幕間:角立つ軍議・弐
複数の種族名が登場しますが、そこはふわっと読んでいただいて結構です。
アウストロメリア最高峰の山々が連なる麓の湖畔。キャンベラから人の足で西に五日ほど離れたその地には今、獣の皮で張られた幕舎が幾重にも並んでいた。その中でもひときわ大きな幕舎の中に、続々と巨大な角が集いつつあった。
最奥を陣取るのは、体色は黄褐色、最も長大な黒いツノを誇るダイナスの将たるタルガ種タルガ族の長だ。あぐらを組み、瞑想している。側には彼の側近たる家臣団の数体が同じようにあぐらを組み、静かに軍議の始まりを待っていた。
「ぶわはははは!大勝!大勝!大勝利ィ!」
上機嫌に大声で幕舎に入ったのは、湾曲する一本の前角と二本の後角を持つバラグ種バラグ族の長。前角にある突起は鋭く尖り、長い腕と優れた体格を誇る緑銅のダイナスの将だ。
「しかり!功を語れば雌どもが群がって仕方がないわ!」
そう言ってバラグ族の長に続いて幕舎に入ったのはバラグ種ドルガ族の長だった。同じく一本の前角と後角と緑銅の甲を持ち、体格はバラグ族に劣るが、その角はより大きく、前角の突起は緩やかに山なりだ。
タルガ族の家臣団の一体、同族が皆黄褐色の甲を持つ中、その者だけは薄青い甲を持つ。その将は内心辟易した気分でその二体を眺めていた。
雌を所有する権利は一族の長が管理する。つまりドルガ族の長は自分で囲っておいて、雌が群がってくるなどと言っているのだ。この若い長たちは代替わりしたばかりに加え戦功をあげたことによって浮かれている。
ダイナスにしろルカニダにしろ、こういった族長が増えた。全ては件の災のせいだ。あの災のせいで多くの部族が経験の浅い若い世代に代替わりした。タルガ族も長は代替わりしたが、経験豊富な世代がまだまだ残っている。ただそれも他のタルガ種の部族が犠牲になったからであって、他種族を非難できるような状況ではなかった。
「バラグ種は此度の戦では奮迅の活躍であったからな」
そう言ってバラグ種の二体の長をおだてるのは幕舎の中でも最も優れた体格を誇るグンダル種ワド族の長だった。一本の前角とそれに平行に伸びる二本の後角の間には突起がある。角の大きさはダイナスでも最小だが、その重量は最大だ。
「であろうであろう!ワド族には後押ししてもらったからな!礼に極上の樹液を届けさせよう!」
「それはかたじけない」
「ふはは良いのだ!」
ガルンの民にとって樹液は最高の馳走だった。
「そろそろ始めないか?」
ルカニダの将の一人が言った。ヴァルク種グレド族の長だ。肩幅は広く、内側に鋭利な細かい棘が並ぶ両角は太く平べったい、半ばあたりには鋭く大型の突起があった。
薄青の将はその言葉に同意だったが、まだ全てのツノが揃っていない。
「まだゼルク族が見えていないが?」
代弁したのはメル族の長だった。体格も小さく、基部が近く弓形に湾曲する左右の二本の角も大きさはない。しかし、その甲は緑を地色に虹のように輝いている。ガルンで最も美しいと自負しているらしいが、戦いに甲の美しさなど関係ない。
「くっくっく…メル族の、お前も意地が悪いな?知っておろう、ゼルクの角とも言える奴がどうなったか。いや最早、ツノと呼ぶのも間違いか?」
そう言う自分こそが意地の悪い笑いを漏らしてるルカニダの将はワルガ種ダル族の長だ。甲は燃えるように赤く、両角は内側に湾曲している。
「なんの話だ?」
メル族の長は黙したが、どかりと腰を下ろしたバラグ種の二体の長は話を知らないようで疑問を投げた。
「おやバラグの二方はご存知なかったか、かのツノの末路を」
「末路?」
「まさか討たれたのか?」
察しの悪い悪い奴らだと薄青の将は二体を見下した。ダル族の言動からことの次第は明白だろう。もしかするとあえてやっているのかとすら疑ってしまう。
