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第59話 国交断絶

「海軍はどうですの?」

「十分だな。大増強計画八八艦隊は、すでに一昨年に英国で最後の建艦が満了し、敷島型戦艦『朝日』『初瀬』『三笠』、富士型『富士』『八島』、筑波型戦艦『筑波』『生駒』が就役、猛訓練の末編成完了だ」

「……例の、敷島型一番艦のほうはいかがです?」

「まだまだ艤装中だ。ドレッドノートの就役に合わせる」


 秋山は言葉を継ぐ。


「本計画の推進によって皇國の海軍力は従前の4倍以上に達する空前の大拡張を遂げ、英国、フランス、ロシア帝国に次ぐ世界第4位の海軍国に躍進した」


 英国建造の浅間型装巡『浅間』『常磐』、ドイツ製の八雲型装巡『八雲』『吾妻』、純国産の出雲型装巡『出雲』『磐手』『春日』『日進』以上8隻の装甲巡洋艦は1万t級と装巡としては大型で、主砲が8インチ4門、副砲6インチ14門の攻撃力を誇る。


「これは戦艦の持つ副武装と同じだ。巡洋艦としては重火力になる」

「英国製とライヒのと、国産混成で戦闘は可能なのですか?」

「船形から兵装制式も共通だ。実際には3種の型は全て同型艦に近い。防御力は戦艦とも極端な差がないハーヴェイ鋼鉄7インチだ」

「戦艦とほぼ同じ程度の装甲ってことです? それでは速力が」

「速力削ってるな。20ノットで戦艦よりは速いが、英仏の装巡に劣る」

「なるほど。旧式戦艦には対抗でき、新式戦艦に対しては退避できるってコンセプトですか」


 巡洋戦艦や高速戦艦と同じコンセプトか。史実じゃ日露戦争の結果を見て英国は巡洋戦艦を産み、各国競って大型重装備の装巡を建造することになったという。


「戦闘計画はどうなんです?」

「史実と方針は基本的に変わらない。ただ、ウラジオストク艦隊の通商破壊を防ぐため、潜水艦機雷敷設を旅順とウラジオの2港で初陣からかます」

「機雷敷設……できるのですか? 史実ではあの有様でしたのに」

「ああ。だから史実のように閉塞作戦を何度も掛けて、戦艦を二隻も喪失するまで消耗したくない。第四艦隊の潜水戦隊総出で、開戦と同時に夜間敷設を敢行、一夜で封じ込める」


 確かに史実のウラジオストク艦隊の通商破壊は熾烈だった。というか、海軍がこの頃から通商護衛を軽視していたことを如実に反映した結果だろう。

 陸軍輸送中に二隻撃沈一隻大破、第一師団1000名溺死。ウラジオ艦隊に、翌月には相模灘に出現される始末。


「これは帝国議会でも問題になった。『濃霧のため敵艦隊見失う』と打電したら、『濃霧、濃霧、逆さに読めば無能なり』と議員に野次られたレベルだぞ。」

「「「ブフォッ」」」


 一同思わず吹き出した。というか政治家からネタにされるまでやらかしておいて、その40年後にあの体たらくとは、何故学べなかったのだろう。


「太平洋・ウラジオ両艦隊の機雷封鎖を以て開戦とする。八八艦隊は完全に整備され、新設の第四海軍は演習を終了し、練度も相当だ。あとは史実通りに明治38年5月の列島近海到達を待つ。海軍からは以上だ」

