表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王さま、賃貸ダンジョンはじめました  作者: 瀬川綱弘
File2-4:城塞ダンジョン籠城編 ――美人の/裸は/超すごい
38/53

第38話:魔王の湯煙攻防戦~男の威厳を守り抜け~(1)

 指先に火を灯して、周囲を確認する。ランタンを失った今、俺たちに残された光源は、この隙間風で頼りなく揺れる火だけだった。


 俺は、脳内で火が燃えるイメージを作り続ける。これが存外に大変で、気を抜けば消えてしまいそうになる。一度でも消してしまえば、再び火を灯すことができるかは判らない。


 魔法で火を灯すとき、俺は実際の火を見ながらだったからすんなりと使えたものだが、なにもない所から正確なイメージを呼び起こすのは難しい。モデルを見てスケッチするのとそうしないのとでは、どちらが難しいかなどと言うまでもないことだろう。


 俺は敵も出てこないのに、緊張感で心臓が早鐘を打つのを感じながら、ゴン太の背中に乗せられていた。

 先頭のライムがこちらを振り返る。


「ご主人さまー、ここは罠ないみたい」

「よし。なら、そろそろゼノビアさんと別れた場所のはずだけど」


 といっても、あそこからゼノビアさんが動いてなければの話である。

 以前、離ればなれになったときは、ゼノビアさんは動き回っていたのを覚えている。

 そのパターンで行くと、また今回も……。


 この状態では、さすがにゼノビアさんを探索し続けるのは難しくなってしまう。

 意地を曲げてでも逃げ出すか、それとも意地を通してのたれ死ぬか。俺はどちらかを選ばなければならない。


 だがしかし。俺の思考は、完全に杞憂と終わった。


「あ、ゼノビアさまだ。おーい、ゼノビアさまー!」


 ライムが腕を振る先を見て、俺はつぶやいた。


「ゼノビアさん?」


 我がメイドであるところの彼女は、変わらずにそこにいた。

 マップ上で見ても、にわかに信じがたいことではあったが。ゼノビアさんは、あのとき別れた場所から一歩も動いていなかったのである。


「魔王さま」ゼノビアさんがこちらを振り返る。「ずいぶんと、時間がかかりましたね」


 涼しい顔で言われたものである。


「これでも頑張った方だよ」


 怒ったつもりだったが、自分がどんな表情になったのかは判らない。

 ただ、指先から魔法の火が消えてしまう程度には気が抜けた。


「魔王さま、気を抜きすぎですよ」


 ゼノビアさんの持ったランタンが、代わりに俺を照らしている。いいじゃないか、もう必要ないんだから。


 時間にしてみれば、数時間程度しか離れていないはずである。けれど同時に、それだけの間、彼女と離れて行動したことが、俺にはなかった。


「どこかに行っちゃったんじゃないかと、心配だった」


 夢のように消えてしまうんじゃないかと、半ば本気で心配していた俺がいる。


「何故です?」

「だって、〝好きにして〟ってお願いしたから。動き回ってないかなって」

「ええ、ですから」彼女が頷いた。「私は〝好きにして〟いましたが」

「え?」


 どういうことだろう。だって、ゼノビアさんはここで俺を待っていてくれたじゃないか。


「私はこうして好きなように、魔王さまを待っていました。

 迎えに来てくれるつもりだったのでしょう?」


 だから、こうして何時間も待ち続けたことは当たり前なのだと。俺のことを信用していたのだと、彼女はあっさりとそう言ったのである。


 この衝撃が、いったいどれほどのものだったのか。自分自身にすら判らない。少なくとも、粉塵爆発なんて足元にも及ばないのは確かだった。


 俺には、これまで、こんな言葉をかけてもらったことがない。

 家族以外には。


 信頼を得るために行動していた俺が、他人から信用されている事実を知って衝撃を受けるなんてお笑いかもしれないが。自分の手の中にはなにもないと思っていたのに、既になにがしかを握りしめていたと気づくなんて、そんなの手品にひっかけられたみたいで驚くだろう?


