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悪役皇女は銃を取る -帝國黙示録-  作者: 占冠 愁
第十五章 乙女ゲーム
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第92話 沿海州総軍

明治38(1905)年1月28日



「沿海州総軍、か」


 あまり好きな響きではない。

 なにせ、例の件が尾を引きに引いてここに至るのだから。


「装甲車は?」

「全車順調よ。この緯度まで下がっちゃえば氷点下20度なんてそうそう行かないし、ゴムまわり含めて不具合はないわ」


 氷雪の松花江よりかは寒さも幾分和らぐ沿海州、全快した装甲車列がウラジオストクへと到着したのだった。


「で、これからどうするのよ」

「山積みの仕事を片っ端からこなしていきます」

「なにやるわけ?」

「いろいろと」


 咲来は不満げにはぁ?、と言うが、本当に多種多様な課題が鬱積しているのだ。


「手始めは撤退を沿海州総軍に呑ませることですかね」

「待って。まだ話通してないの?」

「満州総軍と沿海州総軍は別々の軍集団ですよ。玲那は大元帥陛下でもないのです、満州総軍の決定を通すには沿海州軍の合意を得なければなりません」


 殊に、この回送は沿海州総軍を解体して満州戦線に併合するようなものだし。


「参謀本部使えばよかったじゃない」

「あのですね。参謀本部にコネがあればどれほど」


 咲来は無垢に首を傾げる。玲那は呆れてこう返した。


「それに参謀本部や軍令部を隷下に入れる大本営には枢密院戦争指導部がひっついてるんですよ。下手に話を持ってけば枢密院の直接介入を招きます」

「ふーん」


 それに、と言いかけたところで、向こうの壇上から声が届く。



「諸君――ようこそ、英雄のお膝元へ」


 中央即応集団『桜花』のほか第1・第3焼撃大隊を含めた、満州戦線からはるばる到着した全軍。沿海州総軍の代表として歓迎の演説をする主人公は意気揚々だ。

 兵士たちの反応は2つに分かれる。一つは枢密院の英傑を前に熱狂する者と、もう片方はその尊大な自意識に嫌気を抱く者。もっとも、多くは前者ではあるが。


「なーにがお膝元ですか」

「あんた聞かれるわよ、黙っときなさい」


 咲来に注意された瞬間、主人公がこちらを指差して咆哮する。


「おいそこ!! 何を話してる!!」


 突如、全軍の前でそう糾弾された。


「枢密院英雄を前にして私語とは。北鎮兵士の質が思いやられるな」


 主人公はそう言って朝礼台を降りる。

 咲来がすかさず呟く。


「えっ…なに? なんかこっちに歩いて来てる」

「しっ、御黙りなさい咲来」


 主人公は大股でこちらに迫り、玲那を見定めると、襟首を掴む勢いで食ってかかる。


「またお前かよ。俺への劣等感でアテツケのように騒いでんのかもしれねえが、少しは分際をわきまえろよ」

「あら。皇族に対して『お前』とは、すこし荒々しいですね」


 淡々とそう返すと、主人公は舌打ちする。


「お前の前世は皇族でもなんでもねえくせに、……っ!」


 彼は咲来を捉えた瞬間、玲那への非難を打ち切った。


「怪我はないかい?こんなねちっこいブスに付きまとわれて、さぞ嫌だったろうね」


 思わず二度見する。


「はぁ…。」

「でも大丈夫だ。軍参謀として、君の叫びを見過ごすことはないさ。俺がいつでも、守ってやる」


 困惑の声を漏らす咲来に、主人公はそう続けた。


「何かあったら、俺に話してくれ。絶対力になってやる。それが俺だ」

「は、はい…」


