた気まずくなってしまった。でもこの前のように変に意識するとかではない。先輩が気になっていることはもう事実だし…。
『いつまでも先輩が自分と一緒にいるわけではないんだから…』
真梨ちゃんの言葉を思い出す。
…確かに、このまま先輩が自分といつもいるわけではない。恋人ができるかもしれないし、そもそも先輩は3年生で私より先に卒業してしまう。そうなればもう会うこともないだろう。
そんなのは…やっぱり嫌だった。
『後悔だけはしないようにね』
真梨ちゃんはそう言った。言って後悔するのと言わずに後悔するのはどっちが楽なんだろう…。
「…なぁ、キミ、また何か様子がおかしくないか?」
「ふぇっ!?」
突然の先輩の声に驚いて変な声が出た。
「…また具合が悪いのか? …また体調を崩されても次は何もしないぞ…」
先輩は呆れたように言う。
『すぐ告白しろとは言わないし、そういうのは美月の自由だと思うけど…』
先輩は…受け入れてくれるだろうか…?
このままの関係が壊れるかもしれない。それでも私はやっぱり先輩との別れは嫌だった。
「…先輩…」
「…?」
先輩は不思議そうに見ている。
怖いけど…やっぱり言ったほうがいいと思った。だから勇気を出そうと思った。
「…その、これまでずっと色々助けてくれて、ありがとうございました」
そう言って頭を下げる。
「…まったくだ。これからはなるべくトラブルは持ち込んでほしくないものだな」
そう返してきた先輩に私は続ける。
「それで…あの…」
「ん…?」
頭が真っ白になるってこういうことなのかな…そんなどうでもいいことを考える。
私は勇気を出して、その最後の言葉を
「ずっと一緒にいて…それで、先輩のことが気になりだして…。…だから、私と付き合ってくださいっ…!」
口にした。そして再び頭を下げる。
「…」
先輩は黙り込んでしまった。私は頭を下げたままでその表情はわからない。
「…そうか」
どのくらいの沈黙が続いただろうか、先輩がそう小さく呟いた。
「…確かに、ここしばらくはキミとよく一緒にいたな。…どうやら、余計な誤解をさせてしまったようだ…」
しかし、その返答は予想していないものだった。
「えっ…?」
思わず顔を上げて、そして、そこでわかってしまった。
「…キミはもしかしたらと思ったが…見込み違いだったようだ」
先輩の表情は、明らかに私に対して失望していた。
「え…」
その表情に凍りつく。
「キミには話したはずなんだがな…。俺は相手の”嘘”がわかると…。…キミの告白は、その想いは”嘘”だ」
「そんなっ! …私は…───」
「本当にそう言い切れるか? …キミは今まで頼りにしていた俺を失いたくなかっただけじゃないのか?」
「っ! …それはっ…」
それは違う…とは言い切れない。私は確かに先輩を頼りにしていたし。そんな先輩と別れたくないから…。
そこまで考えて、自分の愚かさに気付いた。…これじゃあ、自分の評判のために自分を利用していた先輩の両親と同じじゃないか…。
先輩は人の”嘘”がわかってしまう。ましてや”嘘”で他人を利用しようとする人間は特に嫌っていたはずなのに…私は…!
思わず、涙が零れた。そんな私を先輩は冷たい目で一瞥して。
「…もうキミとは会わない方がいいようだな…」
それだけ言って、図書倉庫を後にしようとする。
「待って下さいっ! …私っ…!」
先輩の腕を掴んで引き止める。だがそんな私を先輩は尚冷たい表情で
「…そうか、そうまでして俺の邪魔をするのか。…どうやら、ここは放棄した方がよさそうだな」
そう言った。
「放棄って…!」
「言葉どおりの意味だ、もうここには来ない。キミとこうして話すのもこれが最後だ」
そして、その腕が振り解かれ、先輩は図書倉庫を出て行った…。
「…先輩っ…!」
私は、その背中を追うことはできなかった。私は先輩の信頼を失ってしまった。そう思ったから…。
「…っ…ぅぅ…!」
声を殺して、その場に泣き崩れる。後にはただ悲しい沈黙が残されていた…。
大きく離れてしまった2人の距離。
再び独りになってしまった美月は…?
物語も終盤に差し掛かります。




