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第10話 隠し事

 物が散乱した廊下を奥まで進む。一階で言われた部屋まで近づくと、ハモンドが急にグレンより前に出た。彼はこの空間から一秒でも早く抜け出したかったようだ。


「スロリットさんの部屋はここですね」

「あっ!? ダメだよ」


 ノックもせずにハモンドは逃げ出したい一心で、いきなり扉を開け中へ飛び込んだ。


「うわぁ!?」


 慌てて扉から出てまた両手で顔を覆うハモンド。クレアとグレンが扉に近づいて中へ覗き込む。

 そこには狭い部屋のベッドの脇で、下着姿の女性がブラシを持ち鏡の前で髪をとかしていた。

 女性は銀髪で頭の左右に羊のような丸まった角が生え、耳が尖った褐色の肌をして緑と青の左右違う色の瞳が鋭く少し気が強そうな雰囲気をしていた。耳の形と角の特徴から彼女は魔族だと思われる。女性は顔だけグレン達に向け不満そうに口を開く。


「なんだい? 勝手に入ってきて! ここは客を取る部屋じゃないよ…… ってあんた達は冒険者ギルドの……」


 女性はグレン達の首飾りを見て彼らの素性を把握したようだ。


「ここがスロリットの部屋で良いんだろ?」

「あんた達は誰だい? いきなり来て失礼だろ?」

「あぁ。すまない。俺は冒険者ギルド冒険者支援課のグレンだ。こっちの二人はクレアにハモンドだ」


 右手を上げグレンが謝意を現してから名乗り、続いてハモンドとクレアを紹介した。アルダは冒険者ギルドがなぜ来たのかすぐに把握する。


「あたしはアルダ。あの人がどうかしたのかい?」

「スロリットは死んだよ」

「そうかい…… はぁ」


 下着姿の魔族はアルダと名乗り、前を向いて小さく息を吐いた。グレン達は部屋の入り口に立ったままアルダと話しを続ける。


「あの人って呼んでたけど彼と君は深い仲なのか?」

「そんなんじゃないよ…… ただの客と娼婦だよ。行くところがないって言うからこの部屋に住まわせてやってたのさ」


 淡々とした口調でまた髪をとかしだすアルダだったが、すぐに手を止めて拳を握りしめた声を震わせる。


「そうかい。死んだのか…… 何が仕事が片付いたらだよ…… 死んでどうすんだい…… バカ」


 肩を震わせて目を拭うアルダ、グレンとクレア黙って彼女の様子を見つめている。ハモンドは落ち着いたようだが恥ずかしいのか、グレンの横に立って中が見えずに声が聞こえる入り口の脇で壁に背中をつけて立っている。


「ここに彼の遺品は? 家族に届けるから回収してもいいか?」

「えっ!? あっあの人に家族は居ないよ…… ここの遺品はあたしが処分しとくよ。あんた達が持ってる分もあたしがついでに処分してあげるよ」


 振り返り左手を上に向けて差し出すアルダ、顔は悲しげであったが、先程まで泣いていたのに目も潤んでおらず涙の痕もない。


「家族は居ないだって? ギルドカードの情報によると親と兄弟が故郷に……」


 グレンが淡々とした口調でアルダの言葉を否定した。するとみるみる彼女の顔が変わって舌打ちをした。


「チッ! さっさと帰っておくれよ」

「えっ!? でも、僕たちは遺品の回収をしないと……」

「うるさいよ。この部屋はあたしが借りてんだよ。あたしが無いって言ったら無いんだよ! さっさと帰っとくれ。こっちは忙しんだよ」

「そっそんな……」


 話しに入ってきたハモンドの言葉をアルダが遮った。隠れて中を見てないハモンドには見えないが、アルダは眉間にシワを寄せ眉毛を釣り上げてツバを飛ばして醜い顔をしていた。彼女のその姿はとても親しい人間が死んで悲しんでいるようには見えず、何かを隠しているのを必死にごまかしているようだった。


「いやもういい。邪魔したな」


 左手を横に出しハモンドを止め、グレンは会話を終わらせた。三人はそのまま一階へと戻りリアンローズを後にした。通りを三人は並んで歩いて帰る。歩きながらハモンドは肩を落として話しを始めた。