 彼はそう言って咲来の首筋に手をあてる。暫くしてからおもむろに踵を返すふりをして、軽く咲来を振り返って言葉をかける。


「何もなくても、俺に話したい時は――気軽に話しかけていいからな。」


 そう言って、ゆっくりと朝礼台に戻っていった。

 その後、主人公は激励を幾つかまくし立てた後、別の参謀が歓迎の式辞を述べ、その長い挨拶はようやく終わる。




「な、に…?」

「……あなたは目立ちますから」


 靡く銀髪、端正な顔には翠色がかった銅の瞳が輝く。ロシアの血が混じった北方民族の容姿は、否応なく周囲の目を惹くものだ。

 玲那も樺太の幽谷で出会った時は、最初、精霊かなにかが舞い降りたのかと勘違いしたものだ。それこそ、あのゲーム世界にはファンタジーさえあったのかと。


「今のって……?」

「枢密院英雄ですよ、沿海州総軍の参謀長をやってる陸軍中佐」

「待って。なんて?」

「陸軍中佐」

「は?」


 そう、階級は中佐。

 総軍参謀長にして中佐なのだ。


「児玉総軍参謀長の階級って……」

「陸軍中将だったはずです」

「なんで沿海州総軍(ここ)じゃそんな人事が通るのよ」

「通したんですよ、皇國枢密院が」


 枢密院の認識としては、バルバロッサの最終段階で沿海州を主戦場に熾烈な攻城戦が繰り広げられるはずだった。そうして電撃戦を完遂、ウラジオストク陥落により戦争終結――という当初の戦争展望に従って、沿海州総軍に枢密院直属である主人公を"総軍参謀長"として送り込んだのだ。


「まぁ、前年の戦争計画の名残みたいなものです」

「なんでそれが今も残ってんのよ」

「さぁ。もしかしたら、戦場認識が違うのかもしれません」


 前線を飛び回った玲那たちには、満州総軍がロシア軍の猛反攻の矢面に立たされているように見える。しかし、ロシア軍の最終目的がウラジオストク奪還である以上、沿海州が最後の決戦地になるようにも見える。枢密院がウラジオストクの死守を考えていてもおかしくはないのだ。


「……そうでないことを、祈りたいけれど」


 なにせ玲那たちの仕事は、沿海州を放棄させることだから。



「英雄閣下が来てくださってるんだ、負けることはないべ」

「だな。敵軍が可哀相だ」

「俺らは勝ち馬ってか、枢密院英雄さまさまだぜ…!」


 ガス燈並ぶ石造りの街道を行き交う沿海州総軍の兵士たちから漏れ聞こえる、そんな言葉の数々。玲那はその様を振り返りつつ、呟いた。


「なにせ……ここは、玲那たちにとってはアウェーな空間らしいですし」




・・・・・・

・・・・

・・




 ポクロフスキー大聖堂。

 紺碧のドームを双璧にして、中央に聳え立つ黄金の大尖塔は、2年前に落成したばかりの紛うことなきウラジオストクの象徴であり、誇りであった。

 ――その先端に皇國の旗が翻るまでは。


 今や傾く尖塔に棚引く十六条の旭日は、その写真が今や世界各国のニュースの一面を飾るほどには強烈に、皇國の勝利を印象づける光景であった。


 そしてここに、沿海州総軍の総司令部が置かれている。


「ずいぶんと素敵な司令室ですこと」


 電話器並ぶ大理石製の優雅な机の向こう側、金銀煌めく装飾の施された司教座に主人公・磯城盛太(いそしろせいた)はふんぞり返っていた。


「だろうな。お前みたいな一介の部隊長と『総軍参謀長』じゃ、格が違う」

「では、ご優秀な参謀長にはぜひ、満州戦線のほうをお願いしたいものですね」

「はあ。なんだって?」

「満州です。ロシア軍の冬季反攻で、戦線が危機的でして」


 百万の大津波。こんな後方で4個師団を遊ばせておく余裕などない。これで意気揚々と主人公が沿海州総軍8万を引き連れて満州に向かってくれるなら、どれほどありがたい援軍になるか。

