第74話 征途
「ふぅ。4週間を与えたとはいえ、少なくとも沿海州軍管区にはその時間を活かす余地はなかったご様子ですね」
「当然だろう。ハルビンはともかく、こちらは孤立した沿海の大都だ。鉄道のない高原を電撃的に突破されて、戦力展開が追いつくはずもない」
布陣した高台から眼下に見えるウラジオストクと、その軍港。
そして向こうに遥か広がる日本海。
そんな絶景、あるいは憧憬を捉え、漏れ出た感想に、淡々と閑院宮は煙草を懐から取り出しつつそう返す。
「お好きにございますね、その葉巻。蘭印のモノにございまして?」
「ああ、左様だ」
「ふふ。米西戦争の仲介もうまくいきましたし、戦後にはフィリピン関連で南方に飛ばされるやもしれません。その折には直接買い付けられるかもしれませんね」
そこまで言って気づく。この最後の詰めのツメで「戦争が終わったら」とか抜かすのは一等危険な死亡フラグだ。死なないだろうな?
玲那と同じことを思ったか、閑院宮は白煙を吐きつつ首を振る。
「洒落にならん。さっさと始めろ」
機動野砲の一斉射で見事に崩壊し煤煙を上げている城壁の先、ウラジオストク市街とその軍港へ向かって、玲那は頷いた。
「通信分隊、飛行船へ打電! さて……とっとと、この半壊した作戦を終わらせましょう」
通信車から飛行船へ信号が飛ぶ。するとウラジオストク市街の直上に留まる飛行船がその拡声器を地表へ構えた。
『ウラジオストクのロシア軍最高指揮官に告ぐ』
『こちらは皇國陸軍部隊。退路を封殺、ウラジオストクを完全に包囲した。繰り返す、ウラジオストクは完全に包囲された』
「馬鹿なぁッ!」
ベランダから咆哮するイェッセン。当然、飛行船には届かない。
『ロシア軍最高指揮官に告ぐ。直ちに武装を解除し、当方に投降せよ。皇國陸軍は無益な殺傷を望まず。即刻ウラジオストクを無条件で開城せよ。』
「ふ、ふざけるなァッ!対空戦闘、すぐにあの五月蝿い鈍鳥を撃ち落せっ!!」
「ででできませんよ長官殿!我が軍に対空兵器など…!」
『皇軍は先程の砲撃で北城壁を破壊せり。何時でも市街へ装甲車を投入、迅速な制圧が可能である。この美しい沿海の大都を焦土に帰したくなくば、降伏せよ』
「拒否だッ!猿どもに文明国が退くわけがないだろう!我々は断固戦う!」
「で、ですが!」
「稼働する砲台を北に向けろ!あの蛮族どもを蹴散らせッッ!!」
『なお――1分以内に中央広場の国旗掲揚台に白旗を掲げられない場合、市街中央の貴軍総司令部を撃ち抜く』
「はっ、馬鹿なことを!あの距離でここまで届かせる!?
出来るわけがないッ、やってみろってんだ未開人どもが!!」
イェッセンは鼻で笑う。
「警告は黙殺、陸軍に緊急展開要請!」
「は…、ハッ!直ちに!」
「なにをしている、避難警報を忘れたか!?」
ウゥ――ゥゥゥウウ!!
サイレンが市街に響き渡って、一連の混迷に包まれたまま無秩序な人波は思い思いの方向へ避難を試みた結果、将棋倒しが波紋的に広がっていく。
「クソッ!どうしてこんなことに…ッ!たかが、たかが蛮族征伐でなぜ本土が戦闘に巻き込まれなければならない……!?」
拳を震わせて、爆撃で火に包まれた軍事施設群を睨みつけるイェッセン。
そうしているうちに、例の一分は容易く経ってしまった。
『白旗見受けられず。砲撃を敢行する』
飛行船の警告虚しく、発砲炎が北方の高台に燃え上がる。
「やってみろ、サルどもめッ!」
ヒュルルルルルルルル――
まるで流星群のように数多の榴弾が彼の下へ。
刹那、
炸裂。
ドゴォォオォ――ン!!!
果たして、肝心の司令部への命中弾には致命的なものはなかったが。
なお轟音と爆炎が響き渡り、砲弾の命中を受けた建物は膨れ上がって、火球を生む。
ズ…ガガアァァァ……ン!
飛び散るガラス、ヒビ走る柱、訪れる圧潰。
市街の中央通りに陣取るバロック様式の美しい教会は、数多の爆発を起こし、壁面から崩れ落ちて、通りを塞ぐ。
重要施設が集中する官庁街には下瀬弾がこれでもかと降り注いで、立ち並ぶ市民会館や郵便局の建築群を爆砕した。
「あぁ…――ぁぁ」
イェッセンはウラジオストクがただ崩壊していく光景に言葉を失った。
それでも正気をどうにか保つためか、震える声で罵倒を継ぐ。
「……少しっ、少し射程が長かろうがッ!ひ、非文明国の野戦砲の精度などたかが知れている!当たらなければ意味がないのだァ……ッ!」
だが非情にも、皇國陸軍は彼に言い訳の隙を与えない。
『最後警告。30秒以内に白旗を掲揚し無条件投降せよ。なお応答がない場合、貴軍司令部を根本から粉砕する。繰り返す、次は命中させる』
「戯言を…!夾叉すら起こせぬくせに此処を狙い撃つ!?出来るわけがないッ!」
燃え落ちていくウラジオストクを眼下に収め、押し潰されるように、尚もイェッセン司令は降伏を認めない。
「再装填までまだまだかかるはず…!反撃の好機だ、高台へ反攻砲撃しろォ……!
