メモ帳が欲しい
朝日の眩しさに目を開ける。スッキリとした気持ちの良い朝に、上体を起こして伸びをした。
「ん?あれ?」
隣に紅野が寝ていて一瞬目が点になる。何で?
「ああそっか。昨日一緒に寝てたんだった」
欠伸を一つして、紅野を見やる。気持ち良さそうに寝ているからまだ起こさないでおこう。時計を見ればまだ朝の6時だ。起きるのには少し早いだろう。
動く気にはなれなくて、ベットの上で膝を抱え体育座りをする。
昨日紅野と話し合ったが、これからの具体的な指針は決まっていない。
そもそも真穂が僕達に駒として扱うと、わざわざ宣言した理由は何だ?それを言ったところで得は無いように思う。反って警戒されるだけだ。分からない。只の脅しという可能性もある。大人しくしていろという脅し。
昨日紅野と話し合ったのは、打算的な考えが詰まっている。
まずこの部屋が向こうの監視下にあると仮定し、わざと信用しないと言った。その上で表面上は上手くやるとも言った。筒抜けであるなら、態度を変えてくる筈だ。脅すなり問い詰めるなりしてくるだろう。そうなれば、監視の有無が判明する。
監視されているのであればそれはそれで良い。良い気はしないが、出ていかないと思っていてくれれば御の字だ。
この事に紅野は多分気付いていないだろうが、僕としても話す気はない。言ってしまえば紅野の場合、確実に表情に出てしまうだろう。それに余計な不安は与えたくない。人を疑うのが嫌いな紅野の事だ。きっと相当なストレスだろう。
「呑気に寝ちゃって」
枕に埋めた顔は、何とも落ち着いていて気持ち良さそうだ。知らないところにいきなり連れてこられて、頼れる人もいずに右も左も分からないのは僕だけじゃない。
全く。紅野の奴、可愛い寝顔しちゃって。少しの間眺めていたい気もするけど起こさないとね。一応人の家には変わりないから寝坊は駄目だろう。まぁ、家じゃなくて城だけど。
「紅野ー。起きなさーい」
何回か呼び掛けても起きない。起きる気配さえない。フワフワと柔らかそうな茶髪に触れる。思った通りそれは柔らかくて手触りが良い。年齢より幼く見える顔は、寝ている時は尚更幼い子供の様に見えた。
子供に甘いわけじゃないけど、子供には弱いんだよなぁ。
「起きなよー」
中々起きない紅野を揺する。それでもスースーと寝息をたてているからカーテンを開けた。
「ううーん?あれぇ?呉葉?何してんの?カーテン閉めてよ。眩しいから」
朝から口数の多い。何でじゃない。僕はお前と一緒に寝ただろうが。まさかと思うが覚えてないとかか?しかも文句が多いなこいつ。
「ほら。布団に潜ってないで起きなよ!」
「五月蝿いなぁ。あと少し」
全く起きようとしない。こんなに寝起きの悪い奴だったのか。
「朝ごはん食べに行くよ!」
「ねぇ知ってる?しつこい男は嫌われるよ」
少し頭を上げたものの、そのムカつく言葉を吐いて直ぐに寝てしまう。こいつ今までどうやって起きてたんだ?例え目覚まし時計をセットしていたとしても、その目覚まし時計に文句を言って起きなさそうだ。
「しょうがない。奈義沙でも呼んでこようか」
「ヤダー!」
頭を上げなければ、目も開けないままで叫ぶ。もう僕、こいつの事殴って良い?
「起きないと本当に呼ぶよ」
「…………起きる」
さっきまでのやり取りが嘘だったかの様に、スッとベットから降りて着替え始める紅野。そんなに奈義沙が嫌いか。
「呉葉も寝てれば良かったのに。早起きだなぁもう」
起こしてやったのに、まだ文句を言うのかこいつは。仕方無い。少しは反撃するとしよう。
「早く仕度しないと絶交するよ?」
「分かったから待って」
ブスッとした顔のままの紅野が、少しだけ可笑しく見えた。髪が寝癖でぐちゃぐちゃだ。折角綺麗な髪なのに。
「…………何?」
「いや、紅野の寝起きが新鮮だっただけ」
紅野のフワフワと柔らかい髪に手を伸ばす。柔らかいからか癖が付きやすいようで、手櫛で何回か梳いて抑えてやれば元に戻った。紅野がいつもしているように、左側の前と横の髪を紅野の手元からピンを取って留める。
「ありがとう。毎日やってる俺より上手い」
「どういたしまして。ほら、朝御飯食べに行くよ」
背中を押して階段を降りる。そこで鉢合わせた人物に紅野が「げっ」と声を上げた。奈義沙だ。真穂とは違う、人を近付けないオーラに奈義沙だというのは一目で判った。
「あら、紅色に呉葉じゃない。おはよう」
調度階下にいた奈義沙が顔を上げて、朝の挨拶をする。彼女の方もこれから朝食だろうか。
紅野は自分の事を紅色と言われて、寝起きの機嫌の悪さに不愉快さを加算させた。
「そろそろ名前覚えてくれませんかね。頭が残念なんですか?記憶力が残念なんですか?」
「私が馬鹿だって言いたいの?」
どっちにしろ頭が悪いのかという問に、奈義沙は眉をピク付かせる。奈義沙は奈義沙で、大人気なく一々言い返すからこうなるんだよ。
「良かったです言葉が通じて。会話すら儘ならなかったら、どうしようかと諦めが心配しましたー」
「良い度胸じゃない。表に出なさい!」
ああ、もう。本当に五月蝿い。耳を両手で塞いで終わるのを待つが、全く終わる気配がないので止めることにした。そうでもしないといつまでも朝食にありつけない。お腹空いたのに…………。
「いい加減にしてくれません?朝御飯食べたいんだけど」
奈義沙は瞬間、顔を紅野から背けると少し微笑んだ。
「私も調度行こうと思っていたの」
「何で俺と同じ時間…………」
紅野の言葉が気に障ったのだろう。紅野の脚を蹴った。奈義沙を睨み付けて反撃に出る紅野だったが、蹴ろうとした脚は空を切る。
口は出さなかったが、手ならぬ足を先に出した奈義沙は年齢を疑う。
「そうそう。今日は貴方達の実力テストをするから。覚悟なさいね」
何のテストだろう。こっちのことは、殆ど解らないから不安ではある。
「さっ、朝食にしましょう」
そう言って、優しげに笑った顔は始めてで驚いた。




