第5話 最初の一歩は同じ
入り口の前にいたハモンドとグレンは、顔を見合わせるとお互いにうなずいて走って向かっていく。二人がカウンターに駆けつけと、さっきハモンドに文句をつけた、丸刈りの冒険者がカウンターの職員に詰め寄っていた。
詰め寄られているのは、緑色の制服を着た尖った耳に、赤い縁のメガネをかけた長い髪のエルフの美しい女性の受付担当だった。彼女の名前はミレイユという。ミレイユは長い髪をまとめるため、エルフ特有の尖った耳の上の少し上に花の飾りをつけていた。周囲の冒険者は丸刈りの男が怖いのか、巻き込まれたくなそうに遠巻きにミレイユを見つめている。
「ミレイユ。どうしたんだ?」
「あぁ。グレン…… この人、ノウリッジ大陸は他大陸での罪は問わないけど、実績も問わない決まりに納得いかないみたいなの」
「はぁ……」
またかという感じでため息をつくグレン。ノウリッジ大陸に来る冒険者には過去の行いは問われない。たとえ罪人であってもみんなと同じ一からスタートできる、代わりに過去の実績も一切加味されない。例え世界を救った勇者であっても、他の大陸で名を馳せて冒険者であっても、ノウリッジ大陸で冒険者を始めれば新人としてみんなと同じ扱いになる。他大陸で実績のある冒険者は、ノウリッジに来てこの扱いに不満を示すことが多々ある。まぁ、だいたいこういうことで大騒ぎするやつに限って大したことはないのだが……
「うるせえ。俺はアレックス。”北方の狼”とまで呼ばれた男だ! それがなんで新人からなんだよ!?!?!?!?」
ため息をついたグレンに丸刈りの冒険者アレックスが叫ぶ。
視線をアレックスから外し周りを見るグレン、周囲の冒険者が首をかしげてところと見ると、北方の狼と大げさなことを言ってるが一部地域のローカルな異名だろう。
グレンはハモンドの前に手をだして止め一人でカウンターの前に行く。
「まぁまぁ落ち着けよ。一からみんな一緒ってことは実力があればすぐに上に上がれるんだからさ」
「なんだとぉ!?」
両手を前に出して落ち着くように手でしめして、グレンはアレックスの声をかける。アレックスはグレンの言葉気に居なかったようで彼を睨みつけて近づいて来た。グレンは近づくアレックスを迂回しながら、カウンターの前へと移動しミレイユをかばうように前に立った。
「そうだ! ギルド職員であるお前をボコればそれが実績になるだろ?」
ハッと何か良いことを思いついたような顔をしたアレックスは、背負っていた斧を引っ張り出して両手で持った。アレックスの斧は金属製の柄で、彼の身長と同じくらいの長さがあり、先端には左右に磨かれた大きな刃がついている。
首を横に振ったグレンは説得を諦めたようだ。
「ちょい借りるぜ……」
「あっ! もう……」
グレンは左手を伸ばすと、ミレイユの花飾りから花びらをむしり取った。ミレイユはグレンに不満げに口を尖らせる。彼は花びらを雑に床に巻くと、右手を剣にかけ左手で鞘を押さえゆっくりと引き抜いた。
右手に持ったのは鍔が十字架で中央がくぼんだ刀身が、一メートルほどある細長く黄色の光を帯びた剣だ。グレンは右手を下し切っ先を下に向け、アレックスの横へ移動しカウンターから少し離れて対峙する。
「なんだ? そんなちゃちい剣で俺の斧が防げるとでも? はははっ! 舐めらえたもんだぜ」
笑うアレックスに左手をあげ、グレンは人差し指をくいっと自分の方に曲げ挑発する。
「ガタガタ言わねえでかかってこい。それとも怖いのかい? ほうぼうの狼さん…… つーかさ。てめえの風貌は狼ってかハゲタカじゃねえか」
「きさま!!!! ぶっ殺してやる!!!!!!」
挑発に乗ったアレックスは斧を振り上げて走り出した。グレンの目がアレックスをジッと見つめている。
頭に血が上り湯気出そうなほど頭頂部まで真っ赤になったアレックスは、グレンの頭にめがけて斧を振り下ろそうと両手に力を込めた。
「へぇ。言うだけあって筋は良いじゃん。でも…… 俺には通じないぜ」
アレックスの動きを見ていた、グレンの目が赤く光り全身に赤い光のオーラを纏う。彼は左手を胸の位置まであげると人差し指を中指を立て横に滑らせるように動かす。
「へっ!? 花びら……」
さきほどグレンが床に無造作に巻いた花びらが舞い上がり、アレックスの目の前をひらひらと飛ぶ。花びらに気を取られたアレックスの動き鈍くなる。ニコッと笑ったグレンは膝を曲げて左足を踏み出した。彼の斜め前にグレンはあっという間に距離を詰めてきた。膝を曲げ腰を落としたグレンは視界をアレックスの首に定める。
「クソが」
グレンの接近に気づいたアレックスは、彼が動くよりも早く斧を振り下ろす。だが、それよりもはるかに速く鋭く下からグレンの剣が伸びて来た。
「ひっ!?」
首筋に冷たい感触が触れてアレックスが悲鳴を上げた。目を大きく開けた驚愕の表情をアレックス、いつの間にかグレンの剣が自分の喉元に突きつけられていたのだ。驚いたアレックスは震え斧から両手を離してしまった。彼の背後の床に斧が突き刺さる。
自分が斧を振り下ろそうした時に、グレンは剣を構えていたが動いてはいなかった。先に動いたはずなのに気づかないスピードで剣を当てられたのだ。これは自分とグレンの間には圧倒的な実力差があることを示している。アレックスの頭から一筋の汗が頬をつたって落ちていく。