ここまで散々舐めやがってッ、白人様の力を…力を――!!」
「弾着観測。次目標、敵軍総司令部。」
「飛行船より信号!データ送ります!」
「弾着座標特定」
「測距、仰角調整-2度」
駐退機が次々と動き、機動砲兵は次弾を迅速に装填する。
「これが、戦争だと……?」
とある観戦武官は呟く。
弾着観測射撃。空中から直接弾着座標を特定できるそれは、一発撃てばそこから逆算で次弾を目標へ正確に到達させることが可能。
「……1発観測させれば、全てが終わるのか」
彼は眼下のウラジオストク市街を視界に捉える。
巻き込まれて崩壊していく欧風の美しい建築物は、極東の辺境で編み出された、全く理解の及ばない高度な砲撃管制によって、粉微塵に破壊され、蹂躙されていく。
「仰角俯角、修正終了」
「砲弾装填、弾種徹甲弾!」
ガタリ、ガタリと装弾機構が押し戻り、弾種を変えてなお迅速に次弾を填して。
瞬間、伝令が滑り込む。
「少佐殿ッ!沿海州総軍の一部部隊が勝手に……!」
「はい!?」
玲那は素っ頓狂な声を上げた。慌てて前線を視界に入れると、一部の騎兵が事前通告無しで突撃を始めている。
「ばっ、味方の事前砲撃中に飛び出す間抜けがございますか……!」
焦燥しきった手付きで双眼鏡を覗き込む。そうして目に飛び込んできたのは。
「あんの男は――ッ!」
サーベルを抜いて、意気揚々と口角を釣り上げ馬を駆る、主人公の姿。
そこまで、どうしても、どうしても、先鋒で突入したいのか。停止せよったって聞かないだろうし、どの道あの勢いじゃ止められそうにない。
「最後の最後まで煩わせますね……!」
「砲弾装填。射撃準備完了!」
「砲撃回路入力」
「各種計器異常なし!」
その間にも、砲撃準備が完了して。
「やります。目標観測」
「ちょっ、ちょっと待て、指揮官殿」
慌てたように後ろから肩を叩かれ、玲那はゆっくりと振り返る。
そこには鉄十字章を提げた一人のプロイセン軍人が立っていた。玲那たちの電撃戦から逃げ切ることが出来ず、包囲したロシア軍ごとこちらに投降した観戦武官であったか。
「いくらあなたがたが高度な射撃管制システムを持っているとしても、だ。まさか…まさか、先行して突撃する味方がいてもなお、前線へ撃ち込むわけがなかろうな?」
つまり、城内へ切迫する主人公先鋒の部隊に、運悪く遠弾がぶちあたる可能性を危惧しての質問か。よろしい、完全な回答をくれてやろう。
「第二斉射に一発たりとも流弾なし」
「は…、ぁ?」
「敵司令部をピンポイントで撃ち抜きます。城外どころか、城下にすら一発も外しません」
プロイセン軍人は、目に見えて狼狽える。
「いくら皇國陸軍とて、そんな無茶な芸当――」
「照準直せ。射撃用意」
玲那は笑う。
「ヒンデンブルグ帝国陸軍少将、これが皇國陸軍です」
「タンネンベルクの英雄」と呼ばれることとなる後の名将。
その記憶に永遠に焼き付くような、深い深い、獰猛な笑みを残す。
もちろん流れ弾があるやもしれない。けれど駐退機のついた野戦砲の照準精度は段違いだ。それに万一、主人公にあたってしまっても構わない。紆余曲折あって本来の作戦はもうボロボロだけれども、どうにかやっと辿り着いたのだから。
ここが最終関門だ。
ここまで来たのだ、もう失敗は許されない。
ならば目にもの魅せてやろう。
眼前のプロイセン軍人に、対峙するロシア帝国に、
そして世界に。
これは革命だ。
「諸元入力完了!」
「装填よし!」
「安全装置解除、いつでもいけます!」
その様子を、プロイセン軍人は半ば呆然と眺める。
「そんな、、、ことが……」
彼は、この辺境の大戦争にそう残し。
まもなく運命の鉄槌が下る。
「さらばだ、ロシア。てぇぇええーッ!」
一斉に爆声が轟き、流星雨は司令部目掛けて外れることなく、一直線に弧を描き。
ヒュルルルルルルルゥゥゥ――
「ぐぉぉおおお―――ッ!!」
イェッセン司令は迫る下瀬弾を目一杯に睨み、その焦景を脳裏に最期、焼き付けて。
「これが、皇軍の――戦闘」
幾十の魁星が降り注ぎ、イェッセンごと司令部建物は、ウラジオストク市街へ石片を撒き散らす。
明治37年10月17日
16時12分 ウラジオストク司令部機能停止
16時13分 磯城部隊、市街地へ突入
16時20分 ウラジオストク巡洋艦隊一斉自沈
16時36分 ウラジオストク、無防備都市宣言
17時21分 第一装甲中隊、ウラジオストク入城
17時38分 ロシア軍守備隊武装解除完了
17時45分 ウラジオストク全市掌握、軍政布告。
17時50分 皇國政府、ウラジオストクの陥落を発表。
18時00分 大本営、裂一号作戦の停止を命令。
陸軍参謀本部、作戦完遂の電報を各隊に発信。
曰く―――『帝華、見事咲きにけり。』




