第16話:ニート、スタディ
ガス爆発、という話だった。
炭鉱の中を、爆薬で発破する。そのときに、彼らはガスの溜まった地点と繋げてしまった。
だから漏れ出したガスが火花などで爆発する前に逃げだそうとして、そこで逃げ遅れた新人を見つけてしまったらしい。
ゴードのおっさんは責任者だから、それを見過ごせず助け起こしに行って……
ドカン、というわけだ。
「まあ、たまーにこういう事もあるにゃ」
夜の酒場。いつもより静かな喧噪の中でテーブルについていた俺に向かって、ミレイナはそう言って言葉を濁した。
「危険はないようにって気をつけてるみたいでも、こればっかりは事故だからにゃあ」
ミレイナは笑ってこそいないものの、別に気落ちしているようでもなかった。せいぜいが、小銭を落としてしまったことに気づいた程度の気軽さである。
「……これまでにも、同じように亡くなった人が?」
「まあね。昨日までの常連さんが、次の日からいなくなってましたー。なんて、もう何度目だったかな」
「それでも笑って話しかけられるんだ」
「だってさ、ネジロー。笑ってなきゃ、ご飯は美味しくないんだよ」
ニコリと笑って人差し指を立てられた。
なんとも。
こんな話し方なので気づかなかったが。どうやら、ミレイナの方が俺より人間が出来ていたのである。
俺も、そういう人間にならなくてはなぁ。いつも笑顔でハキハキと荷物を届けてくれていた配達の兄ちゃんみたいに!
「ミレイナさん」裏口の方から、ゼノビアさんの声がした。「砂糖の納品に参りました」
「あっ、はいはーい。カウンターの中に置いといてー!」
俺に代わって約束の砂糖を納品したゼノビアさんが、遅れてテーブルの方にやってきた。
「ミレイナさん、根城さまがご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「迷惑かけてた前提なの!?」
「違うのですか」
否定はしないけど。
「にゃははは、別に迷惑じゃないよー。世間話もお仕事ですから」わざとらしく畏まって笑った。「で、だからネジロー。炭鉱には近づいちゃダメにゃよ? ただでさえ最近は物騒なんだからね」
「他にもまだあるのか。……ああ、なんかゴブリンの巣とか聞いたな」
あの日の夜、誰かがそんなことを言っていた気がする。
「うん、それもあるけどね。汚いもの好きのゴブリン。
でも大事なのは、ここの鉱山をお隣の国が狙ってるー、とかの噂の方ね。まあ、停戦したようなものだし、大丈夫だとは思うけど」
「なんだ、収まってたのか」
「魔王が現れたから、人間同士争ってる場合じゃないってことだにゃ」
あ、停戦の原因は俺でしたか。
「でも、魔王が復活したにしてはこの村、兵隊さん少ないよな」
「魔王のせいで兵隊さんの大半はお城に向かわされちゃったからにゃ。おのれ魔王、よくもうちの収入源を……ぐぬぬ」
ご、ごめん。なんかごめん。
「っていうことは、いつもはここもさらに人が増えるわけか……」
「らしいよー、そうじゃなきゃ、ネジローに貸し出すお鍋とかお外に並べるテーブルなんて余ってるわけないにゃ」
それもそうか。
「おおーい、ミレイナちゃーん。こっちにツマミ追加ー!」
「はぁーいっ! じゃ、またあとでにゃ!」
ミレイナお姉ちゃんが注文をとりに別の席に走って行った。それを見送って、ゼノビアさんが俺の向かいに腰を下ろした。
「さて、魔王さま」小声で声をかけられた。「本日は炭鉱夫以外も入場し、ずいぶんと稼ぎもありました。ここ数日で、充分な実入りです。そろそろ、ダンジョンの強化を致しましょう」
「……そうだなぁ」
俺は窓の外に目をやった。
そもそも、別に俺はおっさんと仲がよかったわけでもなく、特段、これ以上おっさんのことを気にする必要はないように思えた。
ただ、驚いてしまっただけのことである。
「それと。……想像していたよりも、雲行きがあやしくなって参りました」
ゼノビアさんの囁きに、俺は目を窓から戻した。
「どういう意味?」
「ガス爆破に関してです。ところで魔王さま、ゴブリンの生態はご存じですか?
