それぞれの場所へ
皆さま大変長らくお待たせしました。
体調回復の専念とGWはお休みしたため更新を止めていましたが、本日より更新を再開させていただきます。
そして更新がなかったのにもかかわらず総合評価60,000ptを達成できたのは皆さまの応援のおかげです。本当にありがとうございます。
あれから小一時間ほど経過しました。
戦闘は今も継続中。ゼルドルナグの生命力もだいたい5割程度削り、私の攻撃を回避し続けているせいか疲弊している様子が窺えます。
結構な数の魔術を使用したり、攻撃を食らわないように立ち回ったりしているので当然のことながら私もそこそこ疲れています。
ゼルドルナグには『生命力自動回復』のスキルがあるため攻撃の手を止めると勝手に回復されるので油断はできません。まあ、私も同じスキルを持っているので対等といえば対等ですか。
とにかく、最近は魔物との戦闘でここまで長引くものはなかったので私も疲れてきてます。
ちなみにエルトリアさんたちは依然として私とタルト、ゼルドルナグの戦闘を遠くから見守っているだけ。
しかも私があまりにも時間をかけすぎているせいか、おそらく【異次元収納箱】から出したのでしょうけど椅子とテーブルを用意して優雅にティータイムを楽しみながら観戦しています。
色々と突っ込みたいところはありますがここは我慢しましょう。
それにあんな風にしていても見ているところはしっかり見ています。きっと戦闘が終わった後は反省会が開かれるんでしょうね。
大きなミスと呼べるものは今のところありません、しかしこの戦闘中に直すべきところはいくつか気づきました。そこを指摘されると思います。
ただ、今気にしたところで余計な思考が生まれるだけ。それが敗北に繋がっては元も子もないのでとりあえず戦闘を終えるまでは考えないことにします。
さて、それよりもゼルドルナグの様子が少し変です。
あれほど好戦的だったのにもかかわらず今は私たちから距離を置いています。
何度か同じようなことはありましたが即座に攻撃を仕掛けてくるのがいつものパターンです。
しかし今回に限ってはそれがない。今まで見せたことのない技でも出してくるんでしょうかね?
なんてことを考えているとゼルドルナグは大気を震わすような咆哮を上げると同時に周囲の地面に魔法陣が浮かび上がります。
「なるほど、そういうことですか」
魔法陣から現れたのはゼルドルナグよりも一回りほど小さい狼。
ゼルドルナグはこのままいけば自身が負けてしまうと判断したのか『召喚魔術』にて同族を30体ほど召喚しました。
事前に教えられた情報でゼルドルナグは一定以上のダメージを受けると眷属を召喚するとありました。
もともと二対一と私たち側が有利な状況で戦っていましたけど一瞬で数が逆転されてしまいましたね。
加えて召喚された魔物たちのステータスはゼルドルナグより劣るものの十分な強さを持っている。それが30体。
私がゼルドルナグを瞬殺できる圧倒的な力を持っていれば良かったのですが、エルトリアさんやロザリーさんなら未だしも生憎私のステータスではそれは不可能。こうなることは必然だったわけです。
「わかってはいましたけど実際この状況に直面すると……」
厄介でしかありませんね。
個々の強さでは大した脅威にならない。しかしこういう統率の取れているであろう魔物の集団を相手するのには苦労します。
それにゼルドルナグという私と互角の存在がいるとなると勝敗の決め手は自陣の数ですね。
召喚された魔物に構っていたらゼルドルナグからの攻撃を食らうかもしれませんし、ゼルドルナグに集中していたら他の魔物が襲ってくる。
本当に厄介でしかないです。
一応同時に相手することも出来なくはないです。というより、いっそのこと広範囲攻撃でまとめて吹き飛ばすという考えもあります。
ただ広範囲──つまりは集団相手に特化した攻撃は確かに一網打尽にするには使い勝手がいいです。でもその分威力が分散されて無駄な部分も出てきます。
まあ『多重詠唱』で重ね掛けすれば威力の問題は解決しますし、魔力の消費もスキルで大幅に抑えられているのでここまで悩むことはないですが、それで終わらせていいものなのか。
何も考えずにやってしまえと思う方もいると思いますけど、この状況に直面するのはなかなか無いことだと私は思います。
決して私に大勢を相手にして一方的にやられたいなどといった趣味はないですよ。ただこういう状況を楽せずにどうやって乗り越えられるか試したいだけです。
うーん、でもこう言ってしまうとやはり私にそういう趣味があるように見えるかも……。
結局のところ楽して勝つが一番理想的ですからね。しかし私は敢えて枷を付けることで新たな可能性を見つけることが出来ると信じています。
というわけで戦闘が終わるまで広範囲攻撃は封印します。戦闘中にこんなこと考えられるのは私に余裕があるからでしょうね。
