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悪役皇女は銃を取る -帝國黙示録-  作者: 占冠 愁
第十三章 嵐の前の閑けさ
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第75話 青森桟橋

明治37(1904)年10月1日 ウラジオストク


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――…


 発動機特有の鈍重な音を轟かせ、隊列を成して中央通りを進むは機神百数輌。

 欧風の大都を堂々と行く軍列の、先鋒の車上には、十六条旭紋の軍旗と皇國日章旗が翻っていた。


 陸軍分列行進曲、俗に言う軍歌『抜刀隊』が勇ましく市街に響き渡るのに合わせて、装甲車が過ぎ去った後に続く歩兵隊。

 欧州世界の剣とは風貌からして明らかに違う日本刀を携え、その軍靴を石畳のガス燈通りに響かせる。


「な…なんなんだ、奴らは……。」

「あの風貌は、明らかに東洋人だぞ…」

「あの鉄の塊は一体、魔物か…!?」

「じょ、冗談じゃない!祖国は蛮国に敗れたのか!?」


 市民たちは、平穏に突如訪れた戦火を、そしてあまりに早すぎる陥落、予想どころか見たことすらもない異民族の軍隊の蹂躙を、散見される焼け跡と瓦礫の光景の中で呆然と見送るしかない。


 2年前に完成したばかりの、この都で一番の高さを誇るポクロフスキー大聖堂は、砲弾の直撃により半分が大きく崩れ落ち、ガラスが吹き飛んで壁はひび割れたまま自慢の尖塔が傾き、無残な姿を晒している。


 全市のどこからでも見れるその傾いた尖塔の先鋒には、今や日章旗が翻る。

 それは、帝国沿海州の首都たるこのウラジオストクの市民に、偉大なる祖国ロシアの敗北という事実を強烈に焼き付けているようだった。


 それは、世界中から集結した観戦武官たちやジャーナリストたちにも同じ印象を与えていた。彼らは戦慄しながら異人種の軍隊の行進に目を釘付けにする。


「なんだ、あの自走する鉄の怪物は…!」

「ロシアが…超大国ロシアが、極東の小国に、負けた?」

「連中、まだ関税自主権すら持っていない非文明国だぞ!」

「これが、東洋人の兵だ、ぁ…?」

「理解が…到底追いつかない…!」


 ペンを持つ手さえ動かせず。

 彼らは愕然と、戦火の過ぎた極東欧州の街に佇んでいた。






「臨時号外、臨時号外ッ!東京大本営、午後六時発表!」


 帝都の銀座十字街には新聞が飛ぶ。

 ざわめきは群衆を呼び寄せ、呑み込み、更に大きくなる。


「皇國陸軍部隊は先17日夕刻、ウラジオストクを陥落せしめたり。皇國陸軍部隊は先17日夕刻、ウラジオストクを陥落せしめたり!」


 号外が飛び交い人の波に流されるにつれ、歓声が強く響き拡がってゆく。


「わが陸軍が、超大国ロシアの極東の首都を制圧!?」

「信じられねぇ…、本気かよ……。」

「ぎ、欺瞞情報じゃねぇだろうな?政府のプロパガンダとか」

「んなわけあるか、写真付きだぞ……!」


 その第一面には、これでもかというくらいにでかでかと、斯く記される。


 " 敵 東 都 陥 落 "






「……最悪の一報だな。」

「ええ、全く。」


 満州軍総司令官のクロパトキンはうなだれる。


「敵は、文明世界ですらない東洋人だ。その成敗に、我々は何を以て挑んだ? 極東兵力を最大動員、24万のコサック、騎兵機動戦法、民族伝統のドクトリン。我々は持てる総力を用いて、列強を相手にするがごとく掛かったのだ」


