第80話 解星
先日鉄道連隊により豆満江へ架橋され、大韓の首府たる漢城から元山、清津と日本海側を走り、ウラジオストクまでようやく全通した咸鏡本線。
今や沿海州戦域と満州戦域を結ぶ大動脈となり、皇國陸軍は迅速に兵員装備を両戦域へと展開することが可能になっている。
右手に日本海、左手に白頭山を望んで、列車はひたすらに二本の鉄路を進む。
「物凄い御方にございましたね」
秋山にそう話しかけると、秋山は神妙な面構えで頷く。
「ああ……わかっている」
そのシリアスそうな表情に、玲那も心構える。
きっと、彼も彼なりに感じるものが――。
「いわゆる、『ドS』ってヤツだな?」
「やっぱりあなたズレてますよ」
溜息をついて車窓の外を流れる景色へと目をやる。
相変わらず、日本海は時化ていた。
玲那はゆっくりと、秋山へ向き直る。
「貴方をここに呼んだ理由は別にございます」
「なんだ? 拉致か?」
「あのですねえ……」
特にここは北部朝鮮だからな、不謹慎も程々にしないと刺されますよ。
「弩級戦艦の建艦はあとどのぐらいで?」
「進水は先月始めに終わらせたぞ。年内……12月中旬には艤装も落成するし、これで竣工となるな」
「年内ですね。よし、タイミングは間に合いました」
玲那は、占領したウラジオストク一帯の測量図を机上へ広げる。
「ウラジオストクに、例の弩級戦艦専用の泊地を鋭意整備中です。年内には全成しますので、バルチック艦隊到着までの数ヶ月、ここを拠点にお励みください」
「なるほど、わからん」
8メガバイトしかない秋山は、秒で思考を停止した。
「ですから、整備泊地です。列強諸国のスパイの方々も、まさか皇國最新鋭の兵器が、最前線の街の浦に停泊しているとは思わなくってよ」
「なるほど? 隠匿のためか。」
「ええ。逆に申し上げますと隠匿に必要な設備以外は全くございません」
「は?」
「港湾と給炭給水、兵舎だけです。必要最低限ですよ」
秋山は頭を大回転し始める。
「なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?」
「うるさいですね……」
なんだこの会話。
「ウラジオストクとて最前線です。戦局次第では泊地も使えなくなりますし、最悪は放棄も視野に入れた判断です」
「なるほど? 文字通りの泊まる地ってだけか」
「左様にございます。なにしろ本土の佐世保や長崎、呉さえ、ここふた月で黒装束を纏った異人さんの人気スポットになってしまったようですから」
こんなところで、大英より先の、弩級戦艦の全成を悟られては困る。何が何でも、大英帝国のメンツをへし折るわけにはいかないのだ。
世界最強にして唯一の同盟国の顔に泥を塗るなど、愚行以外のなにものでもない。
「はぇ〜皇國も人気者になってきたなぁ」
「もしくは恐怖の対象にございましょう」
バルバロッサ作戦は良くも悪くも、世界に与えたインパクトが巨大すぎた。気がつけば黄禍論で全ヨーロッパが敵に回っているなんていう状況もおかしくない。
「適度に蹂躙しつつも、適度に警戒を買わない。そのためには、英国より早い弩級戦艦の就役など、絶対にバレてはいけない事です」
「………」
秋山は俯いて黙りこくる。
「……くかぁぁぁ」
「寝るなあ!」
駄目だ、CPUがダウンしてしまった。
仕方ないので席を立って玲那はデッキに赴く。ちなみに列車酔いだ。
・・・・・・
・・・・
・・
「――であり、諸君らの奮戦は永久に後世の戦史へと語り継がれるだろう」
秋山をドックに送り届けたのち、玲那はその足で、ウラジオストクに留まる戦闘団本部へと向かった。
