夜魔王国ヒューゼンベルグ
本来であれば第二章で出てきた勇者ルクスの話を予定していましたが一旦それは後回しにします。
そして、本日より第二章で活躍したエルトリアの過去を外伝として更新します。
エルトリアがどうやって不老不死になったのかとか、不老不死になった後の冒険も少しだけ書ければいいなと思っております。
この世界には【夜魔王国ヒューゼンベルグ】という名の大国が存在する。
そこに住む国民は全て吸血鬼族であり、他種族が訪れることは少ない。というのもヒューゼンベルグ周辺に住み着く魔物が一筋縄ではいかないものばかり。故に外部の者がこの国へ訪れる前に力尽きてしまうからだ。
ちなみにヒューゼンベルグに住む国民のステータスは種族の関係もあり比較的高い。魔物の討伐を主な仕事としている者は特にステータスが高い。ヒューゼンベルグに住む男児は外の魔物を誰の手も借りず一人で討伐出来て一人前と認められる風習があった。まあ女性一人でも魔物を倒してしまう猛者もこの国にはいるが。
周囲の環境は凶悪な魔物も生息しているためお世辞にも良いとは言えないが、街の中は独自の技術で発展させとても住みやすい環境だった。街を囲む外壁には半径一キロメートルまで魔物を寄せ付けないという技術があるがこれも独自に開発したものだ。
そんなヒューゼンベルグを統治する王と王妃の間には二人の王子と一人の王女がいた。中でも王女は魔術に関して天才と言われていた。
その者の名はエルトリア・ルカ―ド・ヒューゼンベルグ。後に『色欲の魔王』と呼ばれる人物である。
しかし、この時のエルトリアは王族ということを除けば、不老不死でもない普通の吸血鬼だった。
家族に愛され、国民に愛され、何一つ不自由のない毎日を送っていた少女。このまま幸せな生活を過ごして時が来れば悔いなく死ぬことができただろう。
だが二度とそれが叶うことはない。彼女に与えられた『不死』によって。
これは、彼女にまつわる悲劇と最強と呼ばれている魔王──『強欲の魔王』と出会う物語である。
エルトリアがこの世に生まれて九年が経った。
現在彼女は世界の歴史などを学んでいた。所謂お勉強というやつである。
王族たるもの知識不足というわけにはいかない。ヒューゼンベルグ国王は国内でも優秀な教師を招きエルトリアに学問を学ばせている。
しかし、エルトリアはつまらなそうにしていた。
実はエルトリアは魔術だけではなく勉学においても天才だった。
今学んでいる箇所も既にエルトリアは知っている。
基本的に教材は城内の図書館にあるものを使っている。そして、エルトリアは物心ついた時からほぼ毎日図書館に通っていた。何なら数日間引き籠っていた時もある。流石に見つかった時には怒られたが……。
魔術に関する本でも数百、それ以外にも様々な内容が記された本があり、全て合わせると十万冊近くはある。
莫大な量なため全部を読破したわけではない。だがエルトリアは図書館に通い詰めた結果、図書館にある二万近くの本は読み終わっていた。
この時点で驚きだが、それ以上に読んだ本の内容は全て記憶していた。彼女の特技のようなものである。
「で、ではエルトリア様、本日の授業は終了ですので最後にテストをします」
教師はエルトリアに一枚の紙を渡した。
口には出さないが教師も面白くなさそうに授業を受けるエルトリアの態度が少しだけ気に入らなかった。まあ王女に勉強を教えるだけで給料は貰えるし、その金額も高い。更には住み込みで三食付き。図書館にある本も城外へ持ち出さない限りは自由に読んでいいことになっている。
文句の付け所がない最高の仕事場だった。
しかし、相手は思った以上の強者。勉強を教えるために来たのに逆にエルトリアに教わることもある。それでは教師の威厳がなくなると思った。
故に教師はテストと言ってエルトリアに問題が記載された紙を渡したのだ。
しかもその問題には今まで教えていない内容も含まれていた。
テストは今回だけではない。他の日にも行う時がある。
ただ、結果はいつも完全回答で終わってしまうのだ。引っ掛け問題を作ってもエルトリアは難なく解いてしまう。
だからこそ今回は教えていない内容も入れた。非常に大人げない。
「…………」
エルトリアは教師から問題用紙を受け取るとじっくりと内容を読んだ。
彼女が天才だと言うことは教師の耳にも入っている。図書館に引き籠って本を読み漁っていた過去も知っていた。
