第7章 王太子の名では消せない罪1
特別執行委員になった翌日の午後、私はアリス様と一年生の教室を回っていた。
特別執行委員となった私達の顔を、生徒達に覚えてもらうためだ。お兄様とレオポルド様も、同じ役職として反対側の校舎を回っている。アリス様は教室を出るたびに次の扉へ向かうので、私達の方も紹介というより巡回に近かった。
「アリス様、次は反対側の回廊です」
「後にするわ」
アリス様が中庭へ続く角を曲がった。
「待ってください。どうされたのですか」
「トリスタンの声がした」
私には、男子生徒達の声としか聞こえなかった。アリス様は返事を待たず、声のする方へ進んでいく。
回廊には、王太子派の男子生徒達が集まっていた。その中央にいる暗い金髪の生徒は、トリスタン・クロウリー。クロウリー伯爵家の次男で、お兄様やアリス様と同じ二年生だ。魔法実技では上位に入り、王太子殿下の側近であることを誰にでも誇っている。
トリスタンは私に気づくと、連れを残して近づいてきた。
「誰かと思えば、殿下に捨てられた元婚約者殿ではないか」
周囲から笑いが上がる。
「生徒会の仕事中です。通していただけますか」
「その見たことのない役員章は何だ。殿下の婚約者でなくなった途端、生徒会へ取り入ったのか?」
「違います」
「そう怒るな。後ろ盾が欲しいなら、俺が相手をしてやる」
トリスタンが私の顎へ手を伸ばした。
届く前に、アリス様がその手首を払った。
「嫌がっているでしょう。離れなさい」
「ヨーク公爵令嬢には関係ない。公爵家だからといって大きな顔をするな。こちらには王太子殿下がついている」
「生徒会副会長の命令よ。マチルダから離れなさい」
トリスタンはアリス様を見下ろした。
「公爵家のお嬢様ともあろう者が、たかが男爵家の養女を守るのか」
「家名を並べなければ女一人に声もかけられないの?」
取り巻き達の笑いが止まった。
「アリス。言葉を選べ」
「選んだわ。今すぐ立ち去るなら、これ以上は言わない」
トリスタンの顔から余裕が消えた。
「副会長だからと調子に乗るな。女一人で俺達を止められると思っているのか」
「止めるわ」
アリス様は迷わず言い切った。
「マチルダ、下がって」
「ですが――」
「私が逃げれば、背中を見せることになる。ここで止めるから、アーサー君を呼んで」
アリス様は私を後ろへ押し、自分からトリスタン達の前へ出た。
「行かせるな」
トリスタンの声で、取り巻きが私へ回り込もうとする。
アリス様はその制服をつかみ、勢いを利用して床へ転がした。横から伸びた腕を払い、踏み込んだ相手の腹へ膝を入れる。続けて殴りかかってきた生徒の拳をかわし、足を払った。
魔法は使っていない。正式な訓練でも決闘でもない場所で、人へ攻撃魔法を放てば法律に触れる。それはトリスタン達にも分かっているらしく、腕力で押さえ込もうとしていた。
「先に行って、マチルダ!」
言われても、アリス様を置いていくことはできなかった。すぐ近くの教室へ助けを求めようとした時、別の生徒が行く手を塞ぐ。
アリス様が背後からその襟をつかんだ。私から引き離す代わりに、横から来た相手への対応が遅れる。肩へ拳を受けながらも肘を返し、その生徒を壁へ押しつけた。
一人ずつなら、アリス様の方が強い。それでも、相手は一人ずつ来てはくれない。
背後から両腕をつかまれた。振りほどいたところへ足を払われ、アリス様が膝をつく。その肩をトリスタンが蹴った。
「アリス様!」
床へ倒れたアリス様へ駆け寄ろうとすると、男子生徒が私の前へ立った。
「動くな。副会長がもっと痛い目を見るぞ」
「マチルダに触れてみなさい」
アリス様は床に片手をついたまま、なお立ち上がろうとしていた。
「今度は、蹴るだけでは済まさない」
「まだ分からないのか」
トリスタンがアリス様の髪へ手を伸ばす。
回廊の向こうから、こちらへ駆けてくる足音が響いた。
その腕を、お兄様がつかんだ。
「妹とアリスから離れろ、下衆め」
いつもは聞かない、怒りに満ちた声だった。
お兄様はトリスタンの腕を放すと、私の前にいた生徒の懐へ入った。突き出された拳を外へ流し、足を払う。背中から落ちる前に制服をつかみ、頭だけは床へ打たせなかった。
別の生徒が背後から組み付こうとする。お兄様は振り返りながらその腕を取り、肩越しに投げた。続けて殴りかかった相手の拳をかわし、脇腹へ一撃を入れる。さらに横から迫った足を受け止め、そのまま体勢を崩して床へ伏せさせた。
私の周りを囲んでいた者達が、瞬く間に倒れた。
「マチルダ、怪我は?」
「ありません。ですが、アリス様が」
お兄様がアリス様へ向かおうとすると、残っていた取り巻き達が一斉に動いた。
「そちらは俺が引き受ける」
レオポルド様が間へ入った。
「レオポルド先輩……」
「話は後だ。立てるか」
「当然です」
アリス様は差し出された手を借りず、自分で立ち上がった。肩を押さえながらも、私の前へ戻ろうとする。
「アリス様、もう下がってください」
「まだ動けるわ」
「俺の仕事を取るな」
レオポルド様はアリス様を背に庇い、取り巻き達へ向き直った。
「特別執行委員として命じる。抵抗をやめろ」
「「「「そんな役職、聞いた事も無いわ!」」」」
殴りかかった腕を受け、足をかけて床へ押さえ込む。別の生徒が横を抜けようとすれば、襟首をつかんで引き戻した。




