第60話 宣戦布告
明治37(1904)年2月7日 旭川
「梯形戦列ッ!」
無線相手にそう叫ぶ。号令と共に砂埃が起き立ち、装甲車が一斉に動き出す。1分経たないうちに、装甲車を先鋒に、兵員輸送車が後に続いて、総計330輌の戦線が現れた。
「いかがでしょう? 練度は上々と存じます」
「十分だ」
振り向いて、閑院宮から満足な回答を得る。
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独立第26連隊『魁星』
・司令部 - 閑院宮載仁 連隊長
・砲兵中隊
・補給中隊
・野戦病院
・禁闕大隊 - 有栖川宮玲那 闕杖官
・第一歩兵大隊 - 秋山好古 大隊長
・第二歩兵大隊 - 長岡外史 大隊長
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禁闕大隊 定数
・衛戍府 指揮車×4輌
・御吏小隊 無線通信車×4輌
・工兵小隊 運土車×2輌, 排土車×1輌
・偵察小隊 自転車×60台
・第一中隊 装甲車×70輌
・第二中隊 装甲車×70輌
・第三中隊 装甲車×70輌
歩兵大隊 定数
・司令部 指揮車×2輌, 無線通信車×2輌
・工兵小隊 運土車×2輌, 排土車×1輌
・偵察小隊 自転車×60台
・第一中隊 兵員輸送車×32輌
・第二中隊 兵員輸送車×32輌
・第三中隊 兵員輸送車×32輌
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[兵器内訳]
三三式機銃装甲自動車
最高速度 35km/h(不整地)
乗員4名(操縦員1名・機銃攻撃員2名・機銃補助兼通信員1名)
航続距離 120km
武装 三十式車載機関銃2機(正面・上部回転銃座)
三十式車載機関銃
銃身長 1020mm
銃弾 三八式実包6.5mm
装弾数 300発(布ベルト給弾式)
作動方式反動排給式
全長1400mm
重量50kg
発射速度600発/分
有効射程640m
三五年式牽引自動車
発動機付近装甲 6mm
操縦席付近装甲 8mm
最高速度 50km(不整地)
牽引巡航速度 20km(不整地)
乗員 5名(操縦員1名・野砲員4名)
航続距離 150km
三四年式機動八八粍野戦砲
重量 1,800kg(非機動時1520kg)
砲口径 88mm
有効射程 9000m
仰俯角 -10°~+25°
水平射角左右6°
発射速度: 18発/分
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「……聞いて呆れる。こんなものをよく、敵は未だ騎兵だと云うのに」
「装甲車に関しては塹壕戦の援護のためにも歩兵師団に一定数配置したかったのですけれど、間に合いませんでした。重砲の機動化のために、牽引自動車の生産に力を入れておりましたもので」
「十分だ。これに――あの、対地支援爆撃と弾着観測が入るのだろう?」
閑院宮が指す先には、空に浮かぶ飛行船6隻。
「降り注ぐのは100kg下瀬散乱弾。一隻あたりの搭載限界は60発。下瀬火薬を覆うように塗られているのは硝安爆薬か。……実質、クラスター爆弾ではないか」
「いえ、海軍が採用した貫通爆弾ではございませぬゆえ、タングステン片は散りません。対騎兵歩兵用に圧倒的効果を望める焼夷炸裂弾です」
「それに、地味に自転車の導入で基礎機動力が向上しておる」
