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悪役皇女は銃を取る -帝國黙示録-  作者: 占冠 愁
第十二章 決壊 / 血海
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第69話 奉天回旋

 翌日 ロンドン


「閣下ァッ!!」

「どうした?そんなに慌てて」


 バタバタと転がり込んできた伝令に帝国宰相のバルフォアは振り向く。


「きょ、極東で戦線が動きましたッ!」

「偉大なる同盟国がやられたか」


 諦観と共に、彼は溜息をつく。


「ちち、違いますっ! ロシア軍が壊滅しました!」

「……は? いや、今一度申せ」

「ロシア軍は右翼を突破され、信じられない速度で崩壊。攻勢初日の戦闘だけで10万が全滅!」


 大英宰相はそれを鼻で笑った。


「はっ、冗談も大概にしろ。やつらの右翼はコサックだ。歩兵でも騎兵でも、突破には2ヶ月かかるだろう。たった数日で突破などバカバカしい。」

「しかし第一報で極東各紙が号外を! 写真付きです……!」


 伝令は彼に紙面を突きつける。


「な…、なぁ…ッ!?」


 一面に大きく掲載された写真に彼は言葉を失った。






 同刻、パリ市。


「号外!号外ぃッ!ロシア軍、壊滅っ!!」


「な、なんだと!?」

「どういうことだ??ロシア人が蛮国相手に負けたのか?」

「まさか!法螺を吹くのも大概にしろ、蛮族征伐に敗けるような文明国の恥晒しなど、ジョンブルだけで十分だ!」


 凱旋門の下に撒かれる号外に市民は目を丸くする。


「たった3日でコサック10万は壊滅、ロシア軍は尚も敗走中! 各地で追撃と包囲殲滅が行われ、戦線維持はもはや不能であると思われる!」


「な…、そ、そんなことが!?」

「質の悪いデマだ。我らのナポレオンが敵わなかった超大国だぞ?」

「ふっ、やつらとて相手が未開の辺境国じゃあ敗れるなど有り得ない」


 彼らの手に渡った新聞の一面に大きく映された写真を見て、誰もが絶句する。


「…な……、んだ、これは…」


 一面戦火に倒れたロシア軍の人馬の骸の大地。

 機密保持の面からメディアは暴風の過ぎ去った後しか捉えることは出来なかったが、それでもその威力を十分にパリ市民に知らしめることには成功したようだ。


「あの…、数だけは随一のロシア軍が…?」

「ぜ、全滅!??」

「こんなの人智を超えている……なにがあったんだ!」


 示された世界地図の東の端、辺境も良いところの小さな小さな島国を睨みつけて、人々は互いにこう呟く。


「こいつらは、なにをしたッ……!?」






「そうだ、その通り……文明の中枢である欧州から遥か離れた地球の裏側。近代化からまだ40年も経っていない、極東の小さな孤島のはずっ」


 ところ戻って、帝都ロンドン。


 世界に冠たる大英帝国の宰相はその紙面に唖然とする。


「それが、どうして白人最大の領土と人口と動員数を誇る超大国をこうも簡単に蹂躙するのだぁ!?」


「情報が錯綜しておりますが…それでも皇國陸軍は損害を数百に留めつつ、なおも前進しているようです…!」

「ロシア軍の動向はどうだ!?」

「だ、大規模な露軍増援は現在の所望めないかと」

「クソッ!や(・)つ(・)ら(・)に(・)も(・)消耗してもらわないと困るのだぞッ!」


 額を抑えて大英宰相は手を震わせる。


「なんたることだ……列強国が本気で戦争に挑んで、なお全滅するなど。産業革命以来、前例のない事態だ!」


 彼は遥か睨む。

 東の、太陽が昇る方角の地平線の先。

 その彼方へ呪詛を吐こうとした瞬間。


「それだけではありません。彼らの政府から秘密裏に提案が入っております」


 宰相は首をかしげる。


「……なんだ?まさか参戦要請か?」

「いえ。英米日の三カ国での協商締結の提案です。」

「―――は?」

「基本構想としては彼ら曰く、戦後のロシア大連州を英米日の連名で租借、満州を門戸開放、三カ国で共栄圏を築き上げ、極東の一大経済地域にする。それを目的とした協商、相互保障体制である、と」