 けれど主人公は、はぁとため息をつく。


「くくっ、情けねぇな。こうして結局、俺に縋りついてきたってわけだ」

「縋り付く?」

「要するにお前、逃げてきたんだろ?」


 彼はくつくつと肩を震わせた。


「自分だって本気を出したら『英雄』になれると勘違いして、自信満々に出撃。で、満州総軍だけでは冬季反攻に対応できず、敗走」

「……は、ぁ?」

「のこのこと逃げ帰って来るしかなくて、その果てに命乞い。しかも縋りつく相手は、自分が妬んで嫉んで仕方ない"本物の英雄"ときた……恥ずかしくないのか?」


 ため息をつく。

 もういい、この際どうだっていいのだ。


「ええ。で、やって頂けるのですか?」

「お前さ。助けてほしいなら、相応の態度を示せよ」

「……態度と申しますと?」


 彼は顎をくいとやった。


「まずは、ごめんなさいだろ?」


 聞こえないように舌打ちをしつつ、前へと進み出る。

 戦局が掛かっているのだ、玲那の謝罪でどうにかなるならこれ以上のことはない。


「……過日の非礼、お詫び申します」


 主人公は口を挟む。


「なめんなよ。態度つっただろ。杖を置けよ」


 玲那は唇を噛んで、ゆっくりとしゃがみ、翠星杖を床に横たえる。

 それから立ち上がろうとすると、主人公は半笑いでこう言った。


「おいおい。まさかツラを上げようってわけじゃねえだろうな。俺に命乞いするんだ――そのまま、ひざまずけよ」


「……っ、さすがに。それは」

「できねえのか?」


 玲那はごくりと息を呑む。

 しばし、逡巡する。


「ごめんあそばせ」


 その果てに、すっと立ち上がる。

 スカートの両端をつまんで、礼をした。


「これでも皇族です。菊の御紋を背負っている手前、英雄とても臣民には跪けません。代わりに、貴人としての最上の礼です」


 目を伏せて、玲那は言う。


「ですからどうか、皇國英雄さま。大いなる過ちを認め、詫びますので、その御手をお貸しくださいませ――」



 バキィ!



 目を見開く。

 主人公が、床に置かれた杖を思いきり蹴飛ばしたのだ。


 翠星杖は弧を描いて、ゴミ投げ窓のほうへ飛んでいき、ハエのたかる外へと落ちる。


「俺が臣民だぁ? お前の?」


 主人公は、そう一言。


「もういい。お前なんぞ助けてやらねぇよ」

「……」

「泣きわめいても遅いぜ。全てはお前の行動の結果だ」


 きったねえ共同下水に落ちた杖でも拾って帰るんだな、と彼は笑う。


「……これでは、負けますね」

「くはっ。そもそもなあ、ロシア軍の最終目的地はここなんだ。だとしたら俺が動く必要なんざねえ。英雄の見せ場は一番最後だって、相場は決まってる」


 玲那は低く唸る。


「あなたのための見せ場ではないんですよ、戦場(ここ)は」

「見せ場だよ。壮大な英雄譚の、な。その最終決戦の地こそがここ――ウラジオストク」


 彼は誇らしげに地図を指し示す。


「枢密院から直接指定を受けた、勅令決戦場だ」




◎敵司令部

____________

▲▲▲::::▲▲▲:▲

▲▲▲:◎:▲▲:湖:▲

▲▲:\_▲:⑤▲::▲

▲::::::▲▲:⑥

▲::④:▲▲▲▲

▲:::▲山▲▲  日

::③▲▲脈▲   本

 :▲▲①▲▲▲  海

 ②  :;▲▲▲

     大韓帝国

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

皇國陸軍の拠点

①新義州 ②大連 ③奉天

④長春 ⑤鶏西回廊

⑥ウラジオストク




「主戦線たる満州平原のはるかに東に突出。政治的目的のために占領しただけの、遠く離れたウラジオストクを死守するおつもりですか」

「地図も読めないのか、令和人は?」


 主人公は呆れたような息を吐く。


「ウラジオストクと満州、どっちが皇國本土に近いかわかんねえのか?」

「防衛に不利だと申しているのです。現在、満州戦線はズルズルと後退しています。⑤の鶏西回廊および松花江ラインから、皇國はまもなく撤退するのです」

「だからなんだってんだ?」

「⑤の鶏西回廊を奪回した敵は、ここを通って湖畔から攻めてきます。満州と切り離されて、ウラジオストクは孤立するのです」


 玲那は足を鳴らす。


「そもそも、ウラジオストクは南下政策の拠点です。南に対する防備は固かろうとも、北――ロシア本土側に対する防衛など、考慮されてすらいません」

「くくっ、だからなんだ。ロシアの遅れた軍隊相手に敗走したお前ら、満州総軍ですらこの一カ月で22万の敵軍を撃破できたじゃねえか。だったら俺の実力なら……何十万を葬れることか」

「ここには4個師団……たった8万しかいないのですよ」

「お前がどんな口上で俺の足を引っ張ろうともムダ。ウラジオストクはロシア本土より、皇國本土のが近いという地理条件は揺るぎはしない」


 その言葉にわずかに息吹き。

 バッ、と懐から路線図を取り出す。


「戦争は鉄道線の上に維持されるのです!」



__[路線図]__

  長春

   ┃

  奉天

 / ┃ ウラジオ

大連 新義州 |

    \ /

    漢城

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



「いくらここが帝都に近かろうと、補給が繋がってなければ意味もございません。重砲が揚陸できる大規模港湾は大連と新義州だけで、長春や奉天といった満州戦線が複線の重軌条で支えられているのに対して、ウラジオストクは……おわかりでしょう?」