まぶたを震わせて目を大きく見開くアレックスを、睨みつけグレンは静かに口を開く。
「俺が少しでも剣を動かせばお前の新大陸生活は終わる。さぁ!! どうする?」
「わっわかった! 俺が悪かった!」
アレックスは両手を静かにあげ降参した。ニコッと笑ったグレンは静かに剣をアレックスからはなした。グレンはアレックスに体を向けたまま下がって、静かに剣を鞘に戻す同時にまとっていたオーラが消える。さきほどまで冷たい刀身を当てられていた自分の喉を自然と触るアレックスだった。
「あっあんた…… さっきの花は? それに赤いオーラが……」
「たいしたことはねえ。俺の特殊能力だ」
唖然とするアレックスに、グレンは右手をあげて笑った静かに歩き出した。五年前にシャイニングドラゴンに襲われたことによりグレンの特殊能力は開花した。彼がもつ特殊能力は月の微笑みと”森のソムリエ”の二つだ。
月のほほ笑みは月の精霊の加護を受け体を自在に強化できる獣化を使える。獣化を使用するとグレンは目が赤く光り体に赤いオーラを纏って、スピードとパワーが何十倍にも強化される。
森のソムリエは木の精霊の加護を受け植物を自在に操れる。また、二つの能力との相性からグレンは月属性魔法と木属性魔法も得意としていた。
「えっ!? 特殊能力を開花させた者だと…… でも種類が違うよな……」
グレンの言葉に首をかしげるアレックス。グレンは笑って彼に背中を向けた。
本来は一つしか持ちえない特殊能力をグレンは二つ持っている。二つの特殊能力を持つ者は異端児という。特殊能力を開花させる者でさえ珍しいのに、さらに二つの能力を開花させた異端児はさらに少なく希少である。
呆然とするアレックスの横をグレンは歩いて通り過ぎていく。
「あーあ…… しっかりとささってんな…… 修理しなきゃな……」
床に刺さったアレックスの斧の前でしゃがんだグレンはすぐに立ち上がって振り返る。
「床の修理代はお前もちだ。いいな?」
「えっ!? はっはい!!!」
怯えた様子で返事をするアレックスにグレンは静かにうなずく。
「あの人…… すごい……」
「うっうん……」
グレンから少し離れた場所から、キティルとエリィが驚いてグレンを見つめていた。酒場からも数人の野次馬が騒ぎを聞きつけ、酒場とギルドとの境界にある階段付近まで来て覗き込んでいた。
「さすが! 赤眼の仕置人グレンじゃな! ムーライトがより輝くわい」
覗いていた野次馬の中で、立派な白い口ひげを携えた、白髪の老人がジョッキを掲げてグレンを称えた。老人が言ったムーンライトはグレンが持つ剣の名前だ。
「ダリル爺ちゃん。そのあだ名は恥ずかしいからやめてくれよ。つーかまだ朝なのに出来上がりすぎだろ……」
右手を横に振って恥ずかしそうにグレンが笑った。老人の名前はダリル、ほぼ毎日開店から閉店まで酒場にいて、酔っ払っている迷惑な客ではあるが、長時間酒場に居座るため冒険者ギルドの事情に詳しく初心者冒険者にとって生き字引のような存在でもある。ダリルはまたジョッキを掲げた。
「なんじゃ不満か? せっかくわしが名付けてやったのに! はははっ」
満足そうに笑ってダリルはジョッキに口を付けるのだった。グレンはあきれた顔でダリルを見た。
「それで呼ぶのダリル爺ちゃんだけじゃん……」
「はははっ! まぁいいじゃないか。こっちへ来て一緒に飲もう。一杯おごるぞ!」
「いやダメだ。まだ仕事中が残ってるのに飲んだら義姉ちゃんに殺される」
首を横に振って答えるグレンにダリルは笑った。
「まったくいつも姉ちゃん、姉ちゃんって相変わらずシスコンじゃのう」
「うるせえな。そっちだってさっさと切り上げないと息子の嫁さんにどやされるぞ」
「なんじゃと!! わしは…… すいません」
「ははっ」
酔っ払いのダリルは勢いよく会話していた、途中で急にしょんぼりと静かに頭を垂れる。
シスコンと言われやや頬を赤くしたグレンは振り返り、カウンターに居るミレイユに声をかける。
「終わったぜ。あいつもさすがに言うこと聞くだろう。俺は先に戻るわ。おっとその前に!」
グレンが左手を出すと床に散らばった、花が舞い上がり彼の左手へと集まった。花が舞う姿にどこからか歓声が上がる。集まった花びらを手に乗せてミレイユへグレンが差し出した。
「ほい。返すぜ」
「もう…… 花びらだけ返されても……」
「ほらよ」
手に乗せた花びらに静かに息を吹きかけたグレン、花びらは舞い上がり自然とミレイユの頭へ戻っていった。
「すごいミレイユ。ほら見てよ」
近くにいたパステルがミレイユを見て、驚いてカウンターの下から手鏡を出してミレイユに見せた。ミレイユの花飾りは元に戻っただけではなく、まるで地面に生えて時のように生き生きと咲きほこっていた。花飾りに手をおいてミレイユは満足げに笑った。
「ふふ。ありがとう。じゃあクレア…… ううん。あなたの大事なお義姉ちゃんによろしくね」
「なんだよ! ミレイユまで!」
ムッとした顔で乱雑に右手を上げてミレイユに挨拶をしたグレンは、ハモンドを連れて中央の階段から二階へと上がっていく。
見送る階段下の野次馬達は囃し立てるように、グレンに声をかけていた。エリィとキティルや新人の冒険者その光景を呆然と見送るのであった。




