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悪役皇女は銃を取る -帝國黙示録-  作者: 占冠 愁
第十三章 嵐の前の閑けさ
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第81話 傲慢

「別におかしな話ではなかろう。」


 児玉源太郎は、なんら悪びれることもなくそう言った。


「一個大隊の指揮にあたるのが通常、少佐階級。そして、貴官は陸軍史上最年少とはいえ、昇進してもう中佐だ。二個大隊規模の部隊を任せるに階級的な問題もない」

「け、けれど! 機動防御に責を負うには経験が足りなくってよ!」


 玲那の抗議に、児玉はあからさまな溜息で返す。


「何を。禁闕大隊の指揮と並行して『魁星』連隊の戦略方針も勘案したというではないか。兼任などという芸当、普通はそうそうやって出来るものではない」

「兼任と仰られましても実際はそこまで――」

「随分な暴れ様だったことは、うんと貴様の上官から聞いておる」


 彼は振り返って、奥の方を指差した。

 窓枠に腕を乗せ、窓の外へ白煙をふかす人影。

 見覚えのあるその姿に玲那は驚愕する。


「親王殿下……!?」


 間違いなく、玲那の元上官その人だ。


「久しぶりだな。とはいってもたった一週間程度か」


 閑院宮は少しばかり渇いた笑いを漏らし、振り返る。


「どうしてここに……?」

「旅団長の次は、総軍参謀次長とのことだ。人事部はまだ予を使い倒すらしい」

「総軍……参謀次長??」

「児玉参謀長閣下の副官というわけだ」

「っ!」


 間接的にではあるが、続けて上官となるわけだ。

 本当に腐れ縁なのだろう。


「集団総長の任を附すに、総軍参謀部は貴官の素質を微塵たりとも疑わない」

「……身に余るお言葉です」


 そう言おうとも、児玉に取り合う気はないようだった。


「故に総軍は貴官を適任と判断する。それだけだ」


 玲那は項垂れて頷く。

 上の決定だ、どう足掻いても変えることはできなかろう。


 いいや、それだけじゃないな、と児玉は続ける。


「それに――融通の利く直属戦闘団があるのは、なにかと都合がいい。」

「…都合、と申されますと?」

「乃木のヤツも煩いのだ。最近の言葉でいう『条約主義者』か? ハーグうんたら条約だかなんだか知らぬが、広範囲焼夷弾や対艦炸裂弾の対人使用、対人地雷や焦土戦術に抵抗しおる」


 総軍参謀部の方針に乃木大将の戦争倫理が賛同しない、ということか。

 なるほど、それでは立案もやりにくい。けれども。


「失礼ながら、世間一般の常識的感覚と申し上げます。」

「くだらん、これは戦争だ。敵兵をスコア呼ばわりして何が悪い」


 児玉は溜息をつく。


「まぁよい。そういうわけで総軍参謀部の思うが戦術を直接行使できる戦力が、それも非常に強力な機動打撃力を持った部隊があれば、躊躇なくやれる」

「本官にも……咎を背負えと?」


 ザィン!


 右頬に一筋、熱が走った。


 赤黒く腫れあがる感覚で、ようやく気づく。

 児玉が抜刀術で空を薙いだのだ。


「咎? 貴様は戦争を舐めているのか?」


 キィン、と鞘のままの軍刀を鳴らす。目を見開いた。なんと、彼は刀身など抜いていない――なら玲那は、衝撃波にでも斬られたというのか?

 あるいは、斬られたように錯覚させられたのか?


