第20話 終わりは始まり
迫る護衛に大剣を構えたクレア、そんな彼女を見た店主はほくそ笑む。冒険者達がテーブルを蹴り飛ばしスペースが出来たとはいえ、人が多く柱や物が散乱する酒場で二メートル近いクレアの大剣を振り回すには不十分だ。
「大剣なんて狭いところで使うもんじゃ…… えっ?!」
ふわりとした風と生暖かい感触が店主の頬を撫でていく。鉄臭い香りが彼の鼻をつく目の前に赤い点が飛び散っていく。
「「「「「ギャー!!!!」」」」」
クレアの前に居た冒険者達と護衛がほぼ叫び声をあげ、クレアの近くにあったテーブルが破壊され木くずや料理が散乱する。
叫び声とほぼ同時に二本の腕と剣が回転しながら酒場を舞い上がった。護衛は腕二本を失い尻もちをつき。彼の少し後ろにいた四人の冒険者は胸や腹を斬られて膝をつく。
店主の目に倒れた冒険者たちの向こうに、膝を前に出して曲げ剣を振り抜いた姿勢の低いクレアが映る。クレアは一太刀で冒険者四人と護衛を退けた。
剣を戻したクレアが姿勢を戻して一歩前に出る。腕を落とされて尻もちをついた、護衛が必死に後ずさろうとしている。
次の瞬間…… 叫び声をあげることなく彼の首は地面へと転がった。クレアは静かに店主に向かって微笑んだ。
「うふふ。大剣が狭いところで使えないのはひっかかるからですよ。私の大剣はこの店ごと破壊できますし私は障壁を張ってますから店が倒壊しても無傷です」
目の前にいる冒険者達が唖然とし後ずさりしたのをグレンは見逃さない。
「わからねえか? 優しい優しいうちの義姉さんが部外者は黙るか死ねって言ってるんだ。どうすんだ?」
グレンは自分の前に居る、魔法使いの用心棒と数人の冒険者に声をかけた。武器にかけていた手を離し、グレンに見えるように見せ、冒険者達はゆっくりと下がっていく。
「クソが! 黙れ!」
一人だけ下がらない男が居た、グレンの前に立っていた護衛の魔法使いだ。護衛の魔法使いは木の杖を前にだして構えた。
グレンは男を見てあきれた顔で声をかける。
「向こうに勝てないからって今度はこっちか? お前にプライドはねえのかよ」
「うるせえ! ファイアウィップ!」
手に持っていた木製の杖を、グレンに向けて呪文を叫ぶ魔法使い。彼の木の杖から細長い炎が伸びていく。
魔法使い杖を横から振り抜くと、炎は鞭のようにしなり唸りを上げながら横からグレンに迫って来た。迫ってくる炎の鞭を見つめながらグレンは右手に持った剣を小刻みに動かしてタイミングを測っていた。横から体に巻きつけようと飛んで来る炎の鞭に、グレンは体を右斜前にかたむけに持った剣を鞭に向かって振り上げた。
炎の鞭と剣がぶつかった。グレンは手首をかるくまわして鞭を刀身に巻き付けた。グレンは自分の体に腕を引いて鞭を寄せていく。赤い炎がグレンに照り付け焼けるようなじりじりという音が耳に届く。
「ほらよ。キャッチツウィッグ!」
「なっ!?」
グレンは左手を上へと伸ばして炎の鞭をつかんだ。左手首のシャイニーアンバーが光り出すと、同時に手が焦げていき指の間から白い煙があがっていく。続いて光ったシャイニーアンバーから小枝が出て来る。
上と伸びた小枝は枝になり、その枝は炎の鞭に巻き付いた。どんどん伸びた枝は炎の鞭にぐるぐると巻き付きながら魔法使いへと向かって行く。魔法使いは伸びてい来る枝を見て驚いていた。
「クソ…… はははっ!!!」
急に魔法使いが笑いだした。グレンの剣から伸びる枝に生えた葉に火が付いたのだ。枝は燃えた葉に包まれていく。
「そんな枝など私の魔法ですぐに消し炭にしてくれる!!!」
勝ち誇る魔法使い。しかし、グレンの剣から伸びた枝は炎の葉を纏い焼き切れることなく、炎の鞭に巻き付くようにして速度を上げ魔法使いへと伸びていった。
「えっ!? うぎゃあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
魔法使いが気づいた時にはすでに枝は、彼の目の前へと到達しており逃げることも出来なかった。燃えた葉を生やした枝に巻き付かれた魔法使いは叫び声と共に燃え上がった。炎は激しく燃え上がり天井へと届くほどだった。
叫び声はすぐになくなり肉が焼ける臭いと焦臭さが店内を満たしていく。
「実は木ってのはなかなか燃えないんだ…… そもそもすぐに燃えたらお前の杖も燃えてるだろ……」
