第9話 「”過去”の戒め」
桐野のトンデモ能力発覚です。
「…なぜなら、俺には”相手が嘘をついているかどうか”がわかってしまうからだ…」
「…え?」
先輩の言ったことは頭では理解できる。だが信じることはできなかった。
「それってどういう…」
「…正確に言うなら”相手が嘘をついているとそれがわかってしまう”と言ったところか…」
先輩はそう言って俯いてしまう。それが”望んで得た能力ではない”ということは今の私にも理解できた。
「どうして…そんなことが…」
聞くべきか迷った。なぜならこれは先輩の問題であって、何も知らない私が聞くべきではない気がしたからだ。それでも、私は少しでも先輩のことが知りたかった。だからこそ私は今まで黙っていたことを口にしたのだ。
「…最初の動機は、ただの子供心からくる”好奇心”だった…」
先輩はゆっくりと、自身のことを語ってくれた───
〈Another Side〉
最初の動機は、ただの子供心からくる”好奇心”だった。
周囲の人間の考えていることが、すなわち”心”が読めるようになったらそれはどんなにすごいことなんだろう、と…あの時の俺は深く考えもせずにそんな能力を手に入れようとした…。
学ぶことは嫌いではなかった。幼い頃から両親は俺にひたすら勉強させた。俺はそんな生活があたりまえだったから特に苦痛ではなかったし、俺が学校で常にトップの成績なのを褒めてくれることは俺にとっても嬉しいことだった。
…そんな生活をしていて、高校入学直後には既に高校で学ぶべき事柄を全て理解してしまっていた。
既に理解したことを学ぶのは退屈で仕方がない。そう思った俺が次に”興味を示した物”。それが人の”心”だった───ここは以前に話したか。
動機は最初に話したとおりただの”好奇心”だった。だが、今となってはもう少し考えておくべきだったと思っている。おかげで俺は知りたくもない”人間の本質”に触れてしまったのだから…。
人の”心”について学ぶうちに、俺は少しずつ変化していった。相手のちょっとした仕草がそのまま相手の心情に影響しているということを理解した俺は次にその”ちょっとした仕草”から相手のどのような心情が読み取れるかを調べていった。
…そしてついに俺は、相手が”嘘”をついた時の仕草を読み取ることに成功した。
最初こそ達成感があった。だが後になって俺は自分の過ちに気付くことになる。
…”嘘”が剥がれた人間は、俺の想像以上に醜かった…。
俺が相手の”嘘”を読み取る能力を得て、それから得られたもの。それはただひとつ、”人間は自身のために平気で嘘をつき、相手を騙す生き物であること”という結果だけだった。
周りで会話している人間はその誰もが平気で”嘘”をつき、相手を騙している。
自分に笑顔で話しかけてくる人間も、その笑顔が偽りであることを知った。
結局、人間に絶望しただけで、俺はそこから何かを得ることなどできなかった。だが、俺が最も絶望したのは…両親だ。
俺を褒めるときの笑顔も、勉学一筋の俺を応援するときも、その全てが”嘘”だと読み取れてしまった。
両親は自身の評判を得るために俺を勉学一筋で育て、事実今の俺を利用していただけだった。
人間に絶望し、周りの全てが醜く見えた俺は、学校には来ても、教室に行くことはなくなった…。
〈Another Side Out〉
「…今尚、俺が人の”心”を知ろうとしているのは、”自分”を知ろうとしているからかもしれない」
「え…?」
私は先輩の話を聞いていてまず最初に驚いたが、それ以上に先輩がそんなにも辛い思いを背負っていることに悲しくなった。
先輩はいつでも冷静で、頼りがいがあって、私はそんな先輩がとても大きな存在に思えた。だけど、今目の前にいる先輩はとても小さく、弱弱しく見える。
「両親のために勉学一筋で生きてきた。だがそれが自身の評判のためだけの”嘘”なら。俺はいったい何のために生きていけばいいんだろう…そう思ったんだ」
「…」
今まで信じてきたものが全部”嘘”だったら…先輩にとってそれは自分の全てで、それが偽りなら今までの自分全てを否定することになる…先輩は今も1人で不安定に揺れていた。
「…俺は”自分”がわからない…。だからこそ、”人の心”を知り、人の本質に触れていけばそれがわかる気がする。…そのために俺はここにいる」
先輩はずっと1人でそうしてきたんだろう。誰にも知られず、誰にも理解されない”悩み”と戦いながら…。
先輩が話し終えてしばらくの沈黙。だが、そんな沈黙を私は破って呟いた
「…でも」
「…?」
「…私は、ならなおさら外に出るべきだと思います…」
先輩は私と似ていると思った。あの頃、まだ自分の境遇が”仕方ない”と割り切ってしまっていた自分と。だからこそ、あの時先輩に勇気をもらったように、私も先輩に勇気を与えたかった。