「アジア向けの安全自転車の輸出で八年間、民間がノウハウを蓄積させてきましたから。最高速度も安全性も現代のと遜色ありません」
「ああ。偵察力からして段違いだ。連隊は完全に機械化されたわけであるし……これでは機甲連隊だな」
玲那は笑った。
「ええ。砲撃速射力9倍、直衛支援火力2倍、移動速力2倍。ざっと掛ければ――塹壕突破力は従来の36倍です」
「36倍だと……!?」
そうか、そうなるのか、と閑院宮は続ける。所詮は単純計算だけれど、補給さえ追いつけば弾着観測や航空支援の導入も相まって、この数字は現実味を帯びてくる。
「無論です。まあ、まずは満州に戦線を敷くところからですけれど」
「そう……だな。ああ、そのための開戦同時の奇襲上陸だ」
閑院宮は遠く西の山のほうを、その向こうの海を見据えた。
「史実では散々に苦しめられた旅順要塞を、開戦と同時に制圧する。そのために焼撃連隊も、海軍陸戦隊も、そして第2軍直属の新編空挺団も投入されるのだから」
「改めて聞きますと、物凄い数の上陸船団を背後に控えているのですね――」
玲那は呟いた。
「――……秋山機動部隊は」
・・・・・・
「台南空、全船補給完了! いつでもいけます」
第四艦隊航空戦隊は、ロシア帝国の租借地で同極東艦隊の停泊地である旅順湾を目指し、明治37年2月7日、佐世保軍港を抜錨した。海路をひたすら北西に、波に揺られること丸一日。
こうして今、旅順南方360海里、新月の渤海上に秋山機動部隊はある。
「よろしい。整備員退避!」
察知されることなく海上での飛行船補給までは終わらせた。
(旅順口攻撃。ロシア極東艦隊を旅順湾に閉塞するため水上部隊が決死の突撃で機雷を敷いたものの、これといった効果が挙げられなかった序盤戦、だったか)
秋山は、補給を終えて空中に待機する20隻の台南空爆撃隊へむけて、静かに右手を挙げていく。
(だが、今からやるのは史実の旅順口攻撃じゃない)
彼は静かに歴史に思いを馳せる。
(極東艦隊を空襲撃滅するのが第一段階。つまり攻撃対象は旅順“口”ではなく、湾だ。その『文明国』とかいうメンツ……空から叩き潰してやる)
白人至上主義という世界。
(勝手に蛮国だの未開の地だのと決めつけ、武力で不平等な条約を押し付け、勝手に『文明』とやらを植え付ける。連中は、神にでもなったつもりか?)
なにより、その理不尽を押し付けられているはずの有色人種が、その高慢を受け入れて諦める姿勢こそ、それを加速させているのだろう。
英領インド帝国で最後の大抗戦であるインド大反乱が発生したのはもう半世紀も前のこと。東洋植民地ではもう暫く、反乱が途絶えている。
いたぶられる同胞を前に彼らは抵抗しない。なぜか。
「自信が、ないんだろうな」
ふと秋山は、植民地の現地人にこんな話を聞かせたらどう答えるだろう、と考える。抵抗だなんて非現実的で、理想で、妄想だ。そう答えるだろうか。
だが、またそれも、仲間が目の前でいたぶられているのに関わらず、独力でどうにか出来ないからといって、現実という言葉を騙って責任逃避しているだけ、とも言える。
「もう、希望はないのか?」
秋山はふと振り返って、そこにいた士官に問いかけた。
「は、はい?」
「俺たちは、黙って『文明国』の取り巻きで居続けなければいけないのか?」
士官は黙ってしまう。それもそうだろう、質問が唐突にすぎる。とはいえちゃんと答えようとしても難しい。それほどまでに、列強国とそれ以外の差は歴然だ。
いいや、本当に歴然か?
圧倒的な武力を前に、そう思い込まされているだけではないか?
