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悪役皇女は銃を取る -帝國黙示録-  作者: 占冠 愁
第十三章 嵐の前の閑けさ
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第78話 児玉源太郎

「どうして、戦争が終わらない!?」


 満州総軍、奉天に設営された総司令部にて大山巌は頭を抱える。


「信じたくはありませんが、考えうる限り……」

「みなまで言うな、参謀長……!」


 そう制された児玉源太郎は黙り込む。


「この時点で敵が戦争を続けるという意味はただひとつ。これから反撃に出て、なお勝つ自信がある、そういうことだろう」


 ダンッ!


 大山は拳をバルコニーの手すりに打ち付ける。


「どうして勝てる自信を持てるのだッ?!」


 震える手を開いて、閉じて。

 この奉天から200km先の最前線を見据えて、睨めつける。


「こちらの戦死は1000に満たず、対する向こうは8000だぞ…?この時点で継戦意欲を挫けてなんらおかしくはない、だというのに……まだやる気か!?」


 その姿に、声をかけるのを少し躊躇って。それでも児玉は口を開いた。


露西亜(ロシア)は、人が畑から取れると聞きます」

「連中は、肉弾戦をするつもりと?」

「ええ。お得意の人海戦術で、人的資源に乏しい皇國を潰しに掛かる算段かと」


 どこまでも続く曇天と冷たい風に、大山は拳を握りしめる。


「その算段がおかしいと言っているのだ…! 現在の死傷比でさえ一対十、今度は向こうが攻撃側に回るのだから更に損害を積むことも考慮に入れれば、反攻する気など到底――」

()()()


 11月、中央満州。

 大陸特有の塵風に、渇いた雪がちらつき始める頃だった。


「総司令。これは総力戦なのです。連中にとってはまずもって、勝利が全て。その過程で被る損耗がどんな規模であろうと、勝利を手にするまでは、国家が血を以て補う。そういう戦争です」

「損害を度外視して勝利のみを追い、大量の出血を強いると?」


 静かに児玉は頷いた。


「本末転倒ではないかっ!」


 声を震わせて、大山は児玉へ向き直る。


「富への手段としての勝利ではなく、勝利の富を以てしても補えないような血を流して勝利そのものを求めるなど……目的を犠牲にして、手段を掴む馬鹿がどこにいるというのだ!!」

「ここより北へ200km先におりますよ。我らに銃口を突きつけて」


 ばっ、と大山は振り返って、視線を再び平原の先へと向ける。


「ふざけている。戦争は外交の手段に過ぎないのだぞ……!」


 拳を震わせて彼は奥歯を噛みしめる。

 児玉はふと静かに彼の左隣に並び――、


 ざッ!


 まるで軍刀のように手を抜いて、大山の首へとひたりとあてがった。


「ッ!?」


 咄嗟に大山は左足を一歩退げたものの、鍛錬の賜物か、彼の脳は勝手に児玉の抜刀の軌道を描いて、(くび)を斬られたように錯覚した。

 指をあてがわれただけなのに、激痛の幻覚が大山の脳髄を走る。みるみるうちに赤い痣が浮かび上がった。


「児玉……貴様、なにを…っ!」


 児玉は全く悪びれる素振りもなく、淡々と語る。


「そんな狂信者どもが、我らを撃たんと憎悪を以て銃を取る。なれば迎え撃たねばなりません。咄嗟に刀を抜こうとした、閣下のように」


 指圧を緩めたかと思えば、失礼しますと言い残して、彼は去っていった。

 大山はその姿を呆然と見送りながら、いまだ、児玉の手を受けたときの強い痺れを残す手を、開いて、閉じて。


「――…狂っている。」


 児玉に、ロシア軍に。

 そしてこの戦争に、大山は呟いた。




 ―――――――――




(え、ななな、なんですかこの状況は!?)


