520 「体内」
連絡が入ると同時にサベージに指示。
それを聞いたサベージは待ってましたとばかりに残った首の猛攻を掻い潜り、胴体へと向かう。
事前に聞いていたアスピザル達が通る際に開けた穴を通って山の中へ。
出て来る際にこびりついたであろう地層を抜けると広い空間に出る。
そこにはブラトディアやネマトーダの死骸があちこちに散乱しており、中には見覚えのない人型の死骸も存在した。 あれが噂の人型か。
さて連中は――
探すまでもなかった。 少し離れた所で戦闘が行われていたからだ。
アスピザルが障壁を展開して守りを固め、トラストが片端から切り刻んでいた。
穴掘りを完遂したヴェルテクスは消耗したのか膝を付いている。
俺は無言で魔剣を第二形態に変形。
同時に魔石で連絡を入れる。 トラストには<交信>で警告。
――伏せろ。
「え!? ちょっ!?」
全員が身を低くしたと同時に一気に薙ぎ払う。
衝撃で吹き飛んだ魔物の残骸がバラバラと振って来る。
「無事のようだな」
「……今、無事じゃなくなりそうだったけどね。 ともあれ助かったよ」
アスピザルは元気そうなので軽く頷くだけで応え、ヴェルテクスの方へ視線を向ける。
明らかに消耗しており、周囲には空になったポーションの容器が散乱。
相当無理をしたようだな。
「良い仕事だ。 後は俺がやる」
「……まだやれると言ってやりたいが、もう力が出ねえ。 俺がここまでしてやったんだしくじったら許さねえぞ」
俺は小さく肩を竦める。
さて、道はできたし後は俺だけで充分だな。
「サベージ。 全員連れて離脱しろ」
トラストが付いて来ようとしていたが、首を振って来るなと伝える。
問題ないとは思うが後衛二人だけにしておくのは良くない。 それにトラストもかなり消耗しているようなので、休ませた方がいいだろう。
「承知。 どうかお気を付けを」
トラストはそれだけ言ってサベージに跨る。
三人を乗せたサベージは一度こちらを振り返ると跳躍。 外へと向かっていった。
さて、行くとするか。
周囲では追加の魔物が湧こうとしてたので襲ってくる前にヴェルテクスが開けた穴へと飛び込む。
奴はしっかりと仕事をこなしたようで、少し長い落下時間を経て体内へと入る事に成功した。
落下していると広い空間に出た。
そこは――何と言うか肉で出来た通路? いや筒とでもいうべきか……。
とにかく俺の語彙ではそうとしか表現できない場所だった。
魔法で光源を作成して周囲を確認すると、それが良く分かる。
ピンク色の肉がドクドクと鼓動を刻み、それを取り囲むように筒状の赤いパイプのような物が複数本、螺旋状に絡みついてそれぞれが鼓動を刻んでいた。
それで? 脳はどこだ?
取りあえず中心に行けば何かが分かるかもと歩く。
不思議な事に襲撃はない。 ここには出さないのか出せないのかは不明だが、要らん手間が省けるのは良い事だ。
しばらく歩いていると更に広がった空間に出る。
どうも分かれ道のような状態になっており、恐らく各々の首に繋がっているのだろう。
俺は視線を上に向ける。
……あれか。
天井部分に巨大な肉塊が張り付いていた。
恐らくあれが脳だろう。 俺は<飛行>で飛んでその肉塊に近づく。
抵抗はないので遠慮なく接触して根を伸ばす。
ディープ・ワンの時もそうだったが、巨大すぎる意識体に接触すると持って行かれる可能性があるので気をしっかりと持って記憶の吸い出しを始めた。
――その瞬間、脳裏に膨大な情報が爆発するように広がった。
ディープ・ワンの時と同様に断片的な記憶が瞬く。
加えて、こいつには視覚がないので映像情報が存在しないのもやや手痛いな。
ついでに知能も低いので外界に対する認識が曖昧だ。
……これはあまり役に立つ情報は入ってなさそうだな。
まぁ、元々生体情報が目当てで、記憶は二の次だ。
ないならないで別に構わないが――
おや? これは? 調べたら少し気になる情報が出て来た。
さて、このミドガルズオルム。
地底や地上を徘徊するだけで縄張りさえ侵さなければ――でかいから無理か。
下手に怒らせなければそこまで有害な存在ではなさそうだ。
鮮明な部分では地中を進んだり、時折地上に出て陽の光を浴びる。
この生き物はそれだけで幸せだったらしい。
ただ、こいつはどこまでもデカくなる性質を備えていたのがその不幸の始まりだった。
サイズが一定を越えた所で定期的に襲われるようになったようだ。
その大半はこいつの外殻を抜けずに精々痒い程度の不快感を与えるのみに留めていた。
ここまで来る事の苦労を考えるのならあの外殻を抜くのが並大抵の事ではないのは良く理解しているので特に驚きはない。
――ただ、問題はこの後だ。
その日は唐突に訪れた。
自慢の装甲をあっさりと貫通する攻撃が繰り出され、奴に経験した事もない激痛が襲う。
痛みの感じ方からして、攻撃は一種類じゃないな。
熱、冷気、単純な衝撃、質量による圧壊など、随分とバラエティに富んでいる。
……嫌な予感がする。
この流れに覚えがあるからだ。
記憶を探ると徹底的に痛めつけられた後、何か大きな衝撃を受けて意識が暗転。
…………。
恐らくだが、ほぼ間違いないだろう。
グリゴリ共だ。 あの天使共は監視者とかほざいていたが、本業は怪獣退治か何かなのか?
ディープ・ワンの時もそうだったが、この手の生き物には一々手出しをしている印象があるな。
件数が少ない以上、何とも言えないが、あんなデカい生き物はそうそういないにも拘らずこれだと考えると、この手の生き物を狙い撃ちにしている?
解せない点はもう一つある。 連中、徹底的に痛めつけはするが始末せずに動けなくするに留めている事だ。
ここまで追い込んでおきながら仕留めていない事が引っかかる。
ディープ・ワンだけなら討ち漏らしと考えてもいいがミドガルズオルムもとなると意図的に動けなくしているだけに留めていると見ていいだろう。
理解できんな。 連中にとって、この怪獣共は生かしておく必要がある?
それとも死ぬ事で何らかの不利益が被るので行動不能に留めているのか?
現状、手持ちの情報では不明な点が多いな。
森の捜索は続けているのでハイ・エルフの生き残り共を捕らえる事が出来たなら、人体実験して連中を降ろして情報を吐かせられるか試みてもいいかもしれんな。
未だに発見できていないのは少々引っかかるが、ファティマがこの手の事に手を抜いているとは思えないので、余程上手に隠れているか何らかの見落としがあるかと言った所か。
さて、記憶を探ったがこれ以上の情報は出てこないようだ。
ならこいつはもう用済みだな。 さっさと死ね。
脳を破壊してとどめを刺す。 痙攣するように大きく動き、生命活動が緩やかに弱まって行く。
やる事をやったので俺は接続を解除。
脳から離れ、そのまま飛んで元来た道を戻る。
まったく、無駄に疲れたな。 さっさと引き上げて飯にしよう。
俺はそんな事を考えながら命を失っていく体内を後にした。
誤字報告いつもありがとうございます。
 




