122 「責任」
別視点
セバティアール家。
王都を中心に人材派遣業を営んでおり、配下の商店をいくつも抱えている大商会だ。
当主は代々、国の公官も営んでおり空きが出れば次期の領主候補とも目されている。
公官とは王族に直接仕えているこの国では最もなりたがる人間の多い職種だ。
階級別に分けられており、上から特等、1等、2等、3等と分けられている。
ざっくり説明すると――。
特等――王の傍付きや直接意見を言える立場で、王族の守護騎士もこれに該当する。
1等――領主や国の要職に付く者が該当。
2等――騎士団の長や現場で指揮を執る者が該当。
3等――1、2等の補佐や雑務を担当する。
大雑把だがこうなる。
領主は交代制で特定の条件を満たせなかった場合は交代となる。
具体的には王都へ納める税金が3年間一定量を下回ると領主の資格なしと見なされ降ろされる。
だが、裏を返せば納める物を納めていれば何も言ってこないので国からすれば払う物を払えば領主なんて誰でもいいと言う考えが透けて見える。
…領主側からしたら複雑な物があるが…。
セバティアール家は当主が1等公官なので存命中に領主に空きが出れば順番が回ってくる可能性が高い…が、現当主が病に倒れ、治癒魔法の効果も薄くこれはそう長くないと判断し、自分の親族達から次期当主を選ぶ事になった。
ここからが問題なのだが、その当主の選抜方法は数日後に現当主が集まった候補の中から指名すると言う。
何が問題なのかと言うと、それを通達したのが数日前。
集まった候補者全員の顔合わせをさせた後に「数日後、ここに集まった候補者の中から選ぶ」との事。
要するに来れなかった者は選ばれない。
つまりは候補者同士で数日後の集まりに出られないように潰し合いを始めたのだ。
15人の候補者が居たのだが、通達した当日に4人が毒を盛られて死亡。
翌日には更に3人が行方不明になり、更にその翌日には3人が謎の変死を遂げた。
いきなり親類が10人も立て続けて居なくなった事に危機感を覚えたアドルフォは逃げ出して身を隠そうとしたが、翌日には怪しい男達に後を尾けられ始め…今に至ると。
「それは何と言うか…大変だね」
話を聞いた僕の口からはそんな感想しか出てこなかった。
彼女は俯いて肩を震わせている。
「ご両親は――」
「あんな人達、親でも何でもありません!」
聞けば彼女は説明を受けた直後、両親に「当主の座に興味はない」とやんわりと告げたのだが、候補である以上は挑戦しなければならないと言われ取り付く島もなかった。
父親は無表情で「自分もこの道を通って来たので拒否は許されない」とも付け加え、母親は「あなたは私の娘なのだから大丈夫。勝ち残れるわ」と微笑んで見せた。
2人の口調から不穏な物を感じてはいたが、彼女はこれまでの日々と両親の愛を信じていた――翌日までは。
立て続けに起こった訃報にこの選抜と言う名の潰し合いの正体を悟った。
その後、彼女は母親に泣きつくつもりだったが、使用人の会話を聞いてしまったのだ。
――また始まったと。
どうやらこれはセバティアール家では恒例行事だったらしい。
それを知った彼女は誰も助けてくれない事を悟ると、屋敷に保管されていた魔法武器「魔弓マリナー」を持ち出して屋敷を飛び出した。
「さっき使ってた弓だね」
「はい、屋敷に置いてある武器で私でも使えそうなのがあれだけだったので…」
見せてくれた短弓は全体的に青白く素材は石材か何かかな?
弦も同じように薄く光を放っている。
使用者の魔力を吸って、氷の矢を形成して撃ち出す。
威力は吸わせた魔力量に依存するらしいけど、どう見ても相当な高級品だ。
その後は街で逃げ回っている間に僕とぶつかって、今に至ると。
一通り話を聞き終えた僕は何も言えなかった。
余りにも酷い話だ。子供同士を殺し合わせるなんて…。
恒例行事と言う事は潰し合わせる為に子供をたくさん作っているみたいじゃないか。
それが親のする事なんだろうか。
いや、彼等からしたらそれが当たり前の事なのだろう。
僕は内心で首を振って話を続ける。
「アドルフォ、君はこれからどうするつもりなんだい?」
アドルフォは俯く。
「逃げた所で街から出た事も少ない私では魔物に殺されてしまうでしょうし、何とか期日まで逃げ切ろうかと考えています」
「当てはあるの?」
「…いえ…特には…人目を避けながら隠れて過ごそうかと…」
僕は話しながらこの街で安全に時間をどう稼ぐかを考えていた。
「分かった。そう言う事なら別で宿を取ろう。彼にも説明しないといけないし動くのは食事を済ませてからかな?」
「え?あの……どうして…」
「迷惑かな?」
アドルフォは理解できないと言った表情で僕を見ている。
僕は――。
――お前は助けた奴に対して責任が取れるのか?