 児玉の突然の横薙。大山が刀を抜こうとするも、ひたりと首筋へ指を添えられる。

 まるで決別のように児玉はなにか一言残し、咄嗟に柱の陰へと隠れた玲那のほうへと歩みだす。


(待って、え、これ、玲那が盗み見てる構図になってしまうのでは)


 少佐とは言え、所詮は少佐。中将閣下にしてみれば塵のようなもの。殺されかねない、と直感した。


(まっ、ず、逃げないと――!)


 瞬間。


 ザッ、――…。


 鼻先に鞘の切先が突きつけられた。


 ほぼほぼ恐怖で硬直する。


「――? あぁ、姫殿下か。あのときの」


 突如眼前に、軍刀を突きつけて出現した児玉源太郎は、そう呟く。


「ならば無用に血で染めることもあるまい」


 剣にはいくぶんか、それも最前線で覚えがあったはずだが。

 それでも一切反応できなかった。


「はは……小官ごときを覚えて頂き、光栄であります……」


 詫びるのも忘れて、ただただそう声を震わすしか玲那には出来なかった。いちおうは皇族に対する礼か、剣先を下げて軍帽をすこし上げたが、その鋭い瞳は「皇族軍人(おかざり)」に対する不信感を隠していない。

 玲那が右脇に挟んだ資料に視線を移し、児玉は問う。


「それは?」

「ぁ、はっ。次期作戦具申の資料であります」

「作戦具申? あぁ、そういえばそのような予定も入っていたか」


 そう。

 そのために、この奉天の総軍司令部へと降り立ったのであった。


一六〇〇(ヒトロクマルマル)に総軍参謀部第一会議室へ来い。大山と乃木と儂で待つ」


 児玉はそう言い残し、さっさと建物の中へと消えてしまった。

 呆然と、まるで嵐が去ったあとであるかのように、しばらく立ち尽くした。


「随分と災難だったな」


 肩を叩かれて振り返ると、秋山がそこに立っていた。


「少将閣下、貴方どちらにいらしていたのですか、気づいたら玲那一人であんなことになってたのですけれど」

「ふむ。皇女殿下は、最前線での経験は豊富だが……将校としての経験は乏しいとお見受けする」


 秋山は髭をつまみつつ笑う。


「将校……それも高級士官ともなると、ああいう感じの立ち会いも全く無いわけじゃない。いや、珍しいほうではあるけどな」


 冷たい風が吹く。


「それを何十と経験して来ると自然に勘とか退避能力とかがついてくるわけだ。それを身につけて、初めていっちょ前の士官ってわけだ」

「そんな裏事情知りたくなかったです」

「それより。16:00ってあとどのくらいだ?」


 ばっと腕時計を見ると、時針は15:47を示していて。


「すぐではありませんか!!」


 大慌てで第一会議室とやらに駆け出した。

 戦地とは騒がしいものである。




・・・・・・

・・・・

・・




「ごめんくださいませ」


 1600、秒針が0に回った瞬間に扉を叩く。

 陸軍は時間厳守が原則。前後することは一分たりとて許されない。


「入れ」

「はっ!」


 ドアノブを回して入室する。


 奉天城の総軍参謀部第一会議室。

 あの日、ロシア軍が死にものぐるいで脱出した部屋は、意外にも質素に片付けられて総軍参謀部に使用されていた。


「第26連隊『魁星』、闕杖官の有栖川宮少佐であります」


 会議室に見えるは、大山巌総軍司令に、児玉源太郎参謀長と以下総軍参謀部の将校がた。第3軍司令の乃木希典はいらっしゃるが4軍司令の野津大将は欠席か。


「後ろに控える士官は誰だ?」

「は。連隊長たる閑院宮親王殿下、と――」


 玲那は思い切りもうひとりの肩を引き寄せて、掴んで揺さぶる。


「秋山少将、どうして来ちゃうのですか? ねぇ?」

「いや面白そうだったし」

「なんでそういうことしちゃうかな。参謀長に斬りしばかれるのは玲那なのですよ?」


 そう言う玲那を右手で制して秋山は一歩前に出る。


「秋山真之海軍少将であります」

「どうして海軍の人間がここにいる?」

「まぁいーじゃないですか、陸さん観光兼視察ですよ」


 カァン!