 だから俺はただ、呆気にとられてしまった。


「どうかなさいましたか?」


 でも、それを相手に悟られるのは悔しいので。必死に歯を食いしばって表情の変化を抑えた。


「いや、ちょっと、疲れたみたいで。それより、今日はいったん上に戻ろう。

 なあライム、そこのヘコんだ石材を内側から押してみてくれないか? それで鉄柵が上がるか試してほしい」

「はーいっ、りょーかい!」


 ライムが元気よく石材の隙間に腕を滑り込ませる。

 鉄柵の向こう側には、さすがにもうモーラットたちはいなくなっていた。これがうまくいけば、簡単に上に帰ることができるだろう。


「魔王さま、その様子で立てますか? 無理なら、梯子を登るときは背負いますが」

「もう大丈夫だよ」


 俺はよろよろと立ち上がる。まだ膝が笑っているが、歩けないこともない。

 と思っていたら、足から力が抜けた。


「あ、無理っぽい――」


 そのまま、ゴン太に倒れ込む――

 ひょいっ。


「はっ?」


 ゴン太が俺を避けていた。

 あいつの顔とすれ違いざま、


「ハッ」


 と鼻で笑われた。


 躯に浮遊感。真下には、ああ最早見慣れた汚水の流れ。


 俺はゴン太に向かって、なけなしの力を込めて叫んだ。


「こ、こ、こ、このクソ犬が~~~!!」


 ドボォーン!


 俺は下水に呑み込まれた。


   *


「うわっ、ネジローくっさ!

 なにこれ、おトイレで水浴びでもしたの!?」


 あながち間違ってないから困る。

 と、王城の前でミレイナにドン引きされた俺は心の中でぼやいた。


 下水に落ちたあと、俺はゼノビアさんによって助け出された。

 タオルで簡単に汚れを拭われると、そのまま全身から汚臭を漂わせて王城に直帰した次第である。


 ああ、ここに戻ってくるまでの道中といったら、街の人との距離を感じずにはいられなかった。物理的な意味で。気分はさながら海を割るモーゼの気分でしたね。割ったのは人の海だけど。


「ミレイナお姉ちゃん、お願いです……お風呂を、お風呂を貸してください……この際、噴水でもいいので、いやほんとお願いします……」

「あ、あー、うん、ならお風呂、お風呂でいいからにゃ。この時間ならちょうどいい浴場があるから」


 ありがとう、優しさが心に染みます。でも鼻をつまんで距離をとられると心に悲しみという名の刃物がグサグサ刺さるのでもっとマイルドにお願いします。


「申し訳ありませんがミレイナさま、案内をよろしくお願いします」


 ゼノビアさんが頭を下げる。あとこっちもいつもより距離が人ふたり分くらい離れてますね。それで済んでいるのが逆に奇跡である。これがメイド鋼の精神か。


「あーん、ライム、ライムもお風呂入りたいよー。躯の中きもちわるーいっ」

「バウバウ」

「はいはい、お外に水やり用の水道もあるからにゃ~。じゃ、ネジロー、こっちこっち!」


 そうして、俺は浴場に案内された。

 ……ううっ、一日のがんばりの報酬が、お風呂か。

 いいのやら、そうでないのやら、だ。


   *


 まず、城の庭で水浴びをさせられた俺は、全身をタオルで拭ってから王城一階の浴場に案内された。


 脱衣所で脱いだ服をカゴにいれて、廊下に出しておく。あとで城のメイドさんが回収してくれるとのことだ。着替えの服は既に脱衣所のカゴに畳んで収納されていた。

 ううむ、さすがお城の使用人たちは気遣いも一流である。


 俺はタオルと洗剤代わりらしき香油入りの瓶をおけにいれて、浴場のガラス戸を開けた。


「うわっ、ひっろ……」


 浴場は広く、温泉と間違えて市営プールにでも紛れ込んでしまったのか? とでも思ってしまった。いったい何百人が同時に入れるのかといったほどに広い湯船は、キラキラに磨き込まれた石造りで、これだけで総額いくらなのか推し量れない。