突然に話が変わったが、意味があることなのだろう。
俺はゲームの知識を思い出してみた。
「うーん、小柄で、弱くて、集団で行動する……まあ、雑魚モンスターだな」
「はい、おおよそ正しいです。ゴブリンは集団で行動こそするものの、非常に貧弱で、臆病で、そして不衛生なモンスターです。強いてその性格で強調するなら、利己的なために復讐心だけは異常に強いということでしょうか」
「それで、ゴブリンが鉱山のどこかに巣を作っていた、とか。聞いた覚えはあるけど……物騒だな」
つまり、鉱山の人は職場に蜂の巣ができているようなものだろう?
刺激しないように立ち回ったとしても、不意の事故で巣をつついてしまえば大惨事だ。想像しただけで空恐ろしい。
「さらに重要なのは、彼らが臆病だということです。ふつうでしたら、わざわざ人里の近くに巣など作らない。人為的に、そこを住処にさせられなければ」
「まさか、帝国の人間が、巣を作らせたってことか?」
俺は、ふと嫌な気配を感じた。
「待って、ゼノビアさん。ゴブリンが不衛生って……どれくらい?」
「巣の中に肥溜めを作って、それで毒矢を作る程度、でしょうか」
「うえっ、きったねえ」
「糞尿のにおいが大好きらしいですから。その汚臭で、ゴブリンたちは近隣の巣を探して合流するそうですよ。
さて、肥溜めですが、不衛生以外にも問題があります。たとえば、そこに落ちた生き物は死ぬ場合があります。何故だか判りますか?」
俺は考え込んで、はっとした。
「ガスか!」
ゼノビアさんが頷く。
放置された大量の肥溜めには、大量のガスが溜まっている。臭いとか、不衛生とか、そんなレベルではなく。吸い込んだら意識を失ってしまう程にガスが溜まっているのだ。
しかも、それが密室である洞窟に溜まっていたとあっては、それを火薬で吹き飛ばした日には、当然引火する。
「ユースティリアの人間が、わざとゴブリンに巣を作らせて、さらに引火させる……ああいや、ええと、なにが目的なんだ?」
いきなり色々いわれたので、ちょっと頭が追いつかない。
頭がこんがらがってきた俺に、ゼノビアさんは顔色ひとつ変えずに講釈してくれる。
「ゴブリンは、復讐心が強いのです。自分たちの巣が事故とはいえ爆破されれば、人間に復讐しようとするのは当然でしょう。
もしその状況が作り出され、村が混乱に陥れば、帝国は横やりをいれる機会を得ることになる……面倒な流れですね」
「それ、かなりマズくない?」
ゴブリンが雑魚モンスターといったって、そんなのが村に解き放たれたら駐在の兵士だけでどうにかなるのか? ただでさえ、いま残ってる人は少ないんだろ?
「はい、ですが」ゼノビアさんが周囲を見渡した。「周囲の反応を見るに、まったく無関係のガス溜まりに当たったのかも知れません。そうでなければ、皆さん危機感を持って浮ついているでしょう」
「……それもそうか」
鉱山の入り口は、村の門の内側にある。もしそんなところからゴブリンが報復にやってくる、なんてことが判っていたら、もっと切迫した空気になっているだろう。
「元々、そういうことにならないように注意して爆破してたんだろうし……違うんだろうな」
みんな、責任者の仕事を信用していたのだろう。
俺も、そう信じたい。
「ですが、敵性組織がいる内部にいる可能性がある……ことを考えて、危機感を持って行動してください、という進言です。ダンジョン強化の必要性、ご理解いただけましたか?」
「は、はい、がんばります」
正直、もうのんびりしたいのだが。こうまで急かされてはジッとしているのも落ち着かない。明日はダンジョンを閉めて、じっくり強化の方法を考えるとしよう。
必要になるのは、人を楽しませるダンジョンではなく、人を撃退するダンジョンだ。
迷宮のように入り組んだ森、構造の変更はしてはならず、さてどのように成長させたら、そんな頼もしい構造が作れるのだろうか?