思い出せ。皇國がこの八年間、臥薪嘗胆を唱えて何をしてきたか。
皇國は持っている。
航空部隊を。機甲連隊を。弩級戦艦を。機動部隊を。
40年ほど時代を先取りした戦争計画と、それを支える工業力を。
列強国に立ち向かう実力のすべてを、持っている。
あと一つ足りないとしたら――自信だけだ。
「白人至上主義への楔を、正面からロシアに叩き込む」
秋山は言い放つ。
「無謀でも妄想でもない。理論で組み立てた計画のもとに、ロシアに抵抗の矛先を突きつける。少なくとも皇國は、明白なる天命など、その存在を認めない」
「っ……。」
「立ち向かえど、勝てるかどうかまではわからない。なにせ総合国力8倍の相手だ。だが――それでもただ、抵抗できることを示せればいい」
「……??」
「せめてでもまともに戦え。命尽き果てるまで抵抗しろ。ただ単純に玉砕するだけじゃ足枷だ。持てる思考と知識と武力を以て、究極に、最終的に益のある選択をするんだ」
特攻じゃない、全滅じゃない。
命が果てるまで戦うということは、盲目的に死んでいくことをいうのではない。
たとえば、負傷して自決するくらいなら、降伏して捕虜になるだけでも敵の補給線を一人分圧迫できる。スパイ行為までできたら上等だ。死んだら終わりだが、生きている限り、選択肢は無限だ。
(泥水啜って、血反吐はいて、それでも足掻いて。欧州列強に抑圧されたる諸邦の前で、『文明国』の顔に泥を塗りたくることさえできれば)
かつて、史実と呼ばれた世界線において。とある極東の辺境の小国が『植民地解放』を掲げて、列強国に搾取されてきた植民地諸邦に攻め込んだ。白人達は甚大な損害を受け、次々と敗退していったが、やがて持ち直す。まもなく極東の小国は、無残にも叩き潰された。
だが、その敗北は、気づきと勇気を諸邦の人々に与えた。非文明国でも、文明国に一矢報いられる、打撃を与えられるんだ、と。
そして、その敗戦からわずか10年の間に、幾十もの植民地が支配者に死して抗い、勝利と独立を掴み取った。
今の東洋人には勇気がない。白人を過剰に恐れ、どう逆立ちしても届かぬ存在だと勘違いしている。だが気づかせてやれば――あとは存分にやってくれるのは、歴史が示している。
だから、皇國に課せられた使命とは。
「――世界に示すんだよ。白人どもに劣らない、と」
19世紀。白人の黄金期。
大航海時代に始まり、三十年戦争を経て新大陸にその手が伸びた。やがて無敵艦隊が敗れ、ヨーロッパ人の植民地帝国の触手は太平洋へ伸びていく。インドに始まり、マラッカ海峡、オセアニア、そして中国。アフリカ分割を経て全盛期を迎えたヨーロッパ人による帝国主義が、今や世界を支配する。
その裏で、開国半世紀、維新たった30余年。迫りくる列強の支配を器用に退けつつ、難を凌いでどうにかこうにかやってきた。
だがその間に、ほとんどの独立国が東洋から消えてしまった。そして『文明』の波も、残された辺境のこの島国に到達してしまったようだ。
されど。
それまで時間は十分にあった。
資金も限界までひねり出した。
様々な工夫をこらし、徹底的に抵抗の方法を編み出せた。
だから、跪いて許しを請うのもここまでだ。
「後退をやめる時だ。皇國は、東洋世界はもう一歩たりとも下がらない」
いつかの戦争命令に擬えて言った皮肉に、秋山はほくそ笑む。
不平等条約、停戦協定、そして対日13ヶ条に続いた屈辱の連鎖を断ち切る時だ。
白き暴君への、妥協も、自重も、譲歩も、すべてが整った今、必要ない。
独立の意思は、いまここに燃え上がった。
(あぁ、産声が響く――…)
数百年に渡って理不尽を強いられてきた有色人種の、反逆の胎動。
いま此処から、全世界に。
(そして願わくば。どうか、希望を求むるすべての人に伝わらんことを)
8年前、千年の冊封体制をぶち壊したばかりの皇國は。
今、世界を支配する秩序を、築かれた一つの時代を、真っ向から破りにかかる。
秋山はゆっくりと手を振り下ろす。
「第一次攻撃隊、発艦始め。"東洋ノ夜ハ明クル、〇二〇八"!」
明治37年2月8日、後に深く歴史に刻まれることになるこの日の未明。
旅順湾攻撃の火蓋が、切って落とされた。
「敵は旅順湾にありィ―――ッ!!!」
明治37年2月8日 07:19 旅順湾攻撃。
同日 08:20 皇國、ロシア帝国に宣戦布告。




