第21話 希望とぬくもり
窓から優しい日差しが差し込む昼下がり、グレンは自席で必死にあくびを噛み殺し睡魔と戦っていた。横ではクレアが書類を記入している。入り口に近い席に座るハモンドは真面目な顔で本を読んでいた。今、あくびをすればサボっているのがバレ、二人から冷たい目を向けられてしまうのだ。
「こんにちはー」
「こっこんにちは」
扉が開いてエリィとキティルの二人が、挨拶をしながら入ってくる。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
ハモンドが立ち上がり不利に声をかける。グレンとクレアも席を立って二人の元へと向かう。
「ミレイユさんからここでダンジョンの地図をもらえるって聞いたんですけど?」
「あぁ。はい。どこのですか?」
ハモンドが慣れた様子でエリィに尋ねる。
テオドール地方の地図や周辺にあるダンジョンの地図は情報収集課によって作成され、受付課がそれを複製し冒険者達に配布している。冒険者支援課にも受付から地図は配布され、その複製の複製をいくつか作成して保管してある。これは受付で複製する地図が種類によっては数枚程度しかなく、時期によって在庫がなくなってしまうことがあるため予備として作成し保管しているのだ。
エリィは受付に地図がないため、ミレイユに案内されて冒険者支援課へとやって来たようだ。
「グレイク湾の無人島にあるエドハンスキーの墓所です」
「わかりました」
ハモンドが木製の机の引き出しを開ける、地図の予備は彼の机に保管されていた。地図は場所によって大小様々で、ハモンドは几帳面に場所やごと揃えて取り出しやすくしていた。以前はグレンの引き出しに保管されていたが、グレンはバラバラに引き出しに保管していたため何がどこの地図がわからなくなり、怒ったクレアが取り上げてハモンドが保管することになった。
引き出しに手をつっこみ、地図をさがすハモンド。その様子を見ていたグレンが二人に声をかける。
「新しい仕事か?」
「はっはい。エドハンスキー墓所にサハギンが巣を作ったので駆除しにいくんです……」
グレンにしゃべりかけられたキティルは頬を赤く染め恥ずかしそうに答える。
「そうそう。なんかこの間から急に私達と一緒に仕事をしたいって人が増えてるんですー」
腰に手を当てて得意げにエリィが話している。彼女は仕事が増えたことをグレン達に報告できて嬉しそうだ。
クレアがグレンに小声で話しかけた。
「タイラーさんですね……」
「まぁ見るからに口が軽そうなやつだったしな。でも大丈夫かな? 先輩に裏切られたばかりだってのに……」
「それは大丈夫です。ミレイユには話しを通してあるので信用できる冒険者が一緒になるはずですよ」
「さすが義姉ちゃん」
小声で話す二人の様子をキティルが不安そうに見つめいてる。エリィは二人のことを気にかけることもなく話を続ける。
「なんでも私達は希少で強力なテオドールオオジカを倒した、期待の大型新人冒険者なんですって!」
嬉しそうに笑うエリィ、そんな彼女の前にキティルが手を出した制した。
「エリィちゃん。そんなに調子に乗ったらダメだよ…… テオドールオオジカを倒したのはグレンさん達でしょ」
「えっ…… まぁそうだけど…… いいじゃん」
意気揚々と喋っていたエリィの意気が下がって寂しそうに下を向く。クレアはニッコリと微笑んでエリィに声をかける。
「いいんじゃないですか? 腕を上げてから有名になる冒険者もいれば、名前が売れてから腕を上げる冒険者も居ます」
「そうだよ。ノウリッジの冒険者はほとんどが名をあげる前に死ぬかやめちまうんだからさ」
グレンとクレアの言葉に驚くエリィとキティル、二人の言葉にキティルとエリィは少し勇気づけられて表情が明るくなった。しかし、少し間を開けてからグレンが余計な発言をする。
「まっ! 残ったやつも…… 名を上げてから死んじまうけどな……」
「えぇ…… そんな……」
「死んじゃうの…… 私達」
エリィとキティルが悲しそうに声をあげる。呆れた顔でクレアがグレンに向かってため息をつく。