落とし穴、振り子……うーむ。どの施策をとっても、生きのこれるビジョンが見えない。
だって、そもそも考えてみると。俺が相手にするのは数千数万といった兵士だ。5人程度の冒険者ではない。少数なら罠で撃退できるだろうが、数が多ければそうはいかない。ふつうに罠を踏んだ人を踏み越えて先に進むことができる。俗に言う漢探知である。
魔王城のダンジョンのように広ければいざ知らず、初心者用の若草森林ダンジョンの敷地で大軍を受け入れることは不可能だ。
お金なら、たくさんとは言わずとも、数ヶ月は暮らしてけるだけは蓄えた。
とはいえ、正攻法では勝ち目があるように思えない。
「むう、いざとなるとどうするか迷うな。……ああ、ゼノビアさんも何か頼んだら?」
ゼノビアさんにメニューを勧めて注文を考えてもらう一方、俺は、お金の使い道に悩み始めた。
寝る間際に思い付いたことを、忘れないように紙に書き写してから、その日は眠りについた。
*
「魔法を使いたい、ですか?」
朝。酒場で朝食をとっているとき、俺は向かい側に座ったゼノビアさんにそう切り出した。
「そう、魔法! よくよく考えたら、お金がある今ならなんか魔法使っても大丈夫なわけだろ?」
ならやっぱり、使いたいじゃん。魔法。ファンタジー世界にいるからには!
「お金が出来たからとすぐ使うから、あなたさまはクズであらせられるのですよ。貯金もお金の使い道のひとつだと覚えませんか」
「念のため、念のため聞いてるだけだから!」
油断したところで思い出したように言葉という名の刃を突き刺してくるの、本当に胸が痛くなるので勘弁してください。
俺の提案をすかさず諫めにきたゼノビアさんだったが、単に金遣いについて指摘をしたかっただけで、俺が魔法について知ろうとすることに異論はないようだった。
「魔法についてですが、ええ、それ自体は可能です。
本当は魔法職を経由しないとおこなえないのですが、根城さまの職業は魔法職も兼ねていますから問題ありません」
魔王というジョブは魔法を使えるらしい。イメージ的にはあってるな。魔法剣士とか、ああいう物理と魔法を兼ね備えたものと同じ、ユニーククラスなのだろう。
俺は自分の皿に盛られたベーコンをフォークで突き刺しながら、ゼノビアさんにお願いした。
「じゃあさ、なにか教えてよ。魔法、使えたら便利でしょ」
「ご主人さま、ご主人さま、お肉ちょーだい!」
「はい、ベーコン」
流水の動きでライムの皿にベーコンを移す俺。
「わーい、脂身たっぷり熱々お肉ー!」
ライムは両手でベーコンを掴むと、むっちゃむっちゃと食べ始める。命の危機に瀕した俺の危機感知能力と肉のリリース速度はいまここに極まりつつあった。だって一歩間違えば明日は我が身だし……。
「……で、魔法ってどういう原理なの?」
心なしか肌(?)をテカテカと光らせるライムを尻目に、俺は気を取り直してゼノビアさんに訊ねた。
我が辛辣なるメイドは、顎に手を当てて言葉を選び始めた。
「簡単にいえば、想像力で世界に働きかけるもの、でしょうか」ゼノビアさんがフォークとナイフを置いた。「根城さま、火にはどういうイメージを持ちますか」
「ふむ。熱い、赤い、物が燃える」
「では、私の指先に注目してください」
ゼノビアさんの人差し指を見る。すると、その指先が俺の掌に当てられた。
「熱いですか?」
「全然」
「なら、この指が真っ赤に燃えていたとしたら、あなたの躯はどうなりますか?」
「それは火傷するけど」
「その通りです。では、この指が燃えていると錯覚したら、根城さまの躯はどうなりますか?」
「え、ええと……ん? ああ、思い込みで火傷する!」
人間の躯は、思い込みだけで異常をきたす。
毒を飲んだと思えば具合が悪くなるし、薬を飲んだと思えば気分がよくなる。そして、熱いものを押し付けられたと思ったら、火傷もするのだ。俗に言うプラシーボ効果だな。
「そういうことです」ゼノビアさんは教え子に教育するように喋る。「人間も、世界も。錯覚することで誤動作をおこします。魔法とは、世界に対して"そこに炎がある"と錯覚させる技術です」
ゼノビアさんが、自分の顔の横で人差し指を立てる。
「――火よ、この指は蝋燭。ランタンに座す燭台なり。ファイア」
パッ、と指先に火が灯った。おお。
「これは、言葉によって、現象を定義しました。指を蝋燭と誤認させ、ならそこに火がついていてもなにもおかしくない――と世界を説得しました。