 カリカリと頭を掻きむしってから、拳を強く握りしめる。


「当然、数週間程度で後進的な敵軍を分断、殲滅。予定なら今頃は、敵の本土に上陸作戦を掛けていてもおかしくない時期だ……なのに!」


 彼はダァン、と机に勢いよく拳を突きおろした。


「どうして刻下、我々はハルビンにいるッ!!」


 ギリギリと爪噛む勢いで彼は南方を睨めつける。


「戦線の全域で我が軍は潰走。敵軍の損害はどれだけ多く見積もろうと1000を超えず、対して我軍は死傷投降不明合わせて10万、参加戦力の半数を喪失――。

 極めつけは、ウラジオストク失陥…ッ!」


 戦争計画は破綻し、前線は全域に渡って破却的に後退。


 モンゴルまで敗走した右翼の残存5万は、清朝当局に国外退去を命じられ、清軍にすら対抗できないほど弱体化していた彼らは、止む無く西シベリアへ撤兵。

 戦線右翼消滅。


 左翼のほうは残存2万が長白山脈へ敗走し、2,000m級の険しい高山帯で訪れた厳寒と補給線の完全分断の中で絶望的な防衛を強いられた末に、今月には連絡を途絶。行方不明扱いだが、生存は望めないだろう。

 戦線左翼餓死。


 突破された沿海州はほぼ無血で制圧され、今やロシア軍は大興安嶺から東清鉄道沿いにハルビン、ハンカ湖を経てアムール川に至るラインを細々と維持出来るのが限界となり、今に至る。




裂一号作戦・匿称(コード)『バルバロッサ1904』

 明治37年7月7日 ~ 明治37年9月28日


皇國陸軍

参加兵力 18万

 ・戦死 876

 ・病傷 2214

 残存 17万5000


ロシア満州軍

参加兵力 24万

 ・戦死 8000

 ・病傷 4万2000

 ・投降 6万3000

 ・撤兵 5万1000

 ・不明 1万5000

 残存 6万1000




「本土すら戦火に呑まれた。シベリア鉄道はあの忌々しい飛行器械による連日の爆撃で、復旧が一向に進まず補給線として機能していない……かつて24万を誇ったロシア満州軍は、今や動かせるのはたったの6万だぞ!!」


 片腕だったカウリパウスは奉天で皇國の装甲戦闘団を前に、一矢報いることすらできずに戦死。ここハルビンにもあと一歩のところまで皇國陸軍の機械化部隊が迫った。


 だが、所謂『キエフかモスクワか』問題――無論彼らは知る由もないが――により、皇國陸軍の北満州方面への攻勢は長春にて停止。それによって敗残兵と貴重な貴重な将校団は、首の皮一枚で助かった次第である。


 中央アジアから新たに派遣されてきたグリッペンベルク大将を前に、彼は唸る。


「蛮族討伐で一個方面軍を文字通り全滅させたのだ、間違いなく私の首は飛ぶ。…上は、貴様を後釜に据えるつもりなのだろうな。」

「……」


 グリッペンベルクは沈黙で返す。


「こんな形で前線から退くなど、軍人最大の屈辱ッ…!」


 彼は拳を握りしめて、満州軍総司令の椅子から立ち上がる。

 彼は悔しさを紛らわせるように懐の煙草箱に手を伸ばしつつ、部屋を退出しようと歩き出した。


「………」


 グリッペンベルクの無言の見送りの中、ドアノブに手を掛けて扉を開ける。


 だが、そこで一旦、彼は足を止めた。

 扉を開けたまま、グリッペンベルクには振り返らずに。


「眼前のハルビン、無防備な司令部、経験豊富な上級将校団。どうして敵軍はこのすべてを捕らえることが可能だったにも関わらず、このハルビンへ追撃を敢行しなかったと思う?」