「もう…… グレンくん! 将来有望な冒険者になんてこというんですか!」
クレアに怒られたグレンは悪びれる様子もなく笑っている。クレアは申し訳なさそうに二人の方を向いた。
「ごめんなさーい。グレンくんは気の利いたことは言えないんですー」
二人に謝るクレアだった。彼女の言葉を聞いたエリィが小刻みに何度ものうなずく。
「わかってます。にぶちんでこんな風にデリカシーがなくて調子に乗りやすくて見た目が少し怖くて……」
「なっ!?」
指を折りしながら一つずつグレンの悪いことを列挙していくエリィ、一ヶ月も経ってない短い付き合いだがエリィはよくグレンのことを見ている。
「さすがに言いすぎですよ。グレンくんにだっていいところたくさんあります!」
「ありがとう。義姉ちゃーん」
「はーい。いいこ。いいこ」
「ちょっと!? それは流石に……」
グレンの頭を嬉しそうに撫でようとするクレアだったが、彼は体を反ってかわした。クレアはプクッと頬を膨らませる。
「ねぇ…… グレンさんとクレアさんって本当に姉弟なのかな…… なんか姉弟というか恋人に近いような……」
グレンとクレアのやり取りを見ていた、キティルが小声でエリィに問いかけた。キティルはクレアとグレンに姉弟以上のつながりを感じ取ったようだ。
「なんで!? 仲が良いだけでしょ。キティルは居ないからわからないと思うけど私だって弟とはあんな感じだよ」
「そっそうかな……」
首をかしげてエリィが答える。ちなみにエリィは弟が二人に妹が三人いる六人兄弟で、キティルに兄弟はいない。
キティルはエリィの回答を聞きまたグレン達に目を向けた。キティルは楽しそうなクレアとグレンの様子を見て、心に何かが引っかかり感じ納得がいかなかった。実際にグレンとクレアは血のつながりのない義理の姉弟であり、その関係は兄弟というより恋人や夫婦に近かった。
「あのー…… 地図の用意が出来てるんですけど……」
「あっ!? ごめんなさい!」
地図をとっくに用意していたハモンドが二人に声をかける。
二人は慌てて振り返ると、ハモンドに謝って地図を受け取り冒険者支援課を後にしたのだった。
その日の夜、テオドールの南セントウォーレン地区にあるリアンローズ。ここには毎夜、新大陸で孤独を感じる冒険者達が一晩の温もりを求めやって来る。
「いらっしゃーい。あら良い男じゃないか? 寄っていきなよ」
見るものが扇動されるような、面積の少ない赤い情熱的な下着をつけたアルダが、廊下を寂しく歩く冒険者の指輪を付けた男の袖をつかみ、指輪をジッとみながら声をかけた。
袖をつかまれた冒険者はタイラーだった。彼はなめるようにアルダつま先から見つめ品定めをする。視線を一旦胸でとめ褐色肌のじんわりと湿った谷間を堪能してから、顔をあげたタイラーはニッコリと笑う。
「うん。君に決めた」
「やった! じゃあ入って」
扉を開けて部屋の中へタイラーを誘った。すれ違う時にタイラーは、胸の谷間とガーターベルトの間に位置する下着を見て嬉しそうに舌なめずりをした。
部屋は狭く硬そうなベッドの横にサイドテーブルと、床には湯の入ったボロい桶があり、桶の横には畳んだ白いタオルが積み上げられていた。
天井には魔法で浮かぶ水晶から、妖艶なピンクの光が出て部屋を照らしていた。
「じゃあ一晩二十ペル。前金だよ?」
アルダはベッドに座り足を組んで、髪の毛を結わえながらタイラーに問いかける。
ペルとはノウリッジで使われる通貨だ。ペルは教会を神の預言者で教会創の設者セントペルサという聖人の愛称だったものだ。
流通している貨幣は、小さな丸い銀貨一枚が一ペル、中型が十ペル、大型が五十ペル、金貨が百ペルとなっている。
また、ペルよりも小さい、ペーサという単位があり百ペトで一ペルとなる。こちらは四角い銅貨となっており、大きさ順に一ペーサ、五ペーサ、十ペーサ、二十五ペーサがある。ペーサはノウレッジの小銭のような役割で流通している。
千ペルの大型の金貨や一ペルと同等の大型銅貨もあるが、銀行や教会に保管されているだけでほとんど市場には流通していない。