「本次作戦において、『魁星』は疑いようのない輝かしき勝利を収めた。戦術的に、我々は完膚なきまでに露軍を叩き潰したのだ」
凱旋の演説、ここまでならそんな風に聞こえても来るだろう。
「しかし」
連隊長である閑院宮が言葉を切る。
「皇國は――…勝ち切ることが、出来なかった」
連隊へ一気に、悔恨の類の緊張が走る。
果たして、戦争を終結させる一撃には成り得なかったのだ。
簡単に勝利を掴ませてはくれないってか。
グダグダ不毛に血の塗り合い、実に火葬戦記らしい。
「これから、一層戦火は激しさを増す。恐怖と、流血と、憎悪が連鎖し続ける。あるいは――その波及し続ける狂気が他国までもを呑み込み、世界が地獄への第一歩を踏み出すやもしれぬ」
閑院宮は、確固たる意思を含んだ瞳で、
「我らは先んじて、血塗れの道を歩み出してしまったのだ」
息を吸い込み。
「――だからこそ、止まるわけにはいかない」
そこで断たず、
「振りかぶった賽は、最後まで投げきるしかなかろう。バルバロッサ作戦は、大きな大きなはじめの一歩に過ぎなかったのだ」
もう一言。
「我々は土塁代わりの死屍を越え。鉄臭い焼け野原を、灰の舞う硝煙の中を、這い回る塹壕の海を――…戦争の終わるその日まで、進み続ける」
そうして、軍刀を突き鳴らす。
「これから、全満州が火の海と化す。泥と灰に揉まれて、我らは踊り明かすだろう。そうして全てが終わったあと、延々と残される焦土の果てに翻る旗が――皇旗でさえあればよい」
この満州平原にせせらぐ清川も、小鳥のさえずりも、和やかな緑も、そこに暮らす人々の営みさえも。
全てが灰色の死地に沈むのだ。
「故に」
閑院宮はガチャリと軍刀へ手を置き。
「皇國は貴官らへ――……永久の奮戦を期待する」
連隊に戦慄が走る。
「「「「ハッ!!!」」」」
玲那は気づかれない程度に溜息をついた。きっとこれから、誰もが初めて「総力戦」という狂った戦場を、身をもって知るのだろう。
だからもう、英雄譚のような茶番劇は終わりなのだ。
ここからが本番だ。
そう心に刻んで、闕杖官である玲那は壇上に登る。
「以上を解散並びに再編の辞として……、現刻を以て、独立第26連隊『魁星』は解散。各個部隊へと再編する」
緊張が連隊に張り詰めた。
『魁星』の解散。考えてみればまぁ妥当な話だ。
バルバロッサ作戦の終了と、戦局の変化。
我々に降りかかるのは人海戦術の冬季反攻であり、連隊規模の突破力の塊は防衛戦において活躍しにくいだろう。
広大な戦域に渡る大規模攻勢を迎え撃つには、分散して迎撃、各個分断、撃滅と撤退を繰り返すのが適解だ。
「事前通達のとおりに迅速に移動せよ。再編される第26歩兵連隊に属することとなる者は直ちに北鎮へ合流。残りは本官の指揮のもと、満州平原へ帰還する」
ウラジオストクにおいて解散した独立第26連隊は、大半が第26歩兵連隊に再編され、北鎮の指揮下に戻る。例外は禁闕大隊と一部の機動野戦砲だけだ。玲那は彼らを引き連れて、次の主戦場・満州平原へと向かわなくてはならない。
(しかし、これにて禁闕部隊は解散ですか……寂しいですね)
厳密にはこのいまいましい杖――菊花章相当の陸軍徽章によって、玲那は「永世闕杖官」であり、禁闕部隊が法的になくなるわけではない。ただ空集合になるだけだ。だがやはり北方戦役から北京降下を経てここまで苦楽を共にした「禁闕」の名が見えなくなるのは寂しくはある。
「……さて。再編後の総軍戦力はこんなものですか」
ペラリと通達書をめくる。
__________
満州総軍
◎中央即応集団
◎第3軍
・東京鎮台
・広島鎮台
・北海鎮台
・第九師団
・第十二師団
◎第4軍
・熊本鎮台
・名古屋鎮台
・第八師団
・第十師団
・第十三師団
