月光獣神
昨日は充実した楽しい一日でした。
それはもう、昨日思い悩んでいたことなど忘れるぐらいに。
いや、本当は忘れてはいけないんですけどね。ただ考えすぎるのも良くないという結論に行き着いたので。
それで、昨日は洋服やアクセサリーなどを買ったり、偶然見つけた隠れた名店に行ってみたりと【アルファモンス】を散策しました。
やはり【アルファモンス】の中でも港がある南区画は他の大陸にしかない食べ物や珍しい洋服などが多く、それ以外にも目新しいものがあって何処に行っても飽きることはありませんでしたね。
それはそうと昨日は大変なこともありました。
まあ、事件が起きたとかそういう深刻なことではありません。大変だったのは私だけでしたので。
というのも、エルトリアさんが洋服店に入った途端に様々な洋服を物色し始めるのです。
女性ですし洋服に興味を持つのはわかります。かくいう私も可愛い洋服がないか時間を忘れて色々と物色していましたから。
思い返しても非常に楽しい時間でしたが、どちらかというとそのあとが記憶に残ってますね……。
エルトリアさんは次々に洋服を見ては頷いたり首を傾げたりと気に入った洋服を探しているのかと思いきや突然私を呼び出しました。
そこからですよ、大変な目に遭ったのは。
気付けば試着室へと連れてこられ、着せ替え人形のようにあれやこれやと洋服を渡されては着ての繰り返し。
そう、エルトリアさんは自分の着る洋服を見ていたのではなく私に似合う洋服を見繕っていたのです。
ちなみに私に味方はいません。
ロザリーさんに助けを求めましたがまったくの無意味。むしろ積極的にエルトリアさんのお手伝いをしていました。
こうなっては仕方ないと私も諦めましたよ。まあ、詫びも兼ねて気に入った洋服を買ってもらったので文句はないです。それに本当のことを言うとちょっと楽しかったですし。
そんなこんなで昨日の散策は楽しんだわけです。
そういえば、エルトリアさんは旧友にプレゼントを贈ると言ってましたが、それに関しては意外に即決で買ってましたね。
何と言いますか……適当な感じ?
私はそう感じましたけど実際どうなのかわかりません。もしかしたら相手の趣味をわかっているからこそ悩まずに買ったのかもしれませんね。
とまあ昨日のことはここまでにしておいて、今日は『獣神の塔』の最上階にいるフロアボスを討伐しに行く日です。
昨日しっかりとリフレッシュできたので体調は万全。タルトも朝ご飯をたくさん食べて元気いっぱい。問題ないようですね。
ではまず冒険者ギルドへ。エルトリアさんたちは先に行っているとのことで、そこで合流し作戦会議を行います。
冒険者ギルドに到着するとすぐにエルトリアさんたちを見つけたので挨拶を済まして早速作戦を立てる──はずだったんですけど……。
「今まで通り討伐は御主に任せる。妾がやってはすぐに終わってしまうからな。これは御主のためでもあるぞ。まあ恐らく歴代で最大レベルのフロアボスだと思うが心配せんでも大丈夫じゃろう。いざとなれば妾たちも助けに入る」
とのことです。
こうなることは薄々気づいてましたけど最後くらいは全員で戦ってもいいと私は思うんですけどね。
あと、本当に今更のことなんですが第90階層から第99階層まで私一人でフロアボスを倒し、最後のフロアボスも私一人で倒すのであればいっそのこと一人で行けば良くないですか?