「…なぜ」
「”人の本質”が知りたいなら。もっと人と触れ合うべきです…! 先輩は結局前の私みたいに割り切って諦めてるだけじゃないですか!」
「…それは…」
俯く先輩。私は構わず続ける。
「私もずっと逃げてきました。でも先輩が勇気をくれたからこそ、今の私があるんです」
「…それはただの”気まぐれ”だったさ…それにキミのような人間は初めてだったから少し心情に興味があった…。それだけだ」
「それでも、先輩は助けてくれました。ならそれは先輩の意思です」
どんな理由があったとしても、先輩に助けてもらったのは事実で。私にとって先輩は”頼れる先輩”以外の何者でもないから…。
「私は、先輩は先輩だと思います。いつも理屈っぽくて、冷静で、頼りがいのある…そんな人だと思います」
「…」
先輩はすっかり黙り込んでしまった。だが私はそのままの勢いで
「もし先輩がどうしても授業に出ないって言うなら。ここのこと他の人に言いますよ?」
なんてことまで言ってしまっていたのだった。
「…」
しばしの沈黙。それは短いものだったが。私が冷静さを取り戻すには十分で
「あっ…!? あのっ! すいません! 私…その…言い過ぎましたっ!!」
と、先輩に勢いよく頭を下げた。
…勢いがついていたとはいえ、まさか先輩にあそこまで言ってしまうなんて…。
どうしよう、やっぱりおせっかいすぎたかな…。
そんな風に不安になっていると
「…逃げている…か…そうかもしれないな…。まさか、キミにそんなことを言われる日が来るとは…」
そんな先輩の呟きが聞こえた
「…え」
私は先輩のほうを見る。そこには、いつもの先輩がいた。
「まったく…”授業に出ないとここのことを他の人に言う”か…。それは立派な脅迫だな…」
呆れたように先輩が言う。
「…ぁぅ…。その、それはもう忘れてくれても───」
「ここのことを言われると困る、なら俺に選択肢は無いな…」
先輩はそう言って立ち上がり、鞄を持って歩き出す
「え…あの、どこに行くんですか?」
そんな私を一瞥して、先輩は
「帰る。…もうこんな時間だ」
「あっ…」
時計を見ると、確かに結構時間がたっていた。
「わ…私も帰りますっ!」
そう言って私も鞄を持って先輩を追った。…もうさっきの気まずさはなくなっていたが、先輩はどこか吹っ切れたような表情をしていた…。
テストはどれもいい手ごたえで終えることができた。私は先輩にお礼を言ってノートを返した。
結局あの日からも先輩とは普通に話していたし。やっぱり先輩は特に気にしてなかったんだろうなぁ…なんて思っていた、のだが…。
「…あれ?」
昼休み、廊下がやけに騒がしかった…いや、いつもは雑談する生徒達で騒がしいのだが、今日はなんかこう…なにか事件があったような感じの…。
「…?」
少し気になったが。私はそのまま図書倉庫へと向かった。
お弁当はあれからもほぼ毎日先輩の分を用意している。だから当然昼も図書倉庫に行くことが普通になっていた。いつものようにノックをして、扉を開けようとして…鍵がかかっていた。
「あれ…?」
いつもは開いているはずの扉が閉まっている。桐野先輩、いないのかな…。
そんなことを考えていると
「ああ、すまない…待たせてしまったようだな」
背後から声、振り返ると桐野先輩がいた。
「あ…いえ、待ってないですけど…。珍しいですね、どうかしたんですか?」
私が聞くと、先輩はため息をひとつついて
「ああ…ちょっと教師に呼ばれてな…」
「え…?」
先輩が先生に呼ばれるなんて珍しい。何かあったのかな…。
「どうやら、俺が授業にちゃんと出たのがよほど珍しかったらしい…」
「へぇ…」
ん…? 授業に…ちゃんと…!?
「ええっ!? 先輩、まさかあの約束本気にして…!」
「当たり前だろう。ここのことを話されるのは俺も困るからな」
先輩はさも当然といった様子で答えた。
「いや、でも…───」
私がまだ何か言おうとすると、先輩はため息をついて
「もう遅い…あれだけの騒ぎになった以上、もうどうにもならん」
「な…」
あの騒ぎ…廊下の騒ぎって、先輩が原因だったのか…。いや、元はと言えば私が…!
「…すいません…」
申し訳なくなって、私は先輩に頭を下げた。
「…何を謝っている? 俺はキミの交換条件を呑んだだけだ。別に気にしなくてもいい」
「でも───」
「ほら、早くそこをどいてくれ。あまりモタモタしているとここがばれてしまう」
先輩はそう言って図書倉庫の鍵を開けた。
「………。」
「え…?」
扉を開けるとき、先輩が小さく何かを言った気がしたが。聞き返す前に先輩は中へと入ってしまった。
「今…」
扉が開く音ではっきりとは聞き取れなかったが、
先輩は小さい声で「…ありがとう」と言った気がした。
少しずつ近くなってくる2人の距離ですが。次回は急展開の予定です。




