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魔女の時計  作者:
9/12

検査の定義とは一体何ぞや



「………思ってた以上の出来ね」


「…………………………………どうも」


眉尻を下げて言われてしまえば、その言葉の意味が、良い意味で言われたのではないのだと、当然悟ったがどうにもそうとしか返せなかった。


僕達の身体能力が、如何程かを知っておきたいと、朝食の席で言われ二つ返事で了解したのが、大きな間違いだったと痛感する。


「随分二人共貧弱なのね」


紅野と仲良く地面に伸びている僕は、抗議の声を上げたかったが、そんな事に体力を使いたくなくて閉口する。


「……怪力ババア」


言った瞬間奈義沙に腕を掴まれて、上空へとぶん投げられた紅野。やっぱり紅野は馬鹿らしい。こうなることは分かってたろうに。


身体能力の検査なんて、そんなに難しいことはしないだろうと高を括っていたのだが、ナメきっていた。


真穂が中身を奈義沙に入れ換えた時点で、気付くべきだったのだ。


奈義沙がどれ位強いのか、今後の為にも見ておこうと思えたのは始まる前までで、実際に始まってしまうと何もかも吹き飛んでしまった。


何かを考える余裕も、思考を巡らす余裕もありはしない。ただ逃げるのに精一杯。それは紅野も同じ様だった。逃げ回るだけなんて屈辱的であるが、命の危機を感じたのだ。ぐだぐだ言ってもいられない。


「思ってた以上に弱過ぎてがっかりよ。まずその貧弱な足腰をどうにかしなさい」


「貧弱って…………」


紅野は学校の中じゃ一二を争う体力馬鹿で、体育の授業じゃ運動部にだって劣らないし、無論僕だって運動神経は悪くない。それで足腰が貧弱だなんて…………。奈義沙の物差しで計られても困る。


「私、体術しか使ってないんだけど」


「………………それは人間の身体でも、可能な範囲での体術ですか?」


魔術師ならば魔術やら魔法やらで、身体能力の底上げでもしているんじゃないかと疑ってみたのだが、奈義沙はそれこそ心外だとばかりに顔を歪めた。


「勿論。人間の域を出ないようにしたわ。証拠に死ななかったでしょ?もう、ホントに手を抜くの大変だったんだから。そりゃもう、蟻を潰さないで歩く位大変だったわ!ダニを潰さないで持つ位大変だった!」


こいつ…………。僕達の事を蟻やダニと一緒だって言いたいのか?


「って言っても、真穂の身体だから大して力は出ないのだけどね」


つまり、手加減しているのは判っても底は見えないと。体力。魔力。その二つだけでも知れれば、利用する策も練れると思っていたがこりゃ無理だ。


「さて検査は終わり。その怪我治して次はお勉強ね。貴方達には大量の本を読んでもらう。以上!」


「以上!じゃねぇよ!」


何故かドヤ顔をして言い切った奈義沙に、急かさずツッコミをいれる。


「うっさいわねぇ。以上で良いのよ」


「ちゃんと説明してから行けよ!」


至極面倒そうな顔をして、何処かへ行こうとする奈義沙を、痛む身体で引き留めた。


「怪我治すって何!?消毒して絆創膏貼るだけでしょ!?だいたいさぁ!人を投げるとかどういう神経してんだよ!」


「何言ってんのよ!怪我しないように、ちゃんと受け止めてあげたでしょ!」


「そうだね!顔面が地面に付くギリギリでね!襟首掴まれて首が絞まったけどね!」


ああまた始まった。下らない言い争いが。


「二人共いい加減にして。奈義沙はさっさと案内する」


「へ?」


口元を引くつらせながらも、なんとか笑顔を保っている僕を、誰でも良いから讃えて欲しい。


「何処に行くんだか知らないけど、説明しないってことは案内するってことだよね」


「はっ、はい。ご案内します」


ポカーンと、普段は見られないであろう、間抜け面を晒した奈義沙は、何故か敬語で応えた。


「これから行くのは図書館。場所を把握しておいて。それから紹介しておきたい人が二人いる」


紹介…………。奈義沙の知り合いか、真穂の知り合いか。はたまた星麗の知り合いか。三人の共通の知人か。


「…………へぇ。どんな人なの?」


「一人はこれから行く図書館の司書をしていて、まぁ普通よ。もう一人は……………」


言葉が中途半端に途切れたので、不思議に思い奈義沙の顔を見る。横顔をチラリと見ただけだが、ギョッとする程に凄い表情をしていた。まるで苦虫を噛み潰したような、ゴキブリでも見るかのような、そんな複雑な表情だ。


「……何?」


「何でもないわ。ただもう一人の方は駄目なのよ。馬の骨が合わないっていうか……………いけ好かない奴なの」


「ってことは、俺と合うかも?」


奈義沙と反りの合わない紅野が、少しの期待を含んだ声音で奈義沙に聞く。僕もそこには少し興味がある。


「さぁ?もし合う奴なんていたら、そんな奴の顔を拝んでみたいわ」


心底嫌そうに顔を歪める奈義沙の弱点は、未だ見ぬ相手か。ちょっと利用するのは難しいな。


奈義沙に連れられて来たのは、城の一番端に聳える高い塔の前だ。


「外から図書館へ行く場合には、ここから中に入りなさい」


塔に付いた通路に取り付けられている、簡単な造りをしたちょっとお洒落で、一般の家にありそうなドアを奈義沙が開け、入るようにと促した。


「え…………」


これが室内?


