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悪役皇女は銃を取る -帝國黙示録-  作者: 占冠 愁
第十二章 決壊 / 血海
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第68話 全天一縷

『―^―し、至急!至急!!』

「どうしたカシタリンスキー? 蛮族は全滅したか?」


 カウリパウスは、優に7万を超える騎兵を抱える第2シベリア軍団の丘上本営で豪快に問いかける。


『ば、バケモノだッ!バケモノがいる!!』

「はぁ??臆病症でも発症したか!」

『違う!て、鉄の塊だ、鉄塊が意思を持って――ぐわッ?!?』


 ズドドドド、と聞き覚えのない重鉄音が通話線の向こうに轟く。


『ギャァァァ!?く、来るな!来るな蛮族め!白人様にこんなこと――』


 ゴガガガガガ…――ギャリギャリギャリィ!!

 駆動音と歯車の軋みが声を遮り、爆音が全てを掻き消す。


『ッ-^--^---^――^――』


 かくて、回線が切れた。


「おい、おい?」

『―^―――』

「おいカシタリンスキー!応答せよ!」

『――……...』

「カシタリンスキー?カシタリンスキー!!」


 やがてはノイズさえ途絶え。


「おい電信班どうなっている?また故障か!」

「き、機器は正常です。」

「ならなんだ、聞こえ――」

「だ、第17騎兵団、通信途絶!」

「同じく司令部との通信も不能!」


 カウリパウスは首を傾げる。


「一体何だ?通信網を殺られたか?……蛮族にしては、ずる賢い。」


 彼は窓枠に手を掛ける。


「卑怯者が……正面から戦って勝ち目がないのはわかるが、実に神に見放された未開人らしい魂胆だな」


 落胆したといわんばかりの溜息を吐き、彼は外の戦場方向を見下ろした。


 瞬間、絶句。


「――なんだ、あれは。」




 ・・・・・・




「なんだ、アレは…??」


 戦闘は、双眼鏡を覗き込んだヒンデンブルクの全く同じ一言で始まった。


「なにか迷彩色の塊が動いて、いる…?」


 自走して迫る大きな金属塊を前に、彼は双眼鏡を下ろして首を傾げた。


 すると、長槍武装したカウリパウスが彼の隣に並ぶ。


「天下のプロイセン軍人といえど、動揺はなさるようで。」


 騎上から彼はそう声をかけた。

 前線からの通信は来ず、彼は何も知らぬまま迎撃命令を下していた。

 にもかかわらず、その表情は自信に満ち溢れている。

 小馬鹿にされたのを受けたヒンデンブルクは露骨に顔を顰める。


「見知らぬモノだ。軍人として当然の反応だ」

「はっ!相手は蛮族。穢らわしい土着文明の類人猿に警戒など、随分と真剣ですな」


 カウリパウスは嘲りに表情を歪ませた。

 正面にうごめく何かの塊を見ても、彼はなんの警戒さえしない。


「グクク…劣等人種どもの野蛮な命乞いか?それとも、ここに及んで神頼みか?」


 それどころか、我慢できず大笑いする。


「ガハハハァッ!おい諸君、見ろアレを!蛮族精一杯の儀式が始まったぞ!」


 騎兵団内でも、失笑がくすくすと続く。


「キハハ!突如湧いた人間動物園の見世物か!」

「黄色サル共の生態系がよく分かるなぁ…」

「折角楽しませてくれてんだ。お前らも天幕から出て見物してやれよ」

「はははッ!軍司令の仰るとおりだ、汚い猿の無様な命乞いが見られらァ!」


 そういって酒を煽り始めようとする兵まで現れ始めた。


「くく、国際法で降伏は白旗掲揚ということすら知らんのか?連中は。」

「お前は猿に何を言ってるんだ、人類のなり損ないにそんなもの求めるな」

「ククク…、やはり蛮族征伐はこうでなくちゃ……文明の圧倒的な力を前に縮み上がって必死にすがり寄ってくる野蛮人ども!」

「これほどに愉快な光景はないぜ!!」


 嘲笑がロシア陣地に渡る間にも、着実に鉄の塊は彼らに迫る。


「確かになぁ!それにしても、本気であのデカイ塊を動かしたら我らが負けるとでも……本当に野蛮人の考えることは理解ができん」

「科学に則って理論的な考え方が出来る脳は、本当に我らヨーロッパ人しか持たぬのだろうな……」


「き、緊急報告ッ!!」


