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アウストロメリアの炎  作者: 白月一
第一幕:終わりの始まり

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第七話:登院

 窓辺から差し込む朝の陽光が部屋の輪郭をはっきりさせ始めたころ。


 乱れたベッドのシーツをぴんと張り、整える。

 身の回りの整理整頓と掃除はカランの長年の習慣だった。


「じゃあ、昼頃には戻る」


 振り返り、ルナリの姿を確認する。


「ん〜〜」


 彼女は寝ぼけているのだろう。

 複眼にまぶたはないが、垂れ気味の触角と、ゆるく傾いた頭がそう語っていた。


 ルナリは膝を抱えるようにして椅子に座り込み、朝食の虫粉パンを食んでいる。

 カランの言葉を正しく認識しているか怪しいところだが、まあ大丈夫だろうと見切りをつける。


 靴の紐を結び直し、外套の襟を正し、玄関扉に手を掛ける。

 ルナリが朝に弱いのはいつもの事だ。無理に起きなくても良いのだが、カランが朝から外に出る頃には起きてくる。


「ひってらっひゃぃ〜」


 そして呂律の回らぬ舌で、カランを送り出す言葉を紡ぐ。


「…行ってきます」


 外に出ると、ことのほか明るくなっていた。まだ時間に余裕はあるだろうが、少し急いだ方がいいかもしれない。街の炉はすでに焚かれ、煙突からは空高く煙が立ち上っていた。

 報告議会は王都中枢の宮廷で開かれる。

 カランの住む術士用の居住区は中心街の外縁にあり、術士兵団の兵舎からも、宮廷からも程よい距離にあった。

 ピヨピヨと鳴く地鳥を抱えながらかけていく子供たちや、資材を乗せたダンゴムシ魔獣がガタゴトと荷車を引く姿を横目に歩いて程なく、周囲の建築物よりも一際大きい建物群が目に入る。

 王都ワラネの中心。壁の内側のさらに内側。宮廷区画である。

 そこは王族の住まう王宮に始まり、貴族の集う議場たる貴族院があり、術士の枢要たる術士院がある。まさにアウストロメリアの民の心臓であり、頭脳であった。

 宮廷区画にも門と壁がある。都市の外壁ほどのものではないが、明確に区切られ、都市兵が巡回し、入り口には術士官による検問がある。

 宮廷に登院するのはこれが初めてではない。カランは銅板補強された大扉の前で立ち止まると、検問を務める術士官に声をかけ、実に淡々と懐から身分証となる薄い銅板を取り出し渡す。


「術士兵団第一戦団所属、カラン。議会報告のために登院しました」


「…宮廷術士の!いえ、失礼しました。只今確認いたします……はい、確認いたしました。どうぞお通りください」


 宮廷術士。専門性に関わらず、優れた術士に国王自らが贈る栄誉ある称号だ。カランは肩書きには興味がなかったが、こういうときは便利だと思った。

 門を抜けると、広い前庭に出る。そこにあるのは美しい庭園ではない。集合、伝令、荷下ろし、儀礼に使う石敷きの広場だった。

 宮廷区画は、王宮という言葉から想像されるほど、華やかな場所ではなかった。赤茶けた大地の上に、白灰色の建物群が整然と並んでいる。厚い壁、低く広い屋根、深い庇、太い柱。どの建物も美しさより先に、崩れにくさを考えて造られていた。

 だがそれは質素という意味ではない。壁面には炉と水路を象った浮き彫りが刻まれ、柱の根元には初代王の炉印が彫り込まれている。自然光と風の入りを計算して設けられた窓の枠には、磨かれた銅板がはめられ、朝日を受けて鈍く光っていた。


 カランは一度足を止め、少し目を細めた後、諦めたように再び重い足を進めた。


「戦場での気迫は見る影もないな」


 背後から聞こえた声に、カランは振り返らなかった。


「ここでそれがあったらまずいでしょう」


「それもそうか、ああ、おはようカラン」


 後ろから肩を叩かれる。


「おはようございます」


 本日、カランが付き添う相手、もとい元凶。戦団長ダルミンだった。二人は並んで前庭を横切る。

 石敷きの広場では伝令が走り、文官が記録板を抱え、軍服姿の士官が足早に行き交っていた。広場の中央には古い炉を模した記念碑があり、その周囲を囲むように細い水路が巡っている。水面は朝日を受け、白灰色の建物の影をゆらゆらと映していた。