 漢城(ソウル)からヨボヨボと伸びる長くて脆い単線が、ウラジオストクを辿々しく維持しているのみ。


「新義州ウラジオストク間、キロ程は漢城経由で1,000km以上。大連長春間の600km強の2倍弱です。この突出した長大な鉄道線を守り続けるなんて……ただでさえ広大な満州戦線を抱えている皇國陸軍に、そんな余力はございません」


「ふっ…。なら、どうするんだ?」


 半笑いを浮かべた主人公のその問に、玲那は溜飲を呑む。

 彼に退けをとったわけじゃない。

 これは、決意を口にするための覚悟の時間だ。


 少し間が空いた後に。

 玲那は、静かにその結論を吐く。


「――ウラジオストクを放棄する」






「ウラジオストクを、捨てる、だと?」


 主人公の顔から笑みが消える。


「ええ」


 一切引くこと無くそう頷く。

 彼はやれやれと首を振った。


「お前には…、その結論を自ら出さざるを得ないほどまでに、戦況を悪化させた自覚というものがないのか?」

「……っ、それはお互い様でしょう」


 奉天で敵司令部を逃したのは、確かに玲那にも責任の一端はある。

 しかし。ハルビンへの司令部追撃を拒絶したのは、どこの誰だと申すのか。


「くくくっ。"お互い様"という語を使って責任の所在を有耶無耶にするつもりか? ――ちげぇよ。全ては満州戦線にいた、てめえらのせいだ」


 トントンと机を指叩き、彼は続ける。


「どうも令和人の仕事は楽すぎる。傍から見ててもバレバレだった」


 玲那と主人公のほかに誰も居ない大聖堂のドームに、その声は響く。


「俺のような『改変者』は、はるか未来50年後のことまで戦略を積んで、戦後を考えて、歴史の流れをシミュレートして……ここまで大変なのに」


 嘆かわしげに、彼はため息をつく。


「かたやお前は、さっきみたいに女性軍人に付きまといながら『今』をどうにかすることだけを考えていればいいんだもんな、楽に違いない……なのに、この有様」


 ふと、気配を感じる。

 扉のウラに待機しているのだろうか。複数、小隊規模の気配だ。


「変だとは思ってたんだよ。どうもおかしい――そう思ってたら、コレだ」


 主人公はニヤつきながら迫る大量のロシア軍の駒を親指で差す。


「お前、サボったんだよ。大事な大事な前線指揮で手を抜いた。だからどこかで狂って、俺の華麗なるウラジオストク陥落で終わったはずの戦争が、続いてるんだよ」


 パチン、と彼は指を鳴らす。


 ガタンと音が響き、壁が裏返ってたちまち小隊が現れる。隠し扉だと?

 そう驚愕する暇もなく、瞬く間に小隊はドームの内屋両側と後ろの扉へ展開。

 玲那に対する威嚇にしては、些か過剰ではなかろうか。


「はっはぁ、つくづく失望させられる。『今』を相手にするだけなのにこのザマか。時空という次元まで加えても完璧な所業をこなしてみせる『枢密の英傑』の俺と比べて、あまりに無能すぎる」


 嘆かわしげに大仰な溜息をついてみせる主人公。


「ウラジオストクは『英雄の陥落せしめた皇國勝利の崇像』。ここを落とされることは、『英雄の敗北』を意味するに他ならない。すると、()()()忠誠なる愛しい皇國臣民はどう思う?……総軍司令!」


 彼に突如呼ばれた総軍司令。

 展開した小隊の間から進み出て、その姿は露わになる。


「はッ! 継戦意欲は一気に削られ、厭戦気分が速やかに蔓延り…。皇國の戦争継続はほぼ不能になるでしょうな」


 その態度に目を見開く。

 沿海州総軍の司令といえば、黒木陸軍大将だったはず。彼が――襟元に大将章を提げた将官が、枢密院議員とはいえ一介の中佐に対して頭を下げているのだ。


 意味がわからない。

 どうなっているんだ、ここの指揮系統は。


「そう。そのとおりだ」


 混乱する玲那を横目に、主人公は平然と言葉を述べる。


「臣民五千万の精神的支柱たる、英傑(オレ)が負けを晒すわけには行かない――」




「ッ、」


 少し強く啖呵を切る。


「その場合、満州を放棄することとなります。大連の失陥は避けられないばかりか、新義州までもを危険に晒し、なお鴨緑江を突破された場合は朝鮮の喪失までも免れません。こうなれば敗戦です!」