 さあ、とグリッペンベルクは息をつく。


「仔細にはこだわらぬ……敵なれば、蹴散らすのみ」


 中央アジアで”蛮族征伐”を幾度も指揮してきた大将、グリッペンベルク。

 思った通りのその返答に舌打ちして、クロパトキンは最後に言い残す。


「一つ忠告をくれてやろう。今までの文明観だけは、間違っても戦場に持ち込むな。さもなくば私の二の舞になるぞ」


 彼は言い含めるように呟いた、


「奴らは蛮族などではなく――悪魔だ」




・・・・・・

・・・・

・・




 場所は戻って日の丸翻るウラジオストク市街。

 栄光のひとときを垂れ流すパレードが進む中央通りとは真反対、特に目立つことのない脇道の裏路地で、玲那は粛々と工具を弄んでいた。


「姿見ないと思ったらこんなとこにいたんですか」


 声をかけられて振り向くと、瓦礫を押し退けつつこちらを見下ろす、別海の姿があった。


「よくお見つけに。電波でもついてらっしゃるのですか」

「なわけないでしょう」

「なら熱源探知ですか」

「それも違います」


 はぁと溜息をつく彼女を横に、電磁石に目を戻して手を動かす。


「何をされてるのですか」

「新兵器の構想ですよ」

「戦場でも兵器開発するんです?」

「開発というほどのものではございませんよ」


 大して意味もない言葉を交わして没頭。時間は十分にある。

 連隊は後続の第九師団に占領軍政と警備の役割を譲り、次の指令があるまではウラジオストクにおいての待機を命じられているのだ。


「しかし、実に素晴らしい休暇です。初の陸戦条約下、海外の監視の目もあって異様に憲兵隊が気を尖らせていますし、治安もよろしくってよ」

「これでも戦時ですよ?」


 冗談めかして別海が言うから、玲那は首を振った。


「沿海州を大損害を出して喪失したロシアは極東から出せる戦力が枯渇した。ならあと戦場になるのは机上だけ。外交交渉が纏まって終戦に至るまでの束の間に、玲那たち軍人の出番はない――そう大本営は仰っていてよ」

「は。闕杖官ほどの御方が、中央を信じると?」

「まさか」


 少し笑ってこう返す。


「けれど。枢密院の予想も完全な的外れというわけにもございません。社会不安も相当なのに、主要戦力をウラル以西から連日の爆撃で分断されたシベリア鉄道を通して、そもそも脆弱な補給網の中、この冬季に一気輸送するのは現実的ではございません。バルチック艦隊に至っては目指すはずのウラジオストク軍港が占領されてございます、引き返す他ありません」

「確かに、言われればそうですね」


 ウラジオストク占領。

 バルチック艦隊の目的地を先抑えして追い返し、かつその本土を占領することで、史実賠償金を払わない言い訳となった「ロシア未敗論」の行使を徹底的に封じる。


「終戦は、現実的な段階にまで入ってきてるってことですか?」

「なあに。元を申せば、この作戦の発案者は玲那ですよ」

「っ……、本当ですか」

「ええ」

「そんな気はしてましたけど……、面と認められますと…。」


 少し衝撃を受ける別海に、はにかんで言葉を継ぐ。


「生半可に発案して、計画して、この大地に持ち込んだわけにはございません。

 最初から、『戦争を終わらせるための一撃』()()()()()()()のです」





・・・・・・

・・・・

・・




明治37(1904)年10月末


 世界に衝撃が共有されてからひと月。

 皇國の戦時国債は飛ぶように売れ、戦費が次から次へと補填されていくようになった。ロシア軍は戦力の立て直しに全力を注ぎ、皇國陸軍は防衛戦の整備に総力を挙げている。前線は散発的な戦闘しか発生せず、実に落ち着いた状態である。