今僕達が立っているのは木製の橋だ。足下には水があり、蓮の花が幾つも浮いている。外から見た大きさと、中に入って見た大きさとが一致しない。これも矢張、魔術と謂うやつの仕業だろうか。


「ここに来て」


不可思議な空間に呆気に取られていると、奈義沙が紅野と僕の腕を引いた。


「……何、ここ…………?」


「説明は後。今から登録をする。登録が無いと、図書館には入れない事になってるわ。まず二人共、水を飲みなさい」


奈義沙が指を鳴らすと、僕と紅野の手の中に、一瞬にして杯が現れた。しかも純金製の。重いったらない。


紅野と顔を見合わせて頷き、指示通りにしゃがんで水を掬う。


「これ、飲んで大丈夫なんだろうな?」


見た目は透き通っていて綺麗に見えるが、菌なんてものは肉眼では見えないし、毒なんてものも視認は出来ない。


「私が先に飲んであげましょうか?」


溜め息を付いて手を差し出す。彼女の態度に、特に不信な動きは見られない。けど、渡した後に何かされる可能性もある。


「いいよ紅野。僕が先に飲むから」


「呉葉!」


制止の声が飛ぶが、既に遅い。一気に煽って飲み干した。


「あっ、意外と美味しい」


鼻に抜ける爽やかな、ミントの様な香りと、ほんのりと控え目な甘さが口内に広がる。


「えっ、大丈夫なの?目が霞むとか、舌がヒリヒリするとか、手に力が入らないとか無い!?」


「んー」


瞬きを何度か繰り返し、手もグーパー、グーパーと握ったり開いたりして感触を確かめる。うん、異常無し。


「別に平気。大丈夫」


それでも、心配そうに見つめてくる紅野に、少し困りながら苦笑いを浮かべる。


「そんなに心配なら、自分も飲んで確かめたら?」


遅いと言いた気な奈義沙は、トントンと苛立ちながら橋の欄干を指で叩いていた。


紅野も水を掬い、目を瞑って恐る恐るそれを口にする。


「ホントだ。美味しい」


まじまじとこの不思議な水を観察してみるが、見た目は水道水と何ら変わりない。


「飲んだら次ね。はい、これ」


お次に手渡されたのはカッター。何?何で?危なくない?


「指先切って、血を垂らして。一滴で構わないわ」


カッターを渡された理由は解ったものの、ここで1つの疑問が生じる訳だが、質問したら後悔する気がする。だがしかし、打ち消すにしてはインパクトが強い。


「図書館に入るには、登録がいるって言ってたよね?ってことは少なくとも僕達以外にも、登録してる人がいるってことだよね?」


聞かないのも不安に思うだろうから、結局は訊ねることにした。


「ええ、そうね」


「…………………。ってことはさ、他人の血を飲んだのと変わらない?」


怪訝な顔をしていた奈義沙は、一旦キョトンとした表情をした後、少し考える素振りを見せる。


「違う。と言っても納得しないでしょうから、やってみなさい」


それでは説明になってない。説明を求めても返ってきそうにはないので、仕方無くカッターで左の薬指を切った。掌を逆さにして、水面に向ける。一滴の血が重力に沿って落ちて行く。


「うわっ」


浮いていた蓮の花から、茎が伸びてきて血を絡め取った。表面から呑み込んで、そのまま何も無かったかのように、スルスルと元の位置へと戻って行く。


「言ったでしょう?紅色も早く」


口をあんぐりと開けて見ていた紅野は、好奇心に目を輝かせて僕に続き血を垂らした。おおー!と、驚きとも感嘆ともとれる声を上げる。その様が少し子供っぽくて、思いがけなく口元が緩んでしまった。


「終わった?じゃあもう一回水を飲みなさい」


澄んだ水をもう一度口に含む。爽やかさを感じた時には、奈義沙が指を鳴らし杯は消えていた。


僕達二人が唖然としている間に、奈義沙は無言で先に行ってしまう。回廊を歩く音で我に返り、小走りに追い掛ける。


人の身長の3倍はあろう扉を前に、奈義沙が止まった。


「…………凄いね」


この扉は扉本来の機能より、見た目にこだわって造られたように見える。謂わば芸術品。硝子細工がそれは見事だ。


重量のありそうな扉を、両手で押して開く。これを一人で開ける奈義沙は、腕力どうなってるんだか。


水城(みずき)ー!」


「はーい!」


何処からともなく聴こえた声に、僕等二人は嫌な予感しかなかった。




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