 児玉参謀長が、軍刀を柄ごと地面に打ち付ける。


「海軍の人間とて容赦はせん、ふざけているのならここで斬る」

「お硬いですなぁ児玉中将。戦の前の閑けさをもう少し楽しみません?」

「知らんな」


 秋山は、はぁ、と肩を竦めて首を振る。


「海軍からは台南航空隊を供出するんです。小官も立ち会う義務があります故」

「最初からそう言え。軍人らしくもない。」


 ふん、と軍刀を腰に戻す児玉。

 そこに、少し遠慮がちな声が通る。


「あの、そろそろいいか」

「っ。申し訳ありません総軍司令」


 ビクリと反射的に玲那は向かい直った。

 呼ばれておいて突然レスバを始めるなど前代未聞、失礼にも程がある。


(秋山ェ……!)


 少し恨みがましい視線を彼に向けつつ、大慌てで機材と地図を設営し、資料を彼らの手元へと丁重に配った。


 ばっ、と正面机上に戦図を広げる。


「現在、前線は安定しております」


 玲那は机上図の北満州方面をぐるりと指し示した。


「独立第26連隊はウラジオストクに駐屯。以北をシベリア鉄道沿いにハンカ湖南畔まで、そこから西部に鶏西、牡丹江と陣地を展開、老爺嶺を挟んで北側ハルビンのロシア軍と対峙します」


 ハンカ湖畔から⑤印の牡丹江まで、東西を貫く谷状盆地に走る戦線が、全体の東半分。山嶺を境に、南北で両軍が睨み合う。





 ロシア軍総司令部

 ◎ = ハルビン

 ____________

 大▲▲::::▲▲▲:▲

 興▲▲:◎:▲▲:湖:▲

 安▲:::▲::▲::▲

 嶺▲::::⑤▲▲:⑥

 ▲::④:▲▲▲▲

 ::::▲長▲▲  日

 ::③▲▲白▲   本

  :▲▲:▲▲▲  海

 ②:  :①▲▲▲

       大 韓

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 皇國陸軍 拠点

 ①平壌 ②旅順/大連

 ③奉天 ④長春

 ⑤牡丹江 ⑥ウラジオストク





 更に西へ伸びる前線は、牡丹江から松花江を西へと下って満州平原へと出る。

 ここから戦線は松花江という河に沿って、吉林市街を横断したのち長春の北側を抜け、大興安嶺の麓に至る。


「吉林から大興安嶺の麓までを、川沿いに南東から北西へ満州平原ぶった切るこの戦線全体の西半分が、『松花江ライン』と呼ばれる長大な防衛線です」

「河川防衛陣か、よく張ったな」

「張ったのは乃木大将ですけれどね。流石は名称と謳われる御方にございます」


 ここから矢印を南側に大きく書き込んでいく。


「ロシア軍はウラジオストクへの進路の確保のため、まずは東満州方面への突破口をこじ開けにかかるでしょう……この河幅数kmにも及ぶ松花江ラインが、今回最初の激戦地になります」


 ロシア軍の物量人海攻勢。

 これを冬季通じて凌ぐには流石の松花江ラインとて不十分だ。


「最初はここで持ちこたえます。ですが、皇國陸軍も昼夜関係なく砲撃と突撃を受け続ければ疲弊する。――1ヶ月が限度でしょう。10km後ろの塹壕線に引き下げます。」

「殿下、お待ちを。1ヶ月程度で河川防衛が不能となるほど皇軍はヤワではありません。精々防衛陣地が1つ落ちるか否かでは?」

「白兵戦で頑強に抵抗すれば2ヶ月半は持つ。短く見積もりすぎだ」


 大山総軍司令が疑問を呈し、児玉参謀長が瞑目しつつそう述べた。

 されど、首を横に振る。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 カタリ、と徽章が鳴った。


「防衛陣地が一つ落ちれば、人的資源と物量にモノを言わせて後方へ一気浸透されるでしょう。白兵戦は無際限に拡大し、血で血を洗う不毛な人的資源の削り合いとなる。ロシア帝国と人的資源の持久戦をするのは、なんとしても避けねばならない」