エルトリアは自分がどれだけ図書館にある本を読んだか公表していないが、教師はあの莫大な量の本を読むには時間がかかると思い、せいぜい五百ぐらいだと思っている。実際は半分近く読んでいるのだが。
「この問題、まだ習っていないところが含まれていないか?」
「そうでしたか? それは申し訳ございません。てっきり教えていたと思い……。今回は総復習も兼ねて過去の授業からも問題を出していますが、その部分は解かなくてもよろしいですよ」
エルトリアはその後は何も言わず問題を解いていった。そして十分も経たずして回答を終えた問題用紙を教師に返した。
「うむ、出来たぞ」
「早いですね。流石はエルトリア様です。では採点の方を……ッ!?」
教師はその問題用紙を見て目を疑った。
問題用紙の回答欄に空白はなかった。全て回答していたのである。
いや、空白を埋めるだけなら誰でもできるだろう。
そう思い採点をしていくが──
「全問、正解です……」
一問も間違えていなかった。当然教えていない部分も正解している。
「な、何故……」
「先生が何を企んでいたのか知らんが、前に似た内容が書かれた本を読んでいたからそれでわかった」
「読んでいたって……内容がかなり難しくて複雑な本ですよ!? しかも誰にも見つからないであろう図書館の奥にあった本だというのに……」
「そういう本だからこそ読みごたえがあるのじゃ」
一応再確認のため言っておくが、エルトリアはまだ九歳だ。
歳を考えるとほんの少しだけ難しい本辺りを読むのが妥当だと思うが、エルトリアは基本的に難しい内容の本しか読まない。というよりは簡単な内容はすぐに読み終えてしまって面白くないのだ。
そのため最近は万人が借りるような本にはあまり手をつけておらず、図書館の中でも忘れ去られていそうな本を読んでいる。
あと、教師に自分が図書館にある本を何冊読んだのか教えると教師は驚き肩を落としていた。
「なるほど、それは敵いませんね……」
テストも終わり今日はお開きとなった。
気落ちして帰ろうとする教師を見てエルトリアは悪いと思ったのか──
「そういえば、まだ二階奥の本には手をつけていなかったなぁ。興味深い内容みたいだし読んでみようと思っているのだが……しかし今読んでいる本もいいところだからなぁ。すぐにはそちらに手をつけることはできなさそうじゃなぁ」
そう言うと少しだが教師の表情が明るくなった。
足取りも軽くなったのかエルトリアに一礼するとすぐに部屋から去った。
「今度は妾の知らない知識が必要になるかもな。まあそれならそれで授業で学べることも増えるじゃろうし楽しみじゃな」
次のテストを楽しみにしていると部屋の外からノックする音が聞こえた。
入ってきたのはメイド服を着た女性だった。
この人物はエルトリア専属のお世話係であり、名を"レナ"という。レナはエルトリアが生まれてから九年間この仕事をしている。
「エルトリア様、お疲れ様です。本日のお勉強は終わりましたがこの後はどうされますか?」
「図書館に行く! まだまだ読んだことない本があるからな!」
先程の教師と出会って気まずい状況になるかもしれないがエルトリアは特に気にしないタイプだ。それに図書館は広いしエルトリアの言葉を聞いていれば教師は二階を重点的に見て回っているだろう。だったらそこを避ければいい。
図書館に行く気満々なエルトリアを見てレナは困った表情をしていた。
「またですか? 昨日も行きましたよね? というより図書館に行かない日の方が少ないですよ。たまには外で遊んだらどうですか」
「外に出てもつまらん。そんなことに時間を使うなら図書館に行く。図書館に行けば知らないことがいっぱいわかるのじゃぞ」
熱弁するエルトリアを見てレナは諦めた。何を言っても意見が変わることはないと。
レナの生活の四割は図書館で過ごしている。こればかりはエルトリアの専属メイドになったから仕方ない。
ただ、こんな生活に嫌気が差すかと問われたらまったくそう思わないと答える。
恐れ多いがレナからすればエルトリアは生まれてからずっと世話をしているので妹みたいなものだ。気持ち的には妹の我が儘に付き合わされる姉のような感じ。
今日もまた付き合わされるのだろうと思っているレナはエルトリアに手を引かれながら図書館へ向かった。
王宮内を走っているとエルトリアはある人物を見つけた。
するとエルトリアはレナの手を放し、その人物に向かって勢いよく飛んで抱き着いた。
「父上!!」