「もしかして…… スロリットさんはアルダさんの身請けをしようと無理をして死んだから悲しくて……」

「そんな話だといいですけどねぇ」

「あぁ。あの姿を見てない。ハモンド君にはわからないさ」


 首をかしげるハモンドだった。その後すぐにグレンの顔つきが変わった。彼は背後から近づいてくる人の気配を察知したのだ。誰かが三人を尾行しているようだ。


「義姉ちゃん……」


 グレンが声をかけるとクレアが小さくうなずいた。彼女も気配を察したようだ。


「さぁハモンド君。行きますよ」

「えっ!? えぇ!?」


 ハモンドの手を引いてクレアが走り出した。徐々に二人の体が浮かび上がっていく。

 体が浮かび上がったハモンドが驚いて声をあげる。同時にグレンの背後から武器を持った男が走ってくる。


「待ちやがれ!」


 ブーツに革のズボンに鉄の胸当てを装備して、剣を持った男二人が走ってきて空を飛ぶクレアとハモンドに叫ぶ。


「あの二人は俺の連れだぜ。何か用か?」


 五メートルほど前で悔しそうにしている男達に、剣に手をかけて笑顔のグレンが声をかける。


「チッ! やっちまえ!」


 男達がグレンに斬りかかって来た。二人の男はグレンの直前で左右に別れた。ほぼ同時にグレンの左右から挟むようにから上から剣が振り下ろされる。


「ふん……」


 グレンは体を右斜めに向けて一歩踏み出した。一人の男の前でて彼は、ムーンライトに右手をかけ鞘を左手で押さえた格好で、男と体と入れ替えるようにして背後へと駆け抜けていく。彼の目は赤く光り体が赤い毛のようなオーラを纏う。


「ぐえ!」


 男の背後に駆け抜けながら、剣を抜くと同時に男の左脇腹を斬りつけた。素早く振り抜かれたグレンの細長い剣は、しなるような動きで鉄製の胸当てを豆腐のように簡単に切り裂いた。切り裂かれた男の脇腹から血が吹き出した。

 頬に生暖かい感触を受けながらグレンは男の背後へと抜けてた。同時にグレンは剣を逆手に持ちかえ、振り返らずに突き出し男の背中を剣で突き刺した。剣は男の体を貫いて胸から流れ出た血が剣先から地面に滴り落ちる。

 男の体から力が抜け、腕がだらんと垂れ下がり持っていた剣が地面に落下して音を立てる。

 グレンは無表情で右腕を引き、素早く剣を胸から引き抜いた。同時に男は前に倒れた。

 もう一人の男は剣を振りかぶった姿勢で、立ち止まって呆然としていた。男はグレンの動きについていけずに、何が起きたのかわからないみたいだ

 振り返ったグレンは素早く剣を回転させ順手に持ち替え、軽く振って血を拭い右腕をあげ剣先をもう一人の男に向けた。


「誰の差し金だ。吐けば見逃してやるよ」

「えっ!? あっ!? あの…… それは……」


 男が口を割ろうとするとグレンは首を横に傾けた、彼の耳をかすめて矢が一本飛んでいった。


「ぐえ!」

「チッ! 狙いは俺じゃなかったのか」


 矢は男の額に突き刺さり、男はそのまま前に倒れた。振り返ったグレンは矢が飛んできた方向に目をこらすが、気配が消え何も見えない。


「口封じか。スロリットってやつは何をしたんだ。まったく…… しかも仕事増やしやがって……」


 剣を鞘におさめたグレンは、本日二度目の死体を回収作業して教会へ寄った後に冒険者支援課へと戻るのだった。

 彼が戻った時は日が傾き夕方になっていた。グレンが扉を開けると目の前にクレアが立っていた。彼を見た瞬間に不安そうだったクレアの顔をパッと明るくなった。どうやら心配でずっと扉の前で待っていたようだ。


「お帰りなさい。どうでした?」

「ごめん。二人とも死んじまった。話しを聞けなかった」

「そうですか……」


 グレンは腕を組んで不満そうに口を尖らせる。


「しかも死体回収してやったのに…… 聖騎士のやつらがグダグダとうるさくて」

「うふふ。それはきっとグレンの態度が悪いからですよ」


 微笑むクレア。聖騎士とは教会に所属する、テオドールの町の治安維持をしている集団だ。

 グレンが持っていた死体は冒険者ではないため、すんなり預かってもらえるわけではなく、聖騎士による尋問があったのだろう。


「でも…… グレンくんが無事に帰って来てよかったです。いいこいいこ」


 右手を伸ばしてグレンの頭をなで始めた。グレンの顔が赤くなる。


「やめろよ。ハモンド君が……」


 クレアの手を払おうとするグレン、クレアはニッコリを微笑む。


「大丈夫ですよ。今日はもう帰しました。ここより安全でしょうから」

「そっか…… ハモンド君は聖騎士と同じ寮に住んでるだもんな。でも俺が恥ずかしいからやめて!」

「まだダメです」


 ぷくっと頬を膨らませたクレア、グレンは彼女の気が済むまで撫でさせていた。撫でるのが終わって、残った業務を片付けて二人は席を立った。


「明日は東の平原の魔物調査とそこで依頼の補助が一件ありますよ」

「あぁ。わかったよ。魔物補助があるからついでに魔物の調査をやるのね」

「えへへ。正解です。じゃあ帰りましょう」


 ニコッと笑ったクレア、グレンは小さくため息をついた。二人は一緒に冒険者支援課の部屋から出ていくのだった。

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