 そしてついに、彼らの束の間の宴が終わる。




「――ば、かな…。たった、30分で…先鋒24000が全滅…だ、と…!?」


 当のカウリパウスは報告を唖然と聞くしか無い。


「ありえない…ありえないありえない有り得ないッ!」


 絶叫に近い咆哮。


「サルに負けたァ!? 冗談も休み休み言え!」

「で、ですが…」

「抜かせ!この手で試してやる、騎兵団散開!!」


 カウリパウスを憤激が支配する。

 第2シベリア軍団7万余騎は慌てるように陣形展開を始めた。


「蛮族の汚らしい命乞いなど、この戦列騎兵の一斉射撃で事足りる!あの穢れた劣等人種どもを叩き伏せろォッ!」


 彼は確信する。

 騎兵銃の戦列斉射と、長槍突撃による殲滅。

 圧勝して余りある、と。


「戦列銃騎展開ッ!長槍部隊は後方に控え、斉射で敵前衛が崩れた瞬間に一気に突撃して斬り込め!」

「りょ、了解!」

「見ていろ――射程範囲500m、貴様らのカタナじゃ到底届かない距離からアウトレンジで捻り伏せてやる。射撃陣形展開ッ!」








「敵コサック、小銃構えましたッ!」

「敵射程範囲までは?」

「残り800m!」

「よろしい、先鋒に連絡!」


 玲那は不敵に笑う。素晴らしい位置だ。


「第2、第3装甲中隊散開! 戦列の左右に回り込みなさい」

「はッ?」

「機関銃展開、巡航しながら横に掃射、側面へ弾幕を叩き込む!」

「そういうことですか!」


 第2第3中隊が大きく左右に分離する。


「正面どうします、闕杖官どの!?」

「後衛展開、援護射撃!」

「了解ッ! 牽引砲兵展開、斉射諸元入力!」


 玲那は叫ぶ。


「機動砲兵の遊撃側面掃射で敵の不意を突き大きく崩しつつ注意を向けさせ、その間に牽引砲兵の一斉射で、正面から前衛の戦列騎兵を粉砕。ここまで完全敵射程外(アウトレンジ)ッ!!!」


 声を枯らして、揺れる車内の通信機にしがみつく。

 肉薄。敵射程まで残り600m。






「くくく……何も知らずに突っ込んでくるか、間抜けなッ!」


 カウリパウスは抑えきれずに嘲笑を漏らす。


「今度は貴様らが殲滅される番だ…! 小銃武装した騎兵の機動展開、まともな抵抗などできまい――」

「将軍閣下!左右から敵が散開しつつ迫っています!」

「は…ぁ?馬鹿か、突撃は集団が一つになって槍剣で刺突するから強いのだぞ?散開していいことなどないだろう!」

「し、しかし!」


 訝しげに前線の側面を捉えるカウリパウス。

 左右から迫る第2第3中隊を捉え、霞む土煙にわずかに映る影の速度から、彼はそれを騎兵と断定する。

 みるみるその目が驚愕に見開かれた。


「……蛮族は本当に馬鹿か?騎兵突撃を、散開させるだと??」


 そうして、くすくすと彼は笑いだし、最後には高笑いに至る。


「はははははァッ!さすが文明のない未開劣等人種!騎兵の基本的運用もできないのか!?もはや敵ですらない!射程入り次第――」

「な、ち違う!騎兵じゃない!!」


 部下の半ば恐慌状態なその報告が、彼の命令を遮る。


「将軍閣下ァッ、てっ、鉄塊が、あの鉄塊が動いてます!!」

「はぁ?戯言も大概にしろッ!鉄塊が何kgあると思ってるんだ!あんな速度で動けるわけがなかろ――」


 そうして、側面に迫る敵騎兵を指で示そうと、それを今一度視界に捉えた彼は。


「……げ、幻覚を見ているのか…!?」


 唖然とする。


「て…っか、い?タイヤ輪の荷車が付いた、自走する、金属塊…?」


 一瞬で彼は何が起こっているのかを正確に理解した。


「馬鹿なァッ!?蛮族がこんな兵器、作れるわけがない!」

「ち、違います、正面を御覧ください!!」


 狂乱状態になり敵を列強と決めつけてはみるものの、正面に迫る通信車のひとつが掲げる旗を捉えて、顔を蒼く染める。


「―――…旭光、十六条、、、」


 四方を金糸で縁取る紫房の十六条旭日。

 地平線より裂光を放ち昇る様を描く、皇國陸軍軍旗。


「こ、こんな馬鹿な……神は、文明を導く我らを、見放したというのか?」


「将軍閣下!ご命令を!!」


 カウリパウスの命令が発される前に。

 刹那、左右側面からの十字砲火が戦列騎兵を襲う。






「撃てィ――ッ!!」


 ズガガガガガガァ――ッ!!