張り詰めた空気。それを破ったのは白銀の大狼でした。
ゼルドルナグが轟轟しい咆哮を上げると召喚された魔物たちは一斉に私たちの方へ向かってきます。
その魔物たちを返り討ちにしようと私とタルトはそれに応戦します。
タルトは物理や魔術を駆使して一匹ずつ確実に魔物を討伐します。日に日に成長している姿を見れて私は嬉しいです。
「タルト、その調子で頑張って」
「キュイキュイ!」
私の言葉でタルトは俄然やる気が出てます。
こちらも負けていられませんね。
「【黒炎の魔弾】【破壊の雷閃】」
迫り来る魔物たち。広範囲攻撃は封印しているので私も一匹ずつ的確に魔術を当てて倒していきます。動きが速い相手なのでいい練習相手です。
私の魔術の命中率が悪いわけではありませんが動きが速いと避けられる可能性があります。実際にゼルドルナグで立証されていますしね。
でも普通の魔物では練習相手にすらならない。だから召喚された魔物たちを利用したのです。
言っておきますが最初からこれを考えていましたからね。それでわざと攻撃手段を一つ封印したんですから……本当ですよ。
この練習に求められるのは魔術の速度と正確さ。いくら速くても当たらなければ意味はないし、正確であっても遅ければ意味がない。
そもそもこれだけ素早い動きで翻弄してくる相手であれば広範囲攻撃でも当たるかわかりませんね。召喚された魔物たちの素早さだけはゼルドルナグと引けを取らないので。
やはり練習も含め一点集中の方向に切り替えて良かったです。
引き続き召喚された魔物たちを相手しつつ、ゼルドルナグの存在も忘れずに戦っていると相手している魔物の数匹が遠くから傍観している二人組に気づいたのかエルトリアさんたちの方へ向かっていきました。
多数の魔物を一度に全て相手するのはやはり無理がありましたか……。でも自分で決めたことを今更後悔しても仕方ありません。
エルトリアさんたちに辿り着く前に私を避けた魔物たちを倒そうと【黒炎の魔弾】を使おうと思いましたがエルトリアさんは椅子から立ち上がり私に魔術発動を止めるように片手を向けました。
「御主に任せると言った手前、妾が戦闘に介入するのは無粋じゃが見ていると体を動かしたくなってな。悪いがこやつらは妾たちが引き受けるから御主はゼルドルナグに集中せい」
そう言うと召喚された魔物たちはまるで興味を失ったかのように私を無視して一斉に走り出します。
これもユニークスキル『色欲』が持つ能力の一つなのでしょうか? まあ今それを考えることではありませんか。
あの魔物たちがエルトリアさんの方へ行ってしまったおかげで素早い動きの魔物に魔術を当てる練習が強制終了してしまいました。
大丈夫ですと言おうにも既に何匹かは倒されていますし最初から伝えておけばこうならなかったと思いますが今更遅いですね。
とりあえず切り替えましょう。何もこれが最後というわけでもないです。練習する機会はきっと他にもありますよ。
「さて、このまま長引かせると今度はエルトリアさんがこちらに参戦してくるかもしれないので一気に終わらせましょうか」
「キュ~!」
ゼルドルナグも本気のようで雰囲気が変わります。
しかし雰囲気を変えようが倒す敵には違いありません。
最終局面を迎える私たち。
動いたのはほぼ同時でした。
変わらず接近戦に持ち込み魔術を確実に当てようとする私は『魔闘法』を応用させて杖にも同じ効果を付与させます。これにより杖での打撃も有効打へと変わります。あとは簡単に折られないようにするためです。
対するゼルドルナグはその場で地面を強く蹴り、瞬く間に接近するや否や鋭利な爪を振り下ろします。
咄嗟に二本の杖で受け止めますが……
「──重ッ……!」
私の細い腕では少しでも力を抜くと押し潰されそう……。昔の私なら一発でペチャンコです。
耐えていても障壁で守られているとはいえ障壁ごと潰されては意味ないです。今回は辛うじて大丈夫そうですが。
とはいえこのまま拮抗していては先に尽きてしまうのは私でしょう。馬鹿力にも限度というものがありますよ。
でもこれはチャンスでもあります。
私は限界まで力を振り絞ってゼルドルナグの腕を上へ弾きます。そしてそのまま無防備な胴体に目掛けて杖を向けます。
「【雷焔轟爆砲】!」
炎と雷を複合させた魔術。使ったことは片手で数えるぐらいしかありませんが威力は絶大です。
至近距離で撃たれた紅蓮の砲撃を回避できるわけもなくゼルドルナグに直撃。私もその衝撃で吹き飛ばされますが即座に体勢を整えゼルドルナグを見ます。
あれだけの火力を至近距離で食らったのだから倒れていてほしい。
そう思っているほど上手くいかないのが現実なんですよね。
今の一撃でゼルドルナグは兜や鎧が剥がれていますがまだ戦闘を続行できる生命力があるようです。