ただし、こうして何もないところから炎を出すには、当然エネルギーが必要です。そのために消費されるのが世界に満ちた魔素、というわけです」
「あれ、意外と簡単そうだな」
拍子抜けした。そんな短い言葉を喋るだけで炎が着けられるのか。
俺の言葉にゼノビアさんが首を横に振ると、火を吹き消した。
「いいえ。実際はもっと複雑です。魔法の難しいところは、正確に発生させたい現象を脳裏に思い浮かべなければならないのです。出力イメージがなければ、名状しがたいものが出てきてしまいますから。
絵と同じですよ。明確なイメージもないのに手を動かしても、できあがるのはよく判らない何かです」
「そのわりに、ゼノビアさんはホイホイ使ってみせるね」
「レベルが違いますから」
神魔法職かよ。
どこの世界でも上手すぎる人間ってのは参考にならないものである。ゲームも攻略動画だけ見てるとすげえ簡単そうに見えるもんなぁ。
「話を続けます。次に、魔法使用時におこなう呪文の詠唱は、世界と同時に自分の心的イメージを高めるために実施するものです。
よって、私と同じ言葉を唱えても、魔法が出るかといえば、出ません」
意外だ。俺にとって魔法とは、キチンと体系化されていたり、レベルアップによって習得するものであるというイメージがあったからだ。
「じゃあ、レベルは関係なくポンポン使えるわけか」
「いえ、それは誤解です。レベルがあがったから使える魔法が増えるのではなく、使える魔法が増えたからレベルが上がるわけですから」
「なら、難しい魔法にチャレンジしまくれば簡単にレベルアップできそうだな」
最初から難しそうな魔法にチャレンジしてたら、成功したとき一気にレベルアップできそうに聞こえるが。
うんうん、簡単そうだし一気にレベルアップのチャンスじゃないか。
……と思ったが、ゼノビアさんはズルをする子供を叱る親のようにキッパリと言い切ってきた。
「物事には段階というものがあるのですよ。いきなり高すぎる目標を持ったら、まず挫折しますからね。基礎をコツコツ積み上げるからこそ、技術というのは実を結ぶのです」
「剣と魔法のファンタジーでも、やるべきことは全部一緒か」
落胆半分、安心半分といった声が自分の口から洩れた。
「それに技術教本もありますが……こういう言葉ならイメージがしやすい、などの一覧になるので、自分にあったものを見つけなくてはいけませんが。
あとは、完全な創作は難しいものですから、炎を出す魔法ならファイア、風ならウィンド……とスキル名は規格化されています」
イメージや想像をするためには共通の名称が必要なのだな。
確かに、あっちの世界でもそうだった気がする。中学二年生特有の精神活動を中二病と呼ぶことで共有化が簡便になったことだし。ネーミングは大事だ。
「ですので、基本的に呪文書に乗っていない魔法というは常人には使えません。想像力が足りないので。自然現象に紐付かない創作魔法、なんてまず無理でしょう」
「ゼノビアさん、前にイドなんとかとか使ってなかったっけ。あれ自然現象関係ないじゃん」
「だから私はレベルが違います」
規格外かい。
「ふぅむ、なるほどねえ。あとで練習してみるか」
「ネジローたち、朝っぱらから難しい話をしとるにゃ~」
暇を持てましたミレイナお姉ちゃんだ。
「それにしても、ネジロー、朝も食べなきゃ大きくなれないぞ?」
「俺は朝食は抜く主義なの」
俺の前にベーコンの皿があるのは、ひとえに対ライム用の秘密兵器として利用するためである。朝なんて水だけで充分だろう。
……っと、そうだ。ミレイナお姉ちゃんにお願いしたいことがあったことを忘れていた。
「あっ、あとでゴン太にも何かやってくれない? アイツ、俺からのご飯食べないんだよね……」
わんこの高い忠誠心とはなんだったのか。わんこにすら敬ってもらえないとは、結構自分の立ち位置に目眩がしてくるぞ。
お願いは潔くオッケーしてもらえたので一安心だ。
ペットの餌の心配も終わったところで、俺は改めてゼノビアさんに言われたことを反芻した。ダンジョンに行く前にメモっておこう。
考え込んでいたら、当のゼノビアさんにジト目で見られていることに気づいた。
「根城さまと話していたせいで料理が冷めてしまいました。やはりクズは豆のように煮るべきです」
「……芽を出すまでお待ちください」
そこはその、先行投資の尊い犠牲ということで。……ごめんなさい。
俺はゼノビアさんとライムの食事が終わるまで、抗議の視線を躱し続けることになるのだった。