「顔が死んでるぞ」


「誰のせいですか」


「はっは!悪かったな」


「悪いと思うなら帰らせてください、今ならまだ間に合います」


「俺が報告者だ、お前は飾りだよ、飾り」


「それならなおさら支障はありませんね。帰らせてください」


「そういうな、お前の知見は役に立つ。とはいえ余計なことは言いすぎるなよ」


「なら呼ばないでください」


 徹底して、消極的な姿勢のカランにダルミンは苦笑する。


 前庭の東側には術士院棟があった。

 白灰色の壁には、四術を示す紋が刻まれている。土、水、火、風。さらにその周囲には、大小の流派印が控えめに彫り込まれていた。

 術士たちにとっては探求と研究のための学び舎であり、登録、資格認定、術士全体の管理を行う機関でもある。時には戦場よりも面倒な場所だった。


「だがなカラン。その歳でこれだけの功績があれば嫌でも内外から意識は集まる。それにお前無流派だろう?あれだけの術を独学でってのも信じられん話だが、それは今さら別にいい」


 術士の扱う術には流派がある。流派とは、いわゆる術属性や得意術の系統であり、学派や軍閥が混ざったようなものと言えば分かりやすいかもしれない。また、貴族家とは流派を継承する師範の家系でもある。貴族家は流派の才能にそぐう者を門弟として取り入れて術の教導や発展に尽くす。


「どこの流派にも属さないお前を不気味がる連中もいる。術士院に登記した術士である以上は表立って文句は言ってこんだろうが、良く思わん奴もいるだろう」


 術士は流派に属する。それは全ての術士にとって、当たり前の事実であり、絶対の常識だ。流派に属することによって、知識を身につけ、術を磨き、身を立てる。そんな術士社会から見て、無流派で功績を山と積み上げるカランは異質だ。術士の世界に実力主義の風潮がなければカランの立場は今よりもずっと不安定なものだっただろう。


 二人は術士院棟を通り過ぎ、軍務棟の前へ出た。

 そこは他の建物よりも出入りが荒い。泥のついた軍靴、巻かれた地図、封蝋のついた伝令板、短く交わされる命令の声。入り口の脇には、過去に討たれた”ツノ持ち”の角が掲げられている。戦利品ではない。教訓である。


「今でこそ俺の直属分隊の独立遊兵という立場だが、その前も所属でだいぶ揉めたろ?軍部の奴らを黙らすにも骨が折れたんだぞ、いまだに文句言ってきやがるからな」


 カランが功績を積み、名前が知られ始めた頃、軍部から引き抜きの話があった。

 多くの部下を率いる立場など御免被りたかったカランだったが、なんの後ろ盾もないカランにそれを断るすべはなかった。


「その節は、戦団長にはご迷惑を」


 それを見かねたダルミンが術士院に直訴し、ことなきを得た。もし術士官などにされていれば、カランの人生は今とはかなり違う方向に進んでいただろう。


「いや…いや、いいんだ。なんだか説教臭くなってしまったな。すまない」


「いえ構いません。あれは確かに身に染みましたから」


「そうか。まぁ、なんだ。今でこそ俺の直属分隊の独立遊兵って立場だが、ずっとそうもいかないだろうからな。作れるコネは作っとけ」


 貴族院棟が近づいてくる。

 横に広く、低く、厚い建物だった。高さで威圧する建物ではない。幅と厚みで圧をかける建物だ。正面の柱廊には、二十七貴族家の紋が並び、その中央には王家の炉印が据えられている。


 カランは別に人と話すのが苦手な訳ではない。むしろ会話するだけならどんな人物とでもそれなりに話せる。ただ、できるだけであって好んで関係を構築したいと思わないだけだ。


「末長くよろしくお願いします。戦団長」


「お前なぁ…」


 やれやれとため息を吐かんばかりのダルミンだったが、貴族院棟の入口を前にして、ふと何かを思い出したかのように話し出した。


「そういえば、カランお前、軍務卿んとこの…」


「孫娘ですか」


 カランは少し、ダルミンの先の言葉を遮るように言った。


「ああ」


 ダルミンは珍しいものを見るような目をしながら返事をする。


「先日の第九大隊長でしょう」


「そうだ。向こうも今日の報告者だ」


 ダルミンが顎で前方を示す。

 貴族院棟の柱廊の下に一人の女術士官が立っていた。赤茶色の髪をきっちりとまとめ、軍服の襟を正し、背筋を伸ばしている。

 先日、崩れかけた戦線の中で火術を放っていた女術士官だった。

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