すすだらけになった左手をズボンの裾ではたきながら、真っ黒な燃え残った肉と骨だけになり床に無造作に転がる魔法使いの躯にグレンは声をかけたのだった。顔をあげた彼は腕を前にだし剣先を前に向け横に動かながら冒険者達に叫ぶ。
「慈悲深いアーリア様の情けでもう一回だけ聞いてやる。部外者は黙るか死ね! さぁ! どうすんだ?」
店内に響くグレンの声、騒々しかった酒場に一瞬の静寂が訪れる。しかし、その静寂は瞬時に崩れることになる。
「おっ俺はいやだ! 逃げろーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「おい! ずるいぞ! 待て!!!」
「「「「「うわああああーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」」」」」
叫び声をあげて一人の冒険者が逃げ出すと、店に居た冒険者達は一斉に逃げ出し入り口に殺到していた。
どさくさに紛れタフィとグスタフとジョディの三人も、壁際の席から這い出て逃げ出そうとする。それに気づいたクレアとグレンが三人を追いかけた。
瞬時に距離をつめた、グレンは右腕を引いて剣先を前に向けると、グスタフの背中を貫いた。クレアもジョディとの距離をつめて背中に大剣を突きさした。
そして二人はタフィまで距離をつめた。背後からまずグレンが近づいて彼のふくらはぎを斬りつけた。即座にグレンがしゃがむと同時にクレアが横から彼の首を跳ね飛ばした。
音がしてタフィの体が倒れると同時に首が回転しながら飛んで床に落下した。
「あなた達は…… 外野じゃないでしょ。だから逃げちゃダーメ」
落ちたタフィの首にクレアはにこやかに声をかけた。もちろん床に無造作に転がり沈黙したままのタフィから、返事は帰って来ることはない。これで二人の目的は無事に達成された。
しゃがんだグレンが何事もなかったかのように立ち上がり、クレアと顔を見合せると二人は店から出ようと歩き出す。
店内に残って呆然と立っていた店主の挟むようにして、横を通りすぎ並んで二人は出口へと向かうのだった。
「よっよくも俺の店を!」
声を震わせた店主が右手に持った肉切包丁で、クレアに切りかかる。振り返り膝を曲げて腰を落としたクレアは振り返ると同時に大剣を振り抜いた。
クレアの大剣は店主の右腕と頭を半分から上を切り落とした。腕は肉切包丁を持ったまま、飛んで近くのテーブルの真ん中に突き刺さり頭部の半分は床へと転がった。止めた大剣をクレアはゆっくりと静かに戻して腕と頭のない状態で立ってる店主に声をかける。
「この冒険者達の手配書が来たはずですよ。お店が大事なら無視をしなければ良かったんですよ。まぁ私達としてもこんなお店はいらないですけどね」
「そうだな。ここは開発が進む新大陸だ。店が一軒潰れてもすぐに立て直して新しい店ができるし…… なっ!」
グレンが右に持った剣を前に突き出した。剣先が店主の体に触れて仰向けに倒れた。倒れた店主から血が吹き出して床を真っ赤に染めていく。静かに二人は剣の血を拭ってしまうと岩竜の巣を出たのだった。
店を出てすぐに一人の男が二人に近づいて来た。二人の前で立ち止まった男はにこやかに声をかける。
「クレアさんとグレンさんですよね?」
名前を呼ばれた二人は驚いて、男に視線を向けた。グレンは男に見覚えがなく誰かわからず首をかしげる。嬉しそうに笑っている男に、クレアは見覚えがあったのでジっと見つめた。誰か思い出しのかハッと目を見開くクレア。
「タッタイラーさんですか?」
「はい! 覚えててくれたんですね。嬉しいな」
近づいて来た男はフレイムベア討伐を支援したタイラーだった。どうやら彼も店の中に居たらしい。
二人はフードを外して顔をだした。タイラーはクレアの顔を見て嬉しそうに笑う。
「あの三人はいったい何を……」
「新人冒険者への裏切りと暴行です。|仲間≪パーティ≫内の揉め事なら関与はしませんが…… 新人を守るべき立場で裏切って怪我をさせたので少し制裁をしたんです」
クレアは普段通りに説明をする。タイラーは淡々と説明する彼女が、少し怖いのか顔が青ざめていく。
「冒険者支援課ってこういう仕事もするんですね……」
「えぇ。良い冒険者を支援するのが私達の仕事ですから…… 素直にノウリッジから出て行ってくれたら、数年後に彼らもまた再上陸もできたんですけどねぇ……」