 第2中隊、右翼側面。

 銃座を回転させて、無防備な人馬に弾幕を叩き込む。


「一斉掃射ぁッ!」


 70列の光線は、移動しながらも正確に騎兵団を捉え続け、第3中隊の左翼掃射の銃弾光線と直交、敵騎兵団を十字砲火で焼き切る。


 ヒュンヒュン、ヒュンヒュンヒュン――


 ヒヒィィイイン!

「ぎゃぁっぁあああッ!!」

 ブルルルルッ、フゴォッ!!

「ぐあぁああッ――、がッ!」


 人馬の断末魔の響く、地獄の戦場。

 黒輪は泥を撒き散らして狂ったように進み、重機関銃は奏でるように空薬莢を排出し続け、弾幕の織り成す十字舞踊は留まる気配がない。


「第2第3中隊掃討続け! 牽引砲兵、準備は!?」

「射撃準備完了!」


 別海の報告を以て玲那は。


「砲列、斉射――!」


 ドォオオオ――ン!!


 激震が走り、即座に展開された機動野砲が速やかに空高く咆哮する。


「弾着ァーく、3、2、1。今ッ!」


 ドガァァッッアアアァアアン!!!


 15門の下瀬砲弾は高高度より貫徹。

 瞬間、爆炎、烈風。正確に3個騎兵団を圧し潰して。


「がぁ…ぁっ―――!?」

「ぐわぁ――がッ!!」

「ぎゃ…――ぁぁああッ!!」


 破却の熱風が戦列騎兵を捻り伏せる。

 その様をカウリパウスは唖然として見送るしかない。


「な、なんだこれは。なぜ、機動戦に、重砲が……ぁっ!?」


 黒煙は次第に晴れ、そうして露わになる戦場の光景。

 それを捉えて、もはや彼は紡ぎ出す言葉さえも失った。


「騎兵が……。騎士道千年の、栄光の白薔薇が……っ」


 騎兵はもう無敵の存在ではなく。もはや、最も脆い兵科に成り下がり果てたという現実など、西洋人が簡単に受け入れられるはずがない。


 間髪おかず十字砲火の追撃が左右から交錯する。

 圧倒的火力。蹂躙。

 人馬は倒れ、(うずたか)く積み上がり続ける屍。


「どうして、気高く美しく、我らの麗しき戦場の華が……」


 4000いたはずの騎兵団は射程外からの弾幕猛射により一方的に叩き伏せられ、もはや戦列射撃も長槍突撃も機能しない。


「ただの銃弾に…それも、たかが蛮族のものに――…、どうしてこんなに脆く、こんなに無様に砕け散る……?」






〈ロシア軍第2シベリア軍団、『魁星』を射程内へ捉えるまでに戦力8割を損失〉






 後方の丘からその様を見下ろしていたヒンデンブルクは、愕然として加えていた煙草を地面に落とす。


「な…、な――なんなんだ、これは…。」


 絶え間なく響く砲声、絶叫、罵声、射撃音。


「華々しく、美しく、麗しき騎士たちの命の削り合い…、それが、我らの考えてきた、理想の、主力騎兵同士の会戦…。」


 右手を戦慄かせながら彼は続ける。


「それが東洋で起これば、サムライのカタナ、コサックの長槍…。武士道と騎士道の衝突。どれほど貴族軍人として、心躍らせたか……だが」


 砲弾が張り裂け、爆音が響き、槍装騎兵は総崩れになる。


「何だこの戦場はッ!?」


 そうして、西洋騎士の誰もが思い描いてきた美しき戦場という『ファンタジー』は、猛烈な弾幕の降り注ぎ阿鼻叫喚の惨景が織り成される此処南満州に粉砕された。


「華麗さの欠片もない…!」


 プロイセン軍人は、嘗ての普仏戦争の栄華の様を打ち捨て、呆然と眼前の戦場を傍観するしかない。


「――さながら、地獄だ…っ!」





「ええ。これこそが戦場です。泥を被りて血に濡れて、何もかも入り混じって赤くなって、白旗に染まった丸こそが――…我らが日章旗」


 砲声一薙ぎ。