「もうすぐだな」


 閑院宮が隣に並ぶ。


「実に半年ぶりの内地。生きて帰れたって、実感いたしますね」

「……薄ら寒いことを言うな、戦争はまだ続いているんだぞ」


 そう言われてみればその通りだ。

 ここ最近死亡フラグを立てるプロかもしれない。


「然し、確かに……内地なのだな」


 閑院宮が視線を上げた向こうに、青森桟橋が見える。軍用のウラジオストク=青森航路を辿り、玲那たちを乗せた連絡船はもう間もなく本土へと着岸するのだ。


 左手に夏泊半島、正面に青森市街を捉えながら船は減速し始める。

 汽笛一声、その後に静かな衝撃が訪れて、機関音が停止した。


 数分待機したあと、下船ゲートが開き、次々と軍人が桟橋へと降りていく。


「お待ちください。そうだ……ここから21時間掛けて帝都ですか。なぜ新幹線がないのですか……」


 無理難題を呟きつつ玲那は閑院宮と青森駅へ足を向けたのだ。


「親王殿下、もう少しどうにかならないものですかね」

「なにがだ」

「鉄道国有化まで済んだのに帝都 - 青森の所要時間21時間にございますよ? ちょっとおかしいくてよ……どうにか10時間台前半に持ってくこと出来ないのでしょうか」

「いや、流石に15時間以内は夢物語すぎるだろう。想像もつかん」

「ですよねぇ、、それこそ電化でもしない限りは」


 暫く言葉を交わすうちに桟橋を抜け、駅舎に入り、改札で軍章を提示して、プラットホームに立っていた。


「ええっと……『15:00 始発 802号急行 上野行』、、ッ!あと2分で発車ではございませんか、急がないと!」

「あー…本当だな」


 ホーム端で蒸気を吹かす汽車からこちらに連なって伸びる客車、その最後尾にどうにか滑り込むとともに、駅員が駆けつけてきてドアを閉めた。

 ゆっくりと列車はホームを離れ、静かに加速していく。


「座席は……ああ、二等車にございますか」

「三等車でないだけマシだろう。戦時に贅沢を望むなかれ」

「せめて寝台くらいは割り当ててもらえなかったのですか」


 閑院宮はため息を一つ、首を振る。どうやら玲那たちの扱いは、皇族なのに相変わらずらしい。


「予はしばらくデッキで吹かしておる。玲那くんは、ゆっくり作戦の疲れを癒やすといい」


 そう言うと、玲那を残して彼は去っていった。




・・・・・・

・・・・

・・




『長らくのご乗車お疲れ様でした。間もなく列車は上野に到着致します。到着は13番線です。落とし物お忘れ物、特に軍人さんはくれぐれもなさらないよう――』


 車掌のアナウンスで、目を覚ます。

 玲那たちのことを気にしてくれるとは有難い。現代の自動放送じゃ経験できない人間味に溢れている。


「そういえば閣下は……」


 座席に残るメモには走り書き。閑院宮の文字だ。「展望車で寝ている」とある。そういえば青森桟橋で軍用船に接続する都合上、確か展望車は軍人のために特別に夜間解放をやっていると聞く。

 ソファーもついてる高級仕様だし寝心地はさも素晴らしいだろう、玲那もそこで寝ればよかった。喫煙デッキも近いし、彼は十中八九そこにいるはずだ。


(少し覗いてきましょうか)


 席を立った瞬間、襲ってくる激痛。


「ひぃおおぉッ、こ、腰が、背が……!」

「座席が硬いからな。予は向こうで寝てきた」


 いつ戻って来たのか。後ろから閑院宮に声をかけられる。


「くっ、これだから寝台車のない夜行は嫌いなのです……」


 布張りしただけの木製座席という鉄道省特有のクソ夜行(21時間)は令和の世の夜行バスより酷い有様だ。


(戦後最初の仕事はまず、旅客・貨物ひっくるめた皇國の物流全般を改造しないとダメですね……)


 ぶつくさ文句を言いながら支度をする。痛む背腰を撫でていると、列車は帝都の北の玄関、上野駅へと滑り込む。


 まもなく列車が止まって、駅員が駆け寄ってきてドアを開ける。

 普通列車とは違い、急行とかの優等列車は基本鉄道員がドアの開閉をするのだそうだ。お疲れさまです。早く自動扉を実用化なさい。


 ともかく降りると、そこには秋山と掛澗が立っていた。


「御機嫌よう。お久し振りになりますわね」

「なにはともあれお疲れ様だ」


 わざわざ上川宮廷の新本館から出迎えに来てくれたのか。

 嬉しい限りである。


 少し各々で談笑し合った後。


 上野駅の13番ホームに揃った、玲那含めて4人の顔ぶれ。

 各々を見回して、玲那はゆっくりと胸をなでおろす。


「……再び無事にこの面子で集うことが出来たこと。まずは僥倖と致しましょう」

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― 新着の感想 ―
>腰 >背中 ベンチホテルで鍛えておかないから……
さて英雄気取りの主人公様はこれで歴史が変わったけど正史準拠でまだいけると愚行を働くのかそれとも正史から外れたからと考えて行動できるのかどちらだろうねぇ
戦車や空挺隊を見た欧米は対策を考える 枢密院もソレを基準に今後を決めるべきなのだが、史実という教科書から抜け出せるかな?
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