ダル族の長は語って聞かせようと身を乗り出したが、その必要はなかった。
「お待たせした」
幕舎に最後に姿を見せたのは、ゼルク族の長。黒褐色の甲と波打つ長大な両角はルカニダの誰よりも立派だった。
「おやおやゼルク族の長よ、老将は参られぬのか?かのツノの知見を皆求めていると思うのだが?くっく…」
ダル族の長は意地悪くゼルク族の長に問いかける。しかし、その問いに答えたのはゼルクの長でなかった。
「ここにおるわ」
幕舎に甲のひしめく音が響いた。驚きと嘲笑の音だった。
「まさかお主が斯様な心意気だったとはな」
答えたのは褐色に色褪せた甲のワルガ種ゼルク族の将。キャンベラを攻め立てた大将たる個体だった。
「ふ、ふはは!老将殿、以前より幾らか小さくなられましたかな?気がつかなかったわ!」
「…ふん」
ダル族の挑発としか思えない言に老将は言い返さなかった。言い返す権利がないのだ。
薄青の将の隣で瞑想していたタルガ族の長が角を起こし、言を発した。
「ゼルクの老将。よくおめおめとその角を出せたな」
「重々承知じゃ、それでも意義がある」
「ほう?”角折れ”の分際で語る事があると?」
”角折れ”それは文字通り、角を折られた個体のことを指す。
ダイナス、ルカニダ問わず、共通する”角折り”という文化がある。それは最大級の屈辱であり、角を折られた個体は憤怒と恥辱のあまり、その場で自死を選ぶ者がいるほどだ。面目は喪失し、家格の低下は免れない。死よりも重い制裁でもある。
長く老将が戦場で振るってきた角は今や欠けのある左角しか残っていない。
「ある」
老将は断言した。しかし、二の句を続けたのは彼ではなかった。
「あるとすれば責任をどう取るかということに他ならんだろう」
ダル族の長が立ち上がる。老将が隻角になってから随分と饒舌だった。
「残る角もへし折り、首をさらせ!」
「なんだと貴様…!!」
ゼルク族の長に憤怒が宿る。薄青の将も流石に言い過ぎだと感じた。もし自分が同じ立場ならダル族の顔面を角で刺し貫いていたかもしれない。ゼルク族の長はよく耐えたといえる。
だがダル族の長は引かなかった。
「当然だろう!キャンベラで何体の戦士が無駄死にしたと思っている!」
「無駄死にではなかろう」
老将は反論したがダル族の長は止まらない。
「黙れ!ワルガ種を率いての此度の敗北!壁を落とさずして無駄死にではないなどと詭弁も甚だしいぞ!」
キャンベラに攻勢を仕掛けたのはゼルク族、ダル族といったワルガ種を主軸とした軍勢だった。結果としてキャンベラは落とせず、百を越える戦士が散った。
「騒がしいぞダル族の長よ」
「何ぃ!?」
喚き立てるダル族の長に苦言を呈したのはグレド族の長だった。
「そもキャンベラは囮だろう」
メル族の長もそれに続いた。
そう、人類が必死の働きで守り切ったキャンベラ要塞の大攻勢はガルンの囮にすぎなかった。本隊はその頃、すでにナールムを陥落させていた。
「して、話を聞こうかゼルクの老将よ」
タルガ族の長が老将に話を促す。
「いかなる者が角を折ったのだ?」
割ってそう言ったのはバラグ族の長だった。礼を失するとも取れる発言だったが、角折れに失する礼などない。老将は反論せずにとうとうと語りだした。
「この角を折ってくれおったのはデカポダの戦士じゃ」
老将の発言に幕舎にいくらか声が上がる。
「デカポダの戦士か」
「アスタキア種ではないか?」
「確かに、かの戦士であれば頷ける」
デカポダのアスタキア種の鋏腕の挟む力は最大級だと言われる。捕まればルカニダといえどただではすまない。
「左の鋏が異様に大きくての」
「ではブラキウラ種か?」