話しながら寂しそうに視線を店に向けるクレアだった。クレアの言葉はタイラーに向けられ、彼に対しての同じことがあった場合は、素直に従えという警告も含んでいる。タイラーは彼女の言葉の意味を悟り顔を真っ青にする。視線を前に戻したクレアは、右手の人指し指を口に微笑む。
「でも、ほかの冒険者さんにあまり言わないでくださいね。私達が怖い人だなんて皆さんに知られたくないので」
「はっはい!」
顔を青くしたままタイラーは威勢よく返事をした。優しい笑顔のクレアはその瞳どこか冷たい、タイラーはこの時いいえを選択したら、先程の護衛達と同じ運命をたどることを察してはいと返事した。
「ではこれで……」
「あっ! 待って」
返事を聞いたクレアは笑って歩き出した。慌ててクレアの横に並んでタイラーは歩きながら馴れ馴れしく話しかけてくる。
「いやぁ。二人はすごかったです」
「すいません。楽しんで居たのに……」
「いいんですよ。店主のやつは横暴だし…… 女は高いしここはそんなに……」
ぶつくさと岩竜の巣への文句を言うタイラー、彼は二階の娼婦を買って一夜をともにするため酒場に居て騒ぎに巻き込まれたようだ。あきれた顔をしたクレアは、彼が連れていた仲間がおらず一人なのに気づく。
「そう言えば他の方達は?」
「いいんですよ。あんなやつら!」
首を横に振るタイラー、おそらくヒーラーに続いて武闘家と、レンジャーにも逃げられたのだろう。
「あの三人が何をやったか詳しく教えてくださいよ?」
仲間の話を続けたくないタイラーは、焦って店を出た時と同じような質問を口走った。クレアとタイラーが共有して仲間が関わらない話題はこれしか思い浮かばなかったのだろう。クレアは優しく笑いながらタイラーの問に答える。
「テオドールオオジカ狩猟で新人冒険者を暴行して怪我をさせたんです」
「へぇ…… テオドールオオジカ…… もしかして噂の紫に光るやつですか?」
「えっ!? どうしてそれを?」
クレアが自分の話に食いついて来て嬉しそうに笑った、タイラーは彼女の問いかけにうなずいて答える。
「えへ。はい。光るテオドールオオジカが現れたってすごい噂になってますよ。次は自分がって今や大樹の森に光るテオドールオオジカを狙う冒険者で一杯です」
「はぁ……」
紫に光るという当事者達にしか、知らないことまで噂になっているようだ。おそらくはエリィかキティルがポロッと喋ったことが拡散されたものと思われる。
クレアはその情報拡散のスピードに感心するとともに呆れていた。クレアが黙っているとタイラーは話しを続ける。
「まさかそれをクレアさん達が討伐していたなんて…… そっか! だからあの日急いで飛んでいってしまったんですね?」
「違いますよ。討伐したのはエリィさん、キティルさんという二人の冒険者さんです。私達は少しお手伝いをしただけです」
目を輝かせるタイラー、クレアは首を横に振って彼の言葉を否定する。ほとんどグレンが倒したのだが、冒険者支援課が対象の魔物を倒したことが出回るのはあまりよろしくない。下手にそのような噂が拡散すれば冒険者ギルドが獲物を横取りしたと勘違いされかねないのだ。
「エリィ…… キティル…… 聞いたことないですね」
「つい最近ここに来た新人さんですよ。なかかなか優秀な方々です」
「それに噂では大樹の秘宝も出たとか……」
「秘宝なんて大げさな。小さな銀の短剣が一本出てきただけですよ。報酬も通常でしたし」
並んで歩きながらクレアは、タイラーと話をしていた。
「義姉ちゃん。こっちだよ」
グレンが立ち止まってクレアに声をかける。三人は通りの交差点へとやってきた。タイラーは通りの右手を指差して口を開いた。
「僕はこっちです。どうですこれから……」
「私達はまだ仕事があって冒険者ギルドへ帰るのでこっちです。さようなら」
「えっ!? あっ! さっさよなら……」
タイラーは寂しく手を振った。二人は通り左に曲がって進む。クレアはチラッと後ろを見てタイラーが交差点に立ってるのをみた。
「なっなんだよ!? 手なんかつないできて……」
「いいんです! いつも夜だっこしてるんですからたまには私から手をつながせてください」
「うん? まぁいいけど」
クレアはグレンと手をつないで歩きだした。驚いたグレンだったが彼はそのまま手をつないで歩くのだった。
その後…… 店主を失った岩竜の巣だったが、復旧はなぜか早く営業をすぐに再開した。新しい店主はその店のウェイターだった。店主を失った彼はどこからかもらった大量のチップで店を買い取ったという。グレンの言う通り新大陸の移り変わりは早い……