 熱々のお湯が張られた湯船から立ち上る湯気で悪い視界では、この浴場の全容を計り知ることはできないだろう。


「いやあ、なんか銭湯を貸し切ったみたいでわくわくしてきた」


 とでも思わなければとても下水塗れの躯を洗うとか無理である。


 俺は湯船の近くにあった背の低い木の椅子に座ると、桶ですくったお湯を頭から被った。


 良い香りのする熱々のお湯が毛髪の汚れを落としていく。

 肩や首筋を流れるお湯の気持ち良さに溜まらず声をあげた。


「はぁぁぁ、風呂なんていったい何時いつぶりだろうな。今までタオルで汗をふくだけだったからなぁ」


 フラート村にはお風呂なんてなかったし、もう異世界では二度とお風呂なんて入れないと思っていた。

 異世界転生をすると風呂に入れないかもしれない!

 なんてことは、そういえば考えたことがなかったな。ああ、やっぱり日本人の心はお風呂にあるのだ。


 そんなわけで、俺が鼻歌を歌いながら香油をつけたタオルで躯を洗い始めたのも、仕方のないことであった。別に中身がおっさんだから歌い出したわけではない。


「ふっふふっふふ~ん、ふっふふっふ……んん?」


 俺はミニマップを見上げた。あれ、脱衣所に誰か……いる?

 ああ、脱いだ服を取りに来た人か。いやでも、外に置いたような。俺が歩いたところの掃除かな?


 と思っていたが、その反応が見覚えのあるもので二度見した。


「は? これって――」


 俺の背後で、ガラス戸が開いた音がした。


「失礼します。魔王さま。

 お背中を流しに来ました」


 振り返ると。そこにはゼノビアさんがいました。


   *


 もう既に聞き馴染んでしまった声に振り返ると、俺のメイドがお風呂用具を手にして入り口に立っていた。

 全裸で。


 は、ん、へぇ――!?


 豊かな金髪を紐でまとめ上げたゼノビアさんはおけを抱えて、浴室に入ってきていた。


 湯気によって視界を遮られていても、そのスタイルの良さはハッキリと見てとれる。

 それはモデルのような、という言葉ですら言い表せない。現実性を無視して美を追究した、ゲームのCGモデルがそのまま現実に出てきてしまったかのような、完璧な造形美だった。