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目にとまるのは、隷下部隊の一番上に記された、ひときわ目立つ部隊。
まぁそんなのはどうでもいい、輝かしそうなのは似合わないしな。
「さて、と。玲那に下った辞令は……」
"陸軍中佐昇進 / 中央即応集団 総長"
「は?」
なるほど、わからん。
「中央……即応集団??」
余りに淡々とした一文で告げられた、衝撃の昇進先。
とてもじゃないが、安全そうではなさそうだ。
「お待ちください、一体どういう部隊で」
読み進めていくと、どうやら戦線全域、場合によっては満州総軍の戦域さえもを出て、戦争最前線を動き回って戦局全体を突き動かす、遊撃集団であるとのことだ。
「えぇ」
つまり、柔軟な機動防御のための部隊か。求められる役割は『魁星』よりもずっと幅広いだろう。よくもそんな大役を玲那なんかに押し付ける気になったものだ。
どの軍集団からも独立した、満州総軍直属の部隊。『魁星』をふたまわりほど小さいながら、困難な地点をはしごして助力する戦闘団といったところだろうか。
「戦略的機動を期待するなら…、然るべき戦力は付随してるのでしょうね?」
これで大隊以下の戦力だったら奉天に直接殴り込んでやろうと思いつつ、次へと一枚めくる。
__________
「陸軍編成令第500号」
定員(下士官兵卒+将校)
中央即応集団(1390+70)
└【司令部】- 指揮本部(10+3)
| └直衛中隊 迫撃砲24門(49+1)
| └工兵中隊 排土車/運土車4両(45+1)
| └偵察中隊 自転車20両(30+1)
| └<第一空挺団>
| ◎4個空挺小隊(120+5)
└<第501機甲大隊>
| ◎3個機甲中隊 - 装甲車100輌(384+17)
└<第502歩兵大隊>
| ◎3個歩兵中隊 - 輸送車36輌(538+22)
└機動砲兵隊 機動砲24門(192+20)
| └<第503砲兵大隊>
| └<第504砲兵大隊>
└直掩航空隊 爆撃船8隻(24)
__________
「見なかったことにしましょう」
閉じた。
まさか、まさか。
流石に見間違えだろう、そう自分に言い聞かせつつ、もう一度辞令を開く。
「嘘でしょう??」
どういうことだ、定員およそ1400名だと?
歩兵大隊2個分の戦力を、玲那に?
それだけじゃない。
「機甲大隊に、自動車化歩兵、砲兵部隊まで!?」
こりゃ完全にイカれた戦闘団だ。
さらに続く衝撃に、もはや愕然としつつ読み上げる。
「直衛の迫撃砲隊、直掩航空隊、第一空挺団……」
航空戦力、あまつさえ空挺部隊まで付けてきた。
ここまでの貫通力を持った鉄槌、動き次第では満州戦域どころか本戦争の趨勢さえひっくり返しうる威力だ。玲那に何を期待しているというのだ。
「総軍司令部、玲那のところを特殊部隊の掃き溜めとでも勘違いしているのではなくって……??」
望めば火炎放射器までもを手配してくれるそうだ。ここまで来るとゲームバランス崩壊しちゃうだろ、絶対こんなのやっちゃ駄目だ。
古くは迫撃砲隊から、空挺団、航空隊、火炎放射、そして装甲、機械化部隊。
「これでは……、もはや玲那の履歴書ではございませんか」
脳死で全部ぶっこんだようなそれに、さすがの玲那もドン引きした。
とんでもないことをしやがる総軍司令部だ。
愕然としながら、通達書の末尾に記された一文へと目をうつす。
『同集団の召集は奉天の総軍司令部とする。疾く来たれ。発・総軍参謀長 児玉、宛・有栖川宮中佐殿下』
「児玉源太郎あの男はぁぁぁ―――!!!」
結局玲那は、奉天に殴り込むことを決めた。