「まさかカリデアやアノムラではあるまい」
「いや、カリデアの最上級の戦士の破砕力は侮れんんぞ」
ブラキウラ種の戦士は片方の鋏が極端に肥大化する個体がいる。また肩幅が広いのが特徴だ。カリデア種の最上位の戦士は体躯や挟む力は劣るものの殴り付け、粉砕する力は凄まじい。アノムラ種は攻撃力より防御力に優れる種で図体は大きいが戦いには向かない者が多い。憶測が飛ぶが答えは出ない。
「さてな…じゃが我らを大きく越える巨躯の深く青い甲の戦士じゃった」
「そんなデカポダがいるものか」
「いたとしたら当に名が知られておろうな」
「かような戦士がいたら相見えたいものよ」
「さしずめ角を折られたから誇張しているのだろう」
そんな老将を嘲笑する声も混じった。
「だが、そんなことはどうでもいい」
しかし、その言葉を老将は全て断ち切った。
「なに?」
タルガ族の長が疑問をあげた。自らの角を折った存在を警告しにきたのではなかったのか。
「あの青い甲の戦士は優れた戦士じゃった。とはいえ一体の戦士に過ぎん」
「老将の角を折るほどの戦士は無視できぬと思うが」
メル族の長が口を挟んだ。確かに角折りされたとはいえ、この老将は幾度もの戦場を潜り抜けてきたのだ。それこそゼルクの角を代表するほどに。その角を折った存在は無視はできないだろう。
「その戦士が芥にしか感じぬ程の奴がおっただけじゃ…」
「それほどの戦士が…」
「戦士ではない」
「…?」
ではなんだと言うのだ。皆が老将の二の句を待った。奇しくも角折れになろうと、老将の言を求める幕舎の姿は変わらなかった。
「術士じゃ」
「術士?」
「以前報告にあったじゃろう、一撃で角を焼く術士じゃ」
「だがそれは誤りだと」
「だから其奴がおったのじゃ」
ここまで強く老将が言うからには事実か。薄青の将は周囲を確認しながらその感触を確かなものにした。同じ戦場に居合わせたであろうワルガ種の将たちも黙して角を下げている。あれだけ老将に反発したダル族の長も静かなものだった。
「一撃で角を焼く程度の生やさしいものでもなかったがな」
ゼルクの将が言葉を継いだ。
「その時、俺は岳の頂でそれを見た。岳と壁に挟まれた荒野にいた全てのガルンの民が一撃で焼き滅ぼされるのをな」
そんなことがあり得るのか。
「バカな!」
「出鱈目だ!!」
「世迷言を言うでないぞ!」
次々に否定の言葉が幕舎を飛びかった。しかしゼルク族の長は拳を地面に振り下ろし、それらを一喝した。
「俺の目が狂うたのであればどれほど良かったかっ…!」
地面が揺れ幕舎が軋み嫌な音を立てる。
「あの一撃で地は焼け、天は焦げた!キャンベラでの戦いで我らは百を越える戦士を失った。だがその半数は!そのたった一撃で踏み躙られたのだ!」
地面に振り下ろされたゼルク族の長の拳はあまりにも強い握りしめる力で甲がメキメキと音を立てていた。
「戦士の…戦士の矜持をなんと心得る!あのような死に方…!戦いの末に角を折られる方がよっぽどっ…!!!」
ゼルク族の長の悲痛な叫びに皆が押し黙った。
「そういうことじゃ」
老将がその肩に手を置く。
「敵には埒外の術士がいる」
幕舎の中は静かになった。甲の擦れる音すら聞こえない。
しばらくして。
「だからと言ってどうしろというのだ」
タルガ族の長だった。
「たとえどのような埒外が待ち受けていようと我らは進むしかないのだ」
忌々しそうにそう吐き捨てた。
「手筈通り、今キャンベラは壁に籠っておる」
老将の言にタルガ族の長は頷いた。
「明朝、ワラネに発つ」
「「「おう!」」」
皆が威勢の良い返事をした。
まるで恐怖を消し去ろうと己を鼓舞するような声だった。
恐れたのは埒外の術士か、それとも。薄青の将にはわからない。




