521 「引上」
エンティミマス――旧エンティミマスで起こった事件についての報告。
エンティミマスは旧チャリオルト南部に存在する採掘都市である。
この地を国家と定義する者が多いが、正確には人が集まった結果出来上がった場所だ。
そんな事情もあり、国王等の代表者が存在せず、権力を得た者が実権を握るという形で統治されていた。
皮肉な事にこの体制が人を外から呼び集め、傍から見れば国家に見える程の体裁を保てるようになってしまったのだ。
何故なら成功さえすればこの街では権力が約束されるからだ。
身分の低い者や世間からあぶれた者、夢を見る者達が、自らの人生を懸けてこの地に足を踏み入れる。
それほどまでに人を惹きつけるこの街に何があるか?
答えはダンジョンだ。
「地虫の鉱床」と呼ばれるそこはタイタン鋼という非常に優秀な鉱物が採れる地として有名で、その需要はアラブロストルやオフルマズドと言った大国で非常に高い。
その為、タイタン鋼は金と等価とすら呼ばれ、様々な者達が一攫千金を目指しダンジョンへと潜る。
ダンジョンは稼ぎの場としては非常に優秀で、出現する魔物――鉱脈もたったの三種類。 討伐方法も研究されつくされており、個人、またはパーティーで仕留める手段さえ確立していれば美味しい仕事と言えるだろう。
実際、エンティミマスで充分な金銭を稼ぎ引退して静かに暮らす冒険者も多い。
それほどまでにタイタン鋼は高値で取引されるのだ。
ただ、金の動く場所では人の動きも活発となる。 良くも悪くも。
この地は明確な頂点がいないので、秩序や治安は街の人間に委ねられる。
当然ながら素直に秩序を守ろうとする者ばかりではなく、街を支配しようと目論む者もまた多い。
そうしてできたのが大小様々な裏の組織だ。
小さな物はスリなどで他人の上前を撥ね、大きな物はダンジョンに無数に存在する入り口を押さえ、権益を貪った。
そうしてこの都市は国家と呼んでも遜色のない規模まで拡大。
――そして今に至る。
だが、その繁栄もある日、唐突に終わりを告げる事となった。
それは本当に唐突に起こった。 最初に起こった異変は地鳴りだ。
最初は微かな鳴動だったが、それは徐々に規模が拡大し地震、地割れを経て、明確な脅威としてエンティミマスを襲った。
地中から現れたのは巨大な魔物。
その大きさは想像を絶しており、エンティミマスと言う地を覆うほどだったという。
魔物の全身を覆う、外殻はタイタン鋼で出来ており、それを察する事が出来た者はその正体に気が付いた。 要は自分達がダンジョンだと思っていた物は巨大な魔物だったと言う事に。
察しの良い者は即座に避難したがそうではなかった者達は地割れに呑まれる事となる。
出現に際して建物はほぼ全てが全壊。 犠牲者は人口の八割にも上る。
生き残った者達は集結して対抗策を練るが、処置なしとの結論が濃厚。
だが、あの地に暮らす者達、特に富裕層は生活基盤を奪われる事を許容できず周囲の制止を聞かずに冒険者や聖騎士へ討伐依頼。
戦力を結集させて戦いを挑んだが――
結果は惨憺たる物だった。
かき集めた戦力は巨獣の一薙ぎでほぼ全滅。 体内から仕留めるべく有毒な魔法薬を持った部隊が体内へと侵入を果たし、毒殺するべく動いたが侵入成功の一報から連絡が途絶えた。
恐らく全滅した物と思われる。
その後、手立てが浮かばずに周辺国から援軍を募るという方向で意見が纏まった所で変化があった。
――何者かが巨獣と交戦を始めたのだ。
目撃した物の証言では何かに乗った者で手にした武器からは闇色の光が放たれ、巨獣の身を焼き、その巨体を苦痛にのた打ち回らせたという。
両者の戦いは日が暮れて夜が訪れるまで続き、遂に謎の存在は巨獣の首を落とす事に成功した。
どうやらそれが決め手となったらしく、程なくして巨獣は沈黙。
事態は収束となった。
今回の一件での被害。
エンティミマスに存在した全ての建物は全壊。
死亡者数は現在集計中だが、恐らく正確な数字を出す事は不可能だろう。