「白兵戦は兵士の精神衛生上もよろしくないしな」


 秋山がそう付け加える。


「ええ。戦争は、安全地帯から敵を一方的に撃ち抜いたほうが勝者に決まってございます。これまでの一対十というキルレートを覆すつもりはございません――人的物量攻勢には、砲弾をぶつけることこそ最適解」


 地図に次々と塹壕線を描き込んでいく。

 長春までに5防衛ライン、さらにそこから四平街、奉天までに10の塹壕防衛線を引いていく。遼河とその支流を河川防衛陣、所々に生える高地を砲兵陣地として幾つも織り交ぜ、500kmの前進に最大限の出血を強いる。


「この徹頭徹尾戦術立案に基づいた撤退を敢行するためには、人員、兵器を可能な限り温存し、完全な計画的後退を演じ切らねばならない。総員死守は論外にございます」

「なるほど?」

「したがって、防衛陣地の一翼でも陥落する直前には撤退を開始していなければならない。自分の持ち場にいかに余裕が残っていようと、一部の防衛が他陣から動員しても絶望的となれば、全前線で撤退に移行しなければならないのです」



「随分と――皇國陸軍も腑抜けたものだな」



 柄を軽く滑らせて、児玉参謀長が呟いた。

 俯いて手を震わせる。


「先鋒陣地が擦過傷一つでも受ければ、戦線一つを丸ごと放棄して退くのみならず、それを『計画的撤退』と称して是とする。この意味をわかっているのか?」


 わかっている。


「兵士の間に"退いても次がある"、"軽く手放しても余裕がある"、"安全圏から一方的に殴るのだけが戦争だ"、そういう弛緩した雰囲気が蔓延る」


 戊辰戦争、台湾出兵、西南戦争。

 なるほど皇國――いや、まだ"帝国陸軍"だったころか――は最前線にて地獄のような白兵戦と限りなき味方の死屍を積み上げ、それを踏み越えて血みどろの勝利を掴み取ってきた。致命傷を負って、なお抗うことを軍人の模範としてきた。


「結果、『死物狂いで固執する』という軍人の本質を忘れ去る。白兵戦を避ける、逃げる、退く、軽薄に手放す、そしてさらに退く」


 玲那自身、北方戦役から北京降下作戦を経て裂号まで、幾度も最前線で敵に肉薄して斬り合って、泥を、血を引っ被ってここまできた。


「そんな連中が、最終防衛ラインに追い詰められた瞬間ここぞとばかりに奮戦しだすとでも思っているのか?」


 だから、身にしみて理解できる。


「さぁ――本土すら平然と捨てる常敗軍隊の完成だ」


 "帝国軍人"の血を色濃く受け継ぐ者こそ、この戦術とは相容れないことなどわかっているのだ。


「優勢火力ドクトリン、『消耗抑制』」


 されど、超大国を相手取った崖っ淵の博打には、これしか無い。


「少資源、少人口、矮小国力の皇國は云十万という大軍団を用意することは出来ません。必然、高性能の武器を携えた高練度の部隊を、高水準の兵站管理と指揮統制と戦闘体系を以て高度に運用することで、列国との数的劣勢を埋めねばならない」


 皇國に人海戦術など不可能だということは、かの大戦が嫌というほど示している。


「高等武装と個人技の組み合わせで難を凌ぐという戦い方には、総員尽き果てるまで戦って華と散るといった戦法では消耗が大きすぎます。組み合わせの相性は、これ以上無いと言っていいほど最悪です」


 カンッ――…。


 首筋に冷たい感触が走る。


「大元帥陛下の示された軍人精神を、"最悪"?」


 小刀を、その刀身を、文字通り喉元に当てられていた。

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