 宰相の目が点になる。戦線と同時に、皇國枢密院も本格的な歴史改変へ動き出していたのだった。






 奉天、ロシア満州軍総司令部


「ほ、報告。戦線が突破されました!」

「な、何ィッ!?」


 ダァンとクロパトキンは机を叩いた。


「右翼だと、あそこは渾河まで続く防衛線だぞ。たった数日で落ちてたまるかッ!」

「そ、それが、前衛が」

「騎兵だけでも総戦力20万だぞ! 東洋人相手に独断後退したのか!?」

「いえ!て…徹底抗戦の末に、第2シベリア軍団は、全滅、と!」


 ガタリ、と椅子を抑えて彼は立ち上がる。


「もう一度言え。」

「だ、第2シベリア軍団10万が全滅。戦線潰滅!」


 唖然として崩れ落ちて、はっと気を戻し、咳払いを一つ。


「……冗談も大概にせい。平原の覇者たるコサックが20万だぞ。こんな早く決着がつくわけがない」

「後衛の警備隊とも通信途絶しました。奉天まで63km、がら空きです…!」

「大層な伝令だ。敵の情報撹乱を疑うべきだろう」

「敵の新兵器が全戦線で確認されています!それが要因かと…」

「だとしてもだ。騎兵20万をたった数日で殲滅など、人がなせる業ではない!」


 トントントンと苛々しく指先で机上を鳴らすクロパトキン。

 彼はもう少し動かず、正確な情報を待ってからにしようと決め込んだ。


「お、お取り込み中のところ申し訳ありませんッ!!」


 ただそれは次の瞬間、大きく揺れる。

 二人は伝令兵のほうへ振り向いた。


「どうしたのだ、君――」

「南の城壁に敵影視認!数、旅団規模ッ!!」


 窓の外、視界に写ったその光景に、彼は絶句した。


「な…ナァ…、ッ――!?」


 総司令部の置かれた奉天城から視認できる城外。

 その先の高台の上に、翻る旭日旗。唸り降りてくる幾多もの迷彩塊。


「なぜ奴らがここに!?早すぎるッ!!」


 クロパトキンは窓を開け放って、眼下を見下ろし叫んだ。


「そ総司令、指示を!」

「クソッ。迎撃だ、早くしろ!」


 彼の怒声に、伝令は困惑してこう返す。


「で、ですが装備も何も!」

「備蓄から清朝の旧式野砲を引っ張り出せ!」

「清朝の装備など…!時間稼ぎにすらならないのでは!」

「いいや。なんの手段を使ったかは不明だが、86kmをたった数日! 敵軍は、尋常ならざる速度でここまで進撃してきている」


 彼は震えの残る手で窓の外を指す。


「そんな速度に、ただでさえ重い野戦砲が追随できると思うか?」


 側近は手を打った。


「……ッ、そういうことですか。」

「ああ。速度を代償に、火力を捨てているハズだ」

「なるほど。無理をした進軍で、やつらには攻城戦の余力はないと」


 クロパトキンはその通りだ、と頷き、伝令に振り返る。


「砲兵隊をただちに展開、出過ぎた敵の出鼻をひっ挫いてやれ――」


 その言葉は最後まで紡がれることなく。


 ドカァアッ!ズダアアァ――ン!!


「な、何事」


 彼が振り返った先。

 窓枠の向こう。


 ガラガラガラ…ガッシャァァ――…


「…ッ?!?」


 城壁が粉砕され、崩れ落ちていく光景。


 即座に彼は視線を発砲炎のほうへ持っていく。

 煙が晴れるにつれ、陣地に控えるその姿が顕になっていった。


「なァッ、なぜ敵は野戦砲をッ!?」


 長大砲身。

 自動車牽引。


「自動車、だと…??

 ――ッ!それか!急進撃のタネは!!」


 クロパトキンは一瞬にして全てを察する。


「ま、まずいです総司令!」


 もう打てる手など残されていない。

 否、始めから抵抗できる術など、ロシア軍は持っていなかったのだと。


「最初から全て、奴らの筋書き通りに我らは踊らされていた、のか…ッ!」


 彼は愕然と膝をつく。


「ど、どうしますか司令――」

「……ハルビン方面への列車を手配しろ。機密書類は焼却だ」


 伝令は青ざめる。


「それは、つまり…」

「ああ。もう時間だ」


 彼は唇をかみしめて俯き。

 キッと決死の表情で顔を上げる。


「総司令部はまだ戦えます。城下の直衛戦力は1万、十分籠城可能です。蛮族に跪いて足を舐めるには、屈辱を呑むには早すぎます」


 その言葉に、クロパトキンは薄笑いを浮かべて首を振る。

 諦観の笑みと捉えた伝令は、決然と抗議しようと口を開くも、寸前でそれをクロパトキンは手で制した。


「いいや。戦争のやり方を変えるのだよ」


 彼は静かに立ち上がる。

 かくて、不敵に、不敵に笑ってこう告げた。


「戦略的撤退だ」

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― 新着の感想 ―
クロさん何か企んでいる。いいね!
>>>だ、第2シベリア軍団10万が全滅。戦線潰滅! コサック20万の内10万が殲滅されて瓦解したって認識でいいですかね? この後はウラジオストクですかね…ドイツ、オスマン、オーハン、アメリカ、ロシア…
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