 爆風四散。


 まず第1装甲中隊が騎兵戦列に突入した。


 一方的突き崩し。最初の一撃で千の騎馬が斃れ伏す。

 かくて敵陣に大きな大きな穴が開き。


「先鋒の第1中隊は戦列を散開、掃討戦へ移行!」


 さあ、坑口に星団を流し込め。


「衛戍府、これより先鋒! ()()()()()()ッ!!」


 十字弾幕と機動野砲は騎兵団ごと地上の構造物を焼き払い、破砕した。

 死者、負傷兵、恐怖で暴れ出し脱走する騎馬。

 10万いた騎兵は、今や1万を切る。


「全軍、前進ッ」


 狙うは軍団中枢ただ一つ。

 防備およそ30騎。


「白兵戦用意ィ――!」


 掃討戦へ移行した3個装甲中隊が8000ほどの残存騎を引きつけ、弾幕を浴びせ、軍団司令部との合流、増援、そしてその撤退を阻止。これが突撃支援となる。


 敵騎30、本隊8輛。


「全車吶喊ッ! 妾に続け!!」


 長槍と装甲が交錯し、甲高い音が戦場に響き渡った。

 それを時鐘にするかのように全車が敵陣に正面中央から突入する。


「皇國に栄光あれェッ!」

「「「天皇陛下、万歳ッ!!」」」


 装甲車列、長槍騎列と直交。


「ちょ、長槍構えェェエッ!!」

「うう後ろから、機銃掃射だ!」

「ぇ――がはッ!!」


 掃射に気をとられた一騎。すぐさまグチャ、と馬ごと轢き飛ばされる。いたるところで装甲車による体当たりが始まった。


「こ――この悪魔めぇぇえッ!!」


 いっとう高貴な馬鎧をした騎兵がそう咆哮しながら突如、玲那に迫る。

 おそらく敵の大将首だ。だとすればこの男がカウリパウスか。されど冷酷に、車の機銃手は銃座をその騎士に向けて突きつける。


「もう無意味なのですよ、騎兵など」



 ズガガガガガガガ!!!



「がァッ!?」


 流れ出した銃弾は止まることなく空薬莢を奏で切る。


 30発。発射時間わずか0.08秒。

 至近距離、全弾貫通。


 彼はただ困惑の表情を浮かべていた。


「な―…ぁ…っ!!?」


 わけもわからないままその勢いで、鮮血を吹く。


「さようなら、中世の守護者さん」


 窓越しに玲那を睨めつけながら、理想を最期まで引きずり続けた騎兵団の長は崩れ落ちる。彼もまた戦場の残土となって消えていくのだ。


「しょ、少佐殿! 敵に白旗ですッ!!」


 もはや戦闘不能の負傷兵しか残存なくなった第2シベリア軍団に翻る白旗。


「よろしい。捕虜は続く広鎮に任せます」


 戦闘開始からたった4時間で戦線左翼をまるごと吹き飛ばした。


「全隊、気を抜くな! 戦闘は終わりに非ず!!」

「はっ!」

「で、電撃戦継続。奉天へ急げッ!」


 五千の機甲戦団は轟と砂埃を上げて猛進する。

 負けじと声を捻り出し。


「時局は此処に極まれり、戦線を決壊させる時だァ――ッ!!」









 明治37年7月7日。

 年に一度、天の川に橋がかかるこの日。数多の星が成す天の川は戦線を決壊。

 満州の大地に裂光を放ちながら濁流となって、沿海の大都へ続く路を流れ出す。


 彦星より織姫へ。

 旅順よりウラジオストクへ。


 遙かなる数光年の旅路を一瞬で粉砕する発動機の唸りが、その初めの一撃が。大きく、力強く、騎士たちを蹂躙し始めたその日付こそ――1904年7月7日、七夕。


 裂一号作戦、秘匿呼称『バルバロッサ1904』発動。

 ウラジオストクまで残り3ヶ月、あと800km。

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