巨獣の死亡によりダンジョンが使用不可能となったのでタイタン鋼の採集も近い内に不可能となる。
この一件により事実上、エンティミマスは消滅する事になるだろう。
数少ない生存者たちは新天地を求め、各地に散って行った。
残った者も死骸の消滅までの間にタイタン鋼の採取を行い、この地を去るだろう。
――その後は割とどうでもいい事がつらつらと記載されていた。
俺は裏から手を回して手に入れた報告書の写しから視線を外す。
正直、面白い内容でもなかったので紙を軽く放る。
紙束は放物線を描いて近くにあったテーブルに着地。
――報告書とやらには目を通したが、これといって面白い事は書かれていないな。
――そうでしたか。
終わったのでファティマに結果を話している所だった。
今いる所はエンティミマスから少し離れた所にある小さな村だ。
チャリオルト、エンティミマス間を移動している連中相手に宿などを提供する事によって生計を立てているようで、チャリオルトの整備が済めば需要が上がると期待されていたが、肝心のエンティミマスが消し飛んだのでやや呆然としているらしい。
まぁ、一晩で国が更地になるとは思わなかっただろうしな。
――一応、調べさせたが俺を正しく認識した奴は殆ど居なかったらしい。
サベージに乗っていたから当たりは付けられたかなとは思ったが、俺がエンティミマスに滞在した時間はそう長くない。 直ぐにダンジョンに入ったのでそもそも外を出歩いていない事も大きいだろう。
人目に触れていないので注目のされようがないと。
――そう言う事でしたら問題はないのですが……。
――それより話すべき事があるんじゃないのか?
俺がそう言うとファティマはやや口籠る。
特に指示は出していないがこいつの事だ、事前調査を行っていたのだろう。
そしてその結果が芳しくなかった事も何となくだが察していた。
――……話す前に一度、オラトリアムへお戻りください。 動くとなると少し大掛かりになりそうなので相応の準備が必要かと。
――分かった。 どうせヴェルテクスとアスピザルを戻すんだろう? そのついでにトラストを連れて一度戻るとしよう。
恐らくこうなるだろう事は薄っすらとだが察していたし、嫌だと言ってもファティマは戻るように言って来るだろう。 何故ならそれが必要だからだ。
だからこそ俺は面倒と分かっていたにも拘らずミドガルズオルムの討伐を強行した。
どちらにせよアスピザル達にも説明する必要があるので、集まって一度に済ませればいいだろう。
今回は特に話す事もなかったので結果と気になった点のみの情報交換となったが――
――最後に一点ご報告があります。
そろそろお開きと言った所でファティマがそう切り出して来た。
口調が苦い上、最後に話し始めたと言う事は相当に言い難い事なのだろう。
こいつがここまで言い難そうにする話題に少し心当たりがなかった。
何だろうと内心で首を傾げているとややあってその理由に納得する事となる。
――エルフの事です。
内容は凡その見当は付いていたが、想定する限り最悪の物だった。
どうもあの連中はファティマの捜索を掻い潜ってトルクルゥーサルブを通らずにウズベアニモスの跡地へ向かい、船を奪って海へと漕ぎ出したらしい。
交流が出来た際に日枝からエルフの話題が出た時にそんな話が出たらしい。
……なるほど。
いくら探しても見つからん訳だ。
――も、申し訳ありません! この責任は――
――あぁ、そう言うのはどうでもいい。 逃がしてしまった物は仕方がない。 ここは捜索に労力を割く必要がなくなったと考えればいい。
居ない者は仕方がないからだ。
まぁ、将来的に俺も海を渡るつもりなのでその際にもし見つけたら殺そう。
――報告は以上か?
はいと返事が返ってきたので今回はこれでお開きとなった。
報告後、申し訳なさそうにしているファティマに構わずに<交信>を切断。
ごろりとベッドに横になる。
色々と考える事があるが今はいいかと俺は目を閉じた。
誤字報告いつもありがとうございます。