「ウラジオストクは敵軍の最終目的地だ。それをみすみす譲り渡す大愚か者がどこの世界にあるってんだ? 教えてくれよ、なぁ?」

「だから、それを維持する余力を皇國は残していないのですよ……!」

「余力がないなら工夫をすればいい。なにせ最もそれに長ける存在――知性の牙城、皇國英雄がここにいるんだからな」

「工夫、ですって?」

「俺は――…満州も、ウラジオストクも、どちらも守り抜く」


 玲那は、声も出なかった。


「どっちか見捨てるなんてことは、英雄のやることじゃない」


「……流石は、我らが大英雄」


 黒木大将の呟きに、主人公は目を細める。


「二つ選択肢があるとしよう。愚かな方を取るのはただの痴呆で、賢明な方を取るのは凡人だ。そして―――()()()()()のが、英雄だ」


 奥歯を噛みしめる。

 戦場をなんだと思っているんだ。


「そんなのは理想、妄想です。補給を絶たれた軍隊がどうなるかなんて、あなたならガダルカナルやインパールをご存知でしょう」

「だから言ってるだろ?どちらも守ると。正念場で、こうして到底選び難い二択を迫られるのは主人公のテンプレだ。そうして…両方を掴み取るのも『主人公』なんだ」

「土壇場なら何でも出来るとでも?んなわけないでしょう……!」


 極北の大地で、その土壇場で、玲那たち北海鎮台は全てを失ったのだ。


「俺は、枢密院議員・皇國英雄。()()()()()()()()



「流石は枢密院の英傑だ…」

「言うことが違う…!」

「これが…皇國英雄!」


 小隊から、いいや、おそらくこの沿海州総軍の総軍司令部の将校たちから、次々と陶酔の混じった感嘆が漏れ聞こえる。

 舐めていた。これが英雄のお膝元か。ここ沿海州総軍は、あまりにも満州総軍と緊張感が違いすぎる。


「さて。この期に及んで、ウラジオストク放棄を叫ぶか?」


 主人公は、沸き立つ司令部将校の中で玲那に問う。


 一切の躊躇もなく、玲那は答える。


「当然です。軍人の義務として不可能は不可能と申さねばなりません。

 本官は、ウラジオストクからの全軍撤退を進言します」


「……そうですか」


 そう答えたのは主人公ではなく、黒木総軍司令だった。


「非常に残念でやみません」


 黒木大将の言葉に、後座で腰掛ける主人公が深く笑う。


「明治38年1月28日、午後1時42分。敵前逃亡と敗北主義による利敵行為の容疑で、殿下を逮捕します」




「は???」


 困惑する間さえなく、玲那の周りを兵士たちが包囲する。

 その腕には「憲兵」の腕章がちらほら。


「無能の役替りとなって、皆のために自己を犠牲にするのも『英雄』の役目か。……仕方ない。俺が前線を率いてやる」


 オォぉッと沸く沿海州総軍。


 その中央にて、玲那は手錠を掛けられた。


「ッ、こんなことが許されるとでもお思いですか!? 玲那は満州総軍直属ですよ、指揮系統を超えた越権行為です! 断固抗議する!!」


「勝手にほざいてろ、犯罪者が。

 これより俺が――ウラジオストク攻防戦の指揮を執る!!」


 万歳三唱、拍手喝采。

 英雄の降臨に、歓迎の意を全身で示す沿海州総軍。


「あ…、あぁ……」


 玲那は、言葉にならない声を漏らすしかできなくて。




 始まってしまったのだ。

 ゲームストーリーもびっくりの、破滅への行進が。

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― 新着の感想 ―
この英雄様絶対負けそうになると全速力で逃げ出すんだろうなぁ 一兵士の命より英雄の命は何倍も重いとかいって
まあ、やろうとしてること全部見透かされてますから、主人公(失笑)が指揮を取る限りは結果が見えてますねー、 ともあれ、陸軍としては咲来に手を出した不埒者を処刑することを提案する!
コイツが負けないと名声落ちないけど、負けたら損失分でどうしようも無くなる フォローして勝っても自分のおかげって言い張って枢機院パワー合わさってノーダメージ 戦場で倒れたら反省も後悔も何も見られないまま…
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