テオドールで安宿に泊まれば一泊二食で五ペルくらいなので、二十ペルは割高に思うかもしれないが一晩人肌に抱かれて過ごせると思えば高くはない金額でもある。
「ほらよ」
タイラーはアルダの足元に銀貨の入った袋を投げた。投げられた小袋を拾おうとアルダは少し胸を張って体を曲げて手をのばす。
胸を張って体を傾けたのは、タイラーに胸を見せるためだ。娼婦としての心ばかりのサービスだろう。タイラーはニヤニヤと笑って彼女の谷間を見る。
「毎度あり」
中身を確認したアルダはうなずいて立ち上がった。
「じゃあ体を拭く……」
振り返ったアルダの背中に手をまわし、タイラーは少し強引に彼女を抱き寄せる。
「さっさと始めていいよな。お金がもったいないし」
「ちょっちょっとぉ…… もう…… んんちゅ。んんん……」
了解を得ずにアルダの口にキスをして、舌を滑り込ませるタイラーだった。アルダの体を押し倒してそのままベッドの上に二人で寝転がる。
その後、二人は全て脱ぎ捨て何度も体を重ねた。時にはアルダが上になり激しく、また情熱的に一晩だけの愛を育み続けた。
「はぁはぁ…… クソ!」
真っ裸のタイラーがベッドに仰向けに転がった。悔しそうにつぶやく声が横向き寝ていたアルダに聞こえる。
「ごめん。良くなかったかい?」
「あぁ。ごめん。違うよ。君には大満足だよ。ただね……」
悲しそうに天井を見つめるタイラーだった。アルダはタイラーの様子から彼が悔しがった理由がわかったようだ。
「ははぁん。女を取られたんでしょ?」
「あぁ…… 仲間同士でな…… クソ!」
右手の拳を天井に向かって突き上げたタイラー。
実はタイラーの仲間の二人だった女性武闘家とレンジャーは、いつの間にか恋仲になっていた。信頼していた仲間の裏切りに、彼はやけを起こしてインパクトブルーを解散して二人と別れてしまっていた。
この事実が発覚したのは、グレンとクレアが岩竜の巣に行った日である。タイラーはあの時あの場に居たのはやけ酒を食らって女を買うためだった。
「あたしみたいのにしときなよ。いつでも相手してあげる」
手を伸ばしたアルダが、タイラーの頭を優しく撫でる。商売とはわかっていても、寂しい時に優しくされると人間と言うのは弱い。タイラーはアルダに身も心も許しはじめていた。
「ははっ。金が続かないさ。僕はもう一人だから…… 冒険者やめて田舎に帰ろうかな」
「そんなこといわずにさ。もう少し頑張りなよ。噂に聞いたんだけど新人冒険者がすごいテオドールオオジカを倒したんだろ? あんたもそれくらいすぐ出来るよ」
タイラーはアルダの話に嬉しそうにうなずいた。タイラーは自分のことより、知ってる情報を話せばアルダともっと楽しく話せると思ったのだ。
「そいつらのこと知ってるぜ。キティルとエリィだ。報酬もあいつらが持ってる」
「どんな報酬なんだい? やっぱりすごいんだろうねぇ」
「いや。ただの銀の短剣ってらしいぜ。大物を倒してもそんな報酬じゃなぁ」
アルダは目を大きく見開いた、タイラーから聞いた言葉に驚いているようだ。しかし、アルダは表情を一瞬でやめていたずらに笑った。
「詳しいねぇ。でもその話は本当なの?」
疑った顔でタイラーを見つめたアルダ、話に食いつかれたのが嬉しいのようで得意げにうなずいた彼が答える。
「僕は冒険者支援課のクレアさんとグレンと知り合いなんだ。二人に聞いたから間違いないよ」
寝ていたアルダがガバッと体を起こした。突然の彼女の行動にタイラーは驚きつられて起き上がった。
「グレン…… クレア…… 冒険者支援課…… ふふふ」
ベッドの上に座りうつむいて、嬉しそうにつぶやきながら肩を震わせるアルダ、タイラーは心配して彼女の肩に手を置いた。
「どうした?」
「やっぱりあんたを選んで良かったよ。ありがとう」
「えっ!?」
タイラーの手をしっかりと掴んで彼の方をむいたアルダだった。笑顔で見つめ合う二人だが、アイラの目は真っ赤に光っていた。タイラーの顔をアイラの目が放つ赤い光が照らす、吸い込まれそうな彼女の瞳にタイラーは自分の頭にモヤがかかり、高熱にうなされた時のようにぼーっとなり意識が消えて視界が真っ暗になった。