 まるで魔法のような幻術を見せた児玉は、鋭い瞳で玲那を見据える。


「敵により多く、より広範囲な犠牲を強いなければ、それを躊躇すれば、その代償に払われるのは我々皇國陸軍将兵の血だ」


 けれども、確かにその通りだ。

 戦局に、戦争倫理などと宣っている余裕など微塵もない。


「……いいえ、失礼いたしました。閣下の仰る通りですわ」


 戦時国際法や陸戦規定などといった、人道的価値観が形成される前のこの時代だからこそ、そのアドバンテージを生かさないのは実に愚行であろう。

 それに。


「玲那個人が背負えば……」


 万一、列強にその戦争倫理について非難の矛先を向けられても、個人の将がやった咎とすれば、皇國陸軍、もしくは皇國全体が引っ被る負のイメージを軽減することが出来る。


 崇高な自己犠牲の精神でも、それに酔ってるわけでも到底ない。

 これは戦略的な一個布石だ。


 最悪の場合には――玲那だけが裁かれるだけで、済むというものだ。


「……もしや、万一などを考えているのではなかろうな」


 児玉が、冷徹な声でそう言った。

 また斬られるんじゃないかと無意識のうちに身構えてしまう。


「自惚れるな、青二才」


 少し強く両頬を掴まれ、寄せられる。


「刑台の露となるのは儂だけで十分だ。その汚名(栄誉)だけは、貴様ごときに譲り渡すわけにはいかない」


 彼はそう言って――ドン、と玲那を突き放した。


「……!?」


 呆然とそのまま後ろへ腰をつく玲那へ、児玉は告げる。


「気をつけろ、その分では命を落とすぞ」


 いくばくか険しい顔で彼は踵を返す。

 どこか失望を感じさせる、そんな背中だった。



「貴様とて―――浮かれ過ぎだ」



 ガチャリ、と扉が閉まる。

 玲那だけが残された部屋で、静寂のうちに拳を握り、開き。

 握り、開いて、天井を仰ぐ。


「……はは、学びませんね。玲那ったら」


 いつのまに悲劇のヒロインを気取って気負ってたか。

 奉天で反省したばかりだというのに。この大反攻を耐えれば、次を凌げば戦争が終わると自覚してからは、内心舞い上がっていたわけだ。

 なんとも情けない話である。


(これでは主人公そのものですよ)


 一頻り、自嘲した。


 自戒した。






 ―――――――――






 明治37年11月20日 長春


「戦線構築急げぇっ!」

「塹壕西へあと130km!」

「工期残り3週間だ!間に合わせろぉ!」


 戦場で怒声が飛び交うのはどうやら戦闘中だけではないようで、刻下、皇國陸軍はスコップと重機で地面と格闘中であった。

 そして玲那は何をやっているのかというと。


「安奉線と連浜線はロシア軌1520mmから狭軌1040mmへ改軌、空いたスペースで即座に複線化が妥当かと。」

「し、しかしロシア軌間を使うためにコンテナは――」

「正直、国鉄のロシア軌間対応列車の製造が進んでいません。苗穂工場も大宮工場も狭軌貨車の製造ラインで全力稼働、すでに精一杯です」


 鉄道連隊の本部で、前線将校との意見交換会という名の補給線構築協議に顔を出していた。玲那が携わった北京計画の交通計画書を茶路お嬢様が引っ張り出してきて、満州の鉄道連隊に送りつけたらしい。


 確か操車場を基幹とする集積基地の整備から都市単位の物流網を構築まで、北海道全土に及ぶ開発計画書であったはずだ。それに目を通した鉄道連隊の幹部から即日招聘状が送付され、玲那召喚という次第である。


「今は幸い全線に渡って補給線を整える時間がございます。皇國の汽車をそのまま投入するしかないのならば、幹線区の複線化は必須でしょう」


 眼前に座る例の連隊長へ、机上の補給線図を示す。




________

  敵  陣

====松花江====

     長春

    /

  奉天

 / ┃ ウラジオ

旅順 ┃  |

  新義州 |

    \ |

     漢城

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




 満州最重要の重要な物資引揚港かつ、内地との連絡港として旅順・新義州の2港が最重要の供給地となっており、そこから総軍司令部のある奉天、そして更に奥にある前線への前衛基地である長春に物資集積拠点が置かれている。


「このうち、太線で示されている……新義州-奉天間の安奉線が現在、辛うじて複線化が済んでいる区間ですね」

「ええ、そうです」

「だとすれば残るは……大連港から奉天を抜けて長春を結ぶ連京線は、基幹幹線として絶対に複線化しなくてはなりません」

「そんなに必要なのですか、殿下?」

「ええ。徹底的な弾性防御、優勢火力戦術を行うには大量の弾薬と物資が不可欠です。さらに言えば、撤退戦時には総動員に際するごとく緻密なダイヤ設定と、退却計画が必須となります。それでいて大幹線が単線では、不十分すぎる」