彼が脳裏で囁く。
今までだったら何も言えずに俯くだけだったが、僕はこのままじゃいけないと思い始めていた。
別に何も考えていない訳じゃない。
少なくとも打算はある。
彼女を助ければ何か見えてくるかもしれない。
少なくとも自分の中にある疑問に答えが出るかもしれない。
かもしれないだらけだけど、動けば何か変わるかもしれない。
だから自分の気持ちに素直になって歩き出す。自分なりの速度と歩幅で。
僕は目の前の困惑した表情の少女に笑って見せる。
「迷惑では…ありませんが、どうして?」
「……君を見殺しにしたら僕は必ず後悔する。それをしたくないから…かな?質問を返すようだけど、君はいきなり現れた僕を信じられるかい?」
ここが最初の関門だ。
守るにしても彼女に信じて貰う必要がある。
アドルフォは僕をじっと見つめて何も話さない。
「…では信じる為の理由を作らせてください。ハイディ様は冒険者ですね。なら、ギルド経由で依頼を出します。それを請けて頂けますか?」
「もちろん。それで君が僕を信じてくれるのなら」
依頼と言う形で僕を信用すると言う事か。
確かに冒険者を雇うと言う形なら彼女も信用できるだろう。
でも、僕は冒険者としてではなく個人として彼女を助ける。
そう決めた。
「彼には心配をかけたくないので君の事情に付き合うと説明するので悪いけど話を合わせて貰ってもいいかな?」
「構いませんが良いのですか?」
この件に彼を巻き込むつもりはないので事情を話す事はしない。
その為にアドルフォには悪いけど話を合わせて貰う事にした。
宿を出て隣の酒場へ入ると、彼が隅で食事をしている。
こういう時、彼はとても目立つ。
机に高く積まれた空いた皿が凄く目を引く。
前々から思っていたけど彼のお腹はどうなっているんだろう。
何であれだけの食事が入るのか未だに理解できない。
付け加えるなら食費をどうやって賄っているのかも謎だ。
何度か聞いたが「定期的に収入がある」と謎の返事が返って来たので、僕は言いたくないのだろうと解釈して追及を諦めた。
僕達は彼に近づいて声をかける。
「あの…さっきはごめんね」
事情があるとはいえ結果的には追い出してしまったんだ。
彼には悪い事をした。
彼は特に気にした素振も見せずにアドルフォを一瞥。
視線を向けられて彼女が怯える様に身を竦ませる。
それに気付いているのか居ないのか彼は僕に視線を戻す。
「…それで?その子供は何だ?」
「うん。ちょっと…」
話す内容は用意しているけどいざ前にするとどうしても歯切れが悪くなってしまう。
小さく息をして彼の方を真っ直ぐに見る。
「この子には少し事情があって、僕はそれを手伝おうと思うんだ」
「それは冒険者としてか?」
「違う。僕個人としてこの子を手伝おうかと思うんだ」
嘘を吐いた。
悪いけど彼には無関係でいて貰いたいから本当の事は話さない。
彼は特に表情を変えずに以前と同じ事を言う。
「以前にも言ったが…」
「分かってる」
もう、最後まで面倒を見る事は決めている。
だから皆まで言わせずにそう言う。
彼は少し驚いたように眉を動かし「好きにすると良い」と言ってそれ以降は追及して来なかった。
その後、意外だったのが彼の提案だ。
彼はやる事ができたのでしばらく部屋に戻らないから僕達に使うように言って来た。
流石にそれはと言いかけたが、彼は強引に部屋の鍵を押し付けて店から出て行ってしまう。
止めようとはしたけど結局、僕はそれを見送った。
そして場所は戻って宿の部屋へ。
「これからの事なんだけど、まずは明確に目的を決めておきたいと思うんだ」
僕の話にアドルフォは頷く。
「まずは君がどうしたいかだ。アドルフォ、君はどうしたい?単純に生き残りたい?それとも勝ちたい?」
彼女は少し言いよどんだ後、こちらをしっかりと見据えて言葉を紡ぐ。
「私はできれば勝ちたいと思っています。一族を統べる事ができればこんな馬鹿げた争いを無くす事が出来るかもしれません。これ以上、身内同士での醜い争いを止めたいと思います。ですから!ハイディ様!私にどうか力を貸してください!お礼は必ずします!」
「もちろん」
答えは決まっているので即答した。
アドルフォは目に涙を溜めながら震える声で「ありがとうございます」と何度も礼を言い続けた。
僕は何も言わずに彼女を抱きしめて落ち着かせる。
ずっと不安だったのだろう、僕は胸の中で身を震わせて泣く彼女の背を撫で続けた。
しばらくして彼女が落ち着いたのを確認するとそっと身を離す。
アドルフォは頬を染めながら「お恥ずかしい所を…」と小声で呟く。
僕は気にしないでと首を振る。
「さ、方針も決まったし今度は具体的な話をしようか?」
話を続けることにした。