パーティーを組み、そのメンバーが同じ階層にいるからフロアボスのレベルも上がるわけであって一人だけだとそこまで強くならないはず。
このことをエルトリアさんに相談したところ、
「それでは御主が得られる経験値が少なくなるじゃろ。只でさえ他と比べればレベルが高く上がりにくいのじゃ。妾たちがいるだけでフロアボスのレベルも引き上げられ、多くの経験値を得られるのだからそれを逃すのは勿体ない」
うーん、一理あるのかもしれません。
挑戦しているのが『獣神の塔』であり、出現する魔物もレベルが低く、上層に近づくにつれ強くなるフロアボスのレベルもせいぜい700程度。ここまで来るのに私のレベルは二つしか上がっていません。
レベルが1000を超えている私にとって二つも上がったのは大きい。
私のレベルを上げるためには私より強い、もしくは格上の魔物を討伐する方が何倍も効率が良くなります。
かと言って楽しようとエルトリアさんたちに限界まで弱らせてもらうのも私自身が納得できない。
上手く言い包められているのは承知の上ですが少しでも私のレベルを上げるためにも一人で戦いましょう。チャレンジする気持ちも大切ですからね。
そして私たちは作戦会議──と言ってもフロアボスの情報を教えてもらったぐらいですけど──を終えると冒険者ギルドを後にして『獣神の塔』へと向かいます。
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いつものように受付を済ませてダンジョンの内部に転移するわけですが、今回私たちが最上階へ挑戦することもあり注目を浴びています。
原因は受付の方が転移先を指定する際に私たちが挑戦する階層を口にしてしまったからですね。
まあ行き先の最終確認をするために聞き直したわけですからこればかり仕方ありません。
それに私たちの後ろにも冒険者が並んでいましたからね。仮に小声で聞かれても真後ろの冒険者には聞こえるはずです。話なんてあっという間に広がりますから気にするだけ無駄ですよ。
「それでは、無事に帰還することを祈っております」
受付の方に見送られて私たちは魔法陣に乗り『獣神の塔』最上階である第100階層へと転移します。
転移先である第100階層は闘技場を模した階層になっていました。
明らかにこれまでと雰囲気が違うというのがわかりますね。
空を見上げると数えきれないほどの星々が光り輝き、二つの月から放たれる月光が闘技場全体を照らしています。
先程まで朝だったのが急に夜になって変な感じですね。でもここの階層は幻想的かつ綺麗なので個人的には好きです。
とはいえ、景色に感動している暇はありません。今から『獣神の塔』最後のフロアボスと戦うわけですからね。
今この場にはフロアボスらしき影は見当たりません。
しかし油断はしません。いつどこからフロアボスが現れてもいいように二本の杖を構えます。
そして、私たちの向かいにある通路から獣らしき姿が。あれがフロアボスで間違いないですよね。
闇の中を悠然と歩き進み、天より降り注ぐ月光が一匹の獣を照らし出す。
白銀の毛並みが美しい大狼。しかし頭や胴体の一部は金色と黒色で作られた鎧で覆われています。
月光に照らされ輝く爪は鍛冶師が丹精込めて磨き上げた全てを切り裂く剣のようです。
大狼の眼光は相手を委縮させるような鋭いものであり、その眼は既に私たちを獲物として認識しているのでしょう。
魔物の名前は月光獣神ゼルドルナグ。
レベルは歴代最高の1000に達しており、ステータスを見ましたが結構な数値。私の基準ですが【オルフェノク地下大迷宮】でも下層に生息──その中でも強い部類に入りますね。
自分で決めたからにはエルトリアさんたちの手助け無しで勝ってみせますけど、これは久々に苦戦を強いられるであろう相手です。
一応エルトリアさんが映像用魔道具に記録されている過去の映像からゼルドルナグの動きを見せてもらったのであとはそれに対応できるか。
やってみなければ始まりませんよね。とりあえず魔術で先制攻撃を仕掛けます。
しかし魔術発動の準備を始めようとした時、ゼルドルナグに膨大な魔力が集中しているのが確認できました。
これは防御に徹した方がいいかもしれません。
私の考えは正しかったようでゼルドルナグは集中させ圧縮した魔力を私たちに向けて一気に放出します。
回避する余裕はありません。発射と同時に私たちの目前にまで迫っていたのですから。
多重障壁などで魔力の砲撃は防ぎましたが、開幕一発目からこれはいくらなんでもやりすぎですよ……。
地形もかなり深くまで抉れています。障壁無しで直撃したら吹き飛ぶ──いや、消し飛びますね。体の一部が残ればいい方でしょう。