 複線にすることで列車交換という手間を省き、閉塞ごとに一本しか列車が走れないという非効率がすべて解消される。

 一日、場合によってはたった数時間で十幾万という大軍を、渋滞と混乱を来さないよう計画的に撤退させるには、複線による飛躍的に自由かつ強大な輸送力の確保が絶対条件だ。


「更に、見ての通りウラジオストクは要港から遠く離れて孤立してます。先のバルバロッサ作戦における政治的な制圧目標だったからですね。戦術的には、あまりに防衛に不向きな立地です」


 大韓の首府たる漢城からの咸鏡本線が、延々と数百キロを弱々しい単線で接続しているのみで、陸上の補給路が脆弱すぎる。当面、ウラジオストクは海上からの補給に依存することになるだろう。


(なんだ、日本海に面しているし舞鶴や金沢といった内地の要港から直接短絡で補給を受けられるじゃないか、盤石だな…――そう思ったあなた、港はいつも使えると勘違いしていませんか???)


 そう。

 ウラジオストクが敵重砲の射程に入り、ウラジオストクを巡る戦闘が開始されると、当然港湾設備は砲撃の対象となる。

 港湾設備は数日じゃ修復できない。更に言えば、ウラジオストク港が面するピョートル大帝湾も敵重砲の射程に入るため、輸送船は湾内へ進入することも困難になるのだ。


「鉄道は数時間で修復が利きます。鉄道こそが兵站の大黒柱である以上、戦線が鉄道を基幹とする補給線図となるのも無理はございません」


 バルバロッサ作戦が特殊すぎただけで、ふつう戦争は、特にこれからやろうとしている弾薬の大量生産、大量輸送、大量消費という防衛戦をやる上じゃ、鉄道線を舞台に動くこととなる。


「自動車は……使わないと?」

「いいえ? 前線に全力で投入しますよ。軽便軌道の代わりとして、ね」

「代わり??」


 玲那は、戦線を指し示す。


「前衛集積地である長春から、単線にはなるでしょうが、鉄道線を前線の松花江ラインに沿うように建設する必要があります。西部方面、大興安嶺の麓までは京白線、東部方面には京図線の敷設ですね。これらが――前線並行の補給線となります。」


 続けて、その前線並行線の一点一点に指を置く。


「この一つ一つの最前衛集積拠点から、自動車を利用します。」


 前線へのピンポイント配給には、やはり自動車が最適だ。砲撃の危険にさらされる以上、鉄道線では安定的な補給が危ぶまれる。


「なるほど?」

「軽便軌道の代替品としての自動車は実に優秀ですよ。なんとて、直接味方塹壕や砲台陣地に弾薬や物資を届けることが出来るのですから」


 砲撃で破壊する線路もないし、自動車が活躍するのは間違いなくこの場所だろう。


「その他の区間はどうすると?」

「前線三箇所、西から順に吉林、四平街、鄭家屯にコンテナ取扱施設が必要ですね。そこから前線へ沿うように単線で軽便軌道を敷設いたしましょう」

「ほ、他には?」

「先に申し上げた通りウラジオストクが孤立してます。長春からウラジオストクをつなぐ京図・興寧線の敷設が優先度の高い案件ですね」

「こ…、工期は――」

「敵の冬季反攻が始まる1月上旬頃が目標かと」

「っ…わかった。」


 連隊長はその手を戦慄かせながら、玲那へ一礼する。


「忙しい所呼び出してすまなかった。非常に……というか、全面的に、本当に助かった。戦況が一段落ついたら是非奢らせて欲しい」

「いえ、お気になさらず。玲那の経験などたった3年の北方開発のみですから」

「……あれがたった3年のレベルなのか。っ、失礼いたしました、時間が逼迫しているもので。本日は感謝いたし」


 彼の差し出した名刺を受け取り、握手する。

 軍人、ではなくリーマン(月給取り)式の挨拶であるところが、やはりこの連隊が鉄道省直属であることの最たる証左であろう。


 そうして、足早に彼は去っていった。

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― 新着の感想 ―
物語の主役で、主軸を主人公言うのに、主人公じゃなければ物語を書く意味が無いじゃないですか。
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