 ゼノビアさんが後ろ手に引き戸を閉める。その肩に、紐から金の髪がすべり落ちた。髪の毛を整えようと、彼女の掌が髪を抑える。

 そのまま首筋に向かって撫でていく掌の行方を目で追ってしまうと、強調された首の曲線美に目を奪われてしまった。


「魔王さま……ああ、そちらでしたか」


 声をかけられた。バッ、と慌てて前を向く。

 見ていたことがバレただろうか。いやいや、この湯気だ、大丈夫ばれてないばれてない。


 よし、落ち着け俺。いま、ゼノビアさんがなにも身につけていなかったような気がするが落ち着け。


 ぺた、ぺた、と足音が近づいてくる。

 俺は激しく暴れ出す心臓を抑えて、声が震えないように気をつけながら口を開く。


「ゼゼゼジェノビアさん!」


 あ、ダメだ。めっちゃ震えたわ。


「ど、どどどどどうしたの! いったいどういう風の吹き回しかな!」


 上擦る俺の声とは反対に、ゼノビアさんの声は至って平常通りだった。


「はい? 今までも私が魔王さまの背中を拭いていたと思いますが」


 この世界に来てから、お風呂に入る代わりに何度も背中をタオルで拭いてもらってはいたが。


「そりゃそうだけど! ここお風呂だよ!?」

「なにか問題でも」


 大ありだよ。

 半裸で背中をタオルで拭ってもらうのと、全裸になって躯を洗ってもらうのは別問題ですよ。


 しかし、そのことを強く追求しようものなら怪しまれること間違いない。怪訝けげんに思われようなら即死させられてしまう爆弾を、いまの俺は抱えているのだから。


 とかなんとか言い聞かせていたら、背後でゼノビアさんが膝をつく気配。


「今回はずいぶんと汚れましたし、念入りに洗わねばいけませんからね」


 ゼノビアさんが桶で湯船のお湯をすくって床に置くと、手で洗剤かなにかを擦りあわせる音がした。


「さ、魔王さま。まずは頭からです」

「は、はい」


 とにかく、怪しまれずにやりすごさなくては。


 そう硬く決意する俺の心中に、魔の手がねじ込まれた。

 するりと、ゼノビアさんの指先が頭髪の合間に滑り込んできたのである。

 繊細な指先が、頭皮の上を滑っていく。まるで生き物が這い回っているような感触に、背筋にぞくりとする甘い快感が走った。


「うひっ」

「変な声ださないでくれますか」

「人に頭触られるとびっくりするだろ!」


 自分でもわかるくらい声が上擦っている。

 ゼノビアさんは生返事をすると、指で頭皮を揉むようにして洗髪を再開した。


 俺は膝を掴む手に力が籠めて、声が洩れないように気をつける。おかしい、頭を洗われるのってこんなに気持ち良いものだっただろうか?


 後頭部から頭頂部にかけて、髪をすくいあげるように指が駆け上がってくる。毛穴の汚れを掻き出そうと指先押し付けられる度に、心臓が激しく脈打った。


 う、う、なんだこれ。

 俺はいったい今なにをされているんだ。


 困惑する俺の目に、額を流れ落ちてきた泡が入り込んだ。


「あいてっ」

「申し訳ありません。目は大丈夫ですか」


 ゼノビアさんが身を乗り出してこようとする。

 俺は慌てて手で制した。


「だい、大丈夫! 大丈夫だから! 俺を子供扱いするなよ!」

「はあ、そうですか」


 釈然としない様子で、ゼノビアさんは座り直す。


 あ、あぶなかった。本当にあぶなかった。

 いまゼノビアさんがこちら側を見ていたら本当にあぶなかった。


 いや、もちろん、ゼノビアさんのはだかもといフルパージボディ(婉曲表現)はおおいに拝見したい。さらに勘違いされたくないのだが、俺がこの状況が嫌なわけでも断じてない。美人のお姉さんと裸のお付き合いをして嫌なわけが、ないのだ。


 だがしかし。嫌ではないことが最大の問題なのである。


 そう、俺はいま。

 ――興奮している!


 そして、興奮した男に襲いかかるのは生理反応。

 

 つまり、いま! 男のアレが!


 ヤバい!!!


 恥ずかしながら大興奮ですよ。そりゃあね、しょうがないよね。考えてもみてほしいけど、いつも肌を見せない格好をしたメイドさんがですよ、突然おしげもなく全身をさらけ出してお風呂に入ってきたらどうなると思います?


 死にます。即死です。


 即死耐性の用意がない状態で即死攻撃持ちのボスに突撃したようなもんです。ガードが下がった顎にアッパーが叩き込まれてKOですよ。


 なので、これは仕方のない当然の生理現象なのであるが、だからといってゼノビアさんにそれが通用するのか。それが最大の問題点なのだ。


 いま前を見られようものなら、俺は〝好意で躯を洗っていたら勝手に興奮したクソ野郎〟のレッテルを貼られてしまう。あるいは見なかったことにしてくれる配慮の恩恵にあずかることになるのだ。


 恥!!


 心情的には親にゴニョゴニョしている現場を目撃されそうになっている状態。見られて平気なわけがない。

 しかも今回は誰に興奮しているかといえば、紛れもなくゼノビアさん本人に対してである。


 まずい。非常にまずい。


 お風呂から上がったあとにそっと距離を開けられて接された日にはもう一度異世界転生するハメになるのは間違いない。


 なので俺は。

 なんとかこの状況を、乗り切らねばならないのだ!


「それでは、頭をお流しします」


 ざぱーっ、と頭からお湯をぶっかけられた。


 おとなしく頭を流されてながら、俺は痛む目をこすった。

 この温かいお湯すら、いまの俺にとってこのように危険を呼ぶ存在でしかない。


 そして、史上最大の危機を前に冷め切った躯を前にしては、お湯もぬるま湯でしかなく、俺は霞む視界のままに決意した。


 生き残ろう。

 この浴場せんじょうを……!


 こうして、男の威厳を賭けた戦いが幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