しかし出来てもあと一撃と言ったところでしょう。そう見えてしまうほどゼルドルナグはボロボロです。
でもここは勝負の世界であり弱肉強食の世界。ここから先も一切手を抜かずにこの戦いを終わらせましょう。
──と、言いたいところですがどうやらもう私の出番はないようです。
上空を見上げるとタルトが両手に魔力を収束させています。
私が一撃で仕留め損ねた時も考えてタルトには予め追い打ちの用意をしてほしいと指示していたのですが、あれは見るからにヤバそうです。
増幅する魔力は次第に赤色に染まり、溜め終えたのかそのままゼルドルナグへ向けて放ちました。
タルトが使用したのは『龍王魔術』と『崩壊魔術』を複合させた【龍星崩滅砲】というものです。
二種の魔術スキルを所持している私も使えますけど、以前タルトが使った時がありまして、あまりの破壊力に使用は控えようと決めた技です。
閉鎖された空間で使われたら天井が崩れて生き埋めになるのは確実ですが今回は天井がないのでその心配はしなくてもよさそう。
とりあえず私も障壁を最大まで張って巻き添えを食らわないように祈りましょう。エルトリアさんたちも気づいたのか止めるよりも自分の身を守ることを選んだようです。
そして【龍星崩滅砲】が地面に着弾すると大爆発を起こしました。
その結果、どれだけ深いのかわかりませんが大きな穴が開き、その場にいたゼルドルナグは跡形もなく消えてしまいました。
もう私なんかいらないのではないかと思ってしまいましたよ。でもゼルドルナグが弱っていなければもしかすると回避されていたのかもしれませんね。
「キュイキュイ!!」
上空にいたタルトはゼルドルナグを倒したことを喜びながら私のもとへ降りてきました。
褒めてほしそうに頭をスリスリしてきたので頑張ったご褒美として頭を撫でてあげます。
ここでゼルドルナグから得られる経験値についてなんですが、とどめを刺したのはタルトでしたけど経験値は主人である私にも入るようです。まあそれでレベルは上がったかと問われるとギリギリ上がりませんでしたが……。
「リリィ様、タルト様、お見事でした」
「うむ。疑ってはいなかったがよくやったぞ。だが時間がかかりすぎじゃな。すぐに反省会と行きたいところじゃがまずはここから出るとしよう」
こうして私たちは『獣神の塔』の最終ボスである月光獣神ゼルドルナグを倒し、『獣神の塔』の完全攻略を達成したのでした。
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そして翌日。
何故か頭が痛いです……。
昨日は祝勝会という名目で沢山の料理やお酒を振舞われた気がします。
でも途中から記憶がないんですよね。
エルトリアさんやロザリーさんに聞いても「知らない方がいいこともある」の一点張りで何があったのか教えてくれないんですよ。
それにしても頭痛が酷い。お酒のせいでしょうか? 私も大人なのでお酒は飲みますけど記憶をなくすほど飲んだわけでもないですし……。
とにかくこのままだと支障がでるのであとで治療魔術で治しましょうか。
「さて、昨日は無事『獣神の塔』も攻略できた。ここからは予定通り別行動で攻略を進めていくぞ」
『神々の塔』への挑戦権を得るためにエルトリアさんは『魔神の塔』、ロザリーさんは『龍神の塔』、私は『機神の塔』へ向かうことになっています。
効率重視なためお二人と別行動になって心細くなりますが一人になるわけではありません。タルトもいますし何とかなるでしょう。
「では暫しの別れですね」
「はい。心配は無用だと思いますがどうかお気をつけて」
「御主もな。ダンジョン攻略だけでなく変な輩に絡まれるでないぞ」
私たち三人はそれぞれのダンジョンへと向かいます。
エルトリアさんやロザリーさんがいない分、『獣神の塔』の時以上に気を引き締めていかないといけませんね。
そして『機神の塔』を完全攻略し、お二方も完全攻略すればいよいよ『神々の塔』へ挑戦できる。私たちなら『神々の塔』も完全攻略できるはずです。
──ですがこの先、私たちに思いもよらぬ悲劇が待ち受けていたのです。
数日後──
「……リリィよ。妾から誘っておいて非常に申し訳ないし自分勝手なのは重々承知しておる。じゃが今回のダンジョン攻略、済まぬが一時中断させてほしい……。急いでやらなければいけないことがあるのじゃ……頼む……」
雷鳴が轟き雨粒が窓を強く叩きつけるその日。
エルトリアさんが深刻な表情で辛そうにそう告げる姿をこの時の私は想像すらしていませんでした。
これにて『獣神の塔』は終了。
次回からリリィ、ロザリー、エルトリア、それぞれのダンジョン攻略が始まります。
ただ誰から物語を進めようか悩み中です。第二章の後半も色々とイベントが起こりますのでね。
誰から始まるのか楽しみに待っていただけると嬉しいです。