エルトリアが抱き着いたのは彼女の父であり、夜魔王国ヒューゼンベルグの国王──"ヴェルダ・ルカ―ド・ヒューゼンベルグ"であった。その横には二人の兄──"エルリック"と"ガイアス"がいた。
「おおっ、エルトリアか。今日の勉強は終わったのか?」
「今日も完璧じゃった!」
「また教師を困らせたりしていないだろうな?」
「それはまあ……その……」
露骨に目を逸らすエルトリア。これで大体の予想がついた。
「あまり教師を困らせるではないぞ」
「わ、わかったのじゃ。それはそうと、父上と兄上たちは何処か行くのか? 見たところ武器を持っておるし」
「訓練だよ。兵士たちが相手だと俺たちを傷つけないようにしようと手を抜くからな」
次男であるガイアスがそう答えると長男のエルリックもそれに続くように口を開いた。
「まあ仕方ないと思うけどね。王族に怪我をさせたなんて事が起きたら一大事だし。でもそれだと俺たちの訓練にはならないからこうして父上に頼んだわけさ」
「そうだ、エルトリアも来ないか? 私や兄たちの戦うカッコイイ姿を見たいだろ?」
「いや全然。妾はこれから図書館に行ってくるから三人とも頑張るのじゃ!」
エルトリアは抱き着いたヴェルダから離れて図書館に向かって走っていった。
「何というか、興味ない事にはとことん興味を示さないところが母上に似ているな。しかしあいつよくもまあ飽きずに図書館に行くよな。俺なら絶対に一時間足らずで飽きる」
「それを言うならエルトリアだってガイアスが毎日剣を振って飽きないのかなとか思っているよ。それと父上、エルトリアにああ言われたからといって落ち込まないでください」
「お、お、落ち込んでないし……。レナもすまんな。娘に付き合わされて大変だろ」
「いえ、エルトリア様と過ごす毎日は充実したものです。これからもずっと御側に居続けれたらいいなと思っております」
「そうか。これからもよろしく頼む」
「はい。では失礼します」
そう言うとレナは先へ行ったエルトリアを追いかけた。
「さて、では私たちも行くとしよう。稽古はいつも以上に厳しくいくから覚悟しておけよ」
ヴェルダの後ろ姿を見てひそひそと話すエルリックとガイアス。
「なあ、あれきっとエルトリアが来ないから稽古という名の八つ当たりに付き合わされる感じだよな……」
「多分。俺たちと違ってエルトリアは一人娘ですし、父上も相当可愛がっています。そんな娘に綺麗に断られたのですから落ち込んでないと言ってましたが実際は落ち込んでいるのでしょう……」
「今日は大変な訓練になりそうだな……」
「何をしている! 早く来い!」
エルリックとガイアスは急いでヴェルダの方へと走った。
後日談になるが二人の予想通りこの日の訓練は過去一番と言える厳しさだった。本人たちも望んで頼んだことだが、次からはエルトリアにも来てもらおうと誓ったのだった。
広い王宮内を走り、図書館へたどり着いたエルトリア。
無事にレナも追い付くと図書館の扉を開けて中へと入った。
二人は何年もここを訪れているので見慣れてはいるが、初めて訪れた者はその広さと蔵書量に開いた口が塞がらないだろう。この中から目当ての本を探すのは下手をすれば一日以上かかる。
「よし、ここからは別行動じゃ。レナは妾が好きそうな本を見つけてくれ。妾は妾で面白そうな本を探してくる!」
「転ばないように気を付けてくださいね」
エルトリアが一番はしゃぐ時といえばこの時だ。普段から落ち着いた雰囲気であるがこの時だけは時間を忘れてはしゃいでしまう。
それから五時間が経過した。
本を見て回っている途中でレナを見つけたが座って休憩していた。
夕食の時間になると呼びかけられるがまだその時間になっていないので大丈夫だろう。エルトリアは引き続き図書館内を歩いて面白そうな本がないか探した。
そして、彼女は一冊の本を見つける。
「こんな本、この図書館にあったかのぅ……」
全ての本を把握しているわけではないのでわからない。
エルトリアはその本を本棚から取り出してみたがひどく汚れてボロボロだった。表紙も少しだけだが破れている。両脇の本は綺麗な状態だったため、手に取った本は自然と目立っていた。だから簡単に見つけられたのである。
「……とりあえずこの本は持って帰るか」
この本を持ち帰って読まなければならない。
不思議とそう思ったエルトリアは持ち帰ることに決めた。
──そして、この本こそがこれから始まる悲劇のきっかけとなる。