そして、あの馬鹿げた破壊力を有した砲撃を撃っても尚余裕のあるゼルドルナグ。
さすがはレベル1000の個体と言ったところでしょうか。『獣神の塔』最後のフロアボスというのは伊達ではありませんね。
「今のは凄かったのう。あんなの食らっては一溜りもない。まあ妾からしたら大したものではないがな」
と、私の後ろからエルトリアさんの声が聞こえました。
私を盾にするような感じでかなり距離を取っています。私が防ぎきれなかったらどうしたのでしょうか。いや、エルトリアさんのことですから片手で簡単に防ぎますか。
でもエルトリアさんたちが障壁も張らずに後ろで待機していたことは私が今の攻撃を防ぐと信じて疑っていなかったからですよね。
信頼されていることに嬉しさを覚える反面、予想外の威力を持った攻撃に内心では焦っている私です。
「どうした、今ので怖気づいたか? 御主が無理だというのなら仕方あるまい。妾かロザリーが替わってやるぞ」
「問題ないです。エルトリアさんたちは手出し無用でお願いします」
私が三年間暮らしていた場所はゼルドルナグのような魔物が当然のように徘徊している場所です。
外の世界に出てからはレベルが低い魔物としか遭遇していなかったので忘れていましたけど、昔は高レベルの魔物と戦うなんて日常茶飯事のこと。
ここで負けてしまうようなことがあれば、それは私が衰えてしまったとも捉えることができます。そう考えると尚更負けられない戦いですね。
今回は一人ではなくタルトも一緒になりますが、私の従魔ということで戦力にさせてもらいます。
さて、ゼルドルナグの次にとる行動は……。
厄介なのは先程の砲撃。発射の際に生じる音を耳で捉らえた時には既に目前にまで迫っています。
回避するにはそれ以上の反応速度が必要ですけど、おそらく溜めに少し時間がかかるので隙が生まれるはず。そこを突けば強力な一撃を持とうが倒せない相手ではない。
というわけであの砲撃について考えるのはここまでにしましょう。
万が一、エルトリアさんたちに向かって砲撃が放たれてもお二人であれば問題なく対処できるので大丈夫。
今私がやるべきことはゼルドルナグに集中すること。
「【黒炎の魔弾】」
次こそダメージを与えようと獄炎魔術の一つである【黒炎の魔弾】をゼルドルナグへ撃ち込みます。
ゼルドルナグの弱点属性は炎系統と雷系統であることは事前に教えてもらった情報で知っています。なのでこれが当たれば結構なダメージになると思います。
しかし私が放った【黒炎の魔弾】をゼルドルナグは着弾前に軽々と避け、私に向かって一直線に駆け出すと勢いを殺さずそのまま銀色に輝く鋭利な爪を振り下ろしてきました。
何となく予想はしていましたが動きが早いですね。
この一撃は回避せずに障壁などで受け止めます。攻撃力も高いせいで用意した障壁は何枚も破られましたがゼルドルナグの爪が私に届くことはありません。
それにしても避けられましたか。
魔術は遠距離攻撃なので避けられるのも仕方ないです。高い機動力を持った獣などは尚更避けられやすい。
こういう時、前衛がいるのがパーティーの強みですよね。
ゼルドルナグの注意を引き付けてくれたら魔術の命中率も多少は上がるでしょう。でもこの場に前衛職はいないので諦めます。
まあ、それならそれで私にも考えもあるので問題ありません。ゼルドルナグの攻撃を回避せずに受け止めたのもそれが理由です。
簡単な話です。遠距離攻撃が当たらないのであれば当たる距離まで近づけばいいのです。
一見単純な考えに思えますけど動きが素早い相手と戦うにはこれが一番合理的。もちろんパーティーを組んでいるなら仲間と連携して戦う方がいいですよ。
それで【黒炎の魔弾】が当たらなかった時点で接近しようと考えていましたけど、ゼルドルナグの方から近付いてくれたのは僥倖でした。
ほぼゼロ距離から繰り出される魔術を回避するのはいくら素早いからといっても難しい。恐らく私の魔術の方が速いです。
ゼルドルナグが多重障壁を破ろうと次の爪撃に移ろうとした瞬間に懐へもう一度【黒炎の魔弾】を撃ち込みます。
今度は直撃です。動作の途中で攻撃されては回避できませんよね。ゼルドルナグは攻撃を中断して私から距離を取ります。
それなりに本気で撃ったつもりですが大きなダメージを与えたわけでもなさそうです。弱点属性の魔術でこれなのですから他の魔術では大したダメージにもならないかも。
ただ、さすがに何発も撃てばダメージは蓄積するでしょう。時間はいくらでもありますし私の魔力がある限りは攻撃を続けます。
リリィが戦闘中でも色々考えられるのは【思考加速】のスキルを持っているからです。
体調不良が続いているため更新が遅れますが、なるべく早く更新するつもりです。