「承知した」


 閑院宮は頷いて立ち上がる。


「陸軍一般師団、海軍部隊の現状説明は終了であるな。では、本題の『魁星』に移させていただこう。玲那くん」

「はい」


 見回して、全員が頷いたのを確認し、玲那は資料を配る。






・・・・・・

・・・・

・・







1904年2月1日 ロンドン


「号外!号外!日露両国が国交を断絶!」

「一部いかが!動員進む!極東で戦争勃発か!?」


 新聞屋の鐘の音はロンドンを鳴り響く。


「いくら?」

「ひとつおくれ!」

「おい、わしにも!」


 人々は群がり、次々と売り飛ばされていく。


「なんだ、本当にあの連中はロシアと戦うつもりか…?」

「まさか。国力10倍以上の差が開く相手に…ハッタリだろ」

「いや…我らが大英帝国がかのナポレオン来の栄えある孤立を破り捨てて、手を差し出してやった国だ。…やるかもしれんぞ」

「……哀れだなぁ。そのナポレオンでさえ敵わなかった国に、か。」


 王宮前で繰り広げられる人々の囁き合いを、窓から見下ろす者がいた。

 他でもない、国王への報告帰りの大英帝国宰相・バルフォアその人である。


「ここまでお膳立てしてやったんだ。連中にはやってもらわないと困るさ。」


 彼は民衆を眼下に捉えそう呟く。


「ロシアのチャイナ進出を一秒でも遅らせねば、長江北岸勢力圏の利益に影響が出る。そのために連中を盾にしたんだ。せいぜいここで足踏みしててくれ」


 煙管を咥え、一服やってから彼は歩きだす。


「まぁ、どっちにしろいつかはロシアが進出してはくるがな。それに対応する期間はもっと必要だ。連中には、それまでの時間稼ぎさえしてくれりゃいい。」


 貴賓室の扉を開け、彼は護衛の出迎えを受けながら下り、馬車に乗り込む。


「連中の国じゃ牛ばかりで、こんな馬車すらないと聞く…。その体たらくじゃ到底あの超大国にゃ及ばんだろう。だから…我々は同盟国とて、建艦くらいでしか手なんぞ貸しとらん。ロシアの消耗の足しになってくれることを祈るだけ、か……」




・・・・・・




1904年2月2日 ベルリン


「はぁ?皇國(ヤーパン)は本当に余の兄弟と事を構えるつもりか…??」


 ロシア皇帝ニコライ2世と紛れもない血縁関係にある、帝国(ライヒ)皇帝(カイザー)、ヴィルヘルム2世は目をひん剥いて報告に驚愕する。


「ええ、陛下。本日未明、皇國政府は対露国交断絶を宣言しました。」

「……未明か、気が早いな――いや、極東はいち早く夜が明けるのか」


 彼はそう一息ついて続ける。


「しかし残念だ。こんなにも早く落日を迎えてしまう」

「まぁ、勝てるわけありませんね」

「当たり前だ。東洋人が――いや、有色人種が我らが覇者白人に勝ったことなど、有史一度たりともない。しかも相手はあのナポレオンを破った国と来た。一フースも勝ち筋が見えんだろう?」


 カイザーは溜息をつく。


「ま、勝たれても困るんだがな。それを見て世界中の植民地が蜂起したら、それこそ目も当てられない。奴ら数だけは多い」

「仰せの通りです」

「ただ皇國(ヤーパン)とて蛮国。兵器も指揮系統も、我ら文明国と比べればあってないようなものだ。ロシアに援助を寄越すまでもあるまい」


 いいや、一つだけあったか、と彼は呟く。


「飛行船。これだけは侮れん」

「空挺戦術ですか」


 しかし、と侍従は続ける。


「アレの射程はせいぜい500kmです。この八年間である程度の技術革新があったとしても、彼らの列島から大陸本土へは数千キロとあります。満州のロシア軍を直接叩くことはできないでしょう」

「まずは大陸に足場を築かなければならない、と?」

「ええ。彼らが満州で戦うには、朝鮮半島の制圧は必須です。開戦と同時に飛行船で奇襲をかけることは難しい。初手は、朝鮮に上陸すること以外にありえませぬ」


 なにより、空挺降下は奇襲でのみ有効だと彼は続ける。北京で空挺技術が露見した以上、ロシア軍に対策されるのは必然で、戦争中に二度も三度も紫禁城制圧のようなミラクルが起こることはあるまいと。


「なにせ降下した部隊は孤立します。有効なのはそれこそ首都制圧といったような、きわめて限られた場面だけ。ロシアの首都は極東にはございません」

「なるほど、な。飛行船がダメとなれば、目立った近代兵器もあるまい。きっとカタナとコサックの槍で、血みどろの肉弾戦をするほかなかろうな」

「人的資源の多いほうが有利になりましょう」

「ふむ。そう考えるともはや、皇國(ヤーパン)に勝てる要素なんてあるのか?」


 侍従は目を瞑って首を振る。


「だろうな。勝てると思うほうがどうかしている。結局連中も、無謀にも抵抗を決意する程度の思考力だったというわけか……、清朝との戦争で大きく番狂わせをしてみせたから、過度な警戒をしてしまったかもしれん」

「ここで、彼らも退場となるのでしょうか」

「文明国に挑んで勝った蛮国など存在しない。そもそも、列強国が文明のない国に負けることなどあってはならんのだ。どのみち次の年明けには、あの島々から国号は消え去るだろうな」


