1106 「信頼」
続き。
「倒せる倒せないはともかく、勝てそうなのは連中だけだろうな」
答えになっていないような気もするが、俺が返せるのはこれぐらいだ。
「信頼はしていないけど信用はしていると言う事ですか?」
「……そんな感じだな。 連中は間違いなく強い。 そんな連中ですら負ける相手なら俺達がどう足掻いても無理だ」
聖女に語った言葉に嘘はないが、世界の滅びに関しても頭が付いて来ていない部分もあってオラトリアムへ投げる形で思考を止めてしまっている。
タウミエルに関しても話を聞いただけなので想像し辛いというのもそれに拍車をかけていた。
良くはないと思ってはいるが、どうにもならない事でもあるのでこれに関しては信じる信じないではなく諦めているのだ。
「分かりました。 思う所がない訳ではありませんが、納得はします。 ただ、皆にそれを強いるのは――」
「それは俺も分かっているつもりだ」
事情も話さずに命をかけろは褒められたものじゃない。 いや、クソ野郎の所業だ。
今までもそうだったのに何を今更と思うかもしれないが、今回ばかりは話が別だった。
どんな相手なのかも詳細が不明。 いや、一応は聞かされたが今一つ理解できなかったのだ。
対策を練る意味でも早い段階で準備は進めておくべきなのも分かっている。
聞けば手を組む獣人勢力が大陸中央部の国――ヴェンヴァローカへ先乗りして防衛の準備を整えているとの事。 任せきりにするのは不味いので面通しが済み次第、こちらからも人を遣る予定ではあった。
その際にどう説明するべきかと考えると非常に気が重い。 グノーシスに関しては追い払う為の大義名分があったのである程度は勢いで誤魔化せたが、今回ばかりは話が別だ。
フシャクシャスラ――つまりは隣の大陸まで行って訳の分からん連中と戦わねばならん。
それを連中に裏を話さずにどう納得させるかが今の所、思いつかなかったのだ。
ウルスラグナからも兵を出すとの事で、メイヴィスの話では王国の方にも別口で話が行っているとの事。 この辺は後でルチャーノと相談するべきか。
もう言葉を選ばずに言うとどう騙すかを考えなければならないって訳だ。
そして実際にやるのは聖女やクリステラになるのだが……。
他人を矢面に立たせて自分は高みの見物。 その姿を想像して気分が悪くなる。
俺はいつから大勢の人間に死ねと影から命令できる程に偉くなったのだろうか。
我ながらクソみたいな奴だ。 真っ先に死ねばいいのになクソが。
俺の葛藤を察したのか聖女はやや困ったといった表情を浮かべると小さく笑って見せる。
「――分かりました。 僕の方から皆に話します。 原稿の案を貰っても――いえ、そちらもやっておくので、出来たら後で目を通しておいて下さい」
「……随分と物分かりがいいな。 今回は――」
「――前にも言いましたが僕はあなたを信じます。 ですので、詳しく説明する必要はありません。 気にならないのかと尋ねられれば嘘になりますが、もう決めています。 信じると決めた選択の結果と責任もこの全身で受け止める。 それが僕自身の覚悟です」
聖女は真っ直ぐに――真っ直ぐすぎる視線をこちらに向けてそう言い切った。
俺はその視線を同様に真っ直ぐ見つめ返す。 正直、眩しすぎて目を逸らしたかったが、それはやってはいけない事だと理解していたのでしっかりと聖女の目を見る。
「……取りあえずですが、世界の滅びへの対処に関しては了解しました」
「あぁ、悪いな。 俺の方でも可能な限り動いてみるつもりだが、厳しい戦いになるって事だけは覚悟しておいてくれ」
話が済んだので俺はお暇しようと腰を上げかけたが、聖女が不思議そうに首を傾げたので何だと眉を顰める。
「話は二つあったんじゃないんですか?」
「なに?」
思わず聞き返してすぐに思い至った。 あぁ、しまった。
覚悟を決める為に軽めの話題を振るつもりだった事を思い出したのだ。 割とどうでもいい事だったからうっかり忘れていたな。 気にするなと流してもいいが、意見を聞くのもいいかもしれない。
「……あー、実はだな。 王国側から妻を娶らんかと打診が来ていてな」
「エルマンさんがですか?」
「あぁ、相手は何と王族だそうだ。 王国側としてもアイオーンとの関係強化はしておきたいので、俺に分かり易い形でそれを見せろって事だ」
「なるほど。 エルマンさんが納得しているのであれば良いのでは? もしかして相手に何か問題があるんですか?」
意外な返答だったので少し驚く。 こういった事に関しては意外に理解があるんだな。
こいつの事なので「気持ちが大事」的な事を言い出すのかと思った。 いや、もしかしたらそう言ってほしかったのかもしれんな。
「いや、そういう訳ではないんだが、俺は立場上忙しいからあまり相手をしてやれないし、何かの拍子に死んでしまって早々に未亡人にしてしまうかもしれないといった懸念があってな。 その辺、お前はどう思う?」
「……あぁ、なるほど。 そういう考えかぁ……。 うーん、どうなんでしょうね?」
聖女も同様に俺の言葉が意外だったのか、なるほどと何度も頷いてうんうんと唸る。
こいつの言葉はどちらかと言うと領主などの権力者の考えに近いな。
結婚は義務の類と割り切っているようだが、元々そういったお高い家の生まれなのか?
「建前や目的ではなく気持ちを優先したいのならそれこそ一度しっかりとした場で会ってみてはどうでしょう? 個人的な考えですが、関係は一方的なものではなく双方向で成立する物と思っています。 エルマンさんが相手を気遣う気持ちは素晴らしいと思うけど、相手の理解を得る所から始めたらいいんじゃないかと思います」
本当に意外な事に一番まともな助言を貰ったような気がする。
「権力者にとって結婚して子供を残す事は義務に近いので、エルマンさんに問題がなければ受けた方がいいとは思います。 ――まぁ、それを言ったら僕もそうなんですけどね」
そう言って苦笑するが、聖女にそんな話をできる訳がない。
聖女はあくまで象徴。 その神聖さを落とすような行為はさせられない。
それを分かっているからこその反応だろう。
「そうだな。 お前の言う通りだ。 俺一人で済む話じゃない訳だし、相手と相談するべきだったな」
抱え込む癖が付いていたので相談するといった発想が抜け落ちていたのだ。
まったくもってその通りだ。 相手の気持ちを考えると言いつつ、俺は自分の事しか考えていなかった。
「礼を言うぜ。 かなり気持ちが楽になった」
「役に立ったなら何よりです」
今度こそ用事がなくなったので俺は退出する旨を告げて今度こそその場を後にした。
誤字報告いつもありがとうございます。