 彼は杖をついて立ち上がる。


「とりあえず観戦武官くらいはロシアに送るとする。開戦には間に合わないとしても、満州での両軍会敵には間に合うはずだ」

「はっ。仰せのままに」




・・・・・・




1904年2月8日 イスタンブール


皇帝陛下(スルタン)!」

「なんだ…。」


 疲れ果てた声で、丘に聳える宮殿からの都を見下ろしながら振り向かずに返事をしたのは、他でもないこの斜陽の帝国の統治者、メフメト5世である。


「ロシアのツァーリから…、新たな献納金の要求が…」

「またかぁっ!」


 メフメト5世はそう吐き捨てて振り返る。

 そうして、苦虫を噛み潰したような表情で続けて聞く。


「くっ…、額は?」

「2400万リラです…」

「はぁっ!?我が帝国のどこにそんな大金を支出する余裕があるってんだ!!また…また余は守るべき民を苦しめなければならないのか!?」


 憤る彼は、そう言って日の傾き始めた美しき海峡に顔を戻す。


「……いま、余の帝国はなんと諸外国から呼ばれているかわかるか?」


 声だけでそう問いかけるスルタンに、側近は返す解答を失う。黙りこくる彼にメフメト5世は寂しく語りかけた。


「…『瀕死の病人』、だそうだ。」

「………っ!」


 拳を震わせて、やがてその手をゆっくりと開きながら彼は続ける。


「幾度も近代化を図ったが尽く失敗した。そこから何か学ぶこともなく、諸列強から大きく引き離されズルズルとここまで落ちぶれた。……かつて、この都を、東ローマを蹂躙した、栄光あるメフメト2世の末裔が、余の如き体たらくだなど…。」


 誰が思うことか、と彼はつぶやき、そうして愛おしそうに壁に掛けられた全盛期の頃の帝国の版図を描いた地図を眺める。


「……このまま、北の熊共に飲み込まれて、我らは滅ぶのだろうか…。」

「っ……それは」


 こらえきれなくなったようで、側近は声を上げる。

 だが、言いかけて一瞬黙り込み、やがて全く別のことを彼は話し出す。


「極東にある島国を、陛下はご存知ですか?」


 それを聞いて、スルタンは懐かしむように遠くを見た。


「黄金の国、ジパングだろう。あぁ、よく覚えておる……。ワカヤマ沖と言ったか…、エルトゥールル号が難破したときに、彼の国の民が総出で、余の愛する臣民を助けてくれた…。身を挺して海に飛び込んで、看病して、いくらの臣民が救われたことか」


 はるか東の果てにありながら、感謝してもしきれんと、彼は言った。


「かの国に――…ロシア帝国は最後通牒を突きつけました。かの国は拒否する構えで、もうまもなく……極東で戦争が勃発します」

「………っ!」


 言葉を失い、メフメト5世は振り返る。


「呑まれるのか?あの国も、熊どもに…?」

「……国力差10倍以上です。面積と人口の分野においてはもはや比較になりません。現状、彼の国の国債を購入した列強は……0です」

「――!」


 ギリリ、と奥歯を噛み締めて彼はうつむいた。


「滅びるのか…、彼の国は…この『瀕死の病人』より早く……??」

「ロシア帝国は、中央アジアの通り……下した相手は、容赦なく併合します。」

「く……そっ…!」


 彼は、宮殿のベランダから、はるか遠くを睨むように声をひねり出した。


「憎い、あの熊どもが憎い。が、それ以上に腹が立つのは、この情けなさだ。余は……余の民を救ってくれた恩人にさえも、救いの手を差し伸べることができないのかっ……!」


 恩を返すことすらできずに、先に恩人は滅びゆく。


「こうやって祈ることしかできない、この無力さに一番、腹が立つ!」


 そう憤りながら、彼は食いしばるように手を合わせる。


「おお、偉大なる神よ。どうか、あの北の熊共をお止めくだされ……」


 そうして、口に出さなかったが彼は内心でこう続けた。


(たとえ神でなくとも。余の臣民のため、あの侵略者を打ち倒す者、救世主よ。現れたまえ……)






・・・・・・

・・・・

・・






「おう、受け取ったとも。その祈り」


 渤海の夜風は凪ぐ。

 秋山真之海軍大佐は、杖を司令塔の正面デッキに突いて、どこに宛てるでもなく、自然とそう呟いた。


「石炭輸送船『翔鳳丸』『秦鷹丸』を改造、甲板への飛行船の着艦と給気を出来るようにした、飛行船補給艦2隻を中核に成す艦隊。名付けて"航空戦隊"」


 民間船を徴用し、改造を施した明治版空母。飛行船の収容こそできないが、中継には十分なりうる、航空部隊の旅順への飛び石となる艦隊。


(皇國の初動は朝鮮だと、そう思うだろう?)


 飛行船を使うにも、補給拠点を築くにも、まずは大陸の足掛かりに朝鮮を制圧するべし。この時代の将校なれば、いいや、政治家も知識人もみなそう考えるだろう。


「ゆえに誰もが思わない――アウトレンジの一撃だ」


 佐世保湾から放たれた一矢は、輪形陣にて新月の夜闇を北上する。

 それは14ノットの、世界を欺く一手だった。

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― 新着の感想 ―
英国シーンが二回入ってます() 遂に日露戦争ですな…さて、露帝の崩壊への足音がゆっくり迫